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勾拿  作者: ノノギ
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追憶 第4話 

 穐椰は絶望と言うものを痛感させられていた。涙が止まらない。それだけじゃない。体中から流れる多量の血も止まる事がない。痛みで、苦しみで、そして何より打ちのめされた、希望と言う皮を被った絶望に。

「ボウヤ、大丈夫?」

優しい声で話しかけてきたのは綺麗な白灰の髪をした女性だった。名前は東海林樒。実名ではないらしいが、そういう名前で通っているらしい。樒は優しい女性だった。でも、もう穐椰にヒトを信じる心など無くなっていた。親切に接してくる樒の事も恐怖と絶望の塊としか見えていなかった。そんな穐椰の気持ちを理解してか知らずか樒は穐椰の手当てをしてくれていた。

 こうなったのは全てあの青年のせいだった。青年が着いたと言って立ち止まったのは廃墟になったビル。そしてその足元に何かの扉のようなものがあった。それは地下へ繋がる階段で膨大な量の部屋がその地面の下に巣づくっていた。その巣穴の中へ穐椰は連れていかれた。無数にある部屋の一室に入れられた穐椰は何か嫌な予感はした。青年は何も言わずにそこから出て行ってしまった。その嫌な予感のせいで軽く震えている穐椰の耳に奇妙な金属音を聞き取った。そちらに眼を向けると小さな穴がある。そして。ヒュンと何かがこちらに向かって飛んできた。間一髪でそれをよけると何が飛んできたのかを確認した。地面に刺さっていたのは長さ20センチほどの槍のようなものだった。それをきっかけにありとあらゆる場所からその槍が飛んできた。必死になってよけるが数が多すぎて身体能力が向上している穐椰ですらそれに追いつく事はできなかった。何度も身体にかすり傷を増やしていく。泣きながら必死でよける。

「なんで・・・・なんで・・・?」

そう、呟きながら。

 突然、槍の数が増えた。必死になってよけてももう避け切れない。もう無駄かもしれないとあきらめかけたとき、腹に激痛が走った。ゆっくりそこに目をやると腹を見事に貫通した槍があった。穐椰の中で恐怖が爆発した。

―――――・・・・ッ!!!

声にならない叫び声が上がった。それと同時に行き交っていた槍が一瞬にして弾け飛んだ。それからはもう槍は来なかった。穐椰はそのまま気を失った。ヒトなど、もう誰も信じる事なんてできないんだと思いながら。この時、槍が全て弾け飛んだのは覇気のせいだと後から知った。

 そんな事が既に1週間続いている。身体は本来なら当に根を上げ壊れてしまっていただろう。しかし穐椰の身体は朽ちる事無く正常の状態を維持していた。精神は別として。身体にできた貫通程度の傷なら半日もあれば塞がり、一日もあれば跡形もなく消え去った。自分はどこまで人間離れすればいいんだと何度も思ったし、園児ながらに自殺さえしようとしたくらいだった。しかし、出来なった。決して怖かったんじゃない。何度深く己を傷つけても再生能力の高さゆえ、生存してしまうのだった。

 一週間経つと、プログラムが変わる。青年がそう言った。言ったのはちょうど週間の切れ目。今日から変わるんだと理解できた。

「よぉ。着いて来い」

青年は突然部屋に入ってきてそういった。穐椰は酷く体を震わせた。それからゆっくりと布団もないベッドから立ち上がると俯いたまま部屋を出て青年の後を追った。この1週間で青年の言う言葉を否定する事も拒否する事もできなかった。

 連れてこられたのは冷たい感じのする部屋。そこには数十人の人がいた。穐椰はその人たちからのピリッとする嫌な感じを覚えた。俗に言う殺気と言う奴だった。それを感じながらも穐椰はその場から動く事が出来ずにいた。

「まぁ、今のお前なら何でも無いだろう?」

青年はそう言って部屋から出て行ってしまった。残った穐椰は周りに居る人たちの殺気を嫌々になりながら身震いをした。

 一時間も経たない間に部屋の中に青年が入ってきた。嬉しそうな顔をしながら部屋の中の様子を見回して納得したように頷いていた。

「まぁ、予想より少し時間がかかったが・・・まぁいいだろう」

穐椰は倒れた人の海の真ん中で震えながら立っていた。そんな穐椰の頭に軽く手を乗せて穐椰の部屋へ青年は戻した。その部屋も、果たして本当に部屋と呼べるのか疑問な所だった。コンクリートむき出しの外壁に鉄製のベッドには何の布切れ一枚すらない。部屋の中にあるものはベッドしかない。

 今までの直線的な動きとは違って先の読めない人間の動きに穐椰は翻弄されていた。ただ、殺気がある点に関しては穐椰に危機感知能力を向上させ回避するに至る能力が備わってきた。そうやってどんどん自分がおかしな方向に走っている事に諦めと言うものを感じ始めていた。もう、どうする事もできない速さで自分の身体は変化し続けている。毎日なき続けることくらいしか出来なかった。

「今日は、怪我がないんだね」

トーンを落としたような女性の声。樒だった。

「・・・なぁに?」

「ご飯、食べるでしょう?一緒に食べていい?」

食事を持ってきた樒はそう言って硬いベッドに腰を下ろした。その横顔が幼い穐椰でも解るほどに寂しげで悲しげでそれでいて美しかった。

「・・・いイけど・・・」

その悲しさを感じ取ったから穐椰は彼女からの申し出を承諾した。

「あのヒト・・・コワいよ・・・」

「そうね。畏怖する人だわ。でも、素敵な人でも・・・あるのよ」

意味自体は解らないものがあるけれど、考え深いその言葉に穐椰は疑問を感じた。深く悩んだようなその言葉になんとも切ない気持ちになった。ここにいる人間とは何人も会っている。その皆が犯罪と言う名の先を見ている。しかし樒の表情はここにいる者達とはまったく別の世界を見ている。あえて言うのならこの樒の見ている先は穐椰をここへ連れてきたあの青年に向かっている。

「おねぇサン、あのひとスキ?」

「え?そう、見える? そうかもしれない。いえ、そうね」

樒はどこか遠いところを見ながらそう言った。穐椰はその横顔にどこか母親の影を感じた。穐椰の視線に気付いて樒は穐椰を見た。逆に今度は穐椰が違うところを見た。そんな穐椰の膝の上にみすぼらしい食事の盆を乗せた。

「こんなものしか出せなくてごめんなさい」

樒は本当に申し訳なさそうな表情をしてそう言った。だから穐椰は首を振った。樒は目元を和ませた。樒も一緒にこのみすぼらしい食事に手を付けた。そんなとき、部屋の中に女が入って来た。

「あぁ、いたいた。ったく、あの人のお気に入りだからって少し調子乗りすぎ」

この女の名前は白波桐衣しらなみきりえと言った。この女も樒同様にあの青年への想いを感じる。桐衣は樒に呼んでいる、と言って部屋を出て行った。

「あのひともスきなの?」

「桐衣さん?そうね。ここにいるみんなあの人に魅入られてここに集まったのよ」

「・・・・。あノひと、なンテいうの?」

「そうね。貴方は『ザスク』でいいわ。世の皆はあの人をそう呼んでいるから」

樒はそう言って立ち上がると部屋を出て行った。穐椰はそんな樒の悲しげな背中を見送った。

 ここに来てから2週間が経った。つまりまた状況が変わると穐椰はわかっていた。ザスクが部屋に入って来て穐椰に声をかけた。逆らうことなど出来る訳も無く、大人しく着いていく。今度連れてこられた部屋は今までと比べてとても綺麗だった。部屋の中には誰もいず、普通の部屋だった。ちゃんと机もあって椅子もある。本棚もあればソファもあったり、見たことの無い置物があったりと小綺麗な普通の部屋。

「ここ、ハ・・・・?」

「オレの部屋だよ、いくつかある内の一つさ」

ザスクはそう言うと、机の引き出しを開けて何かを取り出した。穐椰の目にはそれが何かは映らなかった。ザスクは穐椰の肩を鷲掴みにすると首元に鋭い何かを差し込んだ。

「あああぁッ!--・・・・ッ!」

凄まじい激痛で穐椰はもがき苦しんだ。ザスクの持っていたものは注射器だった。そこに入っていた液体を穐椰の体内に流し込んだのだ。異質なものの侵入に穐椰の体は拒否反応を起こし酷い痛みを与えた。

「その痛みに覚えは?」

軽々しい声でザスクは言った。首を横に振ろうとしても動かない。声を出そうにも出ない。涙を流しながらとにかく苦しんでいた。しかし穐椰の脳裏にふっと同じような気持ち悪い痛みが自分を襲ったことを思い出した。それを悟ってか、ザスクがにこりと笑った。

「思い出した?そうさ、オレがお前に遣った飴を舐めた時に・・・・あっただろう?」

ザスクは愉しそうに笑っていた。

「その飴玉の中に特別な薬が入っていてね。その薬でお前の体は変化したのさ」

口元を吊り上げながら淡々と言う。どうしてこんな男を信じてしまったのか自分が自分で理解が出来なかった。ここにいるもの達から話を盗み聞きした時、ザスクの性格は非情に残忍、無情の殺戮者だと聞いた。盗み聞きしたくてした訳ではないが、聴覚の発達した穐椰には聞こえてしまうだけの事。そんな訳でこのザスクという青年は人並み外れた生き物だということだ。ある意味で、自分と同じ化け物なのかと穐椰は思っていた。だから化け物は化け物らしく、そういった環境で過ごさないとならないのか。

「さて、もう痛みは引いたか?」

穐椰は頷いた。異様なまでの回復力のおかげで痛みはすぐに引いていった。上目遣いでザスクを睨む。でも眼力なんて何も持っていない当時の穐椰では脅しにもならない。特に、相手がザスクともなればなおさらの事だ。

「今日から特別サービスだ。オレが直接お前を鍛えてやるよ」

ザスクはそう言うとその部屋の隣の部屋へと誘導した。直接相手してやると聞いた直後、穐椰は硬直した。幼くても解る。この青年に今までのような事をされたら絶対にタダではすまないと。

 時間にして1分半。たったそれしか経っていないというのに、今までやってきたもののどれよりも疲労し、死の縁を見させられたような気になった。ザスクの動きは尋常ではなかった。人間の領域など越えている問題ではない。根本的に素手で人体を切り裂く事など普通の人間が出来るわけも無いし、握力のみで骨をへし折る事など出来るわけも無い。ザスクはそれを何の苦労も無く、また、何の躊躇いも無くやってのけた。ザスクが手を止めて部屋を出て行った時には穐椰はもう虫の息状態だった。回復も普段よりはるかに遅い。意識が何度も飛んだ。やっと動けるようになったのは半日後だった。それが、毎日続くのだと考えると穐椰は恐怖で呼吸すら出来なくなりそうだった。

 次の日は何も無かった。穐椰は疑問に思いつつも少しほっとした。ベッドに横になっていると、部屋の扉の開く音がして飛び起きた。そして、そこに立っている人を見てまたほっとする。

「しきみおねえちゃん・・・」

「大丈夫?随分怪我を・・・」

「へいきダよ」

穐椰の顔を見て樒は酷く苦しい表情をした。そして、求めるような眼をして穐椰の横に座って肩を掴んできた。

「あの人もね、本当はきっといい人なの。素晴らしい人なの。だから・・・。いえ、なんでもないわ」

そう言って樒は穐椰から手を放した。この時の穐椰にこの先、樒が言おうとした言葉は解らなかった。今の穐椰なら理解できたかもしれない。樒が言おうとしていた言葉を。

―だから、嫌いにならないで欲しい・・・・

そんな言葉。でも、わかった今でもその言葉を是として受け取る事など出来はしない。それを解っているからこそ、樒は言葉を切ったのだが。

 樒とともに居る時間だけは穐椰も苦しさを忘れた。優しく、母に似た暖かい光を持つ彼女となら。

 あくる日はザスクが呼びに来た。前回同様、酷くい傷つけられた。しかし、以前ほど苦しくなかった。その理由は簡単で、ザスクが、意識が吹っ飛ばない程度に力を抜いていたと話の流れで理解できた。そしてザスクは穐椰の体のことについて話し始めた。

「お前のその身体な、オレと同じなんだよ。まぁ、今はオレの方が性能は高いが」

そう聞いてだとすると自分も相手を切り刻む力を持っているのかと思うと身体が震える。ザスクはそれを見ても何にも反応を示さなかった。ザスクは話を続けた。

「確か、命を奪える、って言っていたな?鳥の話」

歯噛みして穐椰は顔を伏せた。あの時、ザスクは『キミの言った事を本当のことだってわかっているから。思っているんじゃなくて、解っているからネ』と言った。自分が同じ能力を持っているのなら、当然の事だ。

「命を奪うだけじゃなく救う事もできるぞ。無論、死人に生命を明け渡す事なんて出来ないがな」

飄々と言ってのけるザスクの言葉に耳を傾けたのはここからだ。殺戮をすることしか出来ない身体と思っていたから救う事もできるのなら話を聞く気になった。それを悟ってか、ザスクはクスリと少し笑ってから口を開いた。

「相手がぼろ雑巾みたいに傷だらけになっていたとして、そいつに触れただけでその傷を己の身体に移し変える事が出来る。そうすれば相手は傷が無くなり正常になるって訳さ」

穐椰は頭を上げてザスクを見た。ザスクは無表情だった。その表情に感情の一つも感じさせない。先ほど笑ったのは幻聴だったのかと思うくらいだった。

「まぁ、実践する方が早いな?一見百聞にしかずって・・・知らんか、こんな言葉」

ザスクは穐椰の目の前に座った。多少は動くようになった身体をムリに動かしてザスクから離れようとしたが、腕を鷲掴みにされて動く事は出来なかった。

「今からその移し変える力を見せてやるよ」

「・・・・ぼくの・・・きずを・・・?」

「そうさ。オレの身体に移す所を見せてやる」

穐椰は少し意外だった。ザスクは極力汚れないようにしている。穐椰の身体を切り刻むときも腕以外のところに一切の返り血をつけないほどなのに、多量にある穐椰の傷を自分の身体に移すといったのは予想外だった。ザスクは上着を脱いで体の状態がわかりやすいようにした。そして穐椰の腕を柔らかく包むように掴んだ。その瞬間、体中の痛みが消えた。そして、目の前で鮮血を上げたザスクの身体に眼を丸くした穐椰。そして、更に驚いたのは、その傷の回復する速度。徐々になんて物ではなかった。傷ついた傍から傷口が塞がっていった。立ち上がったザスクは傍にあったタオルで身体を拭いた。するとその身体にはかさぶたは愚か、傷跡すら残ってはいなかった。

「うつすと・・・ナおりが、ハやいの?」

「あ?そんなわけ無いだろう。これはオレの力だ。お前もいつかこうなるさ」

簡単にザスクはそう言った。傷が治ったため、立ち上がった穐椰はすぐさま膝を着く事になった。

「逆もまた然り、ってな」

ザスクはそう言って倒れた穐椰の目の前に腰を下ろした。

「オレの体が今傷が無いように見えるのは外側だけだ。中は修正中。が、その状態をお前に移し変えれば・・・オレの体の傷は綺麗さっぱり無くなるって訳さ」

気軽な動作で話を続ける。ザスクはまた無表情になった。それに意味が有るのか無いのか。全く解らない。いや、わかりたくも無かった。

 長い1週間が過ぎた。穐椰は心が躍っていた。やっと家に帰ることが出来る。苦しい日々から離れてやっと。今思えば父親の事もさほどでは無かったと思える。周りの皆も、別に大したことではない。この青年、ザスクに比べたら。穐椰は樒に別れを告げようと探したが見つからなかったからあきらめた。そして、ザスクとともに家へ向かうのだった。


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