有為 第6話
二階に上がると一部屋だけ扉が閉まっていた。だからそこに穐椰がいると直ぐにわかった。扉の前まで行き、ノックした。途端に視界が歪んだ。軽く涙目になって跪ずいた。頭を振って正気に戻す。これは穐椰の覇気だ。あまり強くない事を考えると追い返すためだけに中ててきたものだと判断できた。
「穐椰?私だよ、縞井遊眞!入っていい?」
返事はなく静かだった。だからこそ、遊眞はドアノブに手を伸ばした。そっと開けてまた声をかける。
「入るよー?嫌だったらそれなりのことをしてね?」
ドアをゆっくり押し開けた。窓の方を向いてちょんと座る穐椰を発見した。
「ごめん」
部屋の中に入るや否や穐椰が謝罪してきた。遊眞はよく解らず首を傾げた。背中越しにそれを感じたのか、穐椰がぼそっと応えた。
「あの、オンナカと思ったカラ・・・・」
喋り方が違和感のあるものに戻っていたから多少は落ち着いたのだと納得した。
「雪芽さんも別に悪気が・・・」
「わかっているよ。だかラこそ殴んなかったんダもん」
それを聞いて安心した遊眞は断ってから穐椰の隣に座った。
「穐椰って時々子供っぽいよね」
遊眞は少しくすぐったい気分になりながら言った。穐椰の反応はあまり無かった。
「ねぇ。シマイはマダ僕の事キライ?」
穐椰の予想外の質問に遊眞は固まった。予想外な事もあるがもう一つ、遊眞を固まらせた要因があった。
「嫌いって・・・・そう映っていたんだ」
「ん?」
「別に私は嫌いじゃ無いよ、最初から」
「えっ?!」
穐椰の反応がこれまた予想外でどこか可笑しかった。遊眞はくすくすと笑いながら話した。笑い事でない事くらいわかってはいるけど。
遊眞が絶えず穐椰を避け続けていたのは、好きとか嫌いとかそういった感情を超越した『恐怖』というものに支配されていたからだ。穐椰の見た目、遊眞と同じくらいか、少し上か位。そんな子供にAランクの犯罪格が当てはめられた事に。多量殺人をしているような人間の目が真っすぐで綺麗なことに。物凄い恐怖を与えられたのだった。
「だから、嫌いとかは無い。それに今はもう怖くも無いしね」
明るく言った遊眞の言葉に穐椰は俯いてしまった。自分の言葉で不快にさせてしまったのかと、慌てて穐椰の様子を伺った。すると、別に不快になった訳ではないとわかった。
「穐椰?どうしたの?」
「・・・・ね、シマイは僕が人をコロした事ヲどう思ッテる?」
静かで落ち着いていてどこか悲しい声に遊眞はなんだか胸が苦しくなった。
「どうとも思っていない、って言ったら嘘になると思う。だけど、穐椰には穐椰の理由があったと思うの。そんな悪い人には思えないからね」
「ヤラされていた、てイッテ信じる?」
穐椰のエメラルド色の瞳が遊眞をぐっと見つめる。その目に飲み込まれてしまいそうなほど、その目の感情は深く濃かった。遊眞はすっと笑みを見せて小さく頷いた。穐椰はそれには何の反応を見せなかった。それでも心を写す眼は微かに震えていた。
「僕の・・・過去の話、聞いてくれる?」
違和感の無い言葉に遊眞はドキッとした。穐椰が自ら話を持ち出して来るとは思ってもいなかった。以前、燈樵に話したのは知っていたがそれは燈樵を穐椰が心の奥底から信頼し受け入れていたからだ。それを今の遊眞に言うということは、少なからず、常人よりは信用してくれているということになる。穐椰がそんな気持ちを遊眞に対して向ける要因が遊眞には見つからなかった。
「そりゃ・・・・、私は良いけど・・・・穐椰、本当に良いの?」
「・・・。うん」
頷くまでの間が遊眞は気になったが、それは後になってわかること。
俯いた穐椰が最初に語ったのは、生まれ故郷の話だった。てっきり、罪を犯す羽目になった事を語るのかと思ったから、少し拍子抜けした遊眞だった。そんな遊眞の反応を見てか見ずか、穐椰は話を進めていく。穐椰の生まれた所はここから遠く離れた大陸だったようだ。ここよりずっと自然が多く人々が賑わっていたと。幼稚園も緑豊かでそんな中穐椰は成長していった。
「夏休みにね」
穐椰の言ったその一言で遊眞は心臓が高鳴ったのを自覚した。明らかに今までの口調と違う。やはり穐椰は犯罪をすることになった生い立ちを語るつもりだったのだと理解できた。
「トモ達と遊んデいた時のコとだけどさ」
穐椰の言葉が重たく遊眞に伝わって来る。