人質生活②
「ティアニーダ様、ティアニーダ様」
そんな声が聞こえて、私は意識を取り戻した。
目をあけると、すでに窓の外は薄暗くなっていた。
部屋のランプには火がともされ、暖かな光が揺らめいている。
そんな中、寝台のすぐそばには侍女がいて、ティアニーダの体を優しくゆすっていた。
「あぁ、アレクシア様。お目覚めですか」
彼女は、目をあけた私に気付いたようで、柔らかな笑みを浮かべてそう声を掛けて来た。
彼女はティアニーダの侍女の中でも特に重用されているようで、かなり頻繁に顔を見る機会がある。
小柄な体付きで、黒髪を後ろにぴっちり束ねた可愛らしい女性だ。
「あぁ…おはよう…」
「えぇ、おはようございます。もう夕方になりますけれど」
そう言っていたずらっぽい笑みを浮かべた彼女は、ティアニーダに視線を戻すと、
「ほら、ティアニーダ様。お夕食の時間ですよ、起きてください」
と、今度は少し力強く彼女の体をゆすった。
しかし、ティアニーダはモゾモゾと動いて「分かった」などと声をあげつつも、一向に目覚める様子がない。
「まったく…困ったお嬢様です」
侍女はそう言ってフンと溜息を吐くと、私に苦笑いを向けて来た。
「アレクシア様、先に食堂へご案内致しますので、お仕度をさせていただきますね」
「え…あぁ、そうか、頼む」
寝起きのぼんやりした頭は、彼女の言葉をとりあえず聞き入れてしまう。
私の言葉に彼女は丁寧に頷くと、こちらに手を差し出してきた。
おずおずとその手を取って、私は寝台から立ち上がる。
そのまま彼女に手を引かれた私は、ランプの明かりに照らされた鏡台の前の椅子に座らされた。
「まずはお召し替えから致しますね」
そう言うが早いか、彼女は手慣れた様子で私が着ていた部屋着を脱がしにかかる。
ひんやりとした空気が肌に触れて、意識が急速に鮮明になるのを感じた。
同時に、彼女の言動に違和感を覚える。
「夕食と言っていたが、食堂でなのか?」
私が尋ねると、侍女は着替えを勧めながら
「はい」
とだけ答えた。
その返事に、私は首を傾げざるを得ない。
少なくともこれまで食事は部屋に配膳されてきたものを頂戴していた。
私は人質の身で、本来なら軟禁されているはずだ。
それが、どうして?
そんな想いが顔に出ていたのだろうか。
侍女が着替えを勧めながら
「奥様が、今後はお食事は御一緒に、と仰せになっております」
と言い添えてくれた。
「レニエ―ル様が?」
「はい」
私の言葉に短く応じた侍女は、すでに私の着替えを完璧に済ませ、今度は髪を整え始めていた。
「申し遅れましたが、わたくしはティアニーダ様付きの侍女をしておりますミーアと申します」
「ミーアか。手間を掛けてすまない」
「とんでもございません。アレクシア様のお髪はお綺麗ですね。何か特別なお手当をされておられるんでしょうか?」
「え…あぁ、いや…これは、おそらく母譲りなのだろう」
「左様でしたか、うらやましいことです。ティアニーダ様のお髪は御父上似の獅子毛ですので、整えるのが大変なんですよ」
そう言いながら、彼女はクスクスと笑い声をあげる。
侍女が言って良いことなのかはさておき、そんな彼女の他愛のない会話はどことなく私を和ませるためのように思えた。
客の気持ちをほぐすための伯爵家の教育なのだろうか、などと考えていたら、私の身支度はほとんど整っていた。
「それではご案内致します」
支度を終えると、彼女はそう言って私を先導するように部屋の扉を開けた。
廊下に出てからも彼女は同じように私の前を歩いていく。
彼女以外、私の傍には誰もいない状況だ。
不用心だとは思う。
例えばここで私が乱心して彼女を人質に取り、脱出を図るなどとは考えないのだろうか?
あるいは、彼女を背後から襲って殺し、その隙に逃げ出すといったことだってできる状況だ。
武家である伯爵家が、そのような杜撰な対応をするものだろうか?
それに人質を家族の食卓に呼ぶなど、あまり考えられない。
それこそ、そんな場所で暴れられでもしたら、一族が全員殺されてしまうかもしれない。
危険だとは思わないのだろうか?
そんなことを考えていると、不意に侍女のミーアが口を開いた。
「ティアニーダ様は、昔から勉学は苦手で、軍の指揮にも不向きでいらっしゃったんです」
「えっ…あぁ、そのようなことを話していたな」
「ですが、剣と馬術の技量は並々ならぬもので、一部隊を率いて前線に在れば寡兵でも大軍を翻弄できる手腕をお持ちです。それから、もう一つ、ティアニーダ様には特別強いお力がありまして」
「それは?」
「勘、ですね」
「勘…?」
戦場の勘、と言うことか?
確かに、どちらかと言えばそういう鼻が利きそうな性質ではありそうだが…しかし、なんで急に?
唐突に始まった会話の意図が掴めず、私はさらにワケが分からなくなる。
しかし、そんな私に構わず、侍女ミーアは話を継いだ。
「違和感を察知する力、他者の機微を感じ取る力、そう言った類のものです。殊、人を見る目には非常に長けていらっしゃいます」
彼女はそんな話をしながら、大きなドアの前で立ち止まり、私の目をジッと見据えて来た。
「そのティアニーダ様が、アレクシア様には全幅の信頼をお寄せになり、そして大切にされている。それゆえ、この屋敷の者は御家族の方々をはじめ我々使用人に至るまで、皆アレクシア様のお人柄を信頼しているのです」
そんな彼女の言葉を聞いて、ようやく何を伝えたいかが理解できた。
「…少し、遠回しに過ぎる」
私が皮肉ると、ミーアはクスっと笑い声を漏らして
「これは失礼を。アレクシア様は明確な理由をお知りになる方がご安心されると思ったのですが」
と目礼で謝意を示してくる。
しかし、その仕草からはどこかおどけたような印象を受けた。
「理屈はさておき、私も物事ははっきりと伝えてもらう方が良い性質だ」
「はい、精進が足りませんでしたね。では、はっきりと」
そう言って顔をあげた彼女は、柔らかな笑顔で私に告げた。
「貴女様はティアニーダ様にとって大切な方。であれば、わたくし達にとっても大切なお客様です。ご安心召され、我が家と思ってお過ごしいただきたく存じます」
行き届いたことだと思う。
彼女は、唐突にご家族とご一緒に食事を摂ることになった私の戸惑いをつぶさに察知したのだろう。
そして私の肩の力を抜こうとしてくれていたのだ。
気を楽にして食事を楽しめるように、と。
「配慮、痛み入る…ありがとう」
「恐れ多いことでございます」
私の言葉に彼女は少し満足そうな表情で頭を下げると、ゆっくり扉を開いた。
食堂にはすでにレニエール様と弟気味のフィルニール様が席に着いていて、侍女達がしずしずと配膳を行っているところだった。
「まぁ、アレクシア様。いらして頂けたのですね」
私の姿を見て、フィルニール様がそう声を掛けてくださった。
私は姿勢を正して、右手を胸に当てて礼を取る。
「この度は、お招きいただきありがとうございます」
「何を仰いますか。食事は大勢の方が楽しいものでしょう?どうか、ご一緒くださいませ」
「はい。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「さ、アレクシア様はこちらのお席へ」
私はミーアに促されて、レニエ―ル様の斜向かいの席へと腰を下ろした。
すぐさま、侍女達がスープの入った皿とパンが配膳される。
「アレクシア様、どうぞ召し上がってくださいませ」
「はい、感謝いたします」
「あれ、ミーア。ティア姉様は?」
私の様子を見て、弟君のフィルニール様がそう尋ねる。
「お声かけしましたが、お目覚めになりませんでした」
「まぁ、あの子ったら相変わらずね。小さい頃から寝たら起きない子なんですよ」
レニエール様が可笑しそうな様子で私にそう話を振ってくる。
「心地よさそうに寝入っていらっしゃいました」
「ふふふ、よほどアレクシア様に心を許しているのだと思いますよ」
「ありがたいと思いますが、少々照れ臭いです」
そんな話をしながら、私はスープを口に運ぶ。
細切れのタマネギと干し肉、それにキノコの類がしっかり煮込まれたスープで、奥深い味が口の中一杯に広がった。
特別な調味料が使われているわけではなく、調理法によって素材の風味が凝縮されているような優しい味だ。
「お口に合いまして?」
「はい、優しい味で…安心いたします」
「良かった、何よりでございます。我が家は代々華美さに拘らぬところがありまして、食事も他の貴族家からは家格の割に質素だと言われることがありますの」
「例えどんな高価な剣や鎧を誂えたところで、それらを扱う術がなければ宝の持ち腐れです。高価な食材や調味料を使わずとも、調理に手を掛けこれほどの風味を作り出しているこの料理は、まさしく高尚な実践を重んじる伯爵様の家風そのものかと」
「ふふふ、お上手ですこと」
「世辞に聞こえてしまいましたか?」
「いえいえ、お褒め頂き光栄にございます」
私はレニエール様と言葉を交わして笑い合った。
お気遣い頂いているのか、それとも本当に気楽にされているのかは定かではないが、和やかな雰囲気に、食事を運ぶ手も軽く感じる。
スープが終わり、次に配膳されたのは湯がいた葉物野菜と赤茄子、魚肉をタレで和えた料理だった。
野菜の瑞々しさとタレの風味が程よく混ざって、これも美味だ。
「まぁ、フィル。また赤茄子を除けているのですか?」
不意にレニエール様の声が聞こえたので視線を向けると、フィルニール様がバツの悪そうな表情を浮かべているのが目に入った。
皿の上には、赤茄子だけが残されていて、いじけたように、フォークの先で突いている。
「はい…どうにもまだ、克服できず…」
「きちんと食べないと、父上や兄姉のようにたくましくなれませんよ?」
「ですが…どうにも鼻に抜ける青臭さが」
ふと、ノーフォート家にいる弟のことが思い出された。
出生前に食事をしたとき、確かあの子も苦茄子を残して姉上にお小言をもらっていた。
フィルデール様と同じように、口を尖らせてフォークの先で残した苦茄子を突きながら、だ。
あまりにも平和でどことなく懐かしい光景に、私は思わずクスっと笑ってしまった。
そんな私の声を聞きとったらしく、フィルニール様は少し恥ずかしそうな様子でこちらに視線を向けて来る。
何かを言いたげにしたものの、結局何も口にすることなく俯いてしまった。
「申し訳ありません、フィルニール様。実は私にも弟がいるのですが、以前、苦茄子を残して姉に諭されていたことを思い出しまして」
「苦茄子ですか、あれも苦手ですね…」
私の言葉に、フィルニール様は表情をしかめる。
そんな彼の様子に、レニエ―ル様は少々困り顔だ。
私も小さい頃は苦茄子が苦手だったので、気持ちは分かる。
美味しいと思って食べることができるようになったのは、私兵団の行軍訓練に同道するようになってからだ。
「赤茄子ですが、ひとつ、私の思い出をお話してもよろしいですか?」
「まぁ、どのような?」
私の言葉を、レニエ―ル様が促してくださる。
私はほんの少し居住まいを直して、初めて行軍に参加したときのことを思い返した。
「あれは14の時でした。父の命で、初めて私兵団の行軍訓練に参加したのです。しかし、ノイマールは山間の土地が多く、兵装を背負って歩くというのがめっぽう厳しかったのです。慣れない私は、早いうちから息が切れてしまい、汗が噴き出て、革袋の水を早々と飲みほしてしまったのです」
「他の者から分けてもらえなかったのですか?」
「父がそれを禁じました。兵達の厳しさを身をもって知るためと仰り、兵の皆も私を一兵卒として扱うように言われていたのです。そうでなくとも、行軍中の水や食料は貴重です。おいそれと他人に分け与えるようなことはあまりしません…すくなくとも、ノイマールでは、ですが」
軍務の話だったからだろうか、フィルニール様はほうっと声をあげて、前のめりに話に聞き入ってくれている。
「それでも、延々と行軍は続きます。私は、とにかく隊列から落伍せぬよう、必死で歩きました。陽が中天を過ぎて空が茜に染まり、山を3つ超えた頃には、もう汗も出ないような状況でした。それでもようやく野営地に辿り着き、食事をせよと配給されたのが、パンと干し肉、そして赤茄子一つでした」
「赤茄子…」
「私は、パンにも干し肉にも目をくれず、赤茄子にかぶりつきました。今頂いているような真っ赤に熟した上等なものではありませんでした。まだ半分は青いくらいの、それこそ青臭さが強い代物だったと思います。それでも、体が干上がるようだった私にとっては、そんな瑞々しい赤茄子がとてもとても美味しく感じられました。水分が体に行き渡り、まるで生き返るようだったのです。赤茄子を食べると、今でもあのときのことを思い出して、兵の苦労や、行軍の大変さ、そして食料や水の貴重さを心に改めさせられます」
そこまで話して、私はフィルニール様に視線を向けた。
「ですからフィルニール様も赤茄子を克服するために、一日掛けて行軍して干からびてみると良いのかもしれません」
私の言葉にフィルニール様は怪訝な表情を浮かべ、レニエ―ル様がクスクスと笑い声をあげた。
「面白いお話でございました。フィル、父上が戻られたら、お前も行軍に参加してみてはいかがですか?」
「いえ、その、母上…アレクシア様のお話の肝は、そういうことではないと思うのですが…?」
レニエール様にそう言い返しつつ、フィルニール様は皿に残っていた赤茄子に視線を落とすと、ややあってひと欠片をフォークで突き口に運んだ。
彼は、口の中に放り込んだ赤茄子を無理矢理に飲み下すのではなく、しっかりと味わっているようだった。
少しして、赤茄子を飲み下した彼は、ふう、と大きく息を吐く。
そしてさらにもうひと欠片を口に含んで、同じように味わい飲み下して溜息を吐いた。
そして、なんだか神妙な顔つきで
「ありがとうございます、アレクシア様。大切なことを教えていただきました」
と言って来た。
弟に同じ話をしても響かなかったのだが、どうやら彼には効果があったらしい。
武の家である伯爵家の子として、軍務でのこと、戦場での餓えや渇きのことが想像しやすかったのかもしれない。
そんなときは、何を食べてもおいしく感じられるものだ。
私は役に立てたことに内心胸を撫で下ろしつつ
「とんでもございません。ただの思い出話でございますよ」
と笑みを返した。
それからフィルニール様は、皿に残されていた赤茄子を食べきった。
レニエール様はフィルニール様を大いに褒め、私には厚く礼をしてくれる。
そんなお二人に再度謙遜を返していると、次いで私達の前に配膳されてきたのは主菜である厚切りの炙り肉だ。
岩塩と山葵の滋味深い味付けは、素晴らしいの一言だった。
主菜の後には、甘味としてハチミツがたっぷりと掛かった苺も頂いた。
美味しい食事と気さくなお二人との会話は心地良く、私はすっかり油断しきっていた。
そう、油断しすぎて、ついつい忘れてしまっていたのである。
不意に音を立てて、食堂のドアが開いた。
ハッとして視線を向けると、そこにはボサボサ頭のティアニーダが落ち込んだような表情で突っ立っていた。
「あら、ティア。ずいぶんとゆっくり寝ていたんですね」
「起こしてくれても良かったんじゃないかな…」
「ティアニーダ様、私は三度伺いましたよ?」
からかうようにして言うレニエール様、恨みがましい目つきでミーアに小言を言うティアニーダ、ツンとした様子でそれに応じるミーア。
三者三様の反応が可笑しくて、私はフィルニール様と一緒になって笑い声をあげてしまった。
薄暗い室内に立ち込めた湯気に、壁のランプの灯が揺れている。
備え付けられた窓からは、綺麗な下弦の月が輝いていた。
香油の類だろうか、果物のような香りが鼻をくすぐり、全身を包む心地良さには思わず吐息を漏らせてしまう。
「湯加減大丈夫か?」
「あぁ、ちょうど良い具合だ」
私はそう応えながら、自分の肩に湯を掛けた。
水面にランプの光が反射して揺らめく様子も、なんとも言えず風流だ。
「どれ、じゃぁアタシも失礼するぞ」
身体を洗い終えたらしいティアニーダがゆっくりと湯船に入ってくる。
肩まで身を沈めた彼女も、私と同じようにふぅ、と大きく息を吐いた。
ここは伯爵家の浴場だ。
十歩四方程の広さの石造りの部屋で、大人が三人は並んで入れるくらいの大きさの湯船がある。
壁には各部屋にあるものと同様の散水口も備え付けられていて、ゆっくり体を流すこともできるようになっていた。
「しかし、これを毎日利用できるとは」
「んー、まぁな。こればっかりは、多少贅沢かもしれない」
私の言葉に、ティアニーダはクククっと低い声で笑う。
確かに贅沢の部類ではある。
しかし、伯爵家に備えられている湯や水を供給する仕組みは、すこし目を瞠るものがあった。
この湯船の湯も、各部屋の散水口の湯も、そのほとんどが食事時に使われる火によって温められたものらしい。
何でも調理場にある竈の内側には、水の通う配管が張り巡らされているというのだ。
見てみないことには分からないが、とにかくそれが効率良く水を温めているのだろう。
先ほど頂いた料理も、この屋敷も、お湯を作る仕組みも…ティアニーダや御家族、使用人にも、私はバイルエイン伯爵家という貴族の凄みを思い知らされたような気がしていた。
「バイルエイン伯家は、すごいな」
私の言葉に、ティアニーダがカカカと笑う。
「まぁ、それなりの税収があるからな」
「いや、そういうことではない。食事も、建物も、人ひとりに至るまで、たゆまなく洗練されている。ノイマールにも伯爵家はいくつかあるが、どこもバイルエインとは大違いだ」
「そっか」
割と真剣に言ったつもりだったのだが、ティアニーダは一言だけそう言って、ふいーっとまた息を吐き石作りの壁面に身を持たせかけた。
それから私の方にチラっと視線を向けると
「居心地、悪くないか?」
と探るような声色で聞いてくる。
当然、私は首を横に振った。
「自分が人質だということを忘れるくらいだ」
私の言葉に、ティアニーダは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そっか、それなら良かった」
「と言うか、私は本当に人質なのか?いくら何でも、丁重に扱われすぎなのではないのか?」
「まぁ、それはあるかもしれないけど…ほら、うちは武家だからな」
「どういうことだ?」
「ここにいる連中はみんな、あんたがどうして人質になったかを知らされてる。あんたは私兵団と領民を守るために一騎打ちに挑める騎士で、剛剣令嬢と打ち合える程の腕の持ち主で、その上、誠実で柔軟だ。あと、美人だし」
唐突に褒めちぎられて、とたんに気持ちがこそばゆくなる。
それを紛らわしたくて
「それが、バイルエイン家とどのような関係が?」
と早口で聞くと、ティアニーダは天井をみあげて
「うちにいる人間は、みんなあんたみたいなヤツが好きなんだよ…アタシも、あんたに憧れた。あんたみたいな騎士になりたいと思った」
と明朗に言った。
その言葉に、妙に合点がいった。
思い返せば、人質になって以降、ぞんざいに扱われた記憶はついぞない。
天幕に捉えられているときも見張りの兵士は敬意を払ってくれていたし、食事を届けてくれた小間使いもこれ以上なく丁寧な対応だった。
荷馬車で領都へ後送されるときも、常に一人か二人、すぐそばで私の様子を見てくれている兵士が居て、水は飲むか、腰は痛くないか、なんて気を使ってもらえた。
屋敷についてからも、それは同じだった。
兵士だけではなく、ティアニーダの御家族も、侍女達も、皆私に好意的だ。
それは単純に、伯爵家の教育が行き届いているだけというわけではなかったらしい。
「…それは、なんというか…光栄だ」
嬉しいと思う気持ちが半分、照れ臭いと思う気持ちが半分。
私はなんだかいたたまれない気持ちになって、思わず顔を手で覆ってしまう。
そんな私の様子を見たからなのかどうか、ティアニーダのクスクスと笑い声が聞こえた。
「だからまぁ、気楽に過ごしてくれ。対外的には人質扱いにはなるけど、アタシ等にとってあんたは賓客だ」
そう言ったティアニーダの言葉は柄にもなく優しくて穏やかな声色で、不思議と胸の奥にしみこんでくるようだった。
「…ありがとう、ティアニーダ。貴女にも、伯爵家の方々にも、心から感謝を」
私は胸に手を当て、沸き上がった思いをただただ彼女に伝えた。