最終章 惨慄 第6話
「なぁ、稔よ。死ねない苦しみを知っているか?」
今までの話とは打って変わったその言葉に燈樵は目を見開いた。ぐったりとした状態で徐々に声の感じも弱まっている。そんな天満は小さく笑っていた。
「くく。『あのガキ』もそうだろう?いつ死ねるのかも解らない、ほぼ不死身のその肉体に・・・・嫌気がさしているだろう?オレも同じさ」
「な・・・・?!」
「自分で死ぬ事なんて出来やしないし、オレを殺せるほど強い奴だっていやしない。ならツクればいいって思ったんだよ。昔の目的は違ったよ?昔は純粋にオレ自身を長らく生きさせるために・・・・不老不死を手にするためにだった。でも・・・・。でもな、稔。お前の母親は・・・・本当に良い女だった。存外オレは・・・・合っていたのかも知れないな、自分で言ったことが」
―側にいてくれるだけで良い
「確かにあの女を殺したときの快感は忘れられないほど気持ちよかった。だが、それを凌駕して失った苦しみの方が大きかった。これはオレでも意外なことだった。それ以来オレは・・・・オレを殺せる存在をツクる研究に走った。そこで『あのガキ』も巻き添えを喰らったって訳さ」
「お前・・・・」
「稔よ。済まなかったと思ってはいるぞ?肉親を失わせたこと。オレは・・・・父親らしい事なんて・・・・一切出来なかったからな・・・・」
天満の声は徐々に小さくなっていく。燈樵の気も遠くなりかけている。
「稔・・・・母に似てくれてありがとうな」
「ザス・・・・」
頭のどこかに「父さん」と呼ぼうとしたものがあったような気がした。燈樵の気が持ったのはそこまでだった。
元気に走り回る子供が2人。それを優しい目で見守る大人が2人。とても幸せそうに微笑んでいる。しかし、美しかった情景は一気に転落し日が傾き部屋の中を不気味に橙色に染める。あたりには真っ赤な血が飛び散っている。まるで人形のように動く気配のない物体が二つ。その中に体中を真っ赤に染めた男が一人。
「と・・・・さん?」
2人を殺したのは父だ。そして。自分も。
情景がまた変わる。真っ白い世界。ただ一人でぽつんと浮いている。焦点の合わない瞳が見つめるその先には微笑む両親。2人が何か囁いている遠くて解らない。手を伸ばして引き寄せようとしても遠い。2人は絶えず囁き続けている。
―愛しているよ
その先へ行けば手が届くかもしれない。そんな気がした・・・・―。
あれから5年の歳月が過ぎ去った。とある墓地に佇む者が一人。墓標には「燈樵」の文字が刻まれていた。名前は書いていなかった。線香が漂い、美しい花が咲き誇っている。それを見つめる瞳は悲しさと言うよりは空しさ。その墓の向こうに見えそうで見えない影を求めて手を伸ばそうとして声を掛けられ手を止めた。
「道具、片付けてきたぞ」
「あぁ、ありがとう」
手を軽く振りながら歩いて来たのは響。それに返事をして燈樵稔はその墓地を後にした。
大騒ぎが起きた5年前。燈樵が病院に担ぎ込まれ何時間にもわたる大手術が行われた。医師の話しによれば助かる確率は本当に僅か。今、生きていること自体が奇跡のようだと言っていた。集中治療室に入れられ長い間奮闘が続いた。治療が終わっても燈樵は目を覚まさなかった。