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勾拿  作者: ノノギ
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余禄 第1話 

 相手がわずかに反応を示せば直ぐにわかる。何階かどうかを言って、わずかに他のものと反応が違った所に少年はいる。

 燃え盛る炎は穐椰の肌を簡単に焦がしていった。でも穐椰にとってこのくらいの炎なら平然としていられる。3階へ駆け上がると確かに人の匂いがする。穐椰は匂いのするほうへ走った。炎で包まれた扉を何の躊躇もなく開けると中に蹲って震えている子供がいた。音に驚いてこちらを見て縋るように走ってきた。

「おにいちゃん!たすけて!こわいよぅ!!」

声の感じは母親同様に嗄れている。どうやら泣きすぎたのだろう。穐椰はその子を抱えると窓ガラスを蹴破って3階と言う事も無視してその窓から飛び出した。地面についたとき、足の骨が数箇所折れたみたいだが問題は無い。

「ノブ!!」

母親が叫んで駆け寄ってきた。それに反応して子供が手を伸ばす。穐椰は抱えたまま母親に受け渡した。母親は何度も謝礼の言葉を述べながら泣き崩れていた。自分にも、こうしてくれた母がいたのに。穐椰はその場に座り込んだ。消防士と救急隊員が駆け寄ってきた。

「君!大丈夫か?! ひどいやけどじゃないか!掌も、酷く爛れているじゃないか」

穐椰の手を持って救急隊員が引こうとした。しかし穐椰はそれに抵抗した。驚きと疑問の表情をして穐椰を見た。

「ヘイキ。これくらいナラ放ってオケばすぐニ治る」

「い、いや・・・」

「良いって、言ってん・・」

「アホ。人様を心配させるな」

突然、穐椰の腕を掴んで布で包んでくれた。凍った氷のような心の中にほっとするような温かい水を掛けられたかのような感覚。その感覚がしたとき、手が異様に痛んだ。いや、手だけではなく、全身が痛かった。

「大丈夫か?」

燈樵の心配そうな声に穐椰は笑って大丈夫と応えた。

「すみません、コイツは俺の連れです。今は救急車が1台しかないようなのでそこの子を送ってください。こいつは俺が連れて行きますので」

「そうですか。わかりました。ちゃんと診て上げてくださいね」

「えぇ」

穐椰を立ち上がらせると燈樵は歩き出した。その後を着いて行くがだんだん息が苦しくなってきた。肺に溜まった煙が呼吸困難を起こしている。穐椰は立ち止まった。その気配に気付いた燈樵が振り向いた。

「おい・・・本当に大丈夫か?」

いつもより心配した声で呼びかけてきた。普段の穐椰ならこの位の火傷なら簡単に治るからそこまで深く考える必要は無かったのだが、今回は少し様子がおかしかった。

「菰亞・・・?」

呼びかけてくる燈樵に応える事ができなかった。

「おら」

「え・・・?」

燈樵が突然穐椰を負ぶった。穐椰を抱えたのはこの時が初めてだったが予想以上の軽さに少し驚いた。何があったか知らないが、穐椰がこんなにも憔悴する事はありえない。ちょっと燈樵は焦った。

 家についてから布団に寝かせてその寝顔を見ながら考え事をしていた。遊眞に自分のことを話したことは意外だった。嬉しい感覚もあったけれどどこか不安な気がしたのは一体何故か。奇妙な胸騒ぎがする。燈樵はそんな胸騒ぎを抑えるためにそっと瞳を閉じた。

 どんがらがっしゃん。そんな音が聞こえて眼を開けた。時計を見て少し寝ていた事に気づいた。穐椰はぐっすり眠っている。燈樵は下に降りた。

「あ・・・燈樵さん・・・す、すみません・・・あの・・・・」

遊眞の足元に散らばる皿に眼を引かれた。散乱した皿は無残にも粉々になっていたが。

「えっと・・・?」

「す、すいません!! ちょっと・・・その・・・・飲み物を飲もうと思って、上にあるコップを取ろうと思ったんですが、誤って・・・・色々落としてしまって・・・。本当にごめんなさい!」

「いや、構いはしないが。縞井は平気か?」

「あ、ハイ・・・私は全然・・・」

「そうか。なら別にいいんだよ」

皿を片付け始めた。遊眞も慌てて片付けようとしたが危ないから下がっていなと言われておとなしく下がった。そして、ずっと言いたかったことを言う事にした。

「燈樵さん。私、穐椰から少し過去の事を聞いたんです」

「あぁ、そうだったな」

「それで、思ったんです。その、残酷な人、ザスクって人に・・・・会ってみたいって」

燈樵の手が止まった。上目線で遊眞を見た。その瞳に少し心動かされながらも遊眞ははっきりと言った。

「だって・・・いくらなんでも人間の行動じゃないですよ!人間の心じゃないですよ! だから・・・。知りたいんです・・・。あんなに簡単に人を傷つけられる人なんて・・・会って確かめたいんです。どうして・・・・こんな事するのか」

「・・・・そうか。俺も少しそれは思うが、犯罪をするような輩の気持ちなど知ったことではないが」

燈樵のその口調に遊眞は少し恐怖を感じた。それがなぜかは解らないけれどこれが殺気のようなものだろうか。犯罪者の気持ちなど理解に及ばないというのだろうか。

「ただ、あのザスクと言う男には本当に会わないほうがいい。嫌な予感しかしない」

「え・・・?会ったことあるんですか?」

「いや、無い。ただ、菰亞の話を聞いていてそう思った。まぁ、近くにいれば直ぐにわかるだろうけどな」

「え?!どうして解るんですか?!」

「鼻。菰亞の嗅覚は異様に発達している。それに加えて、菰亞はザスクに対する恐怖心が凄まじいまでにある。奴の匂いを感知するのは普通の人間の匂いを感知するよりも容易く出来る」

「あ・・・そうなんですか・・・」

遠いところを見てぼうっとした様子でいる燈樵をはじめてみた。うろたえている、と言っても嘘ではないかもしれない。雪芽の送迎から帰ってきた燈樵の様子がおかしい。どこか沈んでいるというか。

「燈樵さん、大丈夫ですか?」

「え?」

「なんだか様子がおかしいというか、元気ないというか・・・」

「・・・そうか? いや、別にそうでもないが」

否定はしたが、どうにも完全に否定しているようには思えなかった。

 翌日、燈樵がまた出かけていった。最近、燈樵がやたらと出かけるので気になってあとをつけることにした。なぜかは、正直自分にも解らなかった。

「何、しているの?」

「ぎゃぁ!?」

壁の陰に隠れて燈樵の様子を見ていた遊眞は怪しかったのだろう。声を掛けられた。驚いて凄まじい声を出した。

「てん・・・!?」

「そっちじゃないって」

天満はにこやかに笑った。恥ずかしさに顔を赤くして俯いた。

「何をしていたの?」

「え・・・あ・・・いや・・・」

「かなり怪しかったぞ?」

「う・・・・・ん・・・・・その・・・・・」

「ん?」

遊眞の淀んだ言葉に天満は疑問そうな顔をしていた。そこへさっきの声を聞いて戻ってきたらしい燈樵が後ろから声をかけてきた。

「縞井、着いてきていたのか・・・?」

「あっ?! いや・・・」

「お前・・・・」

「え?」

「ん?」

天満の声に二人が反応した。天満の様子が少しおかしかった。かなり動揺しているようにも見えた。

「お前・・・い・・・」

途中で言葉を切った。燈樵は天満を見た。その眼と目が合った瞬間に、更に天満の表情が焦っていた。

「何か?」

燈樵の言葉に天満は額に力を入れた。不信、とも読み取れるその表情に遊眞はなんだか不思議な感じがした。

「お前・・・オレ、覚えていないのか・・・?」

「さ?知らんが」

天満の表情が凍った。気のせいかとも思ったが、そうではないと理解した。いつも余裕綽々とした表情を浮かべている天満がこんなにも動揺した姿を見せるとは正直思っていなかった。

「いつか、会いました?」

燈樵の言葉に天満は返事をしなかった。軽く瞳を伏せ、何かを考えている様子を見せた後、溜息を吐いて目を上げた。

「名は?」

天満に聞かれて燈樵は返事をしかねていた。

「燈樵、稔・・・か?」

天満に聞かれて燈樵は眉を寄せた。その様子を察して天満は燈樵の名前があっていると確信したようだった。それからいつもの表情に戻って、少し不敵な表情をして笑うとくるりと踵を返して歩き出した。

「いや、まぁ、気にしなくていいよ。また今度、ゆっくり話ししようじゃないか、稔」

遊眞と燈樵の頭に衝撃を軽く与えて天満は歩き去ってしまった。遊眞は軽く混乱する頭を回転させてゆっくりと燈樵を見た。この燈樵を名前で呼んだものを見たことが無かった。燈樵自身もそういう気分らしく、なんだか変な表情をしていた。

「知り合いか?」

唐突に燈樵が尋ねてきた。船で会ったことやここら辺で何度かあっていることを説明すると、燈樵から何だか嫌な殺気のようなものを感じた気がした。それに気付いた燈樵は表情と口調を和らげて遊眞に笑いかけた。

「すまない。家に帰っていな」

「え・・・あ、はい・・・」

その時の笑顔。遊眞は天満とかさなった。いつも笑いかけてくる天満の表情に今、少し切なげに笑いかけてきた燈樵の笑顔がすごく・・・・。

 家に帰ると穐椰が大の字になって寝ていた。この子は寝るときはいつも大の字なのだろうか。そんな事を思いながらソファに腰を下ろした。燈樵が人の顔を忘れるような人柄ではない気がする。しかし、天満の事は知らなかった。天満は知っていたようだというのに。そんな人様の事情に深い所まで首を突っ込んではいけない気もするが、気になって仕方なかった。妙な無騒ぎがしたのはこの時期くらいからだ。

 宿題に身も入らず机の前でぼうっとしている遊眞。受験シーズンである遊眞にとって勉強は欠かせないものなのに、全くする気が起きない。そんな事より他の事に気が散ってどうしても集中できなかった。息を長く吐き、軽く伸びる。下のほうで穐椰の叫んでいる声が聞こえた。大声を出さない燈樵の声は聞こえないが、恐らく穐椰の要求を呑んでいるのだろう。

「あれ・・・?今日、非番?」

確か朝早くから出かけているはずだから燈樵はいるはずが無い。不思議に思って下に降りると、予想外に人物がそこにいて驚いた。

「き、桐原さん?!」

「やぁ、縞井さん。邪魔したかな?」

「いえ・・・」

傍に不貞腐れた表情をする穐椰がでんと座っていた。何があったのかを尋ねると燈樵のことで聞きたいことがあってきたらしい。

「最近、様子がおかしくてなぁ。何かその理由が解ったら教えてほしいと思ってさ」

「だぁからぁ~。シラないってズっとイッテんじゃぁん」

面倒臭そうに言う穐椰に桐原が苦笑いをしながら応答していた。遊眞は天満とであったときの事を言おうかどうしようか思案した。しかし、そんな事を言っても何の意味があるのかは微妙な所だった。ただ単に遊眞が変に感じてしまっているだけかもしれないその可能性をわざわざ話す必要も無いだろうか。

「まぁ。何かあったら教えてくれ。あいつ、ああ見えて結構感情的な奴だから」

「え?」

「子供のころは随分やんちゃだったんだよ」

桐原は笑ってそういうと家を出て行った。

「ねぇ、燈樵さんがやんちゃだったって・・・想像できる?」

「デキナイ・・・」

二人でやんちゃな燈樵を想像して少し笑った。穐椰とこんな風に話ができるときが来るなんて一切思っていなかった。でも、今はそれが嬉しい。遊眞は変な考えを頭の隅の方にしまいこんだ。こんな事を考えていたって何にもならない。だから遊眞はそそくさと二階に上がって宿題に取り掛かった。それから数日後の事だった。穐椰の恐怖に身を震わせる事件が起きたのは。


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