森の入り口
クエストクリアのために森の入り口に来たら……。
お待ちかねの初戦闘。
さて結果は……。
森の入り口は、思っていたよりも静かだった。
町道が途切れ、木々が密集し始める境目。
風に揺れる枝の音と、草を踏む自分の足音だけが耳に入る。
「……ん?」
エルナは、ぴたりと足を止めた。
――かすかな、嗚咽。
聞き間違いではない。
森の影、道から少し外れた場所。
「……だれか、いるの?」
声をかけると、びくりと何かが動いた。
現れたのは――
**ひとりの少女**だった。
年の頃は十歳前後。
粗末な服は破れ、泥と埃にまみれている。
細い腕で自分の身体を抱きしめ、怯えた瞳でこちらを見ていた。
「……」
少女は何も言わない。
ただ、**左手を固く握りしめたまま**、離そうとしなかった。
「大丈夫だよ」
エルナは盾と小刀から、そっと手を離す。
「私は冒険者です。危ない人じゃないよ」
一歩、また一歩。
近づくたび、少女の肩が小さく震えた。
「誰かに追われているの?……」
その言葉が終わらぬうちに……。
――ばきっ。
背後の茂みが、乱暴に踏み荒らされた。
「ちっ、ガキがこんなとこまで逃げやがって」
「おい、そこのチビ。そいつを渡せ」
現れたのは、三人の男。
粗悪な武器、荒んだ目。
まっとうな人間じゃないと、一目でわかる。
少女が、息を詰めた。
「……っ!」
エルナは、自然と前に出ていた。
「この子に、何の用ですか」
「あぁ? 見りゃ分かんだろ。商品だ。売るんだよそいつを」
男の一人が、舌打ちする。
「大人しく渡せチビ。怪我したくなきゃな。それともお前も商品になるか?」
下品笑いを浮かべる隣りの男。
――その瞬間。
エルナの中で、何かが弾けた。
「……お断りします」
短く、はっきりと。
「この子を、渡すわけにはいきません」
「ははっ、笑わせんなよガキんちょ!」
男が小刃を振り上げ踏み込んだ。
次の瞬間――
**カンッ!**
亡き父愛用の椅子を加工した小さな盾が、男の刃を弾く。
体重を乗せた一歩。
エルナが自ら鍛えたショートソードが、的確に男の手首を切る。
「ぐっ!」
「こんにゃろっ――!」
二人目が回り込もうとするが、エルナの方が早い。
――男の足元から剣が、湧いてでたかのように薙いでくる。
「な、なんだ!?」
防ぐ間もなく脛を切り裂かれる二人目
「ぐわっ!」
残った一人は、完全に怯えていた。
「ちっ……覚えてろ!」
三人は、足を切られた男をかばいながら森の奥に逃げていった。
静寂が戻る。
---
エルナは、すぐに少女の前に膝をついた。
「もう大丈夫。あの人たちはいません」
少女は、しばらく呆然としていたが――
次の瞬間。
**ぎゅっ。**
エルナの革鎧の縁を、両手で掴んだ。
離れない。
指が震え、必死にしがみついている。
「……あ……」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「……こわかったんですよね」
エルナは、そっと背中に手を回す。
「もう大丈夫です。私がいます」
少女は声を出さずに泣いていた。
その姿に、エルナの視界が滲む。
「……っ」
――守らなきゃ。
理由なんて、なかった。
ただ、このまま放っておけなかった。
「……名前、言えますか?」
少女は、首を横に振る。
「……歳は?」
また、首を横に。
「……覚えていることは?」
沈黙。
何も、ない。
「……そっか」
エルナは、無理に聞くのをやめた。
「大丈夫です。思い出せなくても」
少女の頭に、そっと手を置く。
「私の名前は、エルナです」
その名を聞いても、少女の表情は変わらない。
それでも。
エルナの鎧を掴む手は、離れなかった。
---
エルナは、少女の手を引いて立ち上がる。
「……一緒に、行きましょう」
薬草採集。
最初の依頼。
本来なら、ひとりで向かうはずだった森。
でも――
「一人増えても、同じです。……ねっ」
エルナは、そう言って微笑んだ。
少女は、不安そうな目で見上げながらも、
小さく、頷いた。
こうして――
**名も記憶もない少女**と、
小さなドワーフの冒険者は、森へと足を踏み入れた。
それが、ただの偶然ではないことを。
この時は、まだ誰も知らなかった。
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お答えできかねますごめんなさい。




