際偶 第1話
まさかこんな事になるなんて。思ってもいなかった。なんで?どうして?どうして私だったの?解らないままずっと時は止まる事無く流れている。周りの目なんて今更気にする事じゃない。でも。何よ、その哀れんだ目。だったら何とかしてよ!
大火災が起きたのは今より数時間前の事だった。通り魔がいるから気を付ける様にとニュースでやっていた。「怖い、怖い」と思いつつも何も気にしていなかった。そうしたら、こんなことになった。大火災が起きた。その通り魔のせいで。一つの家が跡形もなく燃え尽きてしまった。火が消えたのは今から数十分ほど前。火が消えても、もう意味がない。だって何も残っていないのだから。
遊眞は高校をあと少しで卒業、という所まで来ていた。平凡な日々を過ごしていた。でも、遊眞は一人暮らしをしている。両親はいない。母はどこにいるのかわからない。父は病気で死んだ。だから、一人で暮らして生きてきた。それくらいの事が出来た。高校を卒業したら大学に行ってなりたい職業に就こう。そう思っていた。でも。夢とは一瞬で砕け散る。『通り魔』だ。遊眞の家を全焼させた通り魔は未だに捕まっていない。目の前でふわふわと上がる煙を遊眞は見ていることしか出来なかった。
「大丈夫だよ、保険が降りるから・・・ね?」
そばにいたおばさんがそう言った。そういう問題じゃないの、解らない?遊眞は泣きそうになっていた。この家は亡き父と暮らしていた思い出が沢山詰まった大事な家だったのに。
―許せない
遊眞は通り魔に強い憎しみを抱いた。
とりあえずの間『勾拿』と呼ばれる組織で保護される事になった。夢見た勾拿。遊眞は大学の後、この勾拿に入り、仕事をしたかったのだ。でも、今はそんな事をいっていられる状況ではなかった。
「わたしは、桐原だ。君の、名前は?」
勾拿の御偉いさんらしき人が遊眞に聞いた。
「縞井、遊眞です」
小さな声で答えた。桐原は持っていた紙に書き込んでいた。他にも、年齢、家族、学校など、色々聞いてきた。
「大変な事になったな。しばらくは、ここで寝泊りをするわけだが、縞井さんに合う担当者が今、不在なんだ」
最初、言っている意味が理解できなかったが、つまり女性がいない、と言いたいらしい。
「いえ、そんなお気遣いは・・・・。大丈夫です」
「そうか?なら、縞井さんに合いそうな者を探すから、少し待っていてもらえるかい?」
「はい」
そう言って、桐原が背を向けたが、桐原の声が遊眞の頭の上に降った。
「お~!いた、いた!!適任だろう」
そう言って、桐原が一人の男を連れてきた。
「中島だ。面倒見のいい、いい奴だ」
そう言って桐原はその場を立ち去った。
「・・・・えっと~・・・。な、中島です。君は・・・?」
「遊眞、です」
「遊眞ちゃんね。今回は残念だったね。全焼、しちゃったんだっけ」
「はい・・・」
なんで、そう言う事言うかな。遊眞は少し気分が落ちた。でも、これからお世話になるのだから、あまり不快な思いをさせてはまずいと、必死で笑みを作った。
「燈樵~!」
中島が突然声を上げ、手を振った。その先には青年がいた。しかし、その青年はこちらを見ただけで何の反応もせず、部屋の奥へ消えた。
「うん~。あ、彼はね、燈樵と言ってね。何だかいまいち僕に冷たいんだ」
遊眞は軽く頷いただけで終わった。
中島に案内されて個室へ行った。ここで寝泊りする事になった。学校は普通に行くから、制服を勾拿が用意してくれた。遊眞はその一晩、ずっと泣いて過ごした。
夜が明けて、中島が朝食を持ってきてくれた。ここから学校は遠いから、と言って中島が車で送ってくれる事になった。準備をして、車に乗り込んだ。
「あの・・・」
「なんだい?」
「帰りは・・・・ゆっくり、歩きたいので・・・」
「あぁ、わかったよ!道はわかるかい?」
「はい」
車から降り、学校の門へ向かった。学校の友達に囲まれて色々と質問をされて泣きそうになった。
「やめなよ!!昨日の事だよ?!そんな事も解らないの!?」
友達の璃紗が、人を蹴散らしてくれた。嬉しかった。
「ありがとう・・・」
「何言っているの。当然の事でしょう? 色々大丈夫?」
「うん。平気」
遊眞は弱い笑みを見せた。
学校の授業に身が入らなかった。遊眞はボーっとして一日を過ごした。
少し暗くなってから遊眞は学校を出た。屋上で一人、物思いに耽っていたら、すっかり遅くなってしまった。勾拿の方々が心配すると、急いで帰ろうとした。ふと、暗いのに赤く灯っているところがある。
「放火だ! 通り魔!」
遊眞の目が変わった。憎い通り魔がまた犠牲者を増やそうとしている。そんな事、許せない。遊眞は走り出した。通り魔はそこにいた。遊眞に気付いて慌てて走り出した。
「速い・・・」
通り魔の足の速さに驚いた。でも、必死になって追いかけた。
小さな路地に入った。追い詰めた。暗くて顔がわからない。でも、遊眞は少しずつ前進した。それに合わせて通り魔は後退する。と、街灯のある下まで通り魔が来たとき、顔が見えた。遊眞は息を呑んだ。
「中島・・・さん?!」
その顔は今朝遊眞を送ってくれた中島だった。
「けっ。ばれちゃーしょうがないよね。あんたの家を燃やしたのも俺さ!」
全く口調が違う。遊眞は鼓動が大きくなるのを感じた。中島は勾拿で、鍛えられている。だから、一般の自分に勝てるわけがない。そんな不安を他所に中島は懐からナイフを取り出した。
「これも『通り魔』の仕業だ、ってことにして俺は勾拿所に戻る。いいだろう?」
「そんな・・・・」
父との大事な思い出も、これからやりたかった夢も・・・・潰したのはこいつ?寄りによって勾拿の?遊眞は悲しくて、悔しくて涙が出てきた。中島がゆっくりこっちに歩いてくる。
―殺される・・・・私はここで死ぬんだ・・・・
遊眞はそう思えば思うほど、体が硬直した。
「お嬢さん。さようなら」
突然中島が走り出した。刺される。それで終わる。遊眞は目を瞑った。
「う゛っ!!」
中島の苦痛の声が遊眞の耳を打った。遊眞はゆっくりと眼を開けた。すると、中島の腹部に丸い鉄球のようなものが食い込んでいた。その痛みに耐え切れず、悶えている中島。
「何・・・・?」
訳が解らず、呆然としている遊眞。中島が顔だけをこちらに向け、怒号を吐いた。
「この野郎!!なんでお前がここにいる!」
遊眞はさらに解らなくなった。
「現住建造物等放火、及び殺人未遂。違反を犯している者がいたからここに来ただけだ」
後ろで声がした。遊眞は慌てて振り向いた。そこにいたのは。青い髪に鈍く光る黄色の目。昨日、中島が燈樵と呼んだ人物だ。
「燈樵!貴様!!」
「現行犯で、お前を捕縛する」
燈樵は何のためらいも、迷いも、無駄な動きなく、中島を捕縛した。
「燈樵!!大丈夫か?!」
桐原の声だった。
「はい」
燈樵は短く返事をした。桐原が遊眞のそばに寄ってきた。
「怪我はないか?! 本当に申し訳ない・・・・謝れる事ではないが・・・・」
「いえ・・・・いいですよ。こうして・・・・捕まったのですから」
震える手を押さえて遊眞はやっとそう言った。
勾拿とは、犯罪を取り締まるもう一つの警察、とでもいえる存在だ。警察が手に負えないような困難な事件でも勾拿は遣って退ける。しかし、警察でも扱ってくれないような小さなことでもやってくれる。だから、今は警察の制度は廃れかけているが、警察も大切であって、なくしてはいけないものだ。遊眞は前に一度、この勾拿に父を救ってもらった事があり、それ以来、勾拿を目指すようになったのだ。
勾拿所に戻り、中島はそれなりの処罰を受けるらしい。遊眞は桐原が来るまで中島の入れられた牢屋の方向を凝視していた。
「大丈夫か? 本当にすまない」
「いえ」
「桐原さん」
燈樵という男性が来た。
「中島の収監、終わりました」
「あぁ・・・ご苦労」
「では」
「あぁ、待ってくれ」
「はい?」
「その、なんだ。あまり、強制はしないが・・・・この娘の世話を、してもらってもいいか?」
「?」
「中島が、担当していたんだよ、実は・・・・」
「・・・・構いませんが、彼女は?」
「あぁ、そうだな。縞井さん。どうかね?」
遊眞ははっとした。突然自分に話が振られた。一度、怖い思いをしたから簡単に『はい』と言いづらかった。でも、なんとなく、この燈樵と言う人は・・・・。
「はい・・・。私は、構いません」
「そうか。 その・・・なんだ」
桐原が耳元で囁いた。
「無口だが、良い奴なんだ。気にしないでくれよ。 まぁ、中島が、あれだったから、信じにくいよな・・・・」
「いえ・・・」
「じゃぁ、燈樵。頼んだよ」
「はい」
桐原はげっそりとした雰囲気でこの場を去った。
「名は?」
燈樵が、顔を向けず短く聞いてきた。
「・・・・縞井、遊眞です」
「そうか」
燈樵はそれだけ言うと喋らなかった。
「あの・・・・」
沈黙が長くなったので、遊眞はその沈黙に耐えられず、口を開いた。
「あなたの・・・お名前は・・・?」
「燈樵、稔」
またも、口を閉ざす。遊眞は色々考え、物事を整理する事にした。そして。
「あの、燈樵さんは、中島さんを、収監したんですよね?」
「あぁ」
「・・・・場所を・・・教えてくれますか?」
燈樵は横目で遊眞を見ると徐に歩き始めた。呆然としている遊眞に足を止めて首だけを巡らせ燈樵が言った。
「どうした?知りたいんだろう。付いて来い」
断ると思ったから、予想外で驚いた。そういうことは極秘として扱われてくるはずなのに、彼は中島の収容された場所へ案内すると言うのは、聞いておいて何だけど、おかしいと思う。もしかしたら、この燈樵と言う人も、良くない人なのだろうか。
「あの、どうして・・・・?」
解らず聞いてみたが、燈樵は何も言わず歩いていく。だから、それに付いて行く事に決めた。
階段をずっと下に降りる。すると広い回廊のようなところに着いた。燈樵は黙々と歩き続ける。しばらく歩いていくと、牢屋が見えた。一つ一つが広かった。
「ここだ」
燈樵が短く言う。牢屋の中を見ると、中島が小さくなって蹲っていた。こちらの存在に気付き、鋭い眼光を走らせるが、燈樵の殺気の方が勝ったらしく、中島はシュンとしてより小さく蹲った。
「中に、入れて・・・・?」
小さな声でもここでは大きく木魂してしまった。燈樵は何も考える素振りを見せず、牢屋の鍵を開けた。そして、遊眞を中に入れた。
「なんだよ、嬢ちゃん。恨みでも晴らしに来たか?」
遊眞の手に力が込められた。憎い。憎い。恨めしい。コイツさえいなければ、父との大切な思い出は消える事は無かった。遊眞はポケットから小さなナイフを取り出した。それを中島に向かって突き刺そうと、走った。耳の遠くで金属音が聞こえたが、無視して走った。中島は恐怖に満ちた顔をしている。後一息で、刺せる。
「っ?!」
急に体が動かなくなった。誰かに手首を掴まれたからだ。掴んでいる手を辿って目を動かすと、燈樵がそこにいた。
「そのまま刺しても構わないが、一つだけ忠告をしておく」
表情を変えずに燈樵は怖いくらいに低い声で言う。
「一度その手を汚したものはその汚れを拭う事は出来ない」
「え・・・?」
「人を傷つけるのは、それなりの覚悟を持ってやらねば、後の罪悪感で押し潰される。それでも、やると言うのなら俺は止めない」
それだけ言うと、燈樵は手を離して一歩下がった。遊眞の頭の中は真っ白になった。なんてことない、ただの忠告だが、物凄い気迫で脅されたような感覚にまで陥った。
「それと」
燈樵はボソッと口を開いた。
「それを殺しても、あんたの思い出は戻っては来ない。ただ、あんたの大事なものがまたなくなるだけだ」
それを聞いた瞬間、遊眞は体の力が抜けた。ナイフを落として地面に座り込んでしまった。