余禄 第2話
学校も始まって最後の学期を過ごす遊眞。そんな遊眞の迎えに意外な人物がやってきた。それに一目散に声を発したのは一緒にいた璃紗だった。
「あれ?!あの人!遊眞と燈樵さんの家にいる人だよね?」
「え・・・?あ、本当だ・・・」
璃紗は遊眞の反応を見てにこりと笑った。それが気になって尋ねてみると、璃紗は少し困ったような表情で応えた。
「だって、遊眞ったらさ。あの人のこと、怖がっていたじゃん?だから・・・」
「あ・・・ご、ゴメン・・・もう平気なの・・・。今ではそこそこ仲良しだよ」
「そっか!それならいいんだ!」
璃紗には申し訳ないと思う遊眞だった。
「やぁ。随分カエりっテ遅いンダね」
「普通だよ・・・。穐椰が来るのが早いんじゃないの?」
「ん?イマ来た」
「あ、そう。ところで、何で穐椰が?」
「別に?ヒマだから」
「あ・・・そう」
「アハハハ!!面白いねぇ~! 遊眞の周りに居る人たちって本当に色々な意味で不思議な人ばっかり!」
「いや・・・」
「・・・リサ、ってイウんだッケ?」
「え? うん、そうだよ」
笑いながら璃紗が言った。穐椰は何度か頷くとくるりと踵を返して帰ろうとした。
「シマイ、カエるよね?」
「うん」
それから3人で帰宅する。と言っても穐椰は一人ですたすた歩いているから話をしているのは遊眞と璃紗だけだった。そろそろ璃紗と別れる場所かというとき、目の前を歩いていた穐椰が足を止めた。
「どうしたの?穐椰」
呼びかけても返答が無かった。璃紗と顔を見合わせてから穐椰のところまで歩み寄った。俯いている穐椰が小刻みに震えていた。
「穐椰・・・?」
穐椰の肩に触れようとしたとき、穐椰がものすごい勢いで顔を上げたので驚いて手を引いた。そんな穐椰の目は酷く震え、まるきり恐怖に支配されているようだった。息も荒くし、眼だけでなく全身が震えている。こんなに恐怖に満ちた表情は見たことが無い。璃紗も心配そうに覗き込む。穐椰の口が小刻みに動いているから何かを言っているのだと思って口元に耳を近づけた。そして震える微かな声で穐椰は言っていた。
「なんで・・・どうして・・・どうしてここに・・・・」
「あきや?」
尋常ではないその怯え方に遊眞は不安になって穐椰に再び触れようとした。するとまたしても穐椰が鋭く反応してきた。今度はかなり大声を出して。
「今の僕に触るな!!」
「え?!」
「何!?」
叫んで後ずさりした穐椰の足がもつれて尻餅を付いた。駆け寄って起こそうと思って手を伸ばすと穐椰から覇気を飛ばされて遊眞が膝を折った。
「ちょっと?!遊眞!?平気・・・?!」
「へ、平気・・・軽いから・・・」
「軽い・・・?」
「あ、いや、なんでもない・・・」
遊眞に触れさせないようにするために穐椰が覇気を飛ばしたために軽いといえば軽かったが、後一歩間違えたら失神する所だと遊眞は思った。
「嘘だ・・・ありえない・・・ない・・ない・・・ありえない・・・・」
頭を抱えるようにして震える穐椰に追い討ちをかけるようにひゅっと風が吹いた。その風にまみれて声が聞こえた。
「あれ?遊眞ちゃん?」
「ケキラさん?!」
声の主を探して振り向いた。黒髪、黒眼の青年。天満は遊眞と璃紗に爽やかに笑いかけた。そして、遊眞たちの前にかがんでいる少年を見て天満は動きを硬直させた。
「あぁ、やっと見つけた。こんな所にいたんだなぁ」
天満の表情が今までに無いほど優しげで暖かな笑みを浮かべた。遊眞は穐椰と天満を交互に見た。最終的に穐椰で視線は留まった。がたがたと震える穐椰に近寄る天満。それを察知した穐椰は天満とは逆の方向に走り出した。それに反応した天満がにこやかに声をかけた。
「待ちなよ」
その声に過剰反応し穐椰は制止した。立っているのもやっとと言わんばかりの震え具合でそこにいた。
「顔が見えないよ。こっち向いてよ」
天満の声が耳に届く。穐椰はぎこちない動きで振り向いた。遊眞の目に穐椰の表情が見えた。これは尋常ではないと直感的にわかった。隣の璃沙もその異変に気づいた様だった。
「ながらくだねぇ~?本当に探したんだよ?隠れていても無駄だってわかっただろう?」
「何で・・・・どうして・・・・」
「何故?ふふ。妙なことを言うな。お前に会いたかったからさ」
天満の声は温かい。なのに、穐椰がこんなにも震える意味がわからない。天満の匂いは穐椰にとって苦痛なのだろうか。鼻が良い分、異臭には鋭く反応する。だからかと、思っていた。
「まぁ、安心しな。今は手を付けないでおくから。なぁ?今度会う時は『主』の要るときにするからさ」
天満は遊眞の方に突然顔を向けた。びくっと反応した遊眞を少し愉しそうに笑ってから、微笑みかけてきた。
「ばいばい、遊眞ちゃん」
それだけ言うと天満は姿を消した。穐椰はがくんと膝を折って崩れた。
「穐椰?!」
呆然としている穐椰に璃沙と共に駆け寄った。穐椰は一度恐怖した顔で遊眞を見てから、血相を変えて尋ねてきた。
「いつからっ?!いつから知り合いなの?!」
「え・・・・?!ちょ、ちょっと前よ・・・・?船の中で」
「船?!いつの?!どこ行った時の!?」
あまりの剣幕で穐椰が尋ねてくるので遊眞は焦った。それでも穐椰の求めている答えを提示する。
「穐椰のいた所に・・・・」
遊眞は最後まで言うことが出来なかった。穐椰が頭を抱えて絶叫したから。悩んだ末、隣で理解不能で困り果てている璃沙を家に帰るよう勧めて、遊眞は遊眞で何とか穐椰を家へ戻そうと勤めた。
璃沙は帰ったが穐椰がそこの場所から動かない。何かを言っているから聞いて見れば最初から、と繰り返して言っていた。
「最初から・・・・最初からだったんだ・・・・!」
穐椰のあまりに異様な状態に何も出来ない自分が腹立たしく、それと同時になんだか悲しかった。
「落ち着いた?」
穐椰の震えが止まった頃、遊眞は穐椰に尋ねた。穐椰は小さく頷くとやっと立ち上がった。それから今までに見たことないくらいしおらしく歩きはじめた。家に着いた頃にはもう辺りが夜の気配を漂わせていた。その遅さに燈樵が心配して出迎えてくれた。
「すいません、心配か・・」
「ひしょっ!!」
遊眞の言葉を切って穐椰が燈樵に飛び込んだ。遊眞は穐椰のその速い動きに虚を突かれて固まった。
「どうした?」
何も言わない穐椰はただ燈樵にしがみついていた。困った表情をしている燈樵に遊眞が軽く説明をした。すると、今度は燈樵も表情を凍らせた。流石に遊眞は何か危機を感じた。
「菰亞。落ち着け。何があった?」
すごく優しいその声に遊眞は驚いた。いや、普段から優しい声音は出してくれるが、この時発した燈樵の言葉はいつものものとは全く違った優しさだった。
「ひしょ・・・。いたんだ・・・ずっと・・・このへんに・・・」
「・・・・まさか」
「わからなかった!すぐ近くに来るまで!僕のこの嗅覚でも!居場所がわからなかった!もう、終わりだよ!」
叫び声を上げて燈樵の腕の中で震えていた。燈樵のその時の表情は酷く沈んでいた。その沈んでいる意味が遊眞にはわからなかった。燈樵は少し考えた後に穐椰に耳打ちした。何を言ったかは聞こえなかった。穐椰は苦痛な表情で頷いた。燈樵も穐椰と同じように苦しそうに顔をしかめていた。遊眞は不安が募った。燈樵が穐椰から離れて玄関へ向かった。その途中にいた遊眞の頭に軽く手を乗せて微笑みながら言った。
「勾拿所に行ってくる。済まないが話すことは出来ない。まだ縞井には早過ぎる」
遊眞は燈樵のどいていく手がゆっくりと見えた。そのまま燈樵は玄関の向こうへと姿を消した。呆然とする遊眞は呆然としたまま穐椰の方へ首を動かした。穐椰は俯いていたが遊眞の視線に気づいて顔を上げた。
「燈樵がイワないって判ダンしたから僕も言わなイ・・・」
遊眞はその言葉に返すことが出来なくてただ頷いた。遊眞の中で嫌な予感が渦巻いていた。
勾拿所から戻ってきた燈樵はそっと寝室を覗いた。穐椰と遊眞が眠っているのを確認して扉を閉めた。
-情報を売っている者がいるかもしれないな
桐原が言ったこと。頭の中でぐるぐると回っていた。信頼すべき仲間の中に裏切り者がいる。穐椰が監獄から出てきてこの辺に滞在しているということを、明かした存在がいる。そうなった今、簡単に口外することが出来なくなってしまう。燈樵はため息をついてベッドの淵に座った。