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勾拿  作者: ノノギ
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最終章 惨慄 第8話 

 時を遡って燈樵が行方をくらませた朝。焦りと不安の入り混じった顔でいる遊眞を響は何とか学校へ向かわせた。解りきっているが、集中などできるわけもない。それでも、学校を休ませるわけには行かないと向かわせたのだ。

「穐椰!解るだろ?お前の鼻で!」

「わからない!わからないんだ・・・!!解っていたらこんな所になんて来ない!」

響と穐椰の叫び声が部屋中で木霊していた。なんとしても燈樵のいる場所を探さなければならない。バイクの後ろに穐椰を乗せ、街中を走り回った。どれだけ走っても燈樵の手掛かり一つ掴む事ができなかった。集中力を極度に上げていたため、疲労し眠ってしまった穐椰をベンチに寝かせそのまま放置して響は燈樵を探しに走った。穐椰ならこんな所に置き去りにされても自力で戻ってこられるだろうし、なにより危険は無い。穐椰自身が危険人物であるから。

 どれだけ探しても燈樵の手掛かりがなかった。写真を見せてあちこちの人に聞いても見たことがあるというものは誰もいなかった。姿を変えてこの街を歩いていたのか、あるいはもっと遠く離れた場所か・・・。

「ヒビキ!見つけた!燈樵の匂い!」

走ってここまで来た穐椰にそう言われ穐椰を後ろに乗せるとバイクを走らせる。すると案外近くまでやってきた。ある程度まで来ると匂いがあやふやになってしまって正確な位置がつかめないと穐椰は言った。ゆっくりバイクを走らせていると、突然、後ろから強い力でつかまれたので文句を言った。

「おい!そんなに強くつかまれたら痛いって!力を緩め・・・」

響は途中で言葉を切った。異様なまでに震えている穐椰を見たからだ。どうしたのか尋ねても穐椰の反応は何もなった。ただ震えているだけだった。響は仕方なく穐椰をバイクから下ろし近くの椅子に座らせて水分を取らせた。多少落ち着いた穐椰がやっと言った言葉に響は絶句した。

「ザスク・・と、一緒・・・いる・・・・」

道路の隅にバイクを止めて穐椰を落ち着けた。燈樵ならば簡単に落ち着ける事ができるだろうに。響は何とか落ち着けると急いで勾拿所へ戻った。

「桐原さん!燈樵の所在がわかりました!」

ここに戻るまでに燈樵のいる場所は穐椰から聞いた。響は急いでバイクを走らせた。穐椰を桐原に預けて。

 穐椰の言ったビルまでやってきた。変哲もないただのビル。立ち入り禁止の縦看板がまがって今にも倒れそうだった。そんなビルに響は足を踏み込んだ。コツコツと足音がなり渡る。3階まで上がってきて響は異変に気付いた。ここだけ空気が重い。踊り場を出て3階を見回る。いくつもの扉がある。それの一つ一つを開けて確認したがどれも空だった。奥へ進んで角を曲がって響は己の目を疑った。尋常ではない血の量。その血の海の中に一人の青年が倒れている。

「燈樵!」

飛び跳ねる血など気にも留めず、ぐったりと倒れている燈樵の元まで駆け寄った。辛うじて息をしている。あと少し放っておいたら死んでいたかもしれない。そのくらい、危険な状態だった。響は急いで救急車を呼んだ。辺りを見てこの血は燈樵のものなのかと考えながら燈樵を抱える。勾拿として働き、それなりの地位についている響なら負傷者を運ぶ方法も心得ている。急いでその場を後にした。

 何時間も手術中。助かるかどうかは本当に運しだい。そんな事を言っていたような気がした。学校が終わって勾拿所に急いで返ってきた遊眞が聞いた話だった。震える手が止まらない。でも、それ以上に隣でがたがたと震えている穐椰を見て少し哀れに思えた。

「穐椰・・・?」

声をかけてもまるで聞こえていないようだった。そんな穐椰をそっと包むように抱え込んだ。流石に反応して声を挙げた。

「しまい・・・?」

「大丈夫。燈樵さんは・・・絶対に」

まるで自分に言い聞かせるように遊眞は言った。穐椰は小さく謝った。何故謝るのか尋ねると、何の役にも立てないからだと言った。

「そんなの・・・私も同じよ?」

「違う・・・。僕にはできる力が有る・・・・。ひしょーの傷を僕に移せば・・・って・・・でも、できなかった・・・・」

消えてしまいそうな、穐椰とは思えないくらい弱々しい声で言っていた。

 血まみれで担ぎ込まれた燈樵から即座に離れたのは穐椰だった。その行動は皆疑問に思ったほどだった。穐椰のことだから飛びつくだろうと思っていたからだ。でもそうしなかったのには穐椰ならではの列記とした理由があった。

「ザスクのにおいがする・・・・」

燈樵の身体にはザスクの血も大量に付いている。血の匂いは洗っても落ちない。ザスクの匂いがする中では穐椰の力はほぼ無に等しい。力は己の意思がはっきりとしていない限り思うように扱う事はできない。ザスクの匂いに恐怖し、怯える穐椰には燈樵の傷をその身に移すどころか返って燈樵の命を奪い取りかねなかった。意思のしっかりとしている燈樵ならまだしも、危篤状態の燈樵にやるのは危険すぎる。

「本当に僕は無力だ・・・人を傷つけることしかできない・・・!!」

「そんな・・・こと、ないよ」

穐椰を包み込む遊眞の手は震えている。その震えは確実に穐椰へ伝わっているだろう。それでも遊眞は必死で穐椰を抱えていた。穐椰が潰れてしまわないように。自分が・・・潰れてしまわないように・・・・・。

 手術が終わった。無論、燈樵の意識はない。

「こんな状態で生きているなんて奇跡としか言えない。辛うじて一命は取り留めましたが、目が覚める保障はありません。はっきり申し上げますが、何時死んでもおかしくない状態です」

相手が勾拿であるためか、医師ははっきりと言った。桐原は肩を落とした。どうしてこんなにも無茶をしたのか、頭を抱える事しかできなかった。燈樵はそんな人間ではなかったはず。いや、根本はそういう人間だったのかもしれない・・・・。

 何日も、何日も。遊眞はぼうっと過ごしていた。学校で友人に声を掛けられても上の空だった。

「縞井さん。この問題わかりますか? 縞井さん!」

「え・・・あ・・・すみません。聞いていませんでした・・・」

「もう・・・」

授業中も先生から呆れられるほど集中力を欠いていた。そのせいで職員室にまで呼ばれる羽目になったが、遊眞にとってはそんな事どうでも良かった。記憶にはほとんど残ってなどいないのだから。

「遊眞・・・大丈夫・・・?最近、変だけどなにかあったの・・・・?」

「・・・別に」

冷たく言い放つ遊眞に璃紗は不安を隠しきれなかった。温厚で優しい遊眞がこんなにもなってしまったのには何かの理由があるのだろうけれどそれが全くわからないのだから。

 燈樵がそれから目を覚ますのは数週間も後のことだった。

 夢を見ていた。その夢から覚醒した。ぱっと見開いた瞳はしばらく焦点が合わず宙を彷徨っていた。その合わない瞳から大粒の涙が溢れ出ていた事に気付くのが遅れた。

「つっ・・・!」

燈樵は身体を起こそうとして激痛が走り、力が抜けた。

―生きている・・・?

死ぬかと思ったのに。あらぬ所を見ながらそう思った。

 思い出したのだ。何もかも。夢のおかげか、はたまた、天満のおかげか・・・。どんなとき何が起きてどうなったのか。記憶にある限りで初めて涙を零した。その涙を拭ってはっとした。

「天満・・・!?」

勢いで身体を起こし、全身に激痛が走りぬけた。その痛みが去ってから辺りを確認するとここが病院である事がわかった。

「奴は・・・」

考えていると部屋の外から声が聞こえた。普通なら聞こえるはずも無かった小さな声が。

「ここの患者・・・きっともう無理よ・・・」

「えぇ。あんな大怪我・・・生きてここに運ばれただけ奇跡よ・・・」

「そうね・・・。もう時間の問題・・・あっ」

「コイツは死なねーよ!」

聞き覚えのある声。響のものだ。燈樵はその声を聞いてどこか落ち着いた気がした。

「お前らの常識の範囲であいつを見んな!」

少し苛立っているような声を発しながら扉を勢いよく開け放った。そうして目を覚ましている燈樵に気付いて響は固まった。

「響、さん・・・」

響は何も言わずに燈樵の元に駆け寄って燈樵にしがみついた。それのせいで燈樵の全身に激痛が迸った。

「い゛! 痛いっ・・・!!」

「あ・・・わり・・・」

「俺・・・生きているんですね・・・」

「当たり前だろ! よく生きて帰ってきた・・・あんま心配させんなよ・・・」

疲労しきった顔を泣きそうに歪めながら響が肩を落として床に座り込んでしまった。

「ドクター!」

ナースの声。燈樵が目を覚ました事で医師を呼んできたようだった。

「話は後にしてください!」

「はいはい・・・・」

医師に追い出しを食らい部屋を出ようとした。

「響さん」

「ん?」

「俺を見つけたのは響さんですか?」

「あぁ」

「話は後!」

何度言ったら解るんだと言いたげな声で医師が言ったが、燈樵が凄まじい眼光で医師を睨んだので医師は身を引いた。

「すみません。大事な事なので」

燈樵は謝罪を入れて響に向かった。

「倒れていたのは・・・俺だけですか・・・?」

「ん?そうだったが・・・・?」

「そう、ですか・・・・」

響きはずっと不安にしている遊眞を呼んでくると言って姿を消した。倒れていたのは自分だけ。では・・・天満は何処へ消えた?すでに動ける状態ではなかったはずなのに・・・。

 放課後になっても遊眞はただ机の前に座ってはるか遠くの空を見ていた。隣には心配そうに見つめる友達が数人いた。そんな中、教室の扉が勢いよく開いた。驚いて全員がそちらに目をやったが、遊眞だけは見ていなかった。しかし、声を聞いて遊眞は扉の方に目を向ける事となった。

「遊眞ちゃん!!」

響はずかずかと教室に入っていき、帰り支度のできている遊眞の腕を掴むと無理やり立たせて鞄を引っつかむとまるで強奪するかのような勢いで教室から飛び出た。

「ちょ・・・!?何があったんですか・・!!」

抵抗気味に引かれている遊眞を見ず早口に響は伝えた。

「燈樵が、目を覚ました!」

「え・・・・?!」

その言葉を聞いて抵抗していた遊眞の足はむしろ前へと走った。響のバイクの後ろに乗って病院へ急いだ。

 色々な検診をしてやっと終わったと思ったらもう日が沈んでいた。医師がいなくなって静かになった部屋。思い出す悪夢と地獄。自らの父が起こした悲劇と惨劇。そして奴は今・・・・。

「思っていたより元気そうで良かった」

何時からいたのかはわからない。でも、その声の主に心の底から安堵感を得たのは一体何故か・・・。

「桐原さん・・・」

家が燃え、家族が死に。ひとりとなった燈樵を面倒見てくれた桐原。そんな桐原にいつか、勾拿になってみないかといわれたとき、燈樵は夢を叶えるためになりたいと応えた。その時、桐原は燈樵に問いかけた。

「勾拿にとって大切な事ってなんだと思う?」

まだ小学生くらいだった燈樵には理解できない質問だった。いや、実際はこの年齢になっても理解出来ていなかった。しかし・・・。

「随分無茶してくれたな、全く」

怒っているようには聞こえないその言葉に燈樵は謝罪した。

「まぁ、説教はあとにしよう。今は生きて帰ってきたことに感謝しよう」

熱の篭った熱い桐原の声音。それになんとも言えない安らぎを感じながら燈樵は導き出した答えを桐原に伝える事にした。

「以前、桐原さんは俺に『勾拿にとって大切なものは何か』、そう尋ねました」

「あぁ、そうだな」

「今なら・・・解る気がします」

「そうか。言ってみろ」

「はい。どんなに憎く、恨めしい相手でも勾拿として全てを対等にして犯罪を裁かなければならない・・・。憎しみに駆られてはいけない」

焦点は合っていない眼で傷ついた己の身体を視界に入れた。見るも無残なその姿。この姿にしたのは長い間、頭の隅においてあった家族を殺した犯罪者。そしてそれと同時に敬愛していた父、そのものだった。子供のころは本当によく父の後を追って生活していた。妹が生まれて父が妹に構うようになった事で嫉妬し家出を試みた事もあった。そのくらい父への敬愛の気持ちは大きかった。その思いを。全てを。天満はぶち壊し過ぎ去った。

「死に掛けた事で少しはいい事もあったようだな。そうだな。わたしは少なくともそう思っている。お前が『夢を叶えたい』と言った時、正直不安だった。家族を壊した犯人を捕まえるために勾拿になろうとしているのなら、それは憎しみで捕まえる事になってしまう。それだけは・・・してほしくなかったからな」

桐原の声。燈樵はゆっくりとその声の方へ首を向ける。優しく微笑む桐原の顔がある。夢をかなえたくて勾拿になった。でも、そんな復讐のためのものではなかった。ただ、純粋に・・・・。

「桐原さん・・・」

燈樵は言葉を切って呼びかけた。その先の、燈樵の『夢』を知ろうとした桐原は少し表情を歪ませたが燈樵の呼びかけに応えてくれた。

「桐原さんは・・・俺のことをどう思っていますか?」

「随分唐突な事を聞くな。わたし個人の意見でもいいのか?」

「是非ともそれで」

暖かい桐原の声にどうしてここまで安堵するのか、やっとわかった。その気持ちを・・・その想いをどうすればいいかわからず桐原にその答えをゆだねる事にした。

「わたしはお前を息子だと思っているよ」

微笑みかけた桐原の表情に何か熱いものがこみ上げてきた。

「有り難う・・・御座います・・・・」

俯いた燈樵の頭に軽く手を乗せた。

「何があったかはまだ聞かん。ただ・・・よく耐えてきたよ、燈樵」

「・・・はい・・・っ」

こみ上げてきたものをもう耐える気はなかった。


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