有為 第5話
本部に戻って、予想以上の収穫に本部部長、鏡俸は面白そうに笑っている。その横で針元が不機嫌そうな顔を浮かべている。ソファに座って遊眞は隣の状況とこれからの状況を想像すると正直引いていた。こうなってしまった当の本人、燈樵はどう考えても表情が引き攣っている。そんな引き攣っている燈樵の隣に嬉しそうに座っている姫、雪芽妃がいるのだった。
姫の引き篭もりの原因を解明し、父親である国王も理解しこれからは姫の意見も呑み込む事にすると収まり、事は終わった・・・かに見えた。
「父上。ワタクシ、世界が見たいです」
の、一言に一同、騒然。で。
「彼が教えてくださったのです。だからもっと世界をこの目で見て様々なものを拝見したいです」
「ぐぐぐ・・・・・」
国王は歯噛みして軽く俯いた。頭の中でグチャグチャに思考をめぐらせているようだ。その様子を見ていた鏡俸が燈樵にそっと耳打ちをしたのを遊眞は知っている。
「これの責任、全部貴方だから」
「ぇ゛・・・・?」
最終的にガバッと顔を上げた国王の目線の先は鏡俸の言ったとおり燈樵。
「貴様!名前!」
「燈樵稔、です」
「燈樵!解った!我が娘を1週間、キミにゆだねる!」
「・・・・は?」
と、言うわけで今に至る。
疑問は多々あるが、それを一々解説していたら切りが無い。城から一度も出たことの無い雪芽は本当に嬉しそうな顔をしている。が、その隣の燈樵は家へ帰ってからこの状況を説明しなければならない人物がいることに頭を抱えているようだった。
鏡俸が燈樵と何やと話し合いをしている間、遊眞は雪芽と話をする時間を儲けた。この話の中で遊眞はこれからの生活が不安になった。常識知らずとは想定していたが、針元の言っていた姫とて許せないという意味をよく理解できた。
「私は貴女とは育ちが違うのです。安々話し掛けないで下さりませんか?」
嫌みにしか聞こえないその台詞に遊眞は沸騰しそうだった。常識が無く、すべてが思い通りになると思い込んでいる。父親の前では、否、父と燈樵の前では猫を被っている彼女には常識のある方が身を引かなければやって行けるはずが無い。しかし。問題。家に帰れば可能性としては遥かに雪芽を凌駕して常識を持っていない奴がいる。相手が『姫』だからといってウムと納得の行くような奴ではない。それとの対面を考えると頭が痛くなる。燈樵も恐らくそうなのだろう。
「これから船へ?初めてですわ」
話を終えて戻ってきた燈樵がこれからの動向を説明した時、そう返してきた。
「姫よ。これからの事を考え貴女に是非受け入れて頂きたい事があります。もし受け入れられぬというのでありま したら、申し訳ありませんが外へ行くことは諦めて頂きたいのです」
燈樵の説明に、とりあえず納得し話を聞いていた。受け入れるべき事はただ一つ。自分が姫であることを捨てる。それが出来ないのなら、外へ出て活動することは叶わない。何でもかんでも言うことが叶うとも限らないということ。
「えぇ。 承知いたしましたわ」
にこやかに笑った雪芽の表情は美しかった。しかし、この雪芽も想像も出来ない状況に出くわして本当に思い通りにならないことがどういうことなのか思い知るのだった。
家に帰って穐椰のお帰りの祝杯を受けた。それから雪芽の存在を感知して凄まじい勢いで姿を消した。遊眞同様、初めての人間とは簡単に接したがらない。
「あの、人は?」
雪芽は疑問の声をあげた。もう一人の住人だと説明すると納得したようで頷 いていた。船の中で大方の説明は終わらせていたのでこの場では話が早い。
「ひしょー。ソれ、王族ノモンでしょ?」
少しだけ顔をだした穐椰が尋ねてきた。
「よくわかったな」
「匂うもん。王族トクユウの気に入らナイ匂い」
その言葉に雪芽が反応を示した。
「お前!私たちを愚弄するつもり?」
「あ~ヤダヤダ。そのジブンタチダケトクベツって思ッテいる考エ方きらぁい」
「菰亞、止せ」
「はぁい」
適当に悪口叩いて穐椰は再び姿を消した。燈樵が雪芽に謝罪していた。遊眞は燈樵が謝らなければならないことが納得行かなかった。
題名は、穐椰バーサス雪芽、といった所だろうか。食事に降りてきた穐椰がいつもの如く、燈樵へのダイブを決め込んだ。それに怒りを感じた雪芽との何とも下らなく、何とも哀れな戦いが繰り広げられた。
「貴方は男の子でしょう?どうしてそんなアプローチをなさるの?」
「頭ワルい奴とは話シナぁイ!」
「なっ?!」
「僕に男だ女だなんてガイネンは存在しないもぉン」
「存在しないって?!そ、それにしても少し態度をわきまえるべきでなくて?」
「誰に対して?キミニ?そんなノ、僕はイヤだね。所詮、親のすねしかかじれない自立もクソもできないヘッポコに媚び諂ウなんて」
「な、なにを・・・!!」
「菰亞、よせ」
第1回、穐椰バーサス雪芽の戦い。燈樵の留めが入って引き分け。若干穐椰勝ち。そんなこんなでこの二人の組み合わせの悪さに目眩を起こす。子供期から悲惨な人生を送ってきた穐椰にとって雪芽のようなぬくぬくと育った人間が大嫌いのようだった。何かにつけては雪芽の癪に障るようなことばかりいう。その度に燈樵が止める。雪芽を家に上げてからまだ1日も経っていないというのに既にこの二人の戦いは第5回戦までに及んだ。その全てが表上の引き分け、実際には穐椰の勝ち。
遊眞は軽いため息をついたが、燈樵の方はまるで無だった。我慢しているようにも思えるのだが。そんな訳で騒々しい日々が長く続いた。そんな中で穐椰の悲痛の声を聞くことになるとは、思ってもいなかった。
雪芽来日から4日が経った日の事だった。いつものようにバトリングが行われていた時、遊眞は面倒で自分の部屋に篭っていた。訳有って燈樵は昨日の夕方から出掛けていた。だからあの争いを止められる者がいないために、逃げていたのだ。そんな節、下から雄叫びが聞こえたのには驚いた。慌てて下に降りると、雪芽がひどく怯え、穐椰が踞っている所が目に入った。
「ちょっ?!何があったの!?」
遊眞の声に雪芽が反応した。縋るように遊眞のところまでやって来て遊眞を盾にするかのようにした。状況が飲み込めない遊眞は雪芽を何とか落ち着かせて話を聞くことにしたが、一向に落ち着く気配を見せない。
「おった・・・・おった・・・・」
小さな声でそう連呼するだけだった。
「おった?お・・・、折った・・・・?」
ふと、出てきた漢字を当て嵌めてみた。雪芽は小さく何度も頷いた。しかし、雪芽の外傷を見ると、どこも悪くない。と、なるとある可能性は。遊眞は雪芽を体から離し、椅子に座らせると穐椰の方へ駆け寄った。
「穐・・・」
「僕に触るな!!」
肩に触れようとした遊眞の手を凄まじい勢いで払いのけた。そして、相手が遊眞と気付いてハッとした表情になって俯きながら小さく謝った。
「何が、あったの?」
穐椰は苦々しい表情をして左腕を抑えていた。遊眞の手を払った逆の手だ。そこを覗き込むと、遊眞は一瞬声を失った。掌が通常とは逆の方向を向いている。雪芽にこんな力は無いし事故でこんなになるほど穐椰の体は柔じゃ無い。
「穐椰・・・・あんた、自分で?」
「煩い、煩いっ、煩いっ!」
目をぐっとつぶって頭を振る。遊眞は少し身を引いた。別に臆してではない。穐椰にとってそれがいいと思ったからだ。
「仕方なかったんだ!あのまま殴ったらあんな脆弱なやつ死ぬし!燈樵に人を傷つけるなって言われているしっ!家を壊すのもよくないからっ!!自分の腕を折るしか無かったんだもんっ!!」
一気にそう言って穐椰は息を荒げて呼吸していた。いつも飄々としている穐椰がこんなにも取り乱す所は初めて見た。何を言ってもどうからかっても絶対にこっちが憤慨する言葉を返して来る穐椰が、怒りに任せた行為をするのは意外で仕方なかった。
「雪芽さん、何か言ったの?」
「知らないわよっ!大したこと言ってないわよ!」
「貴女にとって大した事なくても、穐椰にとっては・・・」
「知らないって言っているじゃない!」
反論しようとした遊眞の口を止めたのは、穐椰の立つ行為だった。急に立ち上がると苦しい表情をして折れた左腕を強制的に正常位置へ戻した。その時の音は耳に変なトラウマを与えそうだった。雪芽がまた奇声をあげた。穐椰は凄まじい勢いで部屋を飛び出して行った。遊眞は追わないほうがいいと判断して、雪芽を落ち着けて話を聞くことを選んだ。
「落ち着きました?」
「・・・まぁ、多少は」
声を低くして雪芽が答えた。折角の美しい声が台なしなほどに。
「それじゃ。まず、穐椰があーなる前に何を話していたんです?」
「親の、話しよ。あんまりにも生意気な口を利くものですから、ワタクシの父の事を話したの・・・」
雪芽はやっと語りだした。
雪芽が国王の事を口にした。すると穐椰はなんてこと無い、そんな者は知らないと飄々としていた。雪芽はそれに怒りを覚えた。
「ふん・・・。貴方のご両親は貴方にろくな教育をなさらなかった様ね。ワタクシが貴方の愚鈍なご両親に代わって・・・」
言い切る前に穐椰の鋭い眼光が雪芽を突き刺した。
「僕の両親ならとっくの昔に死んでいる!」
その後に、ぐっと拳に力を入れた穐椰を見て雪芽はひどく怯えた。初めて見る人の怒りに雪芽はうろたえたのだ。拳を振り上げた穐椰。奇声をあげる雪芽。穐椰は力の限りに己の腕をへし折った。雪芽にその力をぶつけないために。そんな折、慌てふためいた遊眞がやって来たという訳だ。
「たったそれだけであんなに怒らなくても!」
「貴女は人の命をわかっていない!命が消えてしまうことは本当に悲しい事なの・・・・!ましてや、両親なんて身近な人だったら尚更・・・・」
「・・・貴女もなくしたの?」
「お父さん、を。お母さんは知らない間に蒸発しちゃったけど」
雪芽はさすがに気まずそうな表情をした。遊眞は一呼吸置いてから、穐椰のところへ行くことにした。軽く雪芽にそういうと小さく反応した。