奇襲
半刻程して、広場には子爵様の私兵団に所属する騎馬隊百名が四列横隊を作って集合していた。
その横隊の前には、中年の落ち着いた男が一人、他の隊員達を代表するように立っている。
彼が本来のこの騎馬隊の指揮官で、子爵様のところの騎士の一人。
名前をバーグと言うらしい。
彼には今回も二分する隊の指揮を執ってもらうことになっている。
他の隊員にもすでに任務の詳細を伝えてある。
不安げな者、落ち着いている者、表情を引き締めて覚悟を固めている者…その様子はそれぞれだけど、それでも皆、アタシの指揮に従うことに異論はないらしい。
前にアタシが立つと、彼らは一斉にかかとを揃え、礼を取った。
アタシもそれに答礼して、手を下ろす。
そんなアタシの仕草を見て、彼らも手を下ろし姿勢を正した。
「皆、先に伝令を回した通り、子爵様が皆の指揮権を一時的にアタシに委譲してくださった。皆はこれより、アタシの指揮の下、敵本隊へ突撃することになる」
アタシがそう言うと、隊員隊の表情が一様に強張った。
聞けば、子爵様の私兵団は先のオルターニア侵攻には投入されていないらしい。
子爵様の兵達は、一連の戦いの中でもノイマールの南部四領がサラテニアに奪われた際に、領境の守りに出張っただけのようだった。
つまり、実戦経験がない者の方が多い。
アタシにしてみたらそのことに不安はないけど、彼らは違うだろう。
そんな表情になるもの当然だ。
「皆、不安があると思う。当然、これは本物の戦闘だ。怪我をすることもあるし、悪くすれば死ぬこともある。だが、相手は所詮サラテニア軍だ。恐れることはない」
兵達の表情は変らない。
でも、アタシの話の続きには興味があるのかどうか、視線が一層集まっているような気がした。
「我らはオルターニア王家が伯爵、バイルエイン家の兵だ。皆が知っているかどうかは分からないが、先日、サラテニアは二万五千の兵を率いてオルターニアに侵攻してきた。その際に、我々はたった二百でサラテニアの先行部隊一万五千の足止めを行った。
その甲斐あって、サラテニア軍は混乱しその足を止めた。時間的な猶予ができたことで、オルターニア軍は迎撃態勢を整えることができ、サラテニア軍を封殺せしめたのだ。
サラテニア軍は精強でもなければ、用兵が巧みなわけでもない。一万五千をたった二百で混乱せしめることができるのだ。今回のような数であれば、撃滅すら難しくないと思っている。
だが、そこまでするのもさすがにかわいそうなのでな、今回は指揮官一人の命だけで許してやろうと思うのだ。不満がある者はいるか?」
アタシがそう言うと、あちこちから控え目に笑い声が漏れた。
うん、まぁ、あんまりウケるとは思わなかったけど…思っていた以上に反応が薄いな。
もう一声か。
「不満がある者は今のうちに申し出てくれ。子爵様から騎士爵を賜りたいと思う者は、武勲をあげることを許すぞ。敵の士官の一人でも屠れば、子爵様もお認めになられよう。あ、そうだ、子爵様の許を離れて我が家の私兵団に加わりたいという者も、武勲があればそれなりの待遇をすると約束しよう!どうだ?」
今度は、もう少し明確に笑い声が聞こえた。
騎士爵を持っている者ならともかく、末端の私兵は忠義なんかじゃなく給金貰って兵をやっているだけだからな。
こういう冗談はありだろう。
当然、この状況でうちに所属を変えたい、なんて言い出す奴はでなかった。
まぁ、出られても困るから良かったんだが。
「…そうか、残念だ。諸君らのような勇猛な者が居れば我が家も安泰だと思ったのだが、さすがに高望みが過ぎたか」
そう言って笑うと、さらに皆が笑った。
うん、よし…いい雰囲気だな。
「冗談はさておき、不安のある者もいるだろ。先に話したサラテニア軍の進行を足止めした際には、アタシも、そしてこのジーマも敵中に突撃したのだ。確かに、多くの死傷者を出した。厳しい戦いだったが、アタシも、ジーマも無傷で生き残った。特にこのジーマは、部隊の先頭を任せていたのだが、それでも傷一つ無く戦い抜いた」
アタシはそう言って、傍に立たせていたジーマを手のひらで差して言った。
皆の視線がジーマに注がれる。
当のジーマは、少し居心地が悪そうにしているが、それでも必死に表情を繕っているのが分かってちょっとおかしかった。
「良いか、不安がある者は、このジーマの背中を追いかけよ。戦場が混乱したときも、万が一アタシの指揮の声が聞こえなくなったようなときも同じだ。この男の後ろがもっとも安全だと言って良い。生き残りたければ、この男の背中を探せ。ジーマについていけば生き残れる、そのことを頭の片隅に置いておけ!」
「「はっ!」」
アタシの言葉に、隊員達が一斉にそう応じた。
ジーマが何か言いたげにアタシに視線を向けてるが…気が付かなかったことにしよう。
この戦争が終わったら、こいつにもちゃんと報いてやらないとな。
「よし、それでは各自準備に掛かれ!」
「「はっ!!」」
そう応じた彼らに向けて礼を取ると、彼らも一斉に答礼をして、それぞれの持ち場に駆けだして行った。
それを見送ってから、改めてジーマに視線を送る。
ジーマは、なんだかちょっと恨めしそうな目つきでアタシを見つめていた。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
「ちょっと持ち上げすぎじゃないですかね?」
「本当のことだ、問題ないだろう?」
アタシはそう言って笑い、ジーマの肩を拳でコツンと叩く。
「頼りにしている、ジーマ」
「…懸命に勤めます」
ジーマはそう言って、頼もしく頷いてくれた。
それからアタシも、出撃のために自分の装備と馬の点検を始める。
馬上戦闘になるから剣を抜くような機会にはあまりならないだろう。
槍と、場合によっては弩弓を使うことになる。
槍はさておき、弩弓に関しては事前の確認が大事だ。
弦が緩んでいないか、発射機構がきちんと動作するか、確認するところは多い。
そんな作業をしていたら、傍にミーアが駆け寄ってきた。
「ティアニーダ様、北東地区の十七番から十九番、南東の一番から三番までの班が後退を完了したと報告をあげてきました」
「残りの班はどうなってる?」
「こちらからの伝令は届いていることを確認していますので、すでに対応を始めているかと」
「了解した。再度伝令があったら知らせてくれ」
「承知しました!」
そうやり取りを終えて持ち場に戻ろうとしたミーアの肩を、アタシはポンと叩く。
ハッとした様子で顔を上げたミーアに
「アタシが出張ったあとは、頼むぞ」
と声を掛けた。
するとミーアは
「任せて」
と短く応じて笑みを浮かべ、改めて持ち場へと小走りに駆けて行った。
その様子を見送ってから、今度は馬の装具を確認する。
鞍を止める帯が緩んでいないこと、鐙に引っ掛かりやガタつきがないことも確かめた。
あとは…そのときが来るのを待つだけ、だ。
アタシは用意されていた樽から水を汲んで口に含み、小さな砂糖菓子を口に含む。
微かに震える指を丸めてギュッと拳を作り、状況の変化をただただ待った。
「ティアニーダ様!」
どれくらい経ったか、不意に頭上からダルケの叫ぶ声が聞こえてくる。
「なにか!?」
「街道を攻める敵から、後方へ伝令がありました!」
「承知した!次の動きがあれば知らせてくれ!」
「はっ!」
アタシはダルケにそう返して、大きく息を吐いた。
これまでは膠着状態か、優勢な箇所でもジワジワとしか押し込むことができなかったんだ。
こっち前線が下がれば、息が切れた好機と見るだろう。
そうなれば、必ず…!
「ティアニーダ様!敵本隊が!」
「動いたか!?」
「はっ!敵本隊が部隊を分けます!前衛を前進させました!」
「本隊の周囲にはどれほど残っている!?」
「お待ちを………おおよそ、三百程と思われます!」
アタシはそれを聞いて、全身が震えるのを感じた。
「ジーマ、出撃する!皆をまとめろ!」
「はっ!」
傍に控えていたジーマが返事をするなり、広場の騎馬隊に合図を出し始める。
アタシも馬にまたがりつつ、ダルケを見上げた。
「ダルケ!敵本隊に残っている兵の兵装は分かるか!?」
「はっ!短槍がほとんどかと!弩弓の有無は分りません!」
「重装歩兵は!?」
「全身鎧の兵が幾人かはおるようですが、重装歩兵部隊はありません!」
「分かった!では、こちらからの合図を待て!」
「承知しました!」
そうやり取りをしている間に、ジーマが馬にまたがって傍へと寄ってくる。
「騎馬隊、出撃準備できました」
「よし、行こう!」
アタシはそう声を掛け、手綱を緩めて馬の腹を軽く蹴った。
町の北側を目指しジーマが先頭にして駆け足をしていると、アタシ達の後方に騎馬隊の面々が追いすがってくる。
皆、十分に準備ができていたんだろう。
遅れる様子はない。
町の北側にたどり着いた。
そこで号令を出して隊を組みなおす。
大きく分けて、二班。
一つはジーマ率いる先陣班二十五名、後陣はバーグ率いる七十五名だ。
アタシは後陣の中ほどに身を置いた。
「よし、皆、覚悟は良いな!前進する!」
「「おぉっ!!!」」
アタシが叫ぶと、周囲からそう応えが上がった。
ジーマに合図を飛ばすと、先陣班が素早く駆け出す。
その後ろに、アタシ達後陣も続いた。
町の北側は、ちょっとした林になっている。
すぐ傍まで山が迫っていて、あまり騎馬隊が走りやすい土地ではない。
ただ、ここで機動戦をしようってわけじゃない。
むしろ身を隠してくれる分、移動には向いてるだろうってことで、こちらを選んだ。
先頭のジーマは、不慣れな土地のはずなのに順調に木々の間を抜けて馬を駆っている。
他の騎馬隊員達も慣れているのか、ジーマに遅れる様子はない。
問題はアタシだな。
さすがにちょっと気を遣う。
皆の脚を引っ張らないよう、とにかく林を抜けることに集中して手綱を握った。
「林を抜けます!」
不意にそう声が聞こえた。
顔を上げると前方が開け、比較的平坦な土地に出たのが分かった。
緑を失った下草がまばらに残った、人の手の入っていない土地だ。
前方を行くジーマは、林を抜けて来た速度を変えていない。
さすが、分かってるな。
ここで急くと、いざってときに馬が息切れを起こす。
まだまだ、温存させておきたい。
「右前方、敵本隊!」
ジーマの叫ぶ声が聞こえた。
馬の上で背筋を伸ばして周囲の状況を確認する。
右手には町の外縁があり、そこから離れた位置に敵の本隊らしい集団がいた。
距離にして、五町くらいか。
こっちに気付いている様子はない。
これなら、事前の打ち合わせ通りに迂回して側面を取れそうだ。
「ティアニーダ様、このまま行きます!」
「よし、任せるぞ、ジーマ!」
前方からの報告に、アタシはそう声を張って応えてから周囲に目配せをし、拳を突き上げた。
「皆、鬨を上げるぞ!声を合わせよ!」
アタシは叫ぶ。
「我らはソトス子爵家の剣!」
「「我らはソトス子爵家の剣!」」
「我らはソトス子爵家の盾!」
「「我らはソトス子爵家の盾!」」
「無法な外敵を許すな!」
「「無法な外敵を許すな!!」」
「槍を取れ!行くぞ!」
「「おぉぉっ!!!」」
バイルエイン家式の鬨だけど、子爵様の兵にも受け入れてもらえたらしい。
周囲からの応えと共に、熱気が伝わってくる。
すでに町からは距離が開き、部隊は敵本隊の側面に位置取っていた。
「転進、右方!目標、敵本隊!」
不意に、そうジーマが叫んだ。
次いで先陣が右手に進路を変更する。
「転進、右方!」
それに続いて、後陣を指揮するバーグが号令を出した。
後陣も先陣に続いて進路を変える。
前方に、敵の本隊を捉えた。
距離は、三町!
鬨の声が聞こえたのか、それともさすがに目視されたのか、敵が慌てた様子で陣を展開させようとしているのが見える。
周囲に置いていた兵達が、こちらに向き直りつつあった。
「敵本隊、横陣に展開!応射なし!」
ジーマからの報告が聞こえた。
横陣か。
前回の突撃でサラテニア軍は本陣を囲うように円陣を敷いたから、今回も同じように反応すると思ったけど、どうも違うらしい。
まぁ、あのときは数の差が大きかったし、守りの要の重装歩兵隊もいたからな。
ただ、今回はそれでも問題ない。
横陣に展開することも想定できてる…!
弩弓で撃って来ないのなら、なおさらだ!
「了解!各班、二号作戦を執る!」
「二号作戦!」
「二号作戦だ!引き締めろ!」
「二号作戦、了解!」
アタシの号令にジーマとバーグが続き、さらに兵達も互いに声を掛け合って確認を取っている。
その間に、敵本陣との距離は一町に詰まった。
もう目と鼻の先だ!
「声を上げろ!突撃だ!!」
「「うぉぉぉっ!!!」」
アタシが叫ぶと、隊員達も腹の底から声をあげる。
それに背中を押されるように、ジーマ達先陣班が速度を上げて、敵の左翼側に進路を取った。
「行くぞ、遅れるな!」
「「おぉぉっ!!」」
左翼側に駆け出したジーマ班に、敵の戦列の意識が行ったのが分かった。
そのジーマ班の陰に居たアタシ達後陣は、そのまま逆側に進路を取って敵の右翼に進路を取る。
敵にしてみたら、目の前で突然分散したように見えただろう。
敵は慌てている。
アタシ達後陣は、そのまま敵の右翼の中ほどに、槍を振るいながら突っ込んだ。
初撃で敵の陣を深く穿った。
班の先頭に居たバーグとその周囲に居た兵達は、すでに横陣を突き抜けている。
その進路を遮ろうと、横陣の中央から敵が殺到してきた。
バーグ達はその敵兵の対処のために前進をやめ、その場で隊伍を組んで槍を振るい始める。
同時に、敵の指揮官隊と思しき集団はこっちから離れるように陣を下げ始めた。
アタシはこっちを取り囲もうとしている敵兵の様子に気を配りつつ、ジーマ班に突撃を掛けられた左翼側の様子を確かめる。
予定通り、ジーマ達は一当てして敵陣から離れたようだ。
左翼側の敵兵は、初撃で乱された隊列を整え直し、こっちの包囲に加わろうとしている。
アタシ達後陣の方が明らかに数が多いし、突撃で瞬間的には陣を破られたんだ。
どうしたってこっちに対応せざるを得ないだろう。
一当てして距離を取ったジーマの班は、敵の意識からは外れることになる。
「隊伍を組んで敵を追い散らせ!」
アタシは声の限りにそう叫ぶ。
アタシ達の狙いは指揮官隊じゃない。
あくまでも敵兵をできるだけ多く引き付けることだ。
「「おぉぉっ!」」
アタシの声を聞くまでもなく、周囲の隊員達はそれぞれに小さな集団を作ってこっちを囲もうとする敵兵に槍を振るっている。
騎馬の圧力に押されているのか、敵は囲むように陣を整えるばかりで、前には出てきていない。
指揮官隊を狙うように前進を試みている先頭のバーグ達は、敵を押し返すほどの勢いだ。
班のほとんど中央に居るアタシと直掩を任せた隊員三人の周囲には、一人の敵兵すら辿り着いていない。
おかげで、アタシには周囲を落ち着いて観察する余裕があった。
敵陣も、そして敵指揮官隊も、こっちを見ていた。
それぞれがギャーギャーと何かを叫びながら、アタシ達に対応しようと必死になっている。
誰一人、離れて行ったジーマ班のことなんて気にしていないようだった。
そのジーマ班は離れたところで転進したのが見える。
進路は、敵指揮官隊の背後。
ジーマが槍を掲げたのが見え、声こそ上げないものの班員達も槍を構えて突撃姿勢に入る。
そして、ジーマ班は敵指揮官隊の背後に突っ込んだ。
その瞬間まで、敵指揮官隊はジーマ達の接近に気づいていないように見えた。
五〇名ほどいた指揮官隊は、ジーマ達の突撃を受けて四散する。
どこのだか分からない家章の入った旗が倒れ、兵は馬に撥ねられ、槍で突かれ、無事な者も慌てた様子で逃げ出すありさまだ。
「青旗!青旗!!」
そんな叫び声と共に、ジーマ班が青い旗を掲げるのが目に入った。
敵の指揮官を討ち取った合図だ。
「青旗!青旗だ!!敵の指揮官を討ち取った!総員、相互に援護しつつ敵を打ち払え!」
アタシはそう声をあげて、直掩の兵の一人に旗を掲げるよう促す。
兵が手早く青い旗を掲げると、ほどなくして町の方からけたたましい戦鐘の音が響き始めた。
同時に、野太い鬨の声が上がり始める。
町の方でも、反攻が始まったんだろう。
ミーアがうまくやってくれたようだ。
本隊の兵は、すでに端の方から崩れるようにして逃げ出し始めている。
形勢は決まったと思うけど…なんというか、あまりにも思い通りになりすぎだ。
これで、終わりだよな…?
アタシ、勝ったんだよな…?
敵の偽装撤退とかじゃないよな、これ…?
敵の兵達が逃げていく後ろ姿を見つめながら、アタシは内心、そんなことを思っていた。
* * *
翌日の朝、アタシ達は町の広場に戻っていた。
アタシとミーア、そしてジーマの三人と、それから工兵隊百名にミーアの配下の“夜鷹”達は、それぞれに行軍の準備を整えてある。
ここはまだ途中。
アタシ達の目的はゴルダ救援とノイマール王政の打倒だということを忘れちゃいけない。
すぐにでも、先行したアレク達を追いかける必要があった。
「それじゃあ、グレン。くれぐれも、頼むぞ」
「はっ、ご一緒できないことは残念ですが…背後は我々にお任せください」
アタシの言葉に、グレンはそう言って礼を取った。
グレンと三十名の騎馬隊は、この町に残すことにした。
表向きには、サラテニアの再侵攻に備えるためだけど、正直言ってまた攻めてくるとは思ってない。
本当の理由は、騎馬隊の被害状況にあった。
幸いなことに、三十名は全員生き残った。
しかし、負傷した者は少なくない。
手酷い傷を負った者もいるので本当なら後送してやりたいところなんだけど、さすがに追い返したとはいえサラテニアの支配圏である南部四領を通過させるのは怖い。
でもこの先のゴルダではまだ戦闘になるから、そっちでも十分な治療を受けさせてやることができない。
そこで、部隊の後方を守るためとお題目を付けて、この町にとどめることにした。
居所や治療は手配してくださると子爵様が請け負ってくれた。
市民兵と一緒になって戦った隊員達だから町での評判も良いらしいし、頼むことに不安はなかった。
その市民兵だけど、こっちにはけっこうな被害が出た。
死者は百人弱。負傷者はその三倍かそれ以上だ。
町も相当荒らされた。
子爵様の兵も少なくない犠牲が出たらしい。
勝つには勝ったけど、諸手を上げて喜べるような状況じゃない。
しかし、それでも町全体の雰囲気は悪くなかった。
子爵様のお陰か、それともデラックの手腕か、はたまたここの市民が強いのかは分からない。
今日も朝早くから町中の人達があちこちの片づけを始めていた。
サラテニア軍は、指揮官隊を潰したあとほとんどが逃げ出した。
逃げた敵を追跡していた子爵様の騎馬隊の報告だと、敵はノーフォート領内に逃げ込んだようだ。
戦闘が終わってすっかり夜になってからの報告だったけど、アタシはそれを聞いてやっと“勝てたんだ”という実感ができた。
死者や身動きできずに取り残された負傷者、捕虜なんかの数から推測すると、サラテニア軍には少なくとも四から五百くらいの損害を与えられたと思う。
ザルター川での損害を合わせば、一千弱は叩けたはずだ。
全体で三千程度ってことだから、三割は兵を失っているだろう。
それが『再侵攻はないだろう』って考えの根拠で、これはグレンも子爵様も同意見だった。
ただ、オルターニアに侵攻してきてからのサラテニアの一連の動きはちょっと首を傾げるところがある。
想定外のことがあるかもしれない、と子爵様に伝えるとそれにも同意してくださった。
それもあって、しばらくはこの町に駐留してサラテニアの動きを監視されるようだ。
騎馬隊の面々を預かって頂くなら、その方がより安心できるというものだろう。
サラテニア軍の捕虜はすべて子爵様にお任せすることに決まった。
アタシ達は連れて歩くわけには行かないし、ヒルダナ男爵のところの戦闘でも相当な数を捉えたからな。
ただし、一人だけ、ちょっと手放せない人物がいた。
今回町に攻めてきたサラテニア軍の指揮官だった男だ。
ジーマが指揮官隊に突撃した際に死んだと思ったんだけど、どうやらこの指揮官は、突っ込んできた馬に撥ね飛ばされて気を失ってしまったらしい。
そのことに気付いたジーマが、気を利かせて拘束したようだ。
子爵様よりも少し若く見える中年の男で、身なりや指揮官という立場からしても、どこかの貴族家の人間だってのが分かった。
今後、オルターニアはサラテニアと向き合うことになるだろう。
それが交渉になるか、武力によるものかはまだ分からない。
けど、どうなるにしても手札にはなる。
まぁ、強い手札なのかどうかは分からないけど…ないよりは良い。
ただ、そうは言ってもアタシ達が連れて歩けるわけじゃないのは変らないので、この指揮官の身柄も子爵様に預かって頂くことになった。
そもそも町を攻められたのもアタシ達の進軍の影響が大きいと思うし、子爵様には迷惑を掛けてばかりだ。
戦争が落ち着いたら、我が家名義か陛下の名義で謝礼をしなきゃならないだろうな。
「バイルエイン様。ご助力頂きましたこと、心より御礼申し上げます」
見送りに来てくれた子爵様が、そう言って深々と礼を取ってくださった。
アタシもそれに答礼し、頭を上げてから
「いえ、こちらこそ、いろいろとご迷惑をお掛けしてしまいました。埋め合わせはいずれ必ず」
と応じる。
そんなアタシに子爵様は穏やかな笑みを向けられた。
「埋め合わせなどと。むしろこちらから、改めて御礼をさせていただきたい」
「あはは、承知しました。では、その辺りは戦後に改めて相談致しましょう」
どうも平行線になりそうだったので、アタシはひとまずそう伝えておく。
実際問題、アタシにはその辺りを決められる権限はないだろうしな。
やっぱり、親父殿かそれで不足なら陛下に頼むのが筋だろう。
…まぁ、そうはいっても、子爵様には別の思惑があるらしいからな。
アタシに礼を尽くそうとしているのも、そっちのことがあるからだろう。
戦闘の事後処理のために、アタシ達は昨晩、子爵様とあれこれ話し合った。
うちの騎馬隊と敵の指揮官を預かって頂くのも、その中で決まったことだ。
しかし、一通りの話が終わったところで、アタシは子爵様にとあることを願われた。
それは、子爵様のたっての願い、とのことだった。
「…承知いたしました」
アタシの言葉に、子爵様は少し迷った様子を見せつつも、そう応じてくださった。
しかし、その表情は冴えない。
もどかしさ…無力さ…そんな思いがにじみ出ているように見えた。
「…昨晩の件についても、理解はしております。お約束通り、最大限の努力はしてみるつもりです」
そんな子爵様の顔を見たら、アタシはそう言わざるを得なかった。
子爵様はアタシの言葉を聞いて、僅かに表情を緩めてくださる。
「…お願いいたします」
そう言って、再び礼を取った子爵様に答礼し、ミーアとジーマに目配せをする。
二人は頷いて、工兵隊と“夜鷹”達にそれぞれ指示を飛ばした。
工兵隊は荷馬車の輪留めを取り払い、“夜鷹”達は素早く騎乗を始める。
アタシも馬にまたがり、ミーアとジーマもそれに続いた。
「では子爵様。世話になりました」
「こちらこそ。次は領都の屋敷でお出迎えできますよう、お祈りしております」
「ありがとうございます。良い酒を用意して伺いましょう」
アタシは子爵様とそう言葉を交わし、それから声を張る。
「進軍を再開する!順次進め!」
「「はっ!!」」
各所からそう声が上がり、斥候兼先導役の“夜鷹”数人が馬で駆け出し、その後ろに工兵隊の荷馬車が続く。
アタシ達も馬を歩かせ、隊列の真ん中に位置取って行軍を再開した。
街道を進むと、町のあちこちから市民が出てきて、アタシ達に声を掛け、手を振ってくれる。
アタシ達も工兵達も、そして“夜鷹”達ですらそれに応じつつ、アタシ達は町を抜けた。
この先はまだまだ山道が続くらしい。
ただ、南部四領を進んできたときとは違って明確に敵地ではないというのは分かっているので、ある程度は気楽でいられた。
「ねえ、ティア」
不意に、ミーアが馬を寄せてそう声を掛けてきた。
まぁ、何を聞きたいのかは分かる。
子爵様の“たっての願い”のことだろう。
「あぁ、子爵様の話か?」
「うん…あれ、どういうことなんだろう?」
「自分も疑問に思います。どういう意図だったのでしょう?」
そこにジーマも馬を寄せて来て、会話に混ざりこんでくる。
けど、アタシにだって正直意図はつかみかねている。
正直に言って
「アタシも、分からん」
と言う他にない。
アタシには事前の情報はほとんどないし、唯一の情報源であるアレクが、ここに至ってちょっと信用できないようにも感じられてしまう。
ここは、自前で情報を集める他にない、か。
「ミーア、なんとかノイマール王国内の情報を集められないか?」
「うーん、ディットラー領に伝令を出せないこともないと思うけど…ちょっと危険だし時間が掛かるかな…あぁ、でも、ゴルダ領に入っている“外偵”がいるはずだから、そっち方面ならある程度は」
「なるほど、それがあったか。頼んでよいか?」
「うん、任せて」
「“夜鷹”には無茶をさせてるよな…戦後はちゃんと親父殿に褒美を出すように言っておくから」
「ふふっ…“夜鷹”に関してはそれには及ばないと思うけど…でも、そうだね、そうしてもらえたら喜ぶと思う」
アタシの言葉に、ミーアはそう言って笑う。
彼女に笑みを返してから、今度はジーマに視線を向けた。
「ジーマ、面倒だとは思うがこのことに関しては道連れだ。お前にも頼むことが出てくるだろうから、覚悟しておいてくれ」
「はっ、承知しております。何なりと御指示ください」
ミーアと同じように、ジーマも笑みを浮かべつつそう頼もしく請け負ってくれた。
まったく、本当に頼もしい限りだ。
アタシはそんなことを思いつつ、胸を撫でおろす。
戸惑いがないわけじゃないけど、今それを悩んだって仕方ない。
まずはやるべきことをやろう。
悩むのは、情報が揃ってからでいいんだ。




