有為 第2話
燈樵が帰ってきたのは7時を過ぎていた。穐椰をおぶって帰ってきた。
「どうしたんですか!?」
「タイムリミットで寝てしまったよ」
「・・・・へ?」
「生活体力が無いんだよ」
「いや、あるでしょ!? その・・・・あれですから・・・」
「・・・・生活。 生活体力が無いんだよ」
「え?」
燈樵は穐椰をソファに寝かした。
「コイツは日常の生活をしていくための体力はまったく無い。ただ、『血』を騒がせることになると・・・・。コイツの体力は異常なまでに上昇する」
遊眞は足先から頭でぞっと何かが上がってきたような感覚になった。つまり穐椰は戦闘態勢になったときのみ、その秘めた体力を上昇させ、普通では考え得ない自体を巻き起こすということ。さすが、大量殺人鬼。
「ま、こういった悪口ばかり言っているのも良くないな。一つ、面白い話をしよう」
「え?」
「菰亞はな、傷の回復能力にも長けている」
「かいふく・・・?」
「そう。己に受けた傷を多少ならその場で瞬時に修復する」
「え?!」
「多少、といっても俺たちとは次元が違うがな。拳銃の弾を5~6発程度ならコイツはへらへらしていられる」
燈樵の口からとんでもないビックリ人間ショーのような言葉が飛び出してきて驚く以外にできることがなかった。
穐椰の凄まじいまでの回復力。それは自分だけに留まらない。相手にまで影響を及ぼす能力を持っている。とはいってもこれは回復ではなく、むしろ『移転』といった方がしっくりくる。
「菰亞は自らの体に相手の傷を移し変える能力を持っている。ま、逆もまた然り、だがな」
「移し変える?!」
「そう。たとえば、俺が瀕死の重傷を負ったとしても菰亞の手があればその重症を菰亞の体に移し変えることが出来る。そして、菰亞にとって俺の瀕死なんてかすり傷みたいなものだからな。難なく治癒する」
「それ・・・・本気で言っています?」
「俺も最初は多少疑ったが、見てしまった以上、否定は出来ないな」
燈樵が嘘をつくとはとても思えない。だとしたらこの話は事実。遊眞は信じられなかったが、燈樵を信じることにした。
穐椰の不思議な不思議な体験談を聞いた後に遊眞は再び試験勉強。と、思ったが、遊眞の周りに『普通』が無さ過ぎてどうにも集中力が欠けることが多い。ぶんぶんと頭を振って遊眞は切り替える。
時間にしておよそ4時間。休憩を取りながら勉強していた。夜中の1時。遊眞は水を飲もうと思って下に降りて燈樵がそこにいたことが意外だった。
「何しているんですか?!」
「調べごと」
短く答えた。
「勾拿のことですか・・・?」
「いや、違う。俺個人で勝手に」
「そうですか」
燈樵の手元はいくつかの本に埋もれていた。
「縞井は、何処に行く予定だっけ?」
「東仲郷です!」
「そうか」
「・・・?」
「東中郷大学。確かに勾拿に来る率は高いな」
「・・・燈樵さん?」
「勾拿以外と話すことが少なかったから物言いが見つからない」
「はい?」
燈樵は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの、別に私何言われても平気ですよ?むしろハッキリ言ってもらった方が・・・」
「そうか。じゃぁハッキリという。中島を覚えているよな?」
予想外の言葉で遊眞の心臓が飛び跳ねた。遊眞の生活環境を大きく変えた男。遊眞の家を全焼させた男。
「はい・・・」
「奴も東中郷卒だ」
遊眞はなんとなく嫌悪した。
「いや・・・・。確かに勾拿に来るが、まともな奴はいないらしい」
「そんなっ!?」
「これ」
「?」
燈樵から一枚の紙を手渡される。
「今更、って言うこともあるけどうちの勾拿所内の出身大学をリストにしたもの」
「へ・・・?!」
「無理にとは言わないが、進路を変えてみるのも一つの手かと」
「・・・・ あ、ありがとうございます!! って、わざわざ私のこんなののためにこんな時間まで?!」
「こんなのって、人生左右する大きなことだろうが。俺は大学とかいったことが無いからわからないけど。やっぱり楽しい方がいいだろう?」
「そ、そうですね・・・・」
燈樵は紙をもう一枚遊眞に渡すと寝るといって二階に上がった。遊眞はそれに目を通した。
「あ、響さんと桐原さん、同じ所だ」
なんだかそれだけでそこに行きたくなった遊眞だった。
燈樵からもらったリスト表を見て一番多い所が秋濱専門学校と判明。遊眞は上位5位を選抜してその全てに見学に行くことを決意した・・・・が、その決意は一瞬で砕け散った。
「お金・・・一銭も無い・・・。バイトとかしないとまずい!?ってかこの時期にバイトとか無理なんだけど~!!」
遊眞は必死に考えた末、相談するしかないと判断した。
翌日、目が覚めたときには燈樵は出かけていていなかった。仕方なく、今日は帰りを待つだけにするかと考えてふと止まった。
「あれ?穐椰は・・・?」
家中を探したが穐椰を発見することは出来なかった。靴を見るとあるので家のどこかにいるはずだと探してもやはりいない。
「やっぱり私って避けられているのかなぁ~・・・・」
「お、遊眞ちゃん、ちょうどいいや」
「はい!?」
鍵の掛かっているはずの玄関をもろともせずに開けて入ってきたのは響だ。
「穐椰の靴ってどれだ?アイツ裸足で勾拿所まできやがって燈樵がため息ついていたよ」
「あの人、馬鹿!?」
「まぁ、そういう奴らしい・・・・で、どれ?」
「それです」
「あ、悪いね」
「あの・・・」
「ん?」
「私も勾拿所行ってもおじゃまじゃないですかね?」
「勾拿所は誰もが来ていい場所だぞ」
にやりと笑った響は穐椰の靴をもって玄関を出て行った。遊眞は確かに勾拿が公共機関であることを思い出した。どんなときにどんな理由であれ使用許可が下りる。
勾拿所に着くと相変わらず騒がしかった。窓口で困った人が相談していたり、冬の寒空の中、走ってここに入り、休息をとっていたりする人もいる。
「え~っと・・・・」
辺りをきょろきょろしていると、不審に思ったのか心配したのか、勾拿の人が声をかけてきた。
「何か用事?」
胸についているバッジを見ると第8関だった。(5関以降は皆胸にバッジをつけている)
「あ、すみません。えと・・・」
「ん?」
「お、遊眞ちゃんじゃん」
張りのある声に勾拿の人は振り向いて頭を下げた。
「これは、響さん・・・!」
「その子はアレだよ、燈樵の」
「あぁ、あの人のでしたか!」
勾拿は再び響に一礼をするとその場を後にした。
「・・・・響さんってモシカシテ結構上の方だったりします?」
「何が?」
「関」
「・・・・・俺、4関。言わなかったっけ?」
「全然、聞いてないです!!」
「そっか。 はい、俺は4関です」
「・・・・ってことは・・・・」
「燈樵か?」
「え?!」
「遊眞ちゃん、わかりやすいんだもんなぁ。燈樵のこと考えているときはそーだし、穐椰んことを考えているときはあーだし、勾拿のこと考えているときはこーだし、学校のこと考えているときはぬーだし」
「いや、色々疑問ですけど、『ぬー』って何ですか!?」
「まぁ、まぁ。燈樵の関は自分で聞きな。俺は言わん」
「どうしてですか?」
「・・・・・・・燈樵がなんていったか知りたいから教えてね」
「?」
「俺が何ですか?」
「どわっ!? 燈樵!?穐椰のほうは?!」
「終わりましたよ。足中血まみれで大変でしたけど」
「血まみれ・・・?」
「素足のまま針山走ったから」
「針山!?」
一体どうしたら針山を走り抜けるような事態になるのだろうか。それより。
「俺が?」
「あぁ、遊眞ちゃんから質問だよ」
「何か?」
「あ、いや・・・・燈樵さんは、関、いくつくらいなのかなぁ~って・・・」
少し悩ましげな燈樵。彼にしては随分と珍しい反応だと遊眞は思った。響は異様に楽しそうだったので遊眞はこう言う珍しい燈樵を見るのが響の趣味の一種なのだと判断した。
「どうしたのぉ~燈樵せんぱぁい!聞いているんだから答えてあげなきゃぁ~」
「いや、まぁ・・・・響さん以上といいますか・・・」
「んなの当たり前だろ!俺のほうが後輩なんだから!」
「・・・・・まぁ」
「いや、無理に聞こうとかは思いませんよ!?」
「ほらぁ、遊眞ちゃんが消極的だからってそういう作戦、良くないと思うなぁ~」
「すみませんでした。 2関ですが何か?」
燈樵はあきらめたようにまた、ぐれたように関を述べた。え?2関?
「燈樵さん、2?!」
「あ、あぁ・・・・」
予想以上の位の高さに唖然とする。響は楽しそうに笑ってどこかへ行ってしまった。おそらく満足したのだろう。