残暑の記憶 4
射的・焼きそば・イカ焼き……。
女子らしい甘いものを見事にスルーして遠藤はどこのスナイパーだと言いたくなるような手馴れた手付きで店の親父が青ざめて泣き出すまで射的を全て命中させ、豪快に焼きそばを食べ、男らしくイカ焼きに齧り付いていた。
俺はといえばそんな遠藤に連れまわされ射的勝負をしたり焼きそばを食べたりイカ焼きで一番上手いのは足の部分だいや体の部分だと譲れない戦いを繰り広げていた。
どう考えても高校生の男女しかも一応恋人同士という間柄だというのに色気のいの字もない。
側からみればきっと俺達は祭りに遊びに来た男同士に見えることだろう。
そう考えるとこう、なんか、昇華しきれない何かを感じて遠い場所に意識が飛んでいきそうになる。
「イカ焼きの足も中々旨いな。まぁ、やはりイカ焼きといえばあの三角だと思うが……」
「……イカの足の旨さの方が上だと思うぞ。あのカリカリとした足の先がなんともいえない」
ピタリと二人の足が同時に止まる。
「いま、君はなにを言った?」
「お前こそ」
半眼になって睨めば遠藤も据わった目で俺を見返してくる。
「イカ焼きで一番旨いのはやっぱりあの三角の所だね。甘辛いタレが絡んだそれに齧り付く至福!あの弾力と歯こたいは何者にも代えがたいのは必死!」
「いやいや!イカ焼きで一番って言ったら足の先だろ!甘辛いタレとほんのちょっぴりおこげのついた足の先は香ばしくてあのカリカリが病みつきになる!」
そんな風に他愛もない(?)じゃれ合いのような話をしながら祭りを見て回る。
遠藤は本当に女らしいものに興味を示さない。甘いものは嫌いだと言って綿菓子もリンゴ飴もチョコバナナも見向きもしない。
がっつり系の屋台から食べ物を補給しつつ俺達は目的もなく様ざまな屋台を見て回っていた。
「そういえば花火は一体いつから上がるのだい?」
フランクフルトをぺロリと平らげラムネをぐびと飲みながら地上の明るさと喧騒が嘘のように真っ暗な夜空を見上げる。
「え~~っと確か……」
俺が時計を見ながら時間を告げると空を見上げたまま遠藤はそうかと言ってラムネの瓶を再び傾けた。
その時遠藤の黒い髪が微かに光った気がして俺は思わず目を凝らした。
「ん?どうかしたかい?」
俺の視線に気付いた遠藤が瓶から唇を離し、俺を見る。キラリと光を反射させ、何かが光った。
不思議そうな顔をする遠藤に構わず俺は彼女の髪に手を伸ばす。無意識の行動だった。
さらりとした黒髪が指先で流れ落ちる。柔らかなその髪の感触に驚く暇もなく指先に硬質な感触に指を離し、そしてその感触の正体を知った。
「……桜……」
薄紅色の桜の花びらを象った季節外れと言える花の簪。それが屋台の光を反射していたようだ。
不意に思い浮かんだのは薄紅の小さな欠片が空一面に舞う幻影。
夏には決して見られぬ春の女王の姿。
だけどそれらは一瞬で消えさり、すぐに夏の熱気と祭りの喧騒が戻ってきた。
「ああ。母上殿がせめてこれぐらいはと挿してくださったんだ」
嬉しげに笑う遠藤からは母親に対する信頼と親愛が感じられる。
ふふっと珍しく女らしい笑顔で簪とそれを用意してくれた母親について遠藤は誇らしげに語った。
「母上殿はとても優しくて強くて料理上手なんだ!それだけではない心根もとても尊い人なんだ!」
子供のように身振り手振りで母親を誉める遠藤。本当にこいつ、母親のことが好きなんだな。
「……お前、本当に母親のことが好きなんだな」
「ああ!わたしはあの人のことがだい好きだぞ!」
満面の笑顔で肯定されてしまえばもう微笑ましいとしか思えない。
いつもの変わり者の遠藤とは別人のようだ。
「それに桜は思い出の花だからな」
「へ?」
「君に想いを告げた時、見守ってくれた花だから」
思いもよらないことを告げられ、声が出ない。
「君との思い出の花だ。だからわたしは桜が一番好きなんだ」
どんなタイミングなのか。
その言葉をまるで合図にしたかのように大きな音と共に夜空に大輪の花が咲く。
薄紅の花を背に俺に想いを告げた春のあの日のように今、彼女は夏の大輪を背に俺に告げる。
あの時のように嘘偽りのない心を躊躇なく差し出せるこいつの姿が鮮やかに心に焼きつく。
「……」
忘れられない。
忘れられるわけない。
この時、思い知らされた。
俺はこいつをこの少女をきっと一生忘れることができないのだと。
「お~~花火か!た~~まや~~!か~~きや~~!」
花火に気付いた遠藤が嬉しげに空に向かって叫ぶ。
頬を赤く染めるでもなく、恥らうでもなく、平然とそんなことを言うこの女の精神構造がやっぱり俺は理解できない。
どうして。
どうしてだよ!
「石崎透くん?どうかしたのか?どうして顔をそらす?」
微動だにせずに只ひたすらに遠藤を見ていた俺に気付いた彼女が一歩近づく。
その途端に顔が有り得ないぐらいに熱くなった。
「~~~~っ!」
言われた俺のほうが真っ赤になって顔を見られないように顔を逸らさなきゃいけないんだよ!
可笑しいだろ!
恥ずかしいことを言ってんのはこいつの方だろう!
なのにどうして……!
覗き込もうとしてくる遠藤からこれ以上にないぐらい赤く染まっていく顔を必死になって隠しながら俺はそんなことを内心で愚痴っていた。