藹藹 第5話
長いことあり、大変なことが沢山あった2学期が終わった。今日は終業式。冬休みというわけだ。しかし、遊眞にとって遊ぶわけには行かない大事な冬休み。そう。大学試験。これが控えている。推薦であるなら、秋ほどに行われるが、遊眞の行きたいと思う大学は秋に試験をやってはくれない。実力を伴う筆記試験。これをパスしなければ入りたい大学には入ることが出来ない。
「遊眞ってどこ行きたいんだっけ?」
「東仲郷!結構勾拿への就職率が高い!」
「本当、良くやるよねぇ~」
「大変なのは知っているでしょ!? そこらの公務員やら専門職やらに就くより難しいんだから!」
「それでも頑張ってはいるんでしょう?憧れの勾拿に」
「ウン!」
遊眞はにこやかに笑って璃紗と今学期最後の会話を終了させた。
燈樵の家について、いきなり遊眞は硬直した。
「か、カギがない・・・・・・・・」
以前、合鍵と言って渡されたカギを見事に部屋に置いてきた。燈樵は何か用事があって出かけたのか、インターホンを押しても出てこないということは、穐椰は寝ているか、外出中か。仕方なく、この寒空の下を散歩することにした。だいぶ見慣れた来た家々。思い出の詰まった公園。どれを見ても楽しくなる。この数日間で本当に色々な事があった。忘れることの出来ない大きな出来事。普通の人間では経験し得ない不思議なことが、遊眞の周りで起きていた。これからも起きるのだろうか・・・?
そんなことを考えながらオープンテラスのあるカフェまで足を運んだ。そこに腰を下ろすと、一息ついた。
「ふぅ・・・。 あれ?」
視界の隅に漆黒の髪が目に入った。もしやと思い意識的にそちらに目を向けた。ゆるいウェーブをかけた金髪の女性と共にいる漆黒の髪の青年。
「天満さんだ・・・・!」
小さい声で叫んだ。近くによると天満は遊眞に気付いたかどうかはわからないけれど、すっと振り向いた。
「お久しぶりです!」
「やあ、遊眞ちゃん。・・・・随分元気そうな顔になったようで安心したよ」
「あ・・・・・」
にこやかに微笑む天満の笑顔。以前別れたとは、穐椰のことで泣きそうだったことを思い出す。少しそれが恥ずかしくて軽く俯いた。
「いろいろな人が助けてくれたおかげで・・・・何とかなりました!」
その言葉を聞いてまるで自分のことのように嬉しそうに笑ってくれた。
「この子は何?」
前に座っていた女性が痺れを切らしたようで声を発した。すると天満はふっと表情を変えて、女性に眼を向けた。
「お前には関係ないよ。 遊眞ちゃん、これらか暇?」
「え?ん~、とりあえず、暇ですが・・・?」
「そう」
そういって天満は立ち上がった。
「ケキラ?!どこへ行く気?!」
「遊眞ちゃんとデート」
「は!?」
「え?!」
天満は一瞬だけ女性に冷たい目を送ってから遊眞に微笑みかけた。それからこっち、と小さな声で言って歩いていってしまった。遊眞はどうしようか迷ったが、女性に一礼してから天満についていった。
「あ、あの・・・突っ込みたい所は沢山あるんですが、まず最初に一つ」
「何?」
「ケキラ・・・って、何ですか?」
「オレの愛称。ホラ、名前を伏せてって言ったでしょ?」
「あ、はい。言いました」
「だからその代わり。オレがつけたわけじゃないんだけどね。いつの間にかそう呼ばれるようになっていた」
「なるほど・・・」
「だから遊眞ちゃんも、そっちで呼んでくれるとありがたいな」
「はい!解りました! それで、あの・・・女性の方はいいんですか・・・?」
「構わないよ。ただの連れだから」
天満は軽く言ってのけた。あの女性と付き合っているのだったら確実に今の遊眞の立場とこの状況はまずいんじゃないだろうかと思案する遊眞を察してか、天満はにこりと笑った。
天満と色々話した。名前は出していないが、穐椰のこととか、テストのこととか大学のこととか。他愛ない話を笑いながらしていた。そんなことをしているあだに、遊眞の空腹の音が鳴った。
「~~~~!!!」
「・・・お腹すいているの?」
「いや、あの! 学校終わってから何も食べてなくて! さっきのカフェで何か食べようと思ったんだけど、てっ・・・ケキラさんがいたから・・・」
「あらま。これは失礼。 何かおごろうか」
「や! い、いいですよ!そんな・・・!!」
「遊眞ちゃんって本当に謙虚だね」
「そ、そんな事・・・!!」
「いいよ。おごらせて。どこがいい?」
「えと・・・いや、別に、その・・・・どこでもいいです・・・」
「そう。じゃぁ近くのレストランにでも行くか」
天満はいつもの笑顔を保ったまま歩き始めた。遊眞はその後を追った。先ほど見せたするどく冷たい眼光については何も問うつもりは無かったが、気にはなっていた。いつも温厚な瞳である天満がアレほどまで冷たい目を向けるなど、考えられなかった。
天満のおごりで空腹を満たした遊眞はそろそろ戻る時間かと考えて時計を確認した。
「そろそろ帰るかい?」
「あ、はい。だいぶ時間経ちましたから・・・・」
「連れまわして悪かったね」
「そんな事無いです! とても楽しかったので!」
「それは良かった」
「私のほうこそ、済みませんでした。カノジョさんと一緒にいたのに・・・」
「彼女? あの女はそういうんじゃないぞ?」
「え? そうなんですか?」
「仮に彼女だとしたらオレは目の前で浮気だなぁ~」
遠い目で笑う天満につられて遊眞も笑った。
「アレは言ったでしょ、ただの連れだって。サガシモノをしていてそれの手伝いで一緒にいるだけさ」
優しく微笑んで遊眞と天満は別れの挨拶を済ませた。
家に戻ると玄関のカギは開いていた。中に入ると、燈樵がいて少し意外だった。
「お帰り」
「ただいま」
『ただいま』を言うのも随分と慣れてきた。
「燈樵さん、どこに行っていたんですか?」
「穐椰を本部が要請してきてな。無茶なことを言うんで取り合っていた」
「それで・・・?」
「穐椰を一人で本部まで行かせる羽目になったよ」
疲れが出たような表情で燈樵はそういった。
「一人で・・・?穐椰はそれを許したんですか・・・?」
「まあね。永久的に向こうにいるわけじゃないから仕方がないと言った風だったな」
「じゃぁ、お仕事は・・・?」
「オフになった分は変わらない。明々後日から仕事」
「そうなんですか」
久しぶりに燈樵と二人だけの生活に多少戸惑いを感じた遊眞だったが、それもすぐに慣れた。以前に比べて燈樵の口数も増えてきている。互いに慣れた証拠だろうか。
その日の夜、静かな気持ちで机に向かう。勾拿に入りたい。今はその気持ちが以前より大きなものになっている。それはきっと燈樵や桐原、響の存在が大きいのかもしれない。だから、何が何でも大学へ行きたい。それを願って勉強をひたすらする。
「頭がいいだけでは勾拿にはなれないけど」
突然後ろから声が聞こえて驚いて飛び上がった。燈樵がお盆に何かを乗せて立っていた。
「ひ、燈樵さん!?いつからそこに?!」
「今。ノックしたけど返事が無いから様子を見つつ入れさせてもらった」
「そ、そうですか・・・」
「これ、夕飯。降りてこないから持ってきた」
「やっ!?す、すみません!!」
謝罪の言葉を入れてから遊眞はお盆を受け取った。ほかほかのご飯とクリームっぽいようなスープが乗っていた。
「お、おいしそぉ~~」
とろけるような声で遊眞はそういうとほんのりと笑って燈樵は部屋を出て行った。
「どうしてこんなに料理うまいかなぁ~。私なんて一人暮らし暦は長いって言うのに全然うまくないし・・・・」
長い短いではなくやる気の問題だろうという突っ込みはここではしないでおこう。
この冬休みでどれほど学習し、自分の行きたい場所にいけるだろうか。そんなことを考えるのが最近では多くなっている。遊眞はそんな自分が少しだけいやになっていた。
「あ、燈樵さん。今日からお仕事・・・?」
「あぁ、そうだよ。帰りは遅くなるかもしれないから」
「あ・・・はい。解りました」
燈樵の帰りが遅いことが一体何を示す?
「ゆ、夕飯は・・・・?」
「冷蔵庫に作ったもの入れておいた。適当な時間に温めて食べていな。極力早く帰ってくるようにはするから」
「いえ、ごゆっくり」
遊眞は笑って燈樵を送った。玄関の向こうに姿を消した燈樵を目の裏に残しながらそっと冷蔵庫を開けた。それらしきお皿を発見してひとまず落ち着く。
机に向かってふと、燈樵の言葉を思い出す。頭がいいだけでは勾拿には入れないと。それの意味など遊眞には到底解らない。でも今はひたすらに走るしかない。
休憩を入れつつ受験生らしく部屋に引きこもる・・・って言うのも良かったが遊眞にはそれが合わず、息抜きと言っては外にフラフラ。帰ってきては勉強。息抜き、勉強。そんなことを繰り返していた。気付くとうとうとし始めていた。
「オラァー!!燈樵ん家、突入だ、コラァ!!」
突然大きな声がして飛び起きた遊眞の目に7時30分の時刻を移した。声からして響なので警戒する必要な無いと判断する。まだがやがや騒いでいる響や、他の人の声。その声の中で唯一、静止を求める声が聞こえた。
「響さん、止めてくださいって!」
珍しい口調ではあるが燈樵が声を張っている。だが、そんな燈樵の声など聞こえていないかのように響は叫び上げる。その様子の異様さに遊眞は恐る恐る階段を下りた。
「よう、遊眞ちゃん!勉強中だった?」
「い、いえ・・・」
「そうか!これから勉強する?」
「と、とりあえずそろそろご飯を・・・」
「そう。じゃぁ、ついでにやるか?」
そういう響は手で酒を飲むポーズを取った。
「や、私まだ、未成年なんで!」
「わかっているよ!パーティに参加しないかって、聞いただけさ!」
既に酔っているのではと言いたいほどのテンションの高さの響。
「クリスマスパーティですか? なら私もやりたいです」
「ま、ちょっと違うけど。よしよし。やろっか」
そういって響はとっととキッチンの方へ行ってなにやら他の勾拿の人たちに指示を出していた。残った燈樵が大きくため息をついた。
「すまないね。勉強の邪魔をしたか?」
「いえ。その・・・寝ていましたので・・・うっかり」
「そうか」
遊眞の状態を確認すると燈樵は響を追ってキッチンへ向かった。遊眞もそれに準えてキッチンへ入った。来たばかりだと言うのに既においしそうな料理がテーブルいっぱいに広がっていた。ざっとみ、響と燈樵を含め、勾拿が8人。桐原の姿は無い。
「さてさて!準備は整った!!はじめるぞー!席に着け~!」
響の声で一斉に席に着いた。遊眞も慌てて席に着いた。
「それではー!カンパーイ!!」
響の音頭で一斉にグラスが上がりごくごくと飲み干す。
「おっと!燈樵!お前はそれじゃないだろ!」
燈樵のもっていたグラスを奪うようにとり、あらかじめ入れてあったグラスを手渡した。
「お前はこっち!」
「いや・・・あの・・・」
少し困った様子をした燈樵に遊眞は首をかしげた。
「俺、酒は飲んだことありませんし・・・」
「だから、飲めって言ってんじゃん!」
「いや・・・・」
どうやら燈樵に手渡したグラスの中は酒のようだった。え?
「響さん!?燈樵さん、一応未成年ですよ!?お酒って」
「お前、かなり強調して『一応』って言われていたぞ」
「いや、まぁ・・・」
楽しそうに笑う響たちと苦笑いする燈樵。
「遊眞ちゃん。知らないだろうケドこれはクリスマスパーティじゃないよ?まぁ、それに準えてご馳走はクリスマスっぽくしたけどね?」
「え・・・?」
「燈樵は今日でハタチ!大人の仲間入り~~!!よってお酒も飲めまぁす!」
「・・・・えぇ!?誕生日!?ってことですか!?」
「そうだよぉ~!知らせてやれよ、それくらい~」
「いや、余計なことかと。そんな事・・」
「女の子はそういうの大事にするの!だからお前はいつまでたっても彼女できないんだよ」
「いやいや、響!燈樵の場合は彼女とか寄せつつけねぇって!」
「それもそうなんだけどねぇ~!アハハハ!!」
呆気にとられた遊眞と、爆笑する勾拿の面々。面倒になって目の前のご馳走を無表情で食べる燈樵。なんとも不思議な映像が出来上がっている。




