最終章 惨慄 第5話
よろめいた際に激痛が襲う。先ほどの天満の衝撃で支障を来していた足がついにいかれたようだった。それよりも驚きなのは刃物を素手で弾き返すとは一体どういう作りをしている?
「いって!やっぱりオレが持っていた刀だけあるな・・・・!さすがに痛い」
「・・・・痛いでは済まないんだがな」
「ははは!『あのガキ』程ではないがオレもそれなりに頑丈だからな。まぁ、刀を持ってくれたことには感謝するよ。やっぱり動きに張りが出た」
それは燈樵にとってはあまり嬉しい結果ではなかった。できるのなら落ちてほしかった。それでも目の前の戦争を好む親の血を引いている以上は戦いの中でその身を向上させるのだろうか。
「さてさて、どんどん行こうか?」
天満の連撃が始まる。刀で捌いても捌き切れない。強いて言うなら、一刀流が四刀流を相手にしている様なものだ。
「稔よ。今どんな気分だ?」
攻撃しながら天満が訪ねる。答える余裕のない燈樵は黙ったまま。
「悔しいか?恨めしいか?それとも嬉しいか?オレは嬉しい!そして楽しい!ここまでオレと拮抗するものなど今までに誰も居なかったからな!」
「きっ、拮抗・・・・っ?!頭っ大丈っ夫か?!」
後退りながら燈樵は必死で言葉を募る。
「これの・・・・!どこが・・・・!!」
「拮抗しているさ!今までの奴らはオレに二度以上戦闘態勢をとらせることなど出来はしなかったからな!お前はどうだ?!稔!ここまで長い遣り取りは初めてだ!快楽とは別の・・・・そうだな・・・・これは・・・・」
「歓びかっ・・・・?!」
「歓び・・・・。あぁ!そうだ!それだ!さすが稔!よくわかったな!」
「くっ・・・・」
余裕で攻撃を仕掛けてくる天満に本気で太刀打ちできる自信がない。
随分と長い時間戦闘していた。ふとしたとき、燈樵はあることに気がついた。
「どうした?何か解ったことがあったら試したらどうだ?」
全く人の腹を読んでくるな、と思う燈樵。だが、自分の勘を疑うつもりはあまりない訳だから試す価値はある。
天満の攻撃を辛うじて交わして返し刃を浴びせる。
「っ・・・・!って・・・・。何、もう解ったわけ?我が子ながら腹の立つ野郎だなぁ~」
今まで傷一つ入らなかった天満の体。しかし、燈樵の一撃で斬れた腕。そこから流れる血を一舐めしながら言った。
「オレに血を流させたのもお前が初めてだよ、まったく」
「・・・・完全体ではないのか?」
「あぁ。所詮、オレは試作品だからな」
「・・・・そうか」
「さてさて~?さらに楽しくなってきたじゃないの」
そこから凄まじい遣り取りが始まった。斬られたせいか、天満の速度と力が上がっている。必死にそれを追う燈樵。
天満の特性。それは硬化であると判断した。己の定めた一部を硬化させる能力。それによってあり得ない硬さで刀を受け流せる。つまり、硬化されていない場所であるのなら、斬ることは出来る。気は進まないが。
「稔、動きが少し鈍ってきているぞ?大丈夫か?」
「っ・・・・!」
「くくく。答える余裕すらないか?え?」
反則並の力に燈樵は圧されている。何度も斬り返しはしていて天満の身体も至る所から出血しているというのに。
―致死量の血が玄関にあった。もう助からないだろう・・・・
あの事件の後医者たちが話しているのを聞いた。
―あぁ、そうだ。こいつは致死量を出してもしないんだったな・・・・
そんな事を思いながら燈樵は刀を振っていた。
「さて・・・・?稔の動きも張りが無くなってきたことだし、もういいや」
天満が体制を変えた。
―来るっ・・・・!
直感的にそう思った。あの勢いを今避けるだけの足がない。ならば、踏ん張るしかない。
「稔よ、終いにしようか」
天満が地を蹴った。さっきより格段に上がったその勢いに・・・・負けるわけにはいかない。
一瞬の出来事。それだというのに妙に遅く感じたのは一体何故だろうか。
「へぇ・・・・。やっぱ・・・・オレのガキだけあんなぁ・・・・」
「何・・・・を・・・・?!」
意識など一切してはいなかった。でも無意識に攻め入る強敵を前にその最大の急所を貫いた。
「お前・・・・」
「あははは!安心しなよ。フリじゃないよ」
天満はよろよろと後ろに下がると力尽きたかのように地面に腰を打ち、そのまま横たわりぐったりとした。息を大きく切らした燈樵は腰を落とした。出血が激しすぎて軽くめまいが起きている。それだけじゃない。身体のあちこちが悲鳴を挙げているのが解る。
「はは。思っていたより早かったなぁ」
「・・・・?」
「それに思っていた人間も違っていたし」
天満の言っている事が理解できずに、燈樵はかすれた声で疑問の声をあげた。しかしザッスクはそれを聞かずに言葉をつづる。
「あづさ」
「え?」
「お前の母の名だよ。本当にいい女だったなぁ」
「お前・・・まさか」
「なぁ、稔よ」
天満は燈樵の言葉を遮って続けた。
「聞いてもらえるか?あづさがどんな女だったか」
「・・・むしろこちらから知りたい」
「くくく・・・。そうか」
天満は嬉しそうに笑っていた。その笑みがどこか切なく見えたのは雰囲気のせいだろうか。燈樵はそんな事を思いながら朦朧とする頭で天満の話を聞いていた。