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神様になりきれなかったカエルの一歩

作者: 高瀬あずみ

〈カトルプリエール〉シリーズと同世界同地域を舞台にしていますが、そちらとはほぼ無関係な独立したお話になります。


カエル注意。



 荒野の一角、赤土の露出するあたりの、小さな沼周辺の岩場に生息する、赤磐蟇(アカイワヒキガエル)と呼ばれる、それはただのカエルでした。その地の岩に溶け込むような、茶と橙混じりの体色をしたカエルです。

 ちょっと身体中にイボがあって、ふてぶてしいと思われてしまう見た目なので、あまり人には好かれません。ちょっと皮膚から毒を分泌したりもしますし。だって、他の動物に美味しく食べられたくはありませんから。自衛は大事です。


 赤磐蟇(アカイワヒキガエル)は、住環境によっては十年二十年と、結構な長生きをする種属ですが、大抵は自然や気候、天敵に襲われ、そこまで生き延びる個体は稀であると言えましょう。


 そのカエルに個としての意識が芽生え、思考が広がり、周囲に影響を与える力が宿ったと自覚した頃には、百年は生きておりました。立派な化けカエルです。かつての仲間よりもぐっと大きくなった身体。できることが増えて、外敵を恐れる必要も無く。餌にも不自由はしなくなりました。


 そうして荒野の片隅にひっそりどっしりと根を下ろして、更なる年月を重ねたそのカエルは神へと至ったのです。それはこの世界では稀にあることでした。そもそも、それだけ生きられるということが既に奇跡なのです。奇跡の存在は位階を上り神となるが運命(さだめ)。ですから、ただのカエルだったものは神となったカエルになりました。


 数百年だか数千年だかを生き、ついには寿命のない生命から外れた存在になってしまうと、カエルは改めて自分がどういうものかを知りました。長の年月を生きてさえいれば良かったこれまでと違い、神が神であり続けるために何が必要かを。

 必要なのは人からの信仰でした。いえ、本当は人でなくとも良いのです。けれど人以外の生き物は神を信じるなんてしないために、結果、人から敬われるしか仕様がありません。

 たった一人でも自分を神として祈ってくれれば、それだけで神で在ることができます。もっと沢山の人から信仰されるようになれば、更に神としての格が上がり、世界と共にあり続けることができるでしょう。



 ただのカエルであった過去を持つそれは思いました。

『どうせならば大きな国で主神として祀られるようになりたいものだ』

 カエルが神に至ったその頃、大陸のあちこちで国が勃興していました。中には間違いなく大国になるであろうと予感させる国もあります。そんな国の主神ともなれば巨大な力を持つ偉大な神になれることでしょう。けれど、そういう国にはもうとっくに主神と呼ばれる神が祀られていて、カエルが成り代わるような隙はありません。


 更に言うならば、カエルは己の醜さを恥じていたために、人前に姿を現すことさえできずにいました。つまり、誰もカエルという神を知る機会がなかったということでもあります。



 カエルが生まれ、長く生きた地は、実りも少ない荒れた場所です。住む人もなく、信仰を受けられぬままであれば、(かみ)としての存在は失われて、ただの神の“なりそこね”として、やがて世界に溶け込んで消えていくでしょう。それは分かっていたのです。


 荒野にとて、それでも人がまったく踏み入らないかと言えば、そうではありません。荒野の外には人の国があり、国と国を繋ぐ道もまた、荒野の外に作られていました。その道はずいぶんと遠回りではありましたが、極端に水の少ないこの土地を旅するには向きません。それでもどうしても急ぐ者や、あるいは国にいられなくなった者、あるいは国を追われた者の姿を見かけることはあったのです。




 ある時、一人の若者が国を追われて荒野にやって来たのに気付きました。彼は彼の命を繋ぐ水や食料すら持たされずに荒野に追放されたようでした。

 卵は沼に産みつけられ、育って以降は陸生だったカエルは、その生態から水と土に権能があります。ですから、乾ききった若者に水を与え、土で日差しをさえぎってやることもできたでしょう。


 でもカエルはそうしませんでした。憐れな若者に何一つ与えず、声さえかけませんでした。


 どうせ人を助けるのであれば、大国に由来の人物で、やがて大勢に信仰されるきっかけになるような、そんな人物にならば加護を与えたい。若者はむしろ大国から追われて来たようですから、条件に合うようには思えません。

 けれどそれはただの言い訳。

 カエルは己の姿が醜く、声もまたしゃがれて耳障りだと知っておりましたから、きっと姿を見せた途端に嫌悪されるだろうと思うと、怖くてどうしても一歩を踏み出せなかったのです。



 さてこの荒野には、カエルと同じく神に至った存在がいく柱かおります。厳しい条件の土地ですから、元になった生き物もまた、人に好まれない、嫌われものばかりでした。

 ところがそのうちの一柱が若者に加護を与え、また別の一柱が……と合計四柱の神が若者を助けたのです。

 そうすると、若者は全力で四柱の神々に感謝し、惜しみなく信仰を捧げたではありませんか。たちまち四柱はその存在を強化して、より強い加護を若者に与えます。若者はまたそれに感謝して……と理想的な関係を築いてしまいました。

 そうこうしている内に、元の国から若者を慕った人間たちが追いかけて来て若者に仕えます。若者は自分に加護を与えてくれた神々を彼らにも紹介し、四柱は彼らからも感謝と信仰を送られることになりました。

 やがて若者が王となって荒野に国を興し、四柱は国を守るために土地を大きく隆起させて守りを強化しました。人々の信仰が大きな力を神々に与えたからこその奇跡です。



 カエルはそれを少し離れたところから、見ているしかありませんでした。

闇輝烏(アンキガラス)百水蛇(ヒャクスイヘビ)水晶蚯蚓(スイショウミミズ)火焔蜘蛛(カエングモ)。どいつもこいつも、儂と似たような嫌われものの木っ端神ではなかったか。それが、今や国の主神だと!? 何故、こうも差がついたのだ!?』


 もし若者に手を差し伸べていれば、カエルもまた四柱と同じように信仰を捧げられていたと分かるだけに、悔しいやら、行動に出られなかった己が情けないやらで、その国を見ることさえ苦痛になってしまいました。だからカエルは、より荒野の奥、もっと寂れた土地へと移ることにしたのです。


 ただの荒野であっても厳しい土地です。その奥地ともなれば、それこそカエルを祀ってくれる人なぞいないであろうことも、そう遠くなく、“なりそこない”となって自我を失うであろうことも、カエルは知っておりました。けれど怖がるばかりで若者を助けなかった罰が必要だと、どこかでそう思っていたのかもしれません。





 人と人の諍いなぞ、元はただのカエルだったのですから、とても理解しかねます。禍根がいつまでも残って、当人だけでなくずっと子孫まで厭うような、深い怨念なぞ論外。あまりにも恨まれ、憎まれ、一族郎党すべて死すまで手を緩めぬ追手から、逃げて、逃げて、逃げて。ついにはこんな荒野の奥にまで逃げ込んでくる人間たちが訪れるなどと、カエルは思いもしていなかったのです。


 ろくな荷物も持たず、痩せて生気のないような一家五人でした。皆が皆、すぐにも死んでしまいそうな。それなのによくもまあ、ここまで逃げ延びたものです。一体、何をやらかしたのか、もしくはやらかさなかったのか。それはカエルの知るところではありません。

 けれど一家は、よりによってカエルの在地に飛び込んできました。実際は飛び込むどころかへろへろでしたが。


 岩陰で、僅かばかりの灌木を燃やしてせめてもと暖を取る一行は、喉を潤す水すらもう無く。過ぎた空腹を石をしゃぶって誤魔化すような有様で。あまりの哀れさにカエルは目が離せなくなっておりました。



 と、そんなカエルの視線に気づいた者がいたのです。

 それは五歳になるやならずかの幼い男の子でした。過酷な環境で真っ先に死んでいてもおかしくない、けれどおそらくは家族が必死に守ってきたであろう幼子(おさなご)

 その子とばっちりと目が合ってしまったのです。


「おっきい、カエル?」

 渇きからか、幾分掠れてはおりましたが、可愛い声でした。もっとふっくらしていたら、きっと可愛い子供だったに違いありません。


 子供の声に釣られるように、大人たちもカエルの方を力なく見やり、そしてカエルを見て態度が変わりました。一行の中心人物であろう初老の男が、乾きに苛まれる喉で、それでも恭しく跪いて拝みます。

「これほどまで大きいと、ただのカエルのはずはあるまい。もしや神でいらっしゃるか。神域に立ち入ってしまったのでしたら、どうかご容赦を。もはや動く力もない我らをなにとぞ、なにとぞ……」


 もう姿は見られてしまいました。そして一行が、醜いカエルへの嫌悪にすら動かせないほど、心がすり切れているのを感じてしまったカエルは、のっそりと彼らの前に進みます。


『ここは儂の住処(すみか)である。それ故に、この地で人が死ぬ姿を見たくはない』

 そう言って、おもむろに岩のひとつに力を注いで、そこから水を湧き出させました。水は岩の途中から勢いよく放物線を描いて、くぼんだ石の上にみるみる溜まっていきます。

『これはただの清水よ。まずは喉を潤すが良い』


 人々は、おそるおそる水に近づき(その頃には泉のようになっていました)、手を差し伸べて一口。あとは夢中で飲み始めました。

 本当は、乾ききっている時こそ、最初はゆっくりと飲まないといけないのですが、誰もがそれどころではなく。だからこそカエルは、家族が一気に飲んでも大丈夫なように、こっそり調節してやりました。


 少し落ち着くと、一家は口々に感謝を述べて、ひれ伏します。

『よい。儂はこのように醜く、人に好まれぬ。故にこの地に住まっておった。神には至ったもののたいした力も持たぬ。だが主らが望むのであれば、ささやかながら加護を与えようぞ』


 一家が加護を喜んでいるのを見やりながら、かつて若者に対して何もできなかった時と違い、今度は素直に彼らを守ろう、守りたいと思っていることに、カエルは不思議な気持ちになりました。

『これが、縁というものかもしれんな』


 目の前の一家はあの若者のように、一国を興すようにはとても見えません。一国どころか、今は家さえないのです。けれど彼らからの混じりけのない感謝が、カエルに変化を与えました。


(ああ、これが、心を寄せられるということか)

 神としての格が上がって、もうすぐに消えてしまうことはないでしょう。

(では闇輝烏(アンキガラス)共に習って、加護をより大きなものにして返してやろう)


 まずは食べ物。次に寝床。何も持たない彼らですから、これから忙しくなるでしょう。そんな予感を噛みしめているカエルに幼い声が届きます。


「カエルのかみさま、おみず、ありがとう」

 男の子の小さな手が泉に伸びて、掬った水を宙へと撒くと、厳しく荒野を照らしつける太陽の光が、この時ばかりは柔らかく射して、そこに小さな虹を産み出しました。

「きらきら! きれい!」

 それを見る大人たちの顔も綻んで、ここに来てようやく笑い声が上がります。

「そうね。きらきらしてきれいよね」

 子供が抱き着いた母親の目から零れた涙もまた、きらきらと光って、カエルの心まできれいな気持ちで膨れ上がりました。


 この日、カエルは神様としてようやく一歩踏み出したのです。もう決して“なりそこね”で終わったりはしません。少なくともこの一家にとっては、どんな立派な他の神よりも、この醜いカエルこそが特別なのだと信じられる限り、最高の神であろうと。



 やがて荒野の奥深く。傷ついた者たちを受け入れ、癒す、隠れ里ができることも。その里で一番大切に崇められるのが己であることも、まだ当のカエルすら知る由もなかったのでした。


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