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対策

周辺図

挿絵(By みてみん)




「姉様、母様、デレク。こちらにいらして頂いている方々が、今日から身の回りの世話と身辺警護をして頂く皆さんだ」


アレクシアがそう言って、部屋に集まった皆を、ノーフォート家の方々に貸している部屋に通している。

翌日の午前中、まずは顔見せということで、侍女達と警護の12人には、屋敷の三階に集合してもらっていた。

世話係の侍女達は6人の指示役を立てて6つの班に分け、ノーフォート夫人、ジルベール様、デレク様のそれぞれについてもらう。

警護は四人一班とし、二名ずつそれぞれの警護につくよう指示した。

班ごとに分かれて、順繰りにそれぞれ挨拶をしていく。

結構な人数になってしまったが御三方は、それぞれの挨拶を丁寧に受けてくれた。


「皆さま、ご迷惑をおかけしますが…何卒よろしくお願いいたします」


最後に、ノーフォート夫人、フィリア・ノーフォート様が皆にそう声を掛けてお辞儀をする。

それを受けた皆もそれに深々と頭を下げて応じた。


「よし。それでは、各自仕事に掛かってくれ」


アタシの指示にも頭を下げた皆は、足早に持ち場へと散って行った。

その様子を確認してから、アタシは御三方の傍に寄る。


「お時間を頂きありがとうございました。今後しばらく、方々には屋敷の三階で生活をしていただくこととなります。不自由かと思いますが、何卒ご了承頂きたく」


アタシはそう言って、三人に頭を下げた。

この屋敷の三階は、基本的に客室のみになっている。

そして三階に上がってくるための階段は一か所しかない。

そこさえ押さえておけば、少なくとも正面から賊が押しかけて来るようなことは防げる。

警備しやすい構造になっていた。


「いえ、滅相もない。ここまでのご配慮いただけて、心苦しいばかりですわ」


アタシの言葉にノーフォート夫人は恐縮そうに言って頷いてくれた。


「その辺りのことはお気になさらず。こちらにもいろいろと思惑というか、事情もありますが……アタシ個人としては、アレクシア様のご家族をお守りしたいという思いが第一です」


次の兄上の言う通り、ノーフォート家はノイマール王国の反王政派を取り込む重要な役割となるだろう。

しかし、次の兄上もアタシも、ノーフォート家を守りたい理由は、人情的な部分が大きかった。

アタシの言葉を聞いたノーフォート家夫人は、ニコリと満面の笑顔を浮かべる。


「ティアニーダ様は、アレクシアと一騎打ちをされたと伺いましたが?」

「あぁ、ええ、そうなんです。剣での戦いで決着はつかず、殴り合いどころかひどい取っ組み合いになりまして」


そうとだけ答えたアタシは、苦笑いを浮かべる他にない。


「本当にひどかったんですよ、母様。まるで子どものケンカのようなありさまで」


すぐそばにいたアレクシアもそう言い添えて笑ってくれた。

しかし、夫人は未だに怪訝な表情だ。


「その一騎打ちの結果、ティアニーダ様は、アレクシアと友誼を結ばれたのですよね?」

「結んでるよな?」

「私は結んでいるつもりだか…もしかして違ったか?」

「いや、結ばれてるはずだ」


そんな夫人の認識に間違いはないと示すために、アタシはアレクシアといつもの調子で言葉を交わす。

それを見た夫人は、ジルベール様の方に視線を送って、さらにニンマリと嬉しそうに笑った。

それを見たジルベール様は、何か分からないけど表情を曇らせる。


「母様、好敵手という言葉もありますし、二人は互いの力を認め合った仲なのではないかと思いますよ。余人が口を挟むのは野暮ですよ」

ジルベール様がそう口にした。


「好敵手ですか…なるほど、そのような関係なのですね」


ジルベール様の言を聞いた夫人は、そう言いながら確かめるようにアタシとアレクシアを交互に見つめて来る。

今度は逆に、アタシとアレクシアが見つめ合ってしまった。


「えと…好敵手なのかな?」

「うーん…どうだろう…力が拮抗しているという意味ではそうなのだが…敵手、だろうか?」

「敵ではないよな、今更だけど…」

「問われてみると、説明が難しい関係だな」


アレクシアが苦笑いを浮かべて首を傾げる。

アタシもそんな彼女に苦笑いを返す他にない。


「好敵手ではないのでしょうか?」

「ノーフォート夫人。アタシとアレクシアは…その、敵味方の区別を超えた…もうちょっと深い関係になった、と言いますか…」

「敵味方を超えた…深い関係…?それって、友誼、なのでしょうか?」


夫人はそう繰り返して首を傾げる。


「友誼じゃないんだろうか?」

「確かに、突き詰めて考えれば友誼という感覚とも違う気はするが…他にそれらしい言葉となると…」


アタシは戸惑って、再びアレクシアと目を見合わせてそんな話を始めてしまう。

そんなやり取りを遮ったのは、夫人の隣に座っていたジルベール様だった。


「母様、その辺りにしてください。あまり良い趣味とは言えませんよ」

「あら、でも気になるでしょう?あのアレクシアが、ここまで誰かに入れ込むなんて初めてのことなのよ?」

「どのような関係であれ、それは本人達の問題です。我々が外から根掘り葉掘り聞くようなことでもありません」


えぇと…要するに、その…えっ…えぇっ?

なに、今これ、なんの話題…?

混乱するアタシをよそに、夫人はアタシに何かを期待するようなまなざしを向けて聞いて来た。


「親としては、その辺りのことはしっかりと把握しておかなければいけないものよ。それで、ティアニーダ様、アレクとの初夜はどのように誘われたんですの?」

「ちょ…か、母様!?」

「なななななんでそれを!?」


羞恥心で、心臓がギュッと握りつぶされたような気がした。

なんで知られてるんだ!?

いったい、どこからその話が漏れた!?

あまりにも唐突な質問で、一気に顔が熱くなる。

頭に熱が上ってきて、思考が空転し始めた。

しかし、そんなアタシとアレクシアの反応を見た夫人は、アレクシアとよく似たクスクスという笑い声をあげた。


「あらあら、ちょっとカマを掛けてみたら、とんだ藪蛇が出てきましたね」


しまった…謀られた?!


「母様、もう黙ってください、話が進みません」

「ですが」

「めっです!めっ!」

「はぁい、分かりました」


ジルベール様がそう言って夫人の口を封じてくれる。

しかし、アタシの頭はもう熱でグワングワンと空回りして収集が付かない状況になっていた。

アレクシアに助けを求めようにも、彼女も顔を真っ赤にして目を白黒させ混乱しているようだった。


「ティアニーダ様」


ジルベール様が、落ち着いた声色でそう声を掛けて来た。


「は、はひ」

「…えぇと、とにかく深呼吸をなさって…?」


彼女に言われて、アタシは素直に、大きく息を吸って吐く。

何度か繰り返すと、ほんの少しだけ頭がすっきりしてきた。


「…取り乱しました…申し訳ない」

「こちらこそ、母が失礼を…」


アタシとジルベール様はお互いに頭を下げて、とにかく場を仕切り直した。


「…重ね重ね、伯爵家の皆さまには感謝が絶えません。昨晩家族と相談をしまして、我がノーフォート家はオルターニア王国への亡命を希望することに決しました。つきましては、その後ろ盾となって頂きたく、伏してお願いいたします所存です」

「ご希望、承りました。王国の一員としてノーフォート家の方々をお迎えできること、嬉しく思います。次兄エルデールには、確と伝えます」

「ありがとうございます。そしてそうとなれば、今のままこちらで守られているだけにも参りません。オルターニアの一員として相応しいところを示すためにも、力及ばずながら伯爵家にご助力させて頂きたく思っています」

「助力、ですか?」

「はい。アレクシアがすでにティアニーダ様のお傍に仕えてしているのと同じように、私も何か伯爵家のお役に立ちたいと思っております。昨晩妹から、次兄のエルデール様は非常にお忙しくされていると伺っておりますので、何かお手伝いできることがあれば、と」


ジルベール様の提案に、アタシはふと考える。

次の兄上の手伝い、か。

確かに次の兄上には、仕事を手伝ってくれる人間がいればありがたい。

ジルベール様の能力の高さはアレクシアに聞いているから確かだろう。

しかし…次の兄上の受け持っている仕事は機密度の高いものが多い。

それを手伝ってもらうことが許されるかどうかは、ちょっと難しいところだ。

次の兄上に相談してみるか。


「承知しました。では、兄上にご希望を伝えて参ります。午後にでも、正式な返答をお持ちしましょう」

「はい、よろしくお願いいたしますね」


アタシの言葉に、ジルベール様は優しい笑顔でそう応えてくれた。


それから二、三細かな打ち合わせをしたアタシは、アレクシアと一緒に部屋を出た。

次の兄上に今の話の報告をして、そのあとは侍女達と警備要員達のところを巡回して問題が内かどうかを確認する手はずになっている。

ひとまず二階にいる次の兄上のところを目指して、階段へと向かう廊下をアレクシアと一緒に進む。

アタシは隣を歩いているアレクシアにチラっと視線を送った。

アレクシアの方も赤い顔をしてアタシを見つめている。


「いや、その…罠に掛かった、悪いと思ってる」

「…こちらこそ、母様が申し訳ない…昔から、他人の色恋話を聞きたがる人なんだ。これまでも、我が家の使用人とか屋敷の警備に当たってた私兵団員が何人か被害に遭っていた」


アタシ達はそう互いに謝り合う。

突然で、しかもあの晩のことを聞かれで、思わずあんなことを言ってしまった…不覚だ。

それにしても…色恋って…


「やっぱり、あれかな…アタシとアレクシアはその…互いに好き合っているように見えるのかな…?」

「…母様に言われるまで考えもしなかったが、指摘されると確かに私はずっとティアと一緒にいるからな…」

「ま、まぁ、そういうところはあるよな…毎晩同衾しているし、そう見えてもおかしくはない、か」

「うん、ミーア辺りは、きっとそう思っているに違いない…」


アタシ達はそこまで話して、どちらからともなく黙り込んでしまう。

仲が良いと周りに認めてもらえるのは、悪い気分じゃない。

実際に、アレクシアとは親密ではあるし、アタシにとってすでに大事な存在だ。

しかし、好き合っているのかと言われると、ちょっと話が変ってくるような気がする。

いや、アレクシアのことは好きだし、アレクシアがアタシに並々ならない好意を持ってくれていることは分かってる。

お互いに信頼し合っているし、何が起きても裏切ることなんてないと確信できている。

でも、好き合っているのとはちょっと違わないだろうか?


「確認だけど…アタシ達、好き合ってないよな?」

「…少なくとも好き合うという感覚で一緒にいるわけではないな。私とティアとの関係は…そんなことよりももっと深い繋がりであるような…そんな感じだ」

「あぁ、うん、分かる」

「あえて言うなら、義姉妹というか、血の契約というか…そういうものの方が、近い気がする」


血の契約は、互いの傷口を押し付け合って血を混ぜ合わせ、魂を繋げ合わせるっていう儀式のことだ。

血の契約をした者同士は、互いを互いの半身として扱うかの如く、生涯に渡って助け合い生きていく。

その契約を交わした者同士を義兄弟、義姉妹と呼ぶのだけど、確かに感覚としては一番近いかもしれない。

それでも、なんとなくこの関係を明確に言い表せているという感じはしないけど。


「なるほど、確かにそっちの方が似てるかもな…」

「うん、そうだろう…?だからその、そういうことにして…ひとまずこの話題は忘れないか?」


そう言ったアレクシアの顔は相変わらず真っ赤なままだ。

親父殿には凛々しく言い切った彼女だけど、流石に身内に踏み込まれるのはダメだったらしい。

いや、うん、分かるよ…アタシだって恥ずかしくて埋まってしまいたいと思ったくらいだからな。

そう思って、アタシは思いっきりワザとらしく咳ばらいをして、気持ちを切り替える。


「…次の兄上のところへ報告したら、屋敷の見取り図を確認しよう。いくつか知っておいて欲しいことがあるんだ」


アタシが言うと、アレクシアも大きく深呼吸をしてから


「…あぁ、それは助かる…警備をするなら、知っておきたいと思っていたところだ」


と応じて来た。




*  *   *




執務室のドアをノックすると、中から


「入ってくれ」


と応じる声が聞こえた。

ドアを開けて覗き込むと、次の兄上は机について、山と置かれた書類に決裁の署名をしている最中だった。


「次の兄上、今良いか?」

「あぁ、ティアか。片手間になるがそれでも良ければ」

「ノーフォート家の方々と話をしてきたんだ」


アタシはそう言いながら部屋に入り、後ろに続いて来たアレクシアがドアを閉めてくれる。


「あぁ、助かる」


そう言った次の兄上は、片手間、と言っていたにも関わらず手を止めてアタシ達を招き寄せた。


「ノーフォート家の方々は亡命の方向でご希望を一致されたよ」

「そうか……苦い決断をさせてしまったな…アレクシア様も、申し訳なかった」

「そのようにおっしゃらないでください…我が家はすでにノイマール王に裏切られました。オルターニア…伯爵家が、捨てられた我らを拾ってくださったと、そう思っております」


アレクシアは次の兄上にそう言って、深々と礼を取った。

話を聞く限りでは、少なくともアレクシアの思いに嘘はないだろう。


「そうですか…そう言っていただけますと、気が楽です。ありがとうございます」


次の兄上もそう返して頭を下げる。


「それで、アレクシアだけじゃなくて、長姉のジルベール様も、我が家のために働きたいとおっしゃってくれているんだ」

「あの方が?」

「あぁ。次の兄上が忙しいと知って、何か手伝えることがあるんじゃないかって」

「それは………正直、助かるな」


次の兄上は、すこし考えるような仕草を見せてから、思いがけずそう答える。


「良いのか?」

「王都とのやり取りやこちらの軍の内秘に関わるようなことは俺がこなさないとまずいが、避難してきているノーフォート領の方々への手当てや、ノイマール軍の情報の精査なんかは、お手伝いいただけると助かる。今日中に最後の班が到着することにもなっているしな」


次の兄上は、なんだかちょっとホッとしている様子だ。

なるほど、確かにその辺りのことなら手伝ってもらえる範囲ではある、か。


「分かった、じゃぁ、そのようにお伝えするよ」

「あぁ、頼む…ということは、警備的なことを考えると、ここではあまり都合が良くないか」

「あぁ、そうだな…三階に移ってもらった方が守りやすいのは確かだ」

「分かった。ティア、すまないが、三階で執務を執ることにするから、誰か人をやって部屋の準備をさせてくれるか?」

「この上の部屋のことだよな?」

「あぁ、そうだ」

「分かった、こっちで手を回しておくよ」

「礼を言う」


次の兄上はそう言って軽く目礼した。


「良いって」


アタシはそう応えつつ、これで少しは次の兄上が楽になるかな、と内心ホッとする。


「じゃぁ、三階の準備が整ったら声を掛けにくるよ。そのあとに、ジルベール様をご案内する」

「あぁ、助かる」


次の兄上はそう言って、再びペンを持って書類に目を落とした。

アタシもそれを確かめて、踵を返そうと思った…んだが。


「次の兄上、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「ん、なんだ?」

「…アタシとアレクシアって…その…どういう関係に見える?」

「…好き合ってるんじゃないのか?」


次の兄上の返答に、アタシは頭を抱えた。

やっぱり、そう見えてるのか。


「……何か勘違いでもしていたか?」

「いや、いいや、良いんだ。別にそう見られてイヤだっていうんじゃないから」

「…?」

「余計な話だった、すまん。じゃぁ」


アタシはそうとだけ言って、アレクシアの袖口を引っ張りながら部屋を後にした。




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