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君からの手紙  作者:
14/17

秋の記憶 1

 あの夏祭りからすぐに夏休みが終わり、学校が始まった。

 お馴染みの学校に同じ教室、代わり映えしないクラスメイトの顔。


「石崎っち!おはようっ!」


「のぁ!」


 訂正。お前はアフリカの原住民族かっ!と突っ込みたくなるぐらい真っ黒になった悪友その1に後ろから飛び掛られるあたり休み明けの浮ついた空気が濃厚だ。


「うっす。石崎。久しぶり」


「おはよう。なに馬鹿やってんだ。お前ら」


 残りの悪友二人がそれぞれ鞄を手に挨拶してくる。その1に比べるとこいつらは休み前と比べてあまり変化がない。


「馬鹿なのはこの心の底から夏休みを謳歌して宿題忘れましたって顔している馬鹿だけだ」


「ああ。なるほど」


 ぽんと手を打つ悪友3に猛然と馬鹿が抗議する。


「ちょ!みんなひどいなぁ!顔だけで馬鹿って判断するほうが馬鹿なんだよ!」


「お前、夏休みの宿題は?」


 悪友2がまぁまぁとなだめつつ馬鹿に聞く。馬鹿はあっけらかんと当たり前の顔をして。


「え?遊ぶのに夢中でほとんどやってないけど?」


「「「馬鹿」」」


「トリプル!トリプルで馬鹿呼ばわりってひどくない!なぁ、ひどくないぃぃ!」


「まぁ、あとで先生に死ぬほど怒られる馬鹿は置いておいて」


「馬鹿馬鹿言うなよ!ひっどいなぁ!」


 悪友1の涙声は当然のごとくスルーされている。


「透に確認しておきたいことがあるんだが」


 隣の席についためがねの悪友3が鞄の中身を机に納めながらそんなことを言ってきた。


「ん?何だよ?」


 俺は登校途中コンビニで買ってきたカレーパンと牛乳の封をあけ食べはじめながら悪友3の言葉を待つ。牛乳を飲もうとストローを咥えて。


「お前、遠藤との初デートはどうだったんだ」


 狙い済ましたかのように牛乳を口に含んだタイミングでしれっと言い放たれた言葉に動揺して俺は前の席に座っていた悪友1の顔に思い切り牛乳を噴出してしまった。


「のぁぁぁぁっぁぁ!」


「……見事な牛乳の噴射だったな」


「近年まれにみる芸術的な噴射だね。芸人のお手本になるな」


 重々しく頷く悪友2と笑顔のまま一切表情を変えずに機械的に手を叩く悪友3。

 俺達四人の中でも冷静と知略に特化した二人はこうやって馬鹿と平凡に分類される悪友1と俺をいじり倒す。

 顔面牛乳まみれの悪友1が叫び声を上げながら立ち上がる。その顔面からいまだに牛乳が滴り落ち続け結構な量を吹き付けてしまったことが伺える。

 そしてそんな悪友1にはいっさい救いの手を伸ばさず訳のわからない批評をする悪友2・3。お前ら、せめて大丈夫かぐらいは言ってやれよ。まぁ、俺があいつらの立場でも言わないだろうけど。


「石崎、牛に口から垂れてるぞ」


「お、おう」


「石崎っちの口から垂れている牛乳の量より俺の顔面垂れている方が圧倒的に多いよね!なぁ!おい!無視ですか無視なのですか!これが現代っ子の心の闇というやつですかぁ!」


 天を仰ぎながら腰をくねくねさせている悪友1を俺達は勿論、教室にいる誰もがスルーしつつ(こいつの奇行には皆慣れきってしまっている)会話は進む。


「な、な、な!」


 動揺と驚きと羞恥で「な」という言葉以外言えなくなってしまった俺に悪友3がくくっと喉の奥でくぐもった笑い声を立てる。

 全てを見透かしたような目で俺を見ているのが非常に気に食わない。


「で、どうなんだ?夏祭り、遠藤を誘って行ったんだろ?」


 てめぇがお膳たてしたんだろうが!

 なんでこんな所でその成果を聞き出そうとする!

 っうかどうして俺が遠藤を誘ったって確信しているんだよ!

 そこんところに突っ込みいれてやりたいが笑顔の威圧感が凄すぎて何も言えないジレンマが。

 

「ん?何か言えないようなことでもあったのか?」


 悪友2が腕を組みながらそんなことを言い出す。どうでもいいがなぜお前は席にもつかずに俺の後ろに仁王立ちなんだ?

 見張り?

 見張りなのか?

 これはもしや尋問なのか?

 だらりと嫌な汗が背中を流れる。こいつらは興味がないことは全力で流すが興味があることには異常な食いつきを見せやがるかな……ねちねちと尋問が開始されてもおかしくはない。

 と思っていたら総無視されていじけていた悪友1が突然雄たけびを上げながら立ちあがった。

 うぁ!

 な、なんだ?


「言えないことぉ!夏休み、お祭り、デート、付き合い始めたばかりの初々しい恋人同士が言えないこと言ったらぁ!」


 俺は握りこぶしを天に高く振り上げながら熱弁を振るう悪友1をよそに机の中から所持している中で一番分厚い古語辞典を取り出す。

 さて、と。


「甘酸っぱい大人の階段をのぼっ……ぶひゃっ!」


 くねくね気色悪い動きをしつつ心外なことをほざきかけていた馬鹿の脳天にそのまま古語辞典を振り下ろす。

 非常に表現しにくいうめき声を上げながら悪友1が床に崩れ落ちる。俺は古語辞典を机に戻した。

 これでよし。


「人聞きの悪い言い方するんじゃねぇよ」


「あ、あいつの発言はなかったことにするんだ」


「まぁ、妥当な対応だな」


 突っ込みが入っているが無視だ。無視。それよりも重要なことがある。


「それではおれ達も透の考えに乗ってあげるよ。で、遠藤との初デート、どうだったんだ?」

  

 ほら、話せよと無言の圧力でもって話すことを強要してくる悪友2・3に抗う術は俺にはなかった……。



「まず、電話で誘って……」


「ほう」

「妥当だ」


「長い間でなくてやっと出たと思ったら座禅組んでたとか言われて、しかも携帯の操作方法がわからないから親に出てもらったらしい」


「座禅……」

「座禅はいい。己の心を見つめなおせる」


「そんで約束を取り付けて、当日待ち合わせしたんだけど……あいつ、甚平でやってきやがった」


「甚平……」

「甚平か。あれは涼しく動き易いから俺も夏によく着ている」


「でもってその後、食い物系(甘いものは除く)を食べつつ、イカ焼きについて譲れない議論をしつつ射的なんかをしつつ祭りを満喫し」


「お前、俺らと祭りに行ったときも似たようなことしてたよね?」

「ちなみに俺はイカ焼きにはそこまでこだわりはないがたこ焼きにはものすごくこだわりがある」


「帰りになぜだか結衣と合流してしまいよくわからん流れで三人で大量の花火で遊んで帰った」


「もうそれ、デートじゃないよ。前半は男友達と遊びに行った時の光景そのままじゃないか」

「花火か……いいな」



 初デート(?)の概要を話し終えると悪友2は「夏を楽しんだようでなりより」と頷き、悪友3は「こいつだめだ」と言わんばかりの顔で俺を見ていた。

 な、なんだよ。その温度差に激しく差のある反応は!

 微妙な空気になったところでチャイムが鳴り担任が入ってくる。

「お~~い。お前ら席につけ~~。俺の手を煩わす奴は教師権限で課題を出すからなぁ~~」

 だるそうに歩く猫背の男性教諭はとんとんと出席簿で肩を叩きながら教卓に立つ。

「こら!誰が伸したかしらんが、生ものを床に放置するな。責任もっていすに座らせておけ」

 床に伸びたままの悪友1に一瞥しただけでそう言い放つ担任。いいのか、床に倒れている生徒にたいして教師がそんな対応で。っうか生もの呼ばわりって……まぁ、こんなことは初めてじゃないから慣れたんだろうな、きっと。

 うんうんと勝手に自分に納得させながら手早くちゃちゃと倒れている悪友1を担いでこいつの席に座らせる。腕をたらんとぶら下げて天を向いている目は白目だがまぁ、平気だろ。

 一仕事終わらせたと席に戻る途中でふと、一つだけ埋まっていない席があることに気づく。

 あれは……遠藤の席?

 先生が来ているというのに遠藤の席には鞄すらかけられていない。どうやら登校自体していないようだ。

(遅刻、か?)

 気になったが凝視しているわけにも行かず自分の席に戻る。

 俺が席に着いたのを確認してから担任が出席を取り始めた。


「江川……遠藤、は今日は休みだったな。おかしいな俺のクラスから夏風邪を引く奴がでるとしたらもっと別の奴だと思っていたんだが……」

 教師のため息混じりの言葉に教室中の視線がある一点に集まり、そしてさりげなく逸らされた。

 うん、そうだな。夏風邪を引きそうなのは遠藤じゃない別の誰かだよな。

 しかし、風邪か……俺の知っている遠藤って病気と無縁な感じがしていたから少し、意外で……少し、心配だな。

 病気なんてしそうにないぐらい飄々とした奴だから余計に気になる。

 淡々と出席を取っていく担任の声を聞き流す。外はいい天気で青い空を白い雲が流れていっている。

 その雲を見つめながら見舞いでも行ってやろうかと俺は心に決めた。


 



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