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【勃発企画】妖精な妹は夜だけ魔王

作者: 猫凹

「……では、ここで新婦のお兄様からスピーチを頂きたいと思います」


 司会の言葉を受け、俺は緊張しつつ登壇した。1週間かかって書き上げ、必死で覚えた原稿は、既に頭の中で白紙に戻っている。


 メインテーブルに仲睦まじく腰を掛けた新郎新婦の方を見る。


 新郎は、俺の大学の後輩である。大学のサークルの飲み会が長引き、この気のいい男を家に泊めてやったとき、高校生だった妹と鉢合わせしたのが、この二人の馴れ初めだ。後輩曰く、一目惚れだったそうだ。


 新婦は俺の5歳下の妹。兄バカの贔屓目を抜きに、小柄で顔立ちの整った可愛らしい彼女は、幼少の頃から「妖精のように可憐な」という賛辞を、世辞ではなく何度も捧げられてきた。成人した今でさえ、美人と言うよりは美少女という言葉がふさわしく思える。


 その妹と目が合う。純白のドレスに身を包み、幸せのただ中にある彼女は、俺に恥ずかしげに微笑みかける。その瞬間、俺の脳裏に、封印していた忌まわしい記憶がフラッシュバックした。



――妖精のように可憐な妹は、夜だけは、魔王であった――



   ◇ ◆ ◇



 俺が高校3年生、妹が中学2年生の頃だっただろうか。季節は夏の終わり頃だった。庭木でヒグラシがカナカナと鳴いていたのを覚えている。


 俺は居間でソファに腰掛け、テレビを観ていた。妹は向かい側のソファで、少女マンガの単行本を読んでいる。だがその目はマンガに集中してはおらず、ちらちらと携帯電話の画面を確認しているのが見え見えだった。まもなく訪れる、日没の時間を確認しているのだ。


 妹がおもむろにマンガ本をテーブルに置き、うーん、とわざとらしく背伸びをした。


「いやー荻尾希都って何度読んでもおもしろ……はうっ!」


 白々しい前振りの後、突如大きくのけぞる。居間の絨毯にしっかりと受け身をとりつつ横たわると、ごろごろと転がりながら体をよじらせる。


「うぅっ……か、体が熱い……あいつが、あいつが出てくる……お兄ちゃん、逃げて!」


「……」


 俺はなま暖かく妹を見守っていた。妹は、ぴくぴくと数度体を痙攣させると、俺が見ているのをちらりと確認した後、顔をうつむかせたまま、のっそり立ち上がる。芝居がかった微妙な男声で不気味っぽくつぶやく。


「クク……毎度手こずらせる。しかし我は夜の魔王。闇夜は我の刻。我の支配する世界。光の巫女の抵抗など恐れるに足りぬわ。この体を完全に支配するのも、もう時間の問題……」


「……」


 まあそういう設定なのである。


 妖精のように可愛らしいと言われ続けた妹は、それを鼻にかけることこそ決して無かったが、その妖精という存在に興味を抱き、この頃、ファンタジー方面にすっかりのめり込んでしまっていた。自作のファンタジー小説を書き始め、挙句の果てには光の巫女たる妖精として目覚めてしまった。魔王という別人格付きの。


 ちなみにこの魔王と会うのはこれで3度目である。


 魔王はゆっくりと面を上げ、俺の顔を見る。不敵な表情を浮かべた小動物といった顔に吹き出しそうになるのをこらえつつ、必死で無表情を保つ。ここは付き合ってやらないと、しばらく機嫌が治らないのだ。


「クク……またキサマか。この魔王に仇なすこと、まだ諦めてはおらぬか」


「……」


「クク……妹の体、返して欲しいか。ならばかかってこい!身の程知らずの虫けらめが!身の程を教えてやるわあっ!!」


 ぶわさっ、と、目には見えないマントらしきものを翻す擬音を小声で叫び、妹――魔王がソファのスプリングをバネに、俺に向かって跳躍――


 ゴ チ ン ッ


「いたぁい!」


「中学2年生にもなって何バカやってるのあなたは!いい加減アニメは卒業しなさい!」


「ぐぬぬ……」


 魔王某は、今日の所はひとまず、妹の意識の底に帰っていったようだ。その魔王を一撃の鉄拳で下した勇者――母が買ってきたプリンを「うまいな」「うんおいしいね」などと食べながら、俺は内心平和な世の中に感謝していた。



 魔王は一夏の間ほど妹と体の支配権を争っていたが、いつの間にか現れなくなり、妹は妖精のように可憐で、常識的な少女として成長していった。


 俺が魔王がどうなったのか聞こうとする度に妹は大声で喚きちらし、断固としてその話題を避け続けた。やがて俺はそのことを思い出すこともなくなっていた。



   ◇ ◆ ◇



 全ての記憶を取り戻した俺が、妹の顔を呆然と見つめていたのは、数秒、いや数瞬のことだっただろうか。妹は、笑顔を崩さぬまま、その目に僅かに不審を浮かべている。どうしたの?と。


 用意していたスピーチは、完全に消え去っていた。今俺にできることは、新郎に、ここにいるすべての者に、真実を伝えることだ。


 マイクを手に取る。十分に座が静まるのを待ち、俺は語り始めた。


「――新婦の兄として、新郎に伝えなければならないことがあります。今までずっと秘密にしてきた、新婦の秘密を――」


 凍り付いたように静まる会場。俺は続けた。


「――新婦は、妹は――魔王なのです!夜の魔――」


 ガタンッ!


 激しく椅子を鳴らし、妹が立ち上がった。その顔は紅潮し、目は激しい怒りに燃えている。



 数年の時を超えて復活した夜の魔王の姿が、そこにあった。


(完)

ショートショート風にしたいと思ったのですが、センスが無くうまく落とせませんでした。精進します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王な妹とダークな兄ですね。 ラストで吹きましたw
[一言] 面白かった 一つ下の妹と良く遊んでた頃を思い出しました。 残念ながら結婚式の時は、スイスに居たのでビデオレターでしたが おそらく出席してたら…
[一言] 無茶しやがって・・・(兄も妹も
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