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勾拿  作者: ノノギ
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余禄 第4話 

 今より9年前。燈樵家で大事件が起きた。その詳細は語ることができない。ただ、その事件が起きたよりも以前の記憶が燈樵の脳からは欠落してしまっているのだった。どこに住んでいて、どんな生活を送ってきたか、母も、父も兄弟も。何にも覚えていない。当時に至っては自分の名すら覚えていなかった。そんな状況であったためにその事件、何が起きたのかは全く以って不明であった。後の状況から推察された事で解った事は、燈樵の家は火事になった。家族と思われる2人の焼死体が家の中から見つかった事。遺体の状況から女性と女の子だったため、母親と妹の遺体だと言う事。玄関元に誰かの血液が致死量見つかった事。状況からして父親のものかもしれないと言う事。そんなものだった。しかし。こんなにも悲惨な状況であるにもかかわらず、燈樵は記憶を完全に欠落させているため悲しみも悲惨さも、ましてや苦しみなど。何も感じなかったという。記憶をなくした時にそれと同時に一時、感情すらも欠落させていたと聞いた。

「だから俺は桐原さんにしばらく育ててもらったんだよ」

「じゃぁ、桐原さんって燈樵さんのお父さんみたいなものなんですか?」

「はは。そうかもしれないな」

そう応えた燈樵の声はどうもそれを否定しようとしているような気がした。それを受け流して遊眞は燈樵の背中を目で追った。いってらっしゃいと声をかけて燈樵は軽く反応を示して玄関の向こうへ消えた。

 勾拿所に着いた燈樵は気持ちを切り替えた。そして中へ足を踏み入れた。いつもは騒々しい勾拿所の中が奇妙に静かに思えた。静寂を保とうとするかのように。

「こっちへ」

後ろから声が聞こえた。その声に従って誘われる方へいく。目の前を歩くのは勾拿最高位、本部部長の鏡俸杳。そんな鏡俸に付き、後を追う。奥のほうへ誘導され部屋に入ると桐原と本部副部長、針元渚が鎮座していた。燈樵は頭を下げて中に入った。本部部長自ら燈樵を誘導しに来るとは予想外で部屋の中にいる3人へ目配せしたが、それの回答は返ってきそうになかった。

「さて。役者も揃ったし、話しをしようか」

鏡俸が言った。みなの姿勢が更に正される。燈樵もその中に混ざって座る。

「議題は伝わっているね? あの子の話だけど」

「えぇ」

鏡俸の言葉に燈樵は返す。そう。今回、わざわざ本部部長副部長が訪れてきたのは他でもない、穐椰菰亞についての話のためだ。以前、穐椰がザスクと遭遇した。そのことを桐原に伝えたらすぐさま本部へ連絡を入れた。すると鏡俸は緊急を要するといって訪れてきた。

「何時から知られていたの?」

「恐らく、最初から、でしょう」

燈樵の答えを良くないものとして鏡俸は黙ってしまった。俯き何かを考えている様子だがふいに顔を上げて燈樵と桐原を睨んだ。軽く覇気も感じられる。

「二人は・・・・ないよね?」

「無論ですが、こちらの口では信用できないでしょう」

鏡俸の言葉に桐原が回答した。その回答は鏡俸に納得させたようだった。それから目を燈樵に向けた。

「ありません。そもそも俺にあったと言うのでしたら恐らく穐椰菰亞は俺の元には来ませんでしたでしょう」

「そうだね。わかった。二人は無いね。裏切りの線」

後の言葉に重みを感じた。わざわざここまで訪れてきたのはそれの話が主だからだ。穐椰菰亞の護送は本部にのみ知らされていた機密事項だ。それを本部以外の人間で知っているとしたら桐原と燈樵、それを取り巻いた響に遊眞くらいだった。つまり、裏切り者がいるとすれば本部。そんな本部でこんな話をすることは出来ない。そういう訳あってわざわざここまで来たのだ。

 穐椰菰亞。そもそもこんな大犯罪者を表に出した理由。上手く手なづける事が出来るとすれば、今後の勾拿事情がうまくいくという元老が言ったためだ。

「全く、退いた人間が口出しをしないでもらいたい」

針本が苦情を言っていた。それを鏡俸が抑えていた。元本部部長だった者達の集いがあり、現本部部長が好きなように情勢をやり繰りすることが出来ないでいた。それあって穐椰を外にだし、自分達の足しにしようと目論む事を否定できずに鏡俸は穐椰を外にだした。予想とは反してしまったために元老達は憤慨したらしいが、まだ子供の穐椰をそんな道具としか思っていない元老に鏡俸は淡々と説明してやった。

「ご存知でしょうが、彼の機嫌を損ねれば我々に命はありませんよ」

押し黙った元老達だった。

 穐椰の所在がザスクにばれてしまった以上、ここに放置しておくのは危険ではないかと鏡俸が言った。しかし、燈樵はそれを否定した。いくら今移動した所で意味を成さないと。

「ザスクは穐椰菰亞と同じです。もう既に位置を把握してしまった今ではどこへ行ってもあの嗅覚で感知されます」

「よく知っているのね?」

「えぇ。穐椰菰亞から聞いたことなので」

針元の言葉に燈樵は返す。何とも言えない沈黙が流れた。燈樵はその沈黙を使ってまだ話していない事を話すべきか悩んでいた。

「燈樵君ならザスクを何とかすることが出来る?」

唐突に鏡俸が言ってきたので燈樵は驚いた。桐原も少し焦っているように見えたが、何分、鏡俸の眼が本気だった。何も言わずにいると鏡俸は笑みを見せた。

「するって言ったら殴ろうかと思った」

鏡俸の笑みに全員が引いた。すると答えなくて本当によかったと安堵した燈樵。実際、ザスクから宣戦布告されていたので危うかった。

 腕を組んで鏡俸が瞳を閉じた。燈樵はそんな鏡俸を見てザスクに言われたことを思い出しながら言うべきではないと思考をねじ伏せた。桐原がそんな燈樵の状態に気づいたらしく横目で観察してきた。桐原がすっと燈樵の耳元で小さな声を出した。

「何か、あっただろう?今言えないなら後でも」

「あ・・・・、はい・・・・」

やはり桐原に隠し事は出来ないなと小さく笑った。別に可笑しい訳ではなくて。

「燈樵君、ザスクの所在は分からないかな?」

「すいませんが・・・・そこまでは・・・・」

「彼、でも?」

鏡俸の言葉に無意識睨んでしまった事を悔いた。その燈樵の目つきに鏡俸もそれ以上の言葉は言ってこなかった。

 話が終わったのはずいぶんと時間が経ってからだった。桐原に先ほどのことを催促されて非常に悩んだ結果、何もいわずに終わった。ここまで無言を通す自分が良く分からなかった。自分で自分が良く分からないのは初めてだった。

 家に帰ってきた燈樵を穐椰と一緒に迎えに出た。それに少し驚いたようで燈樵はきょとんとしていた。あまりの遅さに穐椰が憤慨寸前だったのを抑えながら何とかここまで宥めていたのだと苦情を言うと燈樵は小さく笑っただけで何も言わずに家に上がった。その行為に若干の疑問を感じながらも遊眞はその背を追った。穐椰はその背にくっついていたが。

 布団に入っても遊眞の胸の高鳴りを治めることができなかった。こう言うのを胸騒ぎと言うのだろう。奇妙で不安でどこか悲しい、そんな感覚が遊眞を襲い続けていた。その原因は帰ってきた時の燈樵のあの笑みだろうか。燈樵が遊眞の苦情に対して何も言わずにやり過ごした事など一度も無かった。いや、ただやり過ごしただけならここまでの不安を煽る事は無かった。あの微笑み方が遊眞の胸を高鳴らせている。あの・・・不思議と安堵したような納得したような・・・・そんな笑みに。

 暖かい布団に包まれている。そんな中で遊眞は目を開けた。その瞬間に遊眞は直感的にこれが夢だと理解した。何故そう理解したかはわからなかったけれど、とにかくこれは夢だと確信していた。ゆっくりと身体を起こすと隣に燈樵が座っていた。ただ何も言わずに座っていた。寝ているわけでもなく。

「燈樵さん・・・?」

尋ねてみても何も言わない。夢だとわかっていたからとにかく何でもきいてみようと遊眞は挑戦した。

「あの、ザスクって何なんですか・・・?穐椰の身体はどうしてあんなになってしまったんですか?それに・・・天満さんが何か問題でもあるんですか?さっき、制服を着て勾拿所に行ったのはどうしてですか?」

他にもたくさん。それでも燈樵は何も言わずにそこに座っていた。遊眞は尋ねる事をあきらめて目の前にいる燈樵に触ろうとした、その直後だった。燈樵が立ち上がって遊眞から一歩離れた。

「え・・・?燈樵さん?」

疑問に思ってその燈樵を追った。しかし、追えば追うほど燈樵は遠ざかっていく。必死で追っても意味は無かった。遊眞は追う事をやめた。怖くてたまらなかった。こんな夢、早くさめてほしかった。大切な人に手が届かない悲しさと空しさを遊眞は知っている。この手が空っぽになるあの恐怖を知っている。思い出しただけでも胸が苦しくなる。

 中学の2年のとき。担任の先生に呼ばれて職員室に行った。そこで通告された事に遊眞は言葉を失った。

「縞井さんのお父さんが倒れました」

遊眞と学校の先生一人と病院へ急いだ。辛うじて息のある父の元に駆け寄って呼びかけた。しかし父はそっと目を開けて笑うだけだった。遊眞の呼ぶ声に応えてはくれなかった。父はすっと目を閉じた。遊眞は必死になって父を呼んだ。その最中に父の口が動いた。その言葉を必死になって聞き取った。遊眞の目からは涙が止まらなかった。

「前を見て、生きろ」

父の、最期の言葉。遊眞が胸にしまってずっと持っている言葉。その時、感じた恐怖と悲しみと結局、人が死んでしまうときには何もできない己の空しさに絶望した。

 なんだかその時の感じと今が似ている。怖くて仕方なった。ありえないと割り振ってもその感じが胸の中に渦巻いて消えてくれない。遊眞は必死で頭を振った。早く覚めろ。目を覚ましてと。

「しまい! しまい!!ぅおい!」

はっと開けた目からは沢山の涙が零れていた。目の前にやたらと心配そうにしている穐椰の顔があった。遊眞はそんな穐椰に手を伸ばしてほほに触れた。その行為に穐椰は首を傾げたが、遊眞の異様な状態のせいか、おとなしくそのままでいてくれた。不安が遊眞を襲う。何が起きたのか自分でも解らない。そして、はっとして飛び起きた。燈樵を探して。

 慌てて階段を下りた結果、足を滑らせて転落。それを前と後ろから助けられて遊眞は何とか怪我をせずに済んだ。

「大丈夫か・・・?」

「ナンか、変なんダ、シマイ」

燈樵と穐椰が心配そうに遊眞の顔を覗き込んだ。燈樵の顔を見てどれ程安堵した事か。そんな遊眞の表情を見ながら燈樵と穐椰が見つめてくる。遊眞は大丈夫だといって立ち上がるとフラフラした足取りで自分の部屋へ戻った。その後ろで穐椰の声が聞こえた。

「あれ、放っテおいたらタイ変なことにナルよ」

それに燈樵がなんて応えたかは聞き取る事ができなかった。


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