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勾拿  作者: ノノギ
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追憶 第7話 

「あぁー!!!」

突然叫んだ遊眞に穐椰はびくっと身体を震わせた。恐怖ではなく、驚きで。遊眞は頭を軽く抱えて叫びながら部屋を飛び出していった。そんな遊眞を身ながら穐椰は思うのだった。

「学生さんモ大変ダなぁ~」

のん気にそんな事を思いながら部屋を出て下へ降りていった。一応は、恐怖させてしまった雪芽へ謝罪をしようと思って。燈樵も帰ってきたから先ほどみたいな悲惨な事にはならないはずだから。

 慌てて自分の部屋に戻った遊眞は鞄をひっくり返して、現状を把握した。始業式が始まるまで1週間と少し。宿題と言う名の敵が鞄の中に息を潜めて待ち構えていた。色々な事がありすぎてすっかり忘れてしまっていた。今回の宿題の量は凄まじいものだった。苦手な科目も多々あるから遊眞は落胆した。冬休みだというのにこうも多くの宿題を出した学校側は何を考えているのだろうか。

「と、とにかく今から少しずつ毎日やれば問題ない!大丈夫!」

自分に言い聞かせるように言ってから机の前に座り込んだ。

 雪芽が着てから一週間経った。やっと雪芽の城帰りと言うわけだ。燈樵が桐原と共に雪芽の送迎に出かけた。残った穐椰はせいせいしたと嬉しそうに言っていた。遊眞も正直そう思った。この数日、雪芽に邪魔されて宿題に手をつけることも中々難しかった。これで落ち着いて宿題が出来るというものだ。

 穐椰は外に散歩へ出かけた。銀に光る髪を揺らしてエメラルドの瞳はどこか嬉しそうだった。あちこち歩き回っていると一組の親子を見つけた。穐椰は足を止めてそちらを凝視した。

 茶系の髪をした親子が楽しそうに歩いている。子供の方はまだ学校に行っていないくらい幼かった。昔の自分を思い出すようで穐椰はしばらくその親子を見詰めていた。今でも昨日のように鮮明に覚えている惨劇の場を頭に過ぎらせながら。

 両親元を離れてザスクの元で生きることを余儀なくされた。そんな折、穐椰にとって更なる事件が舞い込んできた。唯一、優しさを向けてくれていた樒が消えてしまった、あの残虐な事件。

 時は流れて冬。暑い季節とは裏腹に凍える寒さが肌を刺す。こんな季節でも穐椰の格好は夏とそう変わりなかった。歯をがちがち言わせて寒い部屋の中にいた。寒さで凍え死ぬことは絶対にない。それはわかっている。それでも、この寒さで死ぬことが出来たならどれほど楽だったか。部屋の中まで軽く凍っているそんな空間で穐椰はひたすら耐えた。

「坊や?大丈夫?」

心配そうな声が部屋の中に聞こえた。穐椰はニッコリ笑って白い息を吐いた。

「うん」

「こんな凍える部屋で・・・」

樒はベッドに座ると小さな穐椰の体を持ち上げて自分の膝の上に座らせた。そしてそっと包むように穐椰を抱いてくれた。

「樒姉ちゃん、アッたかい」

樒の腕の中で身を委ねる。樒がいるから穐椰は何とか保っていた。

「こんな冷たい体で・・・」

樒の声は寂しそうだった。話によると樒には昔、穐椰と同じくらいの弟がいたらしい。どういう訳か、今はもう亡くなってしまっているとか。なんでも病がどうとかって。それもあって穐椰を大切に扱ってくれていた。

 いつものようにザスクに呼ばれて、知らない巨大な屋敷へ連れて行かれる。そこにいたのは色素の抜けかかった婦人だった。

「約束のお時間ですよ、マダム」

いつもの感情の篭っていない笑顔。俗に言う営業スマイルと言う奴だ。顔立ちの悪くないザスクがその笑みを見せると婦人はすぐに顔を赤らめた。

「えぇ、わかっているわ。えと・・・?その・・・子供が?」

「えぇ、マダム」

ザスクの語る口調は人の判断力を狂わせる。

「なんでも出来ますよ。力仕事から細かいことまで、とにかく色々」

不適な笑みをするが婦人にそれは見えていない。その横にいる穐椰に釘付けだからだ。婦人は納得したようで了承と答えた。

「後払いということなので値段の変動はありますが構いませんね?ここで起きたことは全てこの子の頭の中にインプットされますので、何をしたかはよくわかります。それによって値段が跳ね」

「跳ね上がるね。わかっているわ。何度も聞いたことよ」

「それは失礼、マダム」

笑って穐椰を婦人に引き渡した。制限時間は24時間。その間で値段を上昇させること。それが穐椰に課せられたザスクからの命令。

 外観以上に内装は豪華だった。婦人が穐椰の顔を覗き込んだ。

「とってもきれいだね。マダム」

「マムって呼んで」

「でもぉ~・・・」

「いいのよ」

「はい、マム」

猫撫で声のようなものを出して婦人に接する。それが打倒だと理解したからだ。穐椰の優れた感覚は自らの意志で研ぎ澄ませば相手の欲している感情を読み取ることが出来る。だからこの婦人が求めているものは愛くるしい仕草の子供であると穐椰にはすぐわかる。それにザスクも同じ事だった。相手の求めていることが何か、的確に穐椰に指示していた。穐椰は半ばそれに従いながら臨機応変にその場をやって過ごした。そうでもしないと、ザスクからのお咎めが恐ろしくて堪らなかったから。

 婦人は嬉しそうに部屋で料理をしていた。部屋には写真が飾ってあった。にこやかに笑う少し若い婦人と、その腕に抱えられている男の子。恐らく息子だろう。ここに今いないと言う事はなくした可能性が高い。それあって穐椰のような子供を欲しているのだと解った。

 料理を終えてご馳走をテーブルに並べて二人で食べた。ザスクの元ではまともなものを食べさせてもらえないからこういったことだけは嬉しく思えた。そのあとも楽しげに会話を終えて、床につく。抱えられて眠る。どんなに優しく抱かれても、母のような温かさや樒のような優しさは感じられなかった。向けられている愛情の方向が違うからだろうか。

 とにかく気に入られることが穐椰にとって絶対しなければならないこと。気に入ってくれればこの婦人は値段を上げてくれるのだから。

 24時間が経つ。時間きっかりにザスクがチャイムを鳴らす。婦人は封筒を持って穐椰とともに玄関を出た。

「如何だったでしょう?お楽しみいただけたでしょうか」

「えぇ、とても。素晴らしい子だわ」

婦人はそういってザスクに封筒を渡した。ザスクはそれを受け取ると爽やかに笑った。

「はい、確かに頂きました。ご満足していただけたようで何よりです、マダム」

「中身を、確認なさらないのですか?」

「えぇ、致しません。マダムを信用しているので」

信用など何もしていない。ただ持った瞬間に、中身が本物の紙幣でさらにその金額までわかってしまうのだから。予想より多く入っていたらしく、機嫌はよかった。そのまま帰ることになった。

「ではマダム。また何かありましたらご連絡を」

「えぇ、えぇ」

満足そうな表情をした婦人は柔らかな瞳で穐椰を見ながら上の空で返事していた。

 ただ。これだけで終われば何もないというのに。これで終わらないのが、この男の非道な所だ。

 ザスクは基本的に科学者の部類に入る。何を研究しているのか正確にはわからないが、そのうちの一つで、不死薬を研究していることはわかった。ザスクとて無限に金がある訳ではない。その金を稼ぐ方法の一つとして、先程の行為をしているのだった。そして金を受け取ると、ザスクは己の痕跡を消すために必ずすることがあった。

 再訪問。穐椰を連れて再びあの婦人のところへ行く。婦人は驚いた様だったが嬉しそうに微笑んだ。

「これ、前金ですの。またこの子をお貸し願いたくて」

婦人は封筒をザスクへ渡す。ザスクはそれを受け取ると穐椰に合図する。穐椰はそれを見逃さない。いや、見逃せない。

「え?」

無表情の穐椰の手が婦人の胸元に触れる。婦人は不思議そうな表情をしていた。

「失礼、マダム。これから少し用事がありまして。良ければそれが終わってからでも?」

「えぇ、構いませんわ」

婦人の了承を得て穐椰を連れて屋敷を出た。その翌日にはニュースで流れることになる。どこぞの豪邸に住んでいた婦人が心臓麻痺で亡くなると。穐椰の特殊能力。相手の体に何らかの影響を及ぼし、時間を経て殺害する、そんな力。今までにも大量の人を殺してきた。中には血飛沫を上げてやることもあった。それが理由で犯罪者の間では知れ渡ったとおり名が出来た。『時間殺し』と。時間を自在に操る、反則並みの殺害方法。更にその名が知れ渡るのを手助けしていたのはザスクの存在。ザスクのような強大な力を持った組織に居座る少年の存在は簡単に知れ渡っていくのだった。世間とは裏腹に・・・。

こんなわけのわからない力で自殺しようとしたこともある。首筋を切り裂いても結局血まみれで倒れている自分を見ることになる。その度に樒が心配そうな顔で覗き込んでいた。

「坊や・・・」

不安な声が募る。いつもの事だけど、本当に申し訳ない気持ちにはなる。そんな中に、ザスクが入って来た。

「おい、行くぞ」

その声に逆らわず従おうとした時、樒が穐椰の肩を押さえて立ち上がった。

「いくらなんでも酷すぎます・・・。この子はまだ子供で・・・」

樒の言葉を切らせたのはザスクの睨みだった。俯いて喋らなくなった樒。ザスクは一度瞳を閉じて再び開くと樒を抱き寄せた。この行為には穐椰だけでなく樒も驚いた様だった。

「その餓鬼がそんなに心配なのか?樒。だったらオレを止めて見なよ」

穐椰の目の前で樒の体を貫通するザスクの腕が見えた。手を引き抜き、倒れていく樒に冷たい声を浴びせた。

「無理だろうがな」

手に着いた血を一舐めしてからぶんと振って血を拡散させた。穐椰は慌てて樒のそばに駆け寄った。触れようとした時、母の時同様にザスクが阻止した。今度は両手を貫かれた。ザスクによって多少は鍛えられているから以前ほど悲痛な声は上がらなかった。

「ふん・・・。今のお前ならこれくらい直ぐか」

ザスクはため息混じりにそういうと、新たな刀を出して穐椰の首に突き立てた。さすがにそれは激痛を齎せた。しかし声をだすことは出来なかった。床とを接続された穐椰の首はぴくりと動かすことすら出来ない。それを見定めてザスクは部屋から出て行った。

「し・・・」

出ない声を搾り出す。刀が突き刺さっているのに体が治癒を行い始めている。樒は穐椰を見詰めていた。口元に血が着いているのを見ると吐血したのだろう。腹を抉られ微かな息しか出来ない。そんな様子を見て穐椰は穴の空いている手に力を込めた。

「坊・・・や・・・。いいのよ・・・もう・・・」

「やだよぅ・・・やだよぅ」

樒の微かな言葉に声にならずとも口を動かす。

「わかって・・・いたの。いつか、こうなるって・・・。坊やには申し訳ないことをしてしまったわ・・・。ごめんなさい・・・」

弱々しい声が穐椰の耳に届く。母同様にこの女性までなくしてなるものか。穐椰は痛みを堪えて突き刺さっている手を引いた。肉が裂け、骨が剥き出しになった哀れな手。そんなことも厭わずもう片方の手の刀を抜いた。そして首に刺さっている刀を無造作に抜いた。鮮血が飛び散り、辺りを夕焼けのようにその血で染めた。樒は穐椰のそんな行為に驚いていた。

「無茶、しないで・・・坊や・・・。必然だったの・・・。私がこうなることは・・・始めから・・・わかって・・・」

「いやなんだ!」

再生した喉笛をやっと使って声を張り上げた。

「もぅ・・・やだよぅ・・・。たいせつなひと・・・これいじょう、なくしたくないんだよぅ・・・」

ぽろぽろと涙を流しながら出血で朦朧とする頭を何とか活動させて言った。樒の表情は見ることが出来なかった。もう視界は真っ暗になりかけていた。何も見えない。何も聞こえない。何もかも・・・。意識が消えたのはいつだったか。


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