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勾拿  作者: ノノギ
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鋭意 第3話

 妙な不快感で目が覚めた。辺りが真っ暗なことを見ると未だ夜も深い時か。遊眞は不快感をどうにかしたくて寝返りを打った・・・・その刹那。布団にいたはずの自分の体は急に体勢を崩し、布団から落下した。ベッドで寝ているわけだから、落ちることもあるかもしれないがこれはおかしい。まるで高い絶壁から落ちているようだ。ものすごいスピードで落下していくのを感じる。地面が見えないくらい深い穴のような所をただただ落ちていく。その恐怖に遊眞は身を凍えさせた。一体、自分はどうなってしまったのだろう?落ちていく。どんどんどんどん。深く、深く。闇の中へ。ふっと、視界の隅に一筋の光があったのを確認した。そこを見ると燈樵がいることに気付いた。遊眞には気付いていないようだった。遊眞は自分が墜落していることに気付いてもらうべく、声を張り上げた。

「っ――・・・・!!」

しかし、どんなに叫んでも、声が出ることは無かった。自分は無闇に落ちてゆく。燈樵が立っている光ももう、見えなくなってしまったぐらい落ちてしまった。遊眞は涙が溢れてきた。

―これを・・・・孤独と言うのだろうか・・・・?

頭にそんな言葉が過ぎった。いやだ。一人は寂しい。一人は飽いた。光よ、消えないで。お願いだから傍にいて。助けて、誰か。

「たすけてっ!!!」

やっと声が出た、と思ったら、自分がいるのはベッドの上。今までのは全て夢だったのかと、安堵してふと、横を見ると、仰天している燈樵がいた。今までに無いほどに驚いた表情をして固まっている。遊眞は、一瞬どうして燈樵が仰天した表情をしているのか理解できなかったが、自分の叫びあげた声を思い出し、遊眞も固まった。

 互いが固まって少し経った。燈樵が動いた。ゆっくり遊眞のほうに近寄ってきて、そっと頭に手を置いた。

「大丈夫か?」

優しい声音が遊眞の頭の上に舞い降りた。遊眞は夢で見た不安と恐怖と孤独感に襲われ、涙が溢れた。それに気付いた燈樵は焦った様子でもう一度、大丈夫かと尋ねた。

「だい、じょうぶ・・・です。ごめん、なさい・・・。ちょと、安心・・・したら。 ナミダ、出てきた、だけですから・・・・」

切れ切れに言葉を募った。燈樵は未だ心配そうな表情で遊眞を見つめている。そして、静かに遊眞の隣に腰を下ろした。

「縞井。どんな夢を見た?」

「・・・孤独の中を、ずっと奥深くまで落ちていく、そんな夢です」

「・・・・・・不安か?」

「え?」

「何が、とまではわからない。でも、縞井。お前は今、相当な不安に駆られているんだろう?」

「・・・いや、そんな・・・・。たかが夢ですよ・・・?」

燈樵はまっすぐ前を向いている。遊眞にはそんな燈樵の横顔が見えた。どこか、何気なくではあるが、寂しそうな表情をしているような気がしてならなかった。

「菰亞の覇気を受けた後、その晩は自分の持つ負の感情の夢を見ることが多いんだよ」

「・・・?!」

「だから。縞井も菰亞の覇気でそんな夢を見たんだと、俺は思う。違うかな・・・?」

「・・・・不安は、それは・・・・ありますよ?だって、私、どうしたらいいのか、わからないから」

遊眞は口調が少し強いことに気づいた。頑張って元に戻そうとしても戻せない。

「・・・そうだな。 なら、しなければならないのは別にしておまえ自身はどうしたい?」

燈樵の声は相変わらず優しさを帯びていた。それに対して遊眞の声は怒りに似た口調になっていった。

「そんなの・・・私は・・・ここにいたいですよ?でも、私はあの人が怖い!無理なんです!だって、沢山の人を殺したんですよ!? 私だって・・・そりゃ、前科がありますけど・・・・。でも、そんな沢山の人なんて・・・!あの人に『罪悪感』というものは無いんですか?!おかしいじゃないですか!まるで平気な顔をして監獄の中にいたじゃないですか!へらへらして!!あんな、危ない人をどうして勾拿は出したりなんかするんですか!私は嫌なんです!」

一気に言葉を吐いて息を切らす遊眞。それをただただ静かに聞いていた燈樵。そして言い切った遊眞ははっとした。なんてわがままな。遊眞は自分のこぶしに力が入るのを感じた。静かにして何かを考えている燈樵。その沈黙が遊眞には怖かった。力の入った拳。足にも妙な力が篭る。遊眞はその力の逃げ道を探した。けれど見つからない。どうしたらこの妙な力を逃がせるのだろう?

「・・・・・」

黙る燈樵。しかし、何かを言おうと、口を開きかけた。その瞬間に、遊眞はこの妙な力の逃げ道を見つけた。

 バネのように跳ね起きた遊眞に燈樵は言葉を失った。そしてそのまま力の赴くままに遊眞は部屋を飛び出した。

「おい・・・っ!」

さすがの燈樵も困惑気味で急いで立ち上がると遊眞を追った。しかし、出遅れたのが原因か、部屋を出ても遊眞の姿を捉えることが出来なかった。慌てて階段を下りると、玄関で物音がしたのを燈樵は聞いた。

「おいおい・・・」

急いで玄関に向かうと、遊眞の靴が無い。燈樵は慌てて外に飛び出した。

 闇雲に走る。まっくらい夜の道をひたすら走る。どこか、誰も手の届かない所へいきたかった。走っているうちにぽつぽつと雨が降り始めてきたことに気がついた。それでも遊眞は走るのをやめなかった。ただひたすら走り続けた。

 足元が滑りやすかったのだろう。遊眞は見事に転倒した。そして、自分が今いる場所を始めて確認した。そこは、廃墟になったビルの出入り口だった。遊眞は大きく息を切らして辺りを見回す。ここがどこなのかもわからない。ただ、一つ判ることがあった。

「ここ・・・・多分やばいな」

ビルの壁を見てそう思ったのだ。スプレーなどで書かれた沢山のヤバイ絵が並んでいる。タバコの吸殻が雨にぬれてグチャグチャになっているし、ビールの空き缶がつぶれて転がっている。所謂、『不良たちのたまり場』だということ。未だ、その不良たちは来ていないようだが、直にくるんだろうな、と遊眞は思っていた。それが理解できても遊眞はその場から動くことが出来なかった。いや、動こうとしなかった。もう、帰る場所などどこにも無いのだから。

「あれぇ?人がいるぜぇ?」

声が聞こえた。遊眞はそれでもそちらを振り向かなかった。いつかは来るだろうと思っていた対象が来ただけの話だから。

「どうしたのさ、オジョーサン。こんな時間にこんな所で傘も差さないで」

「びしょびしょじゃん。ツーか、俺たちのテリトリーに勝手に入ってきてもらっちゃぁ困るよなぁ~?」

「そうだよなぁ~~。ここはおれ達しか入れない『神聖』な場所なんだよぉ?」

「ほらほら、どかないならオレらでやっちゃうよ?」

この時、遊眞は初めて振り向いた。うるさい。睨むような目で男たちを見た。その睨んだ目に入った男の数は6人ほど。そしてその6人の男たちは遊眞が睨んだことに腹を立てたらしく、一番遊眞に近かった男が遊眞を突き飛ばした。遊眞は見事に体勢を崩し、泥の中に飛び込んだ。倒れたまま遊眞は起き上がろうとは思わなかった。

「おい、コイツ、なんだよ?」

「本当にやるか?」

伏せている遊眞の耳にカション、という金属音が聞こえた。少しだけ確認するつもりで男を見た。小型のナイフを所持していた。

―あぁ、それで私を・・・。

遊眞の頭は妙に冴えていた。もういい。もういいんだ。遊眞は眼を閉じた。

「グワッ!!」

突然、男が叫び声をあげて遊眞の前まで吹っ飛んできて、遊眞と同じように泥の中に飛び込んでいた。

「き、貴様!何をするんだ!」

一人の男が声を張る。しかし、それに対する返事が無い。遊眞はそっと体を起こした。

「ぁ・・・」

小さく声が漏れた。傘を差さないでずぶ濡れになっている青髪の青年が無表情でそこに立っている。

 思わぬ来客のせいで男たちは苛立っていた。その様子を黙って見つめる燈樵。一人の男が燈樵に向かって飛び掛った。しかし、燈樵はそれを意図も簡単に突き飛ばす。遊眞はその様子を見て少なからずの恐怖を感じた。誰に対しても優しさを見せる燈樵が、今、目の前の男たちに対してその優しさを見せない。無造作にまるで虫を払うように男たちを退かしてゆく。飛び掛る男をけり倒す。その蹴りの強さも、異様に強い。倒れた男が立ち上がることが出来ないほど。今、倒れているのは3人。残りの3人に、鋭い眼光をぶつけた。どうやらそれに男たちは竦んだらしく、3人を捨て置いて逃走してしまった。その様子をただ、何も言わずに見送ってそのまま遊眞へと眼を向けた。びくっと体が反応する。何を言われるか。それが怖かった。しかし、燈樵は相変わらず何も言わないで遊眞の近くまで寄ると遊眞を立ち上がらせて様子を確認していた。

「・・・・帰るぞ」

燈樵はそういった。それに抗うことも出来ずに、遊眞は従った。

 家に着いたとき、燈樵は濡れたまま普通に家の中に入って行った。遊眞はどうするか戸惑っていると、戻ってきた燈樵がタオルをくれた。それで軽く拭いて水やら泥やらが下に落ちないことを確認した。

「シャワー、浴びて来い」

燈樵にそういわれ、黙って頷くと風呂場へ急いだ。

 シャワーを浴びている間、いろいろなことを考えた。そして、燈樵らしからぬ行為がいくつもあったことに気がつく。ひとつ。傘も差さずにずぶ濡れだったこと。ふたつ。男たちの扱い方が異様に荒かったこと。みっつ。倒れている3人の男たちをそのままにして帰ってきたこと。よっつ。そもそも、男たちを捕縛せずに逃がしたこと。どれもコレも燈樵の行動とは思えない。とくにふたつ目は遊眞にとって衝撃的だった。どんな酷い事をしようと、相手は人である。その概念を大切にする燈樵が躊躇なく人を蹴り上げていた。それは燈樵の怒りだろうか?そんなことを思いつつも、遊眞はシャワーを終え、着替えて風呂場を出た。濡れた髪が若干乾き始めている燈樵が遊眞に気付き、遊眞と入れ替えで風呂場に入っていった。

 部屋でソファに座ってじっとしている遊眞。もう随分遅い時間になっている。起きた時間がどのくらいか知らないからどれほど走っていたかはわからない。でも、随分と長い時間を走っていた気がした。

 燈樵が風呂から出てきた。遊眞はどうするべきか思案した。何かを言われたらどうしようか・・・?

「時間も遅いから、早く寝な」

短く早く燈樵はそう言った。遊眞は燈樵を凝視した。勝手に家を飛び出した遊眞に説教の一つも無いのだろうか?そのせいで危険な目にあったというのにそれに対して何も言ってこないのか?

「怒って・・・・いるんですか?」

遊眞はふっと自分がそれを声に出したことに気付いた。しまったと思ったときには既に遅し。燈樵はそれに対して答えを出した。

「いや、何も怒ってはいないけど」

確かに声はいつもの燈樵の声だ。それでも今の遊眞にしてみたら少し怒っているのではないかと錯覚してしまう言葉だった。

「嘘!だって、私が勝手に家を飛び出したんだよ!?あの人達に襲われたのも、泥だらけになったのも、全部私自身のせいじゃない!そのせいで貴方までずぶ濡れになってしまって!貴方がそこまでする意味なんて・・・っ」

無いでしょう? 違う。あるんだ。今は未だ遊眞は燈樵の保護下にある。遊眞はぐっと唇をかんだ。

「それに!私は助けなんて求めていない!燈樵さんが来なくっても何も問題は無かった!」

「あのままだっら、お前は殺されていたかもしれないだろう」

落ち着きのある声を興奮した声が掻き消す。

「そんな事、関係ないじゃない!私は別にあのまま、、、」

遊眞は全ての言葉を言い切る前に言葉を切った。いや、切らされた。遊眞の前に立っていた燈樵がすばやく遊眞の肩を押し、後ろの壁に叩きつけてきたからだ。今までの燈樵からは想像ができない行為だった。

「あのまま・・・?あのままなんだ?殺されていても良かったと言うのか?」

いつもと違うずっと低く重い声。似ている声なら前に聴いたことがある。牢に入れられた中島を遊眞が刺そうとした時に止めに入った燈樵の声に似ている。でも、あくまで似ているだけで全然性質の違う声だ。それでも遊眞はぐっと力を入れて言い返した。

「よかったよ!ずっとこんな怖い思いをし続けるくらいなら!!あのまま!!」

「・・・そうか」

燈樵は短くそういって黄色の眼をギラリと輝かせた。それからそれをふっと閉じて。

「なら・・・・」

燈樵は遊眞の肩を左手で押さえたまま、右手を下げた。シュッと、短い音が聞こえた。遊眞はそれがなんの音か、すぐさまわかった。

「今、ここで俺がお前を殺そうか」

燈樵は腰元から抜いた短刀を遊眞の首元に突きつけた。手入れ以外で抜いたことの無いその短刀を燈樵は今、抜いた。信じられなかった。以前、響が言っていたことをふっと思い出す。

『燈樵はあの刀は絶対に抜かないんだよ。抜いた所なんて見たことねぇしな。ただ、抜いた時は・・・・・。本当に相当なときだよ。本当にね。だってアイツはそれを抜かなければ自分が死ぬってときでも抜かないって言ったからな』

遊眞の全身に震えが起こった。今、相当なときなんだ。燈樵の眼は冷たく重く光っている。

「もう一度だけ問う。あのまま、本当に殺されていても良かったのか?」

遊眞は今までの感情がすっと引いていった。そして、すっと涙が溢れた。それからゆっくりと首を横に振った。

「いやだ・・・・死にたくない・・・」

遊眞のその声を聞いて燈樵は遊眞から手を離して短刀をしまった。遊眞は崩れ落ちた。涙が止まらない。震えが・・・・。そんな遊眞をそっと包む温もりを感じた。はっとした。立っていた燈樵が上からそっと包むように遊眞を抱いた。

「脅してすまなかった。そんなつもりは無かったんだがな。縞井が。殺されても良かったなんて言うから、少し驚いて。それから、不安になったんだよ」

遊眞は眼を見開いた。

「お前の命は一つの大切なものなんだよ。だから簡単に捨ててくれるな」

優しく包む燈樵の腕と言葉。それに涙が止まらずあふれ出てくる。そして静かにはい、とだけ答えて声を殺して泣き続けた。その間、燈樵は静かにそっと遊眞を包んでくれていた。


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