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勾拿  作者: ノノギ
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鋭意 第5話

 燈樵が部屋を出てから数分たった。横になるのも面倒でベッドの上に座っていた遊眞の耳に聞きなれない、けれどはっきりと印象に残っている奇妙な口調が届いた。

「燈樵?そろそロ、副作ヨウガ出る時間ダト思ウケど。早めに処置したホウガ・・・」

扉を開けてそこにいたのが燈樵ではないと確認した穐椰は言葉を切った。そして目を見開いて硬直した。それは遊眞も同じだった。いきなり現われた銀髪の少年に硬直して体が動かせなかった。はっと我に返ったのは穐椰のほうだった。慌てて扉を閉めた。遊眞は胸のざわつきが収まるのをじっと待っていた。そして、やっとのことで収まった胸のざわつきの余韻を感じながら燈樵の言葉とさっきの穐椰の態度を重ねてみた。確かに、穐椰は遊眞を避けている。それが見て取れた。それがわかっただけで遊眞の中では随分楽なもになっていた。そして遊眞はまず、天満の言った勇気を出す、ということに挑戦しようと決めた。そうすればおのずと響の言った乗り越えるという作業も出来てくるはずだと。

「縞井?」

「あ、はい?!」

部屋の扉を開けて燈樵が入ってきた。手には何かの容器のようなものを持っていた。

「なんでしょう?」

遊眞の質問に燈樵はベッドの横の椅子に座りながら答えた。

「今から鎮静剤を飲んでもらうから」

「鎮静剤・・・?でも、私は別に元気ですよ・・・?」

「そうだな。でもそれは今だけの話だよ。鎮静剤飲んでもかなりきついと思うけどな」

燈樵の言っている意味がわからず眉間にしわ寄せて考えた。

―そろそロ、副作ヨウガ出る時間ダト思ウケど

穐椰の言った言葉が耳の奥で木霊した。驚きでそのときはちゃんと耳には届いていなかったが、今考えると確かにそういっていた。

「副作用・・・?」

「・・・・?そうだよ。知っていたのか?」

「いえ、そういうわけでは」

「そうか? 今、縞井の体が楽なのはとある処置を行ったためだ。それの効果がそろそろ切れる時間なんだよ」

燈樵はそう言って容器の中に入っていた小さな小瓶を取り出し遊眞に渡した。

「その中に入っているものが鎮静剤だ。二粒飲みな」

「はい」

「ただし」

「?」

「良薬は口に苦しって言うな?」

「・・・・はい」

「覚悟して飲め」

「は、はぃ・・・・」

遊眞は急にその薬を口にするのが怖くなった。燈樵はコップを遊眞に渡すと部屋を出て行ってしまった。しかし、この燈樵の行動に礼を言いたくなるのは直ぐの事だった。

 口に水を含み、上を向いて薬を入れて気合をこめてングッと、飲み込んだ。そしてぐっと体に力を入れた。しかし、苦味など一切しなかった。おかしいなと思いながら同じように2粒目を飲み込んだ。またも苦味など無い。燈樵が嘘をつくはずもないし、過大評価することも無い。にもかかわらず・・・・。

「ぐえ゛っ!!」

思考をめぐらせていた遊眞は突然声を上げた。人間として少し有らぬ声が出たことに自分で恥ずかしく思えた。しかし、そんな事、今はどうでもいい。胃の中で何かがのた打ち回る苦しみが襲う。それと共に口の中も妙な苦味が支配し始める。

「にっがっ!てか、お゛え゛っ゛!」

一人苦しむ遊眞。

 妙な苦味に襲われたのは数十秒の間だった。その間、人ならざる声を発し続けた遊眞はその苦味が収まって冷静になってきたときに初めて恥じらいを感じる。燈樵がいたらもっと恥ずかしい思いをする羽目になっただろう。

「おわったか?」

扉の向こうで燈樵の声が聞こえた。

「終わりまじだ・・・・」

涙目になりながら遊眞は返事をした。その声と共に燈樵が中に水をもって入ってきた。その水を遊眞に渡すと、飲んだほうがいいと伝えた。遊眞はそれをありがたく頂き、全て飲み干す。

「あの。あれ、なんですか・・・?」

「ん。鎮静剤だと言ったはずだが?」

「いや、そういう問題じゃないじゃないですか!あれ、ぉぇ・・・・」

興奮して燈樵に抗議しようと思ったら苦味が戻って来た。

「だから言っただろう。口に苦しって」

「口って言うより、全身全霊をかけて苦いんですけど・・・!!」

「そうだな」

暢気な口調で返す燈樵。こんな風な燈樵も珍しいと思いながら遊眞は燈樵をちらりと盗み見た。どこかいつもと違う。血色があまりよくないのだろうか?

「燈樵さん、何かありましたか?」

「え?」

「なんだか、顔色が・・・」

遊眞が言うと燈樵は黙ってしまった。その状況に焦って遊眞は何とか方向を変えようとしたが、ふっと燈樵が笑ったので思考が停止した。

「いや。縞井はすごいな、と」

「え?!」

「以前も異変を当てられたな。余りそう言う事は表に出さないようにしているんだが」

軽く目を伏せて燈樵はそう言った。遊眞はなんとなく赤面するのを感じた。それではまるで遊眞が絶えず観察しているような・・・・。

「いい観察力だな。勾拿に必要な力だと俺は思う」

そういわれて遊眞は急に嬉しくなった。現役の勾拿にそういわれると本当に嬉しい。ましてや燈樵のような・・・・。

「あれ?」

「ん?」

「あ、いや、なんでもないです」

否定はしたが遊眞は疑問が湧いていた。燈樵は勾拿の中でどの位の地位なのだろうか?勾拿は一人ひとりに『関』と呼ばれるものを与えられる。その支部内で所謂分別をするためのものだ。全部で24関まであり、一つの関に平均すると基本的に220人程いる。しかし、関によって人数はバラけるので正確な数値ではないということは遊眞も知っている。実際にその支部のトップを現す『1関』はここの勾拿所で言うと桐原一人だけだ。そして、その次に『2関』と『3関』から『4関』までの人数は少ないが、それ以降から格段に所属人数が増える。

遊眞はその24関ある関のうち、燈樵はどこに所属するのか、が気になったのだった。本人に直接聞くのが早いが勾拿の情勢上、そういうことをホイホイ言っていいものか思案するのだ。だから、あえて聞くのは良くないのではないかと思う遊眞だった。

天井を見つめながらぼうっとしている遊眞。その隣では何か分厚い本を熟読している燈樵がいる。なんだか妙な感じがするがこういうまったりとした時間が嬉しかった。と、突如襲ってきた頭痛と吐き気。寝ているというのに目眩がとまらない。ぐるぐると世界がものすごい勢いをつけて回っているかのような。その異変に気付いたらしく、燈樵が駆け寄ってきた。

「大丈夫か・・・・?」

遊眞は声にならない声で大丈夫と応えた。しかし大丈夫じゃない。これは異常だ。急に体がだるくなって。

「・・・鎮静剤を飲んでいるおかげで少しはましだと思うが」

これでましですか・・・・。遊眞は浅い呼吸で必死に酸素を取り入れようとした。苦しくてたまらないがどうすることも出来ない。

「・・・少し寝たほうがいい。頑張って寝られるか?もし無理だというなら睡眠薬でも持ってくるが」

「だいじょうぶれす・・・・。寝られあすあら・・・・」

呂律がしっかりと回らない口調で遊眞は答えた。燈樵は本当に心配した表情で遊眞を見下ろしていた。遊眞が寝られると言ったので燈樵はそばの椅子に腰掛けて本を手に取った。

「何かあったらすぐに言え」

「はい」

遊眞はすっと目を閉じた。眠りに落ちるのは簡単なことだった。

 どこだかわからない真っ白い広い世界。遊眞はそこに呆然と立っていた。なんとも言いようのない虚無感。遊眞はこれが夢だとすぐに理解できた。夢であるなら早く覚めてしまえばいいのにと思う。

「クスクスクス」

どこかで誰かが笑う声が聞こえる。遊眞はあたりを必死で探した。でもどこにもその声の主は見えい。そしてこれは夢なんだと思い直す。

「だったら見えなくても当然かぁ~」

しかし。声は言う。

「夢だから見えなくて当然っておかしくない?キミはその世界で確実にボクの声を聞いているんだ。ボクの姿が捉えられなくてどうする?」

イラッとする発言。遊眞は抵抗しようと試みた。

「何を言っているのよ!見渡す限り、白、白!白!!白じゃない!!!こんな広くて真っ白な中を見渡しても人影なんてないじゃない!そんな中であなたが見つかるわけ無いでしょう!」

「あはははは。だからキミの視野は狭いのさ。誰がそこを『広くて真っ白な世界』と言ったんだい?」

「え・・・?」

「それはあくまでキミが決め付けた世界、そう。いうなればキミだけの空想世界さ」

声は高らかに笑うように続ける。

「そんな中でボクが見つかるわけ無いじゃいか!」

「私の・・・空想世界・・・・?」

「そう。そのふたを開けられるのはキミだけなんだ」

遊眞はふっと目を開けた。見慣れた天井が目に移った。そっと体を起こした。寝る前の体の異変はもうなくなっていたし、隣にいた燈樵もいなくなっていた。ただ、銀髪の少年がうつ伏せで大の字に寝ているだけだった。遊眞は一瞬、大きく身を引いた。けれどゆっくりと硬直した体から力を抜き、そっと穐椰を見た。普通に居眠りをしている少年にしか見えなかった。遊眞は深呼吸した。そしてすっと声を出した。

「あの・・・?」

そんなに大きな声じゃなかったと思うが、穐椰はその声にすばやく反応して飛び起きた。そして、遊眞を確認し、燈樵がいないことを確認すると、一目散で部屋の扉を目指して駆け出した。慌てて遊眞は穐椰を静止しようとした。

「まって!話がしたいの!」

穐椰は一瞬だけ、動きを止めたが結局扉の向こうへ消えてしまった。

「行っちゃった・・・・」

しかし、それも当然の行為かと遊眞は視線を落とした。散々怖がり恐怖に満ち、逃げて続けてきたのは間違うことなき遊眞自身だ。ふっと肩を落として遊眞は更なる事に気付く。

「体の具合、すっごくいい・・・」

寝ると治る風邪なのか?と思案し、そんなわけ無いだろうと自分で否定する。そして、思い出す言葉。

『紛れも無く菰亞だ』

階段から落ちたのを介助してくれ、燈樵たちを呼びに行ってくれたのは穐椰なんだ。だから今楽なのもきっと、穐椰の。

―キィ。

扉の開く音がした。遊眞は穐椰が入ってきてくれたと思って顔をガバッとあげて固まった。確かに、穐椰である事に変わりはなかったが、扉はわずか数十センチほどしか開いておらず、そこから除いている顔はギリギリ右の目が見える程度だった。

「話ってナニ?」

穐椰はボソッと言った。しかし、それ以上に遊眞はその顔の四分の一以上が隠れている穐椰の登場の仕方に動揺して硬直していた。

「ナニ・・・?」

反応してこない遊眞にもう一度穐椰は尋ねた。さすがに遊眞も我に返り話を進めた。心臓は高鳴って止まらないが。

「えと・・・か、階段で・・・の、事とか・・・・その・・・ありがとう、ございました。今、楽なのも・・・貴方が、何とかして、くれた、ん、ですよね・・・?」

「ん。そうだけど」

「ありがとうございます」

遊眞は軽く手が震えていた。それでも自分なりによく言えたほうだと思っていた。そしてふと、穐椰を見ると穐椰はまったく出ていない顔でじぃ~~~~っと遊眞を見てくる。

―コワッ!別の意味でコワ!

そんなことを思っていると穐椰がボソッと言った。

「手が、フルえている」

遊眞ははっとした。布団の下にしていた手の震えを悟られた。遊眞はぐっと唇をかんで手に力を入れて勢いよく言葉にした。

「そ、そりゃ・・・・だって、まだ・・・コワいもん!! でも・・・本当に・・・本当に・・・・。か、感謝はして・・・いるから・・・・!!お、お礼だけは・・・し、しっかり言いたいしっ! そ、それに・・・あ、貴方とも・・・・もっと普通に、はっ、はなしをするべきだと・・・思うから!!」

遊眞は体に力が入っていた。それでも今、思っている本当に素直な気持ちを穐椰にぶつけることが出来た。これで穐椰がなんと言おうと遊眞は後悔するつもりは無かった。穐椰はそんな遊眞の覚悟を打ち消すような言葉を扉から少しだけ体を出して言った。

「そレだけ思っテクレているならイイヤ。無理シテ話そうトシナくていいよ」

体を半分も出してきた穐椰に驚きを感じた遊眞。穐椰はすっと扉を閉めてその向こうに消えていった。

「ハー・・・・」

詰まっていた息を一気に吐き出した。そしてふっと遊眞の中で何かが停止した。それから遊眞は自分自身でも無意識にポツリと言葉を吐いた。

「なんか・・・スッキリした」

そのままぱたりと後ろに倒れこんだ。柔らかい枕がすっぽりと遊眞を包む。



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