最終章 惨慄 第1話
最終話 惨慄
大きく肩を上下して床に手を付き、苦しそうに呼吸する。そんな燈樵を見下ろして楽しそうに笑っているザスク。飄々としているザスクを睨む燈樵。その表情を更に楽しげに笑って見る。
「稔よ、そんな無茶したら悲しむ奴もいるだろう?無理しないでさ。あの餓鬼を渡しなよ」
「そんなこと、絶対にするものか」
「ふーん。まぁ、稔はキライじゃないからな。よっと。まぁ、そのままさ。少し回復するまでオレの昔話に付き合えよ」
ザスクは地べたに座るとそっと瞳を閉じた。その様子を見て、飛びかかろうかと思ったが何処をどう見ても隙がない。燈樵はあきらめて話を聞くことにした。
「ま、昔話と言っても?信じるか信じないかは稔。お前次第だがな」
ザスクはそう言ってはるか遠い思い出でも思い出すかのような表情で語りだした。
舞台はなんと今より数百、数千年も前にまで遡った。ある一軒の貧しい家に生を受けた小さな命が全ての始まり。生まれた子供はすくすく育っていった。沢山の家族の中、幸せそうな家。お金は無くても笑顔はいつも絶えず楽しい日々が続いていた。しかし。それを壊すように夜盗共がその家を襲った。家にいる者たちは必死で逃げ回った。ひとり。またひとり。夜盗に捕まっていった。
一番幼いオレは母に抱えられるように逃げていた。でも、何がなんだかわからなかった。何故、逃げなければいけないのか・・・・。
母が転んだ。オレはそんな母の下敷きになった。震える手でオレの頭を押さえ込んでいる。動くなといわんばかりに。それでもオレは理解できずに母の体の下から這い出した。そうしたら、母は夜盗に刺されて血まみれだった。その時。オレの頭の中で何か大きなものが爆発した。脳裏が痺れる様な体内を流れる己の血が騒いだ。夜盗が刺した刀が母の体に刺さっている。それを引き抜くとその体からは大量の血が噴出した。オレの心臓は呼吸の邪魔になるくらいに高鳴っていた。夜盗がまだオレの命があることを知り、殺しに戻ってきた。しかし、現状を見て夜盗どもは動きを止めた。
「あの餓鬼、自分の母親を・・・・」
オレはそんな夜盗どもの言葉を聞いたがそんな事はどうでも良かった。ただ、目の前に転がる肉塊からあふれ出す赤き体液に夢中だったから。それからあちこちを放浪する事になった。初めのうちはその夜盗どもについていった。その夜盗どもも、後々殺してしまったから結局は一人で生きていく事になった・・・・。
燈樵は知らぬ間に頭を抱えて話を聞いていた。自分の死に掛けた母の命を完全に奪ったのはその息子、本人。それだけでなく、死んでしまったその肢体を更に斬り付け続けた。そして家族を殺した夜盗としばらくを共にするなど。考えただけで吐き気がした。燈樵はそっと頭を上げた。ザスクの表情は何の感情も篭っていなかった。まるで、どうでもいいといわんばかりに。
「それでな、稔。わかってもらえたと思うけど、オレは見た目の年齢と実年齢は全く異なっている。わかるよな?」
その問いにわざわざ答える必要は無い。そんな気がしたために燈樵は何も応えなかった。そもそも、答える気などなかった。ザスクも別に回答を求めていたわけではなかったらしく話を進めた。
「そうそう!稔!」
急に元気な声になったので燈樵は驚いてザスクを凝視した。ザスクは少し嬉しそうな声をあげながら燈樵の過去について尋ねてきた。応えるつもりは一切無かった。しかし、ザスクの言っている言葉が合い過ぎている為に気持ち悪かった。
「記憶、ないのか?今からぁ・・・・そうだな、9年前か?9年前の11歳の時まで記憶はなくなっているのか?それよりももっと後か? 以前じゃないだろう?オレのことを知らないんだから」
「何故・・・知っている・・・?年齢まで・・・。いや、それだけじゃない。俺の名も・・・」
「名?それだけじゃない。お前の家族も知っている」
「な?!」
ザスクの予想外の言葉に驚き、声を上げた。その反応が楽しかったらしく、ザスクは小さく声を立てて笑う。
「正直、お前が生きていたことに驚いた。お前と街で会ったとき、ウッカリ『生きていたのか?』って聞こうとしたくらい動転していたからな」
「生きて・・・?」
ザスクは又小さく笑った。そしてザスクは燈樵の目をしっかりと見ながら自分の左肩を指差していた。燈樵も無意識に自分のそこに触れた。この場所に何があるか、よく知っている。しかし、これをザスクが知っているわけがない。わからないといった表情でザスクを睨むと突然、高らかに笑い声を立てた。
「あははははは!解らない?いや、オレが知らないと思ったか?お前のそこにある傷を」
「そんな事まで何故知っている!?」
「その傷、作ったのがオレだとしたら?」
その台詞を聞いて燈樵は自我を失った事を後になって悔いる。
バネのように飛び出してザスクに殴りかかる。嬉しそうにしているザスクの表情が印象的だった。冷静さを失った拳ほど避けやすいものは無かっただろう。ザスクは簡単に燈樵を交わすとその腕を掴んで地面に叩きつけた。そして腹ばいになった燈樵の背にザスクが乗る。抵抗しようとした燈樵を抑えるために捕まえていない方の手を足で踏みつけた。更に逃れようとする燈樵を完全に抑えるため、ザスクは燈樵の頭も踏みつけ床に押し付けた。
「冷静になれ?まぁ、お前らしいといえばらしいんだが。あっと、今のお前はそんなキャラじゃないらしいなぁ?」
「俺の・・・何を知っている・・・」
「お前の記憶にない部分、全てだ」
ザスクの言葉に燈樵は歯噛みした。この状況に苛立ち冷静な思考が出来ていないことを自覚する。燈樵はすっと深呼吸をした。踏みつけられ身動きの取れない中、対抗できるのは脳だけ。その脳を活用できない状態にしてどうする。
「俺の家族を・・・殺したのはお前」
「そうさ。話してやろうか?無残なお前の家族の話を」
ザスクは嘲笑いながら言った。
「実際の所、オレの目線で見ているから必ずしも描写があっているとは限らんぞ?」
そう言って笑う。過去を話すために少し遠くを見るザスク。