追憶 第1話
穐椰、幼少時代。夏休みの出来事だった。子供にとっては長く、しかしとても短い。そんな夏休みに夢を馳せる子供にとっては希少な事だろう。だから夏休みとは特別なものなのだ。ただ、普通の子供と違って良い意味での特別な事などないとも知らずに。
「あきやクン!オニだぁ~!」
「じゃあ、じゅうかぞえるからぁっ!」
「にげろ~!」
子供の笑い声が響く公園。そこにいるのは皆園児。鬼になった穐椰はその公園の最も大きい木に腕を付けて数を数えはじめた。
数え終わった穐椰は木から離れて皆を探しに行った。勘の鋭い穐椰は結構簡単に全員を見つけられた。いつも、いつも。それがみんなより秀でていてどこか嬉しかった。いつかそれが忌ま忌ましいものになるとも知らずに。
「みーっけ!」
「うわっ?!もう!?」
笑いながら最初の木のところに戻る。そんなことをしながら時間を過ごしていた。そして日も傾き、帰宅する。そんないつもの他愛ない日常に亀裂が入るのはそんなに遠くない。
ある日、遊び終わり家に帰ろうと走っていた時の事だった。角を曲がった時、人とぶつかった。
「いったぁ~・・・・・」
「あぁ、すまないね。大丈夫かい?」
ぶつかってきたのは青年だった。青年の眼がとてつもなく温かで優しかった。穐椰は大丈夫とにこやかに応えて家に帰る道を走った。
次の日、みんなで遊んでいると、昨日ぶつかった青年がいることに気が付いた。みんなに声をかけてその青年の元に駆け寄った。
「こんにちはっ!」
「ん? やぁ、こんにちは」
青年は昨日と同じように温かい眼で応えてくれた。
「まいにちここにいるの?」
友達の誰かが聞いた。すると青年は小さく首を横に振った。今日初めてここに来たらしい。青年は笑っていた。そして急に思い立ったように尋ねてきた。
「ねぇ、君達の中で一番運動が出来るのは誰だい?」
「ん~?かけっことか?だったらあきやクンがいちばんじゃない?」
「そうだねっ!」
「ぼくぅ~?」
「うん!あきやクンだよ!」
「そうか。君が一番?」
「え~?よくわかんないけど、みんながいうなら、そうかな?」
「そうか。じゃすごい君にプレゼント」
青年はすっと手を出してきた。穐椰はそれを受け取った。手の平に乗ったのは、飴玉だった。無地の紙に包まれた飴。皆の羨ましいという声がくすぐったかった。穐椰は元気よく礼をいうと、飴の包み紙を開けた。見たことの無い綺麗な飴玉。まるで硝子玉のような美しさだった。それを口にほうり込んで穐椰は驚いた。頭が痺れるような感覚。口の中で蕩けていく飴玉。今まで食べた物の中で最も美味しく思えた。
「おいしい!すごい!これ、どこでかったの?!」
「そんなに美味しいかい?それは良かった。でもそれはどこにも売っていないよ。作った物だからね」
そういった青年の顔はどこか意外そうな表情をしていたが、子供であった穐椰にそれの意味を考える気にもならなかった。
「おにーさんがつくったの?」
「お兄さん?アハハ!そんな歳じゃ無いけどなぁ。あぁ、そうだよ」
「おにーさんだよね?ぼくのおとうさんよりわかいもん!」
「そーだよっ!」
「そうかい?でも君達に教えてあげるよ。人は見かけでは何にもわからないんだ」
「ふーん。よくわかんないやっ」
「あれ?あきやクン、ずっとだまっているけどどうしたの?」
「え?ううん、なんでもないよ」
穐椰は胸の中でなにかが燃えているようなそんな気がした。少しだけ苦しいような。そんな様子を心配して青年が肩に手を置いてきた。
「大丈夫かい?」
「だいじょうぶ!」
嘘じゃない。何でか急に楽になったのだ。穐椰の安否を知って青年は嬉しそうに笑った。
青年と別れて友達とも別れて帰宅した。家についた時、また体の中で異変が起きていた。気持ちが悪くなったので早めに寝ることにした。
翌日、眼が覚めた穐椰は奇妙な感覚に陥っていた。体の動きが軽い。今なら二階から落ちても平気と思えるほどに。やらないけど。下に降りると母親と父親が楽しそうに話していた。
「おぉ!起きてきたか!おはよう!」
そういって父親は穐椰を抱き上げた。
「どーしたの?おとーさん」
「菰亞!明日遊園地に連れていってやるぞ!」
「えっ?!本当?!」
「あぁ!本当だ!」
楽しく笑う二人を見ながら微笑んでいる母親。そんな幸せな毎日だった。
遊園地は本当に楽しかった。穐椰はそんなことを思いながら床についていた。その夜、穐椰は不思議な夢を見た。翌日に眼が覚めてからは覚えていなかったけれど、とにかく自分ではない何かが何かに必死になっているような、そんな夢だった。
まだまだ夏休み。子供にとってはとてつもなく長い休み。近所の友達と遊ぶことが出来るけど幼稚園に行って遊びたい気もする。そんな気持ちを持ち続けて夏休みの後半へと突入する。この後半で穐椰の生活様式は今までの平凡な毎日がガラガラと音をたてて崩れ落ち姿を全く別のものへ変えた。
異変が起きたのは友達とかけっこをした時だった。異様に走るのが速い。皆目を丸くしたほどだった。幼稚園の足で既に小学生の高学年並の速さを持ち始めた。軽い跳躍でもふわっと浮くように高く跳べる。そんな身体能力の変化だけで終わればよかったのだが、穐椰に起きた異変はそこに留まらなかった。
「おぃ~!そこどけよぉ~!」
「えぇ~?ぼくらがさきにつかっていたんだよぉ?」
ある日の事、公園の遊具で遊んでいたら近所の小学生が声をかけてきた。まだ低学年くらいだろう。遊具の取り合いに発展した時、友達の一人が怪我をした。原因は小学生の追撃によるもの。
「なにするのさ!ひどいよ!」
叫び声を上げて抗議しても相手は涼しい顔をして遊具で遊び始めた。
泣き叫ぶ声と高笑いする声が交差する中で穐椰の中で何かが切れた。
「あやまってよっ!そっちがけがさせたんだ!」
相手は穐椰の張り上げた声に不機嫌そうに顔をしかめた。そして遊具から離れて穐椰の元までやってきた。
「えらそうなこと言うな!おまえたちがどかないのがわるいんだ!」
少年は穐椰を突き飛ばした。突き飛ばされた穐椰は尻餅を着き、砂場の淵である石にひどく頭を打ち付けた。しかし、バネのように起きあがると少年に飛び掛かり頬に平手を喰らわせた。