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勾拿  作者: ノノギ
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最終章 惨慄 第9話 

 時は流れて。私は大学合格を果たした。補欠合格だったけれど。言い訳するつもりじゃないけれどいろいろなことがありすぎて勉強どころじゃなかったから。でもちゃんと大学に入ってからはそれなりにいい成績を維持した。卒業する頃には結構優秀な子になっていた。そして私は大学を卒業し、ついに念願の職に就く事ができた。

「本日よりここで働かせていただく事になった縞井遊眞です!よろしくお願いします!」

見知った顔の人々が笑顔で出迎えてくれた。そう。私は無事に勾拿になった。勾拿になってから1年が経とうとしているけど未だに一番下の位。上に上がるには最初は努力しか無いらしい。私の場合、勾拿の中で就いた役職が手ごわい犯人を追いかけるようなアクロバットなことは無い。その代わり、子ども達を追いかけるようなアクロバットはある。

「こらー!まちなさぁい! おら!捕まえた!」

「離せよぉ~!おばさん!!」

「おば!? 失礼な!毎度毎度!私はまだ24です!」

「そんなんじゃ駄目だろ~」

「響さん!や・・・先輩・・・」

「あはははは!!」

「あ!お仕事ご苦労様です!」

「おう!」

「なんでアンタは響先輩にはそんなに敬意を払うの!」

「だってカッコイイし!」

バイクでパトロールする響さん。これも時代か。そんな響さんはやたらと子供たちの評判がいい。現にいつも問題を抱えて走り回るこの少年も響さんの言う事だけは利く。

 響さんはこの5年の歳月の間に昇格していた。そんな響さんにおめでたな話。蛍さんと結婚式を挙げました。

 そうそう、昇格と言えばいままで使処(あ、1関のことね)だった桐原さんはその座を降りて本部直属の監査官になりました。とは言っても、私達のいる勾拿所に配属になったからあまり変わっていない。なんでも、本部部長の鏡俸杳さんが、やってくれたらしい。この人は未だに性別がどっちかわからない。

「遊眞おねえちゃん!」

明るく元気な声が聞こえた。管轄を子供の中においている私には小さい子から大きな子まで幅広い子と顔見知りになった。その仕事の中で知り合った女の子が声をかけてきた。

「綾ちゃん!今日は学校楽しかった?」

私は腰を落として綾ちゃんと同じ目線にする。私の質問に綾ちゃんは嬉しそうに肯定した。それから付け加えていってきた。

「あのね、クラスの男の子に好きって言われたの!」

「まぁ!それでどうしたの?」

「断ったよ!」

「そうなの?キライ?」

「キライじゃないけど・・・他に好きな人がいるの」

綾ちゃんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに言った。初耳の私はそれが誰なのか尋ねた。すると綾ちゃんは偶然通りかかったその『好きな人』を見つけて指差した。そのほう見て私は驚愕した。というより唖然とした。私の目に飛び込んできたのは銀髪、エメラルドの瞳を持つ少年、穐椰菰亞だった。

 穐椰は本当に少年だった。成長期の人間が5年も経っていると言うのに姿かたちがまるで変わっていない。例の薬の副作用とかで成長ホルモンがおかしくなってしまっているようだ。

 穐椰はもうザスクが活動をしていないし、再犯の可能性もないと言う事も含めて自由に生きて良いと言われたけれど、穐椰には思い出の場所も行ってみたい場所も何一つなかったから結局ここにいるみたい。そういえば、ご両親のお墓参りをしたみたい。たった一度だけ。ごめんなさいを言うために。生きる意志を言うために。

「私ね!将来はあきやお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」

「いい、いやぁ~・・・あの子・・・は・・・」

「僕はシマイより偉いゾ!」

「どんな自慢よ!」

「だっテ僕はシマイが元気ニシ損ねた子を元気ニシたもん!」

えらそうな口調も変わっていない。でもとっても大事な変化をした。今まで人を惨殺させられてきて人と接することを極度に嫌がっていたのに、今はもう元気に外を歩いているし、不本意ながらも綾ちゃんみたいに慕う気持ちが向けられるようにもなった。

「もう知らない! さぁ綾ちゃん、勾拿所に行こうか」

「うん!」

そうそう、私の仕事は主に『復帰』。犯罪などの被害に遭って精神的に社会へ出て行く事の困難となってしまった子ども達を元気に立ち直らせる事。綾ちゃんもその一人。色々な障害を体験した私なら気持ちを理解してあげられるって今の使処さんに言われてここに配属になった。そして今の使処が・・・・-。

「使処さん、今何処にいますか?」

勾拿所に戻って綾ちゃんを部屋に連れてから私は使処さんの居場所を他の勾拿員に尋ねた。出かけているよと返されて、何処に出かけているのか少し悩んだ。

「行く場所はひとつ!今日はあの日だから!」

後ろから突然響さんに言われたので驚いて肩をびくっと上げた。

「そ、そうですか・・・・」

私は勾拿所を出た。

 足を止めたのはとっくに使われなくなった廃ビル。そこの3階へ足を運んだ。ここで命を掛けた惨劇が行われた。私は後から聞いた事であまりにショックでしばらく立ち直れなかったけれど、穐椰を苦しめたザスクと、燈樵さんの家族を壊した犯人と。船でであったあの、黒髪の青年、天満さんは・・・同じ人物だったということ。そしてその天満さんは相変わらず行方不明。必死で捜索をしたけれど結局見つからなかったって。

 奥へ進むとそこに立っている人が一人。私はその背を少し悲しい眼で見つめたのを自覚した。

 使処の制服に身を包み凛と立つ青年。最年少で使処となった特別な・・・・。

「やあ」

「こんにちは、燈樵さん」

振り向いた燈樵さんの表情はどこか切なかったけれどそれでもはっきりとした眼をしていた。燈樵さんは使処になってからしばらくした後、小さいときからずっと抱いていた夢を叶えたらしい。それが何なのかは詳しく知らない。知っているのは響さんくらいじゃないかなと思う。燈樵さんが何を考えているのかなんて小さな私にはわからない。それでも少しでいいからそんな燈樵さんの世界を垣間見たいとか思ったり無かったり・・・。

 時間は結構掛かった。それでも燈樵は今の状態にそれなりに満足している。まだ足りない部分もあるけれど夢へ一歩近づいた事が喜びだった。

「なぁ、使処さぁん」

響が声をかけてきた。この呼び方をするときはふざけているときだった。燈樵はそんな響へ目を送る。

「おまえさぁ、将来の夢とかあるだろう?それ、叶った?」

「いや、まだ」

燈樵がそう応えると響は沈黙した。疑問に思い響を見ると意外そうな表情をしていた。

「お前・・・冗談で言ったが、将来の夢とか・・・あったのか・・・?!」

「え・・・あ、あるけど・・・」

「何!?」

「いや・・・まだ叶っていないし・・・」

まだ、と言うより、燈樵の気持ち的には一生叶う事はないのではないかと思えるほどだった。そんな事を響に伝えると響はそんなの夢じゃねぇっと笑って言った。それに対し燈樵は、その夢はいつ叶ったかどうかわからない。だからどうしようもないと付け加える。

「確認しろ!方法くらいあるだろう!?」

響に強制されて燈樵は少し考えた後、確認するのは悪くないと思い、そうする事にした。燈樵の抱く夢。それを叶える事が出来たかどうか、定かにするには一人の人間の力が要る。誰でもいい訳では無い。たった一人の大切な人。

「失礼します」

部屋の中に入る。中に座っている人物を見て無意識に力を篭めた。

「何を力んでいる?使処になろうが、変わらないだろう」

「はい、桐原さん」

燈樵は桐原の前まで歩みを進めた。桐原は不思議そうな顔で見てくる。

「夢が・・・叶ったかどうかを確認したくて・・・」

「ん?そんな事を確認しに、わざわざわたしのところまで?」

「はい。桐原さんにしか、応える事ができないと思うので」

「ほう」

桐原は面白そうに笑うと燈樵の言葉を待ってくれた。燈樵は遠い昔を思い出しながらそっと口を開いた。

「俺は・・・勾拿になりたかった。立派な・・・。桐原さんのような勾拿になりたかった。それが幼い頃、貴方の背を見て育った俺の夢です」

それを聞くと桐原は今まで見たこと無いほど驚いた顔をした。

「お前みたいな奴がわたしを?予想外だ・・・・」

「そんなことは・・・」

「わたしなんかを目標にするなど・・・低いなぁ」

「そんな事ないです。俺にとって桐原さんはただの勾拿じゃない! ただの・・・」

「・・・そうだな。わかった」

「それで・・・」

自分はどれほどまでに桐原まで近づけただろうか。絶えず目標にしていた桐原へ。桐原は何の躊躇もなくあっさりと応えた。

「何を言う。とっくにお前のほうが上さ。勾拿にとって大切なものは何か。それを理解した時点で、わたしとお前は対等。そこから数年もの間、成長したお前はわたしより、素晴らしい勾拿になっているよ」

優しく微笑んだ桐原の笑みが燈樵には震えるほど暖かかった。頭を深々と下げてあふれ出る感情を押さえ込み、部屋を出た。この時の状況を響が全て把握していた事を知るのはそれから結構先の話。

 昔に比べて燈樵さんはずっと笑みを見せるようになった。感情を表に出す事ができるようになったみたい。そうそう、燈樵さんは今、穐椰みたいな特別な不思議な力を得ていた。得ていた、と言うよりは、覚醒した、だろうか。これも本当に意外だったけれど、あの天満さんが、燈樵さんのお父さんだったなんて。そんな彼の血を濃く受け継いでいる燈樵さんも薬の影響がDNAによって遺伝していたみたいでありとあらゆる感覚機能が発達したみたい。

 微笑みかけてくれる燈樵さん。私の憧れであって目標であって恩人であって。それでそれで・・・。

 何時までも変わる事のない幸せが続くことを祈っている。5年前。死の一線踏み越えるようなことがあったけれど、目の前の彼はそれを乗り越えて立っている。あんな事はもうあってほしくない。二度とあってはいけない。二度と・・・。

 永遠なる幸せなんていらない。それでも、少なくとも欠けることのない人生であってほしい。




―おわり

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