表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寝台から始まる女騎士達の大陸戦記  作者: 霧元貴道
ソトス子爵領マーラン防衛戦
36/41

『初陣』

周辺図

挿絵(By みてみん)

南部地図

挿絵(By みてみん)




「どうだ、敵の様子は?」

「数は、およそ二千程だと思います」

「二千?間違いないか?」

「はい、多くとも二千五百ほどかと…三千はいないと思います」

「事前に分けたりしたのかな…?町の周辺に別動隊の気配は?」

「ありません。三刻程前から接近する姿は見えておりますが、部隊を分けるような動きもありませんでした」

「なるほど…そうか、承知した!」


翌日の昼過ぎ、アタシと子爵様、ミーア、ジーマとグレンは町の広場に居た。

すぐそばには、工兵隊が建てた仮設の物見と戦鐘楼を兼ねた木製の塔がある。

上からは町の外のその先まで見通せるらしい。

その上には、工兵隊の中から目の良いやつが二名上がって周囲を観察してくれていた。


サラテニア軍は、予想通りにやってきた。

町から五町ほどのところで停止しているらしい。

野戦陣へ展開はしていないから、こっちを待ち受けているって言うわけでもなさそうだ。

こっちが出て行けばすぐに陣を引けるようにしているんだろう。


それにしても、数が少し少ないな。

最初の報告では三千って話だったと思うんだけど…


「ティア、どう思う?」

「うーん、ちょっと判断に迷うな…けど、挟撃を狙って部隊を分けたりはしてないんじゃないかな…」

「バイルエイン様、そう思われる理由をお伺いしても?」

「はい、子爵様。敵は三刻程前から確認できていますが、その段階から分かれるような動きはみせていません。こちらの監視範囲外で部隊を分けて町の包囲を狙っていたとしても、あの距離まで近づいてきているのなら別動隊だって見えるはずです。それが見えないということなら、まず心配はないかと。万が一これから距離を詰めてくるのだとしても、接近には気付けるはずですので、対応ができます」


アタシが説明すると、子爵様はふむ、と頷かれた。

納得頂けたようだ。

たぶん、別動隊はいない。

数が減っているのは…


ジーマとグレンをチラっと見やると、彼らはコクっと頷いた。


「川での工作が効いたのでしょうか」

「おそらくな。負傷兵の後送や、救助と行方不明者の捜索に兵を割いた、そんなところだろう」

「あぁ、アタシもそう思う。なんにしても、こっちにとってはありがたい情報だ」


アタシの言葉に、みんなが頷いた。

だが…問題は、サラテニア軍がこれからどう動くか、だ。

野戦陣を展開していないから、あそこで戦うつもりはないんだろう。

かといって、町に侵攻するつもりもないように見える。


「やっぱり…こっちを引き付けるのが目的なのかな…」

「今の動きから考えると、その可能性は高そうですね」

「やっぱり、そうだよな…」


ミーアとジーマのやり取りに、アタシもそう言葉を添えて頷く。

そうすると…やっぱりちょっとマズイよなぁ。

アタシは、子爵様を見やった。

事前には伝えてあったけど、もう一度、改めて訊いておかなきゃなんないだろう。


「子爵様」

「はい、バイルエイン様」

「先日お話した通り、我々の目的はゴルダ領への救援、そして王都へ攻め上ることです。ここで長く滞陣するわけにはまいりません」

「はい。理解しております」


子爵様は、そう頷かれる。

アタシも子爵様に頷いて、改めて尋ねた。


「子爵様のご意向を伺いたいと思います。我々なしでこのままサラテニア軍に備えるか、それとも誘引して早急に叩き潰すか」


こればかりは、アタシがどうこう言えることじゃない。

この町は子爵様の領地。

サラテニア軍を誘引すれば当然戦闘が起こって町が荒れるだろう。

でも、向こうの出方を待てるほど、アタシ達には時間がない。

待っていればサラテニア軍が部隊を引く可能性だってあるから、無駄な戦闘を避けようとするならこのまま待機するのもありだ。

ただし、待機するならアタシ達は付き合えない。

このままアタシ達と一緒に戦うか、子爵様の私兵団と市民兵だけで町に籠るか、その選択をしてもらわなきゃいけない。


サラテニア軍の目的がオルターニア軍の気を引くことなんだとしたら、巻き込んで申し訳ないとは思う。

しかし、サラテニア軍はすでに子爵様の領地に足を踏み入れている。

子爵様だって、当事者だ。


「…それから、アタシ達を拘束し、サラテニア軍に引き渡す、という選択肢もございます」


それも含めて、伝えておかないと公平じゃない。

ノイマール国内で中立を宣言している子爵様にとって、アタシ達の肩を持つ理由はないんだ。

しかし、子爵様はアタシの言葉に首を横に振ってくださった。


「いえ…以前にもお伝えした通り、中立派と宣言しているとはいえソトス家はその実、反王政派を支持しております。皆さまをサラテニアにお渡しするようなことは致しません」


子爵様は、アタシの目をジッと見てそう仰った。

その選択をされる可能性はそう大きくはないと思っていたけど、それでも内心ホッとした。

アタシは子爵様に礼を取る。


「お言葉、ありがたく思います」


アタシの言葉に、子爵様も少しだけホッと息を吐かれた。

それなら…待つか、誘うかのどちらか、だ。


「……戦いましょう」


ほんの少し間をおいて、子爵様は低く小さな声でそう仰った。

それから顔を上げ、アタシの目を見て


「ティアニーダ・バイルエイン様。改めまして、我がソトス子爵家はオルターニア王家のバイルエイン伯爵家に対し、正式に助力を要請致します」


と礼を取られた。

アタシも姿勢を正し、礼を取ってそれを受け取る。


「承知致しました。このティアニーダ・バイルエイン、微力ながら懸命に勤めます」


そうなるだけ力強く聞こえるよう、アタシは子爵様に応じた。

それから、ホッと息を吐く。

何のことはない、こうなっても良いように進めてきた準備だ。


「では、予定通りに参りましょう」

「承知しました」

「ちょっと緊張しますね…実践って、初めてで」

「ミーア様、気を楽に。どうということはありませんよ」

「そうですよミーア様。うまく行きましょう」


アタシと子爵様、ミーアとジーマ、クレンがそれぞれ言葉を交わして頷き合う。

そうと決まれば、あとは動くのみ、だ。


「では、私は私兵団の指揮に向かいます」

「承知しました、お願いします。ミーア、誘引の方、頼むぞ?」

「了解です、ティア様。お任せください」

「ジーマ、各班に準備するよう伝令を」

「はっ!」

「ダージェン、デルケ!これから誘引隊が出る!敵陣が攻め掛かってくるのが見えたら戦鐘を鳴らせ!」

「承知しましたぁ!」


子爵様は私兵団達が受け持つ街道の封鎖地点に、ミーアは“夜鷹”数名と子爵様のところの騎馬隊数名の混成部隊で町の外へと馬を駆っていく。

ジーマは伝令班に指示を出しに行き、アタシはすぐそばにあった物見塔の上の工兵二人に声を掛けた。

工兵二人の張りきった応えに拳を突き上げて応じ、アタシはふぅと息を吐く。

アタシの傍に残ったグレンは、配置が書き込まれた町の絵図をジッと見据えていた。


思い付く限りの手は打った。

あとは、策が嵌るかどうかだけだ。

参ったな…こういう時にどういう心構えをして見守るのか、親父殿に聞いておくんだった。

ソワソワしちゃって、落ち着かない。


「ティア様、ミーア様が町を出られました!」


頭上から見張り役のデルケが叫ぶ声が聞こえた。

気が利くな、助かる。


「承知した!逐一教えてくれ!」

「はっ!敵までの距離、四町といったところ!あ、停止されました!およそ三町の距離!」


デルケがそう叫んだのと同時に、少し離れたところから、笛の音や太鼓をたたく音が聞こえ始めた。

これは、“夜鷹”達と屋根の上の支援部隊の仕事だろう。

敵を煽ろうって腹積もりらしい。


「ガハハッ!ミーア様が調べに合わせて踊っておりますぞ!」


ミーアが踊り?社交界の練習のときに一緒に練習はしたけど、まさかそっちの踊りってわけじゃないよな?

良くわからないが…見たいな。

だけど、さすがに物見塔へ上るわけにはいかない。

けっこう高いし、危ないんだ。


「どんな具合いだ?」


代わりにそう聞いてみると、ダルケが


「あれは剣舞の類でしょうな!実に見事なもので!」


と教えてくれる。

剣舞、そうか剣舞か。

剣術の訓練のときに、型を習う延長でそんなのをやったことがある。

あれを舞っているってわけだ。


「敵の様子は!?」

「ミーアさまは舞いながら何か言葉を放っている様子!敵はいきり立っておりますな!あっ!」

「どうした!?」

「尻を叩いて煽ってらっしゃいます!」


その報告は…要らないかな。

そんなことを思っていたら、不意にガンガンとけたたましい金属音があたりに鳴り響いた。

見上げれば、ダルケと一緒に物見塔に登っていたダージェンが、かなりの勢いで戦鐘を打ち鳴らしている。

来たのか…!


「敵勢、駆け出しました!ミーア様方は離脱を開始!」


鐘の音に負けない大声で、ダルケが報告してくる。


「敵はおよそ一千五百…いや、一部が途中で停止しました!およそ千から千二百、町の一口に突っ込んできます!」


遠くから、雄叫びが聞こえてきた。

来る…来るぞ、敵が来る…!

体が小刻みに震えているのが分かった。

恐怖は…全くないとは言わない。

不安は、けっこうある。

けどこの震えの正体は、血が滾っているからだ。

全身が焼けるように熱く感じられる。


「ミーア様が町の入り口に入られました!間もなく帰還されます!」

「敵は!?」

「町までおよそ一町!目の前です!」


ダルケとそうやり取りをしている間に、数騎の騎馬が広場に駆け込んできた。

ミーア達だ。

ミーアはひらりと馬から降りるなり、こっちへ駆けてくる。


「どう!?どれくらい喰いついた!?」

「千二百程らしい、良い具合いだ!」

「よし、やった!」


アタシの言葉に、ミーアはらしくなく飛び跳ねて喜んだ。


「ミーア様、実にお見事です」


グレンはそう言いつつ、絵図上に配置されていた敵の駒をいくつか町の中へと配置する。


そんなやり取りをしている間に、街道沿いの建物の上に待機していた子爵様のところの長弓部隊が射撃を開始した。

さらに、同じく屋根の上に陣取っていた弩弓隊も射撃を始める。

ワーワーと怒声とも雄叫びとも取れる声が近づいてきた。


不意に、


「「「おぉぉぉっ!!!!」」」


っと一段と大きな声が一斉にあがる。

今のは、子爵様の私兵団か?


「ティアニーダ様!敵が子爵様の兵と衝突しました!」


ダルケがそう報告してくる。


「様子はどうか?」

「押し負けてはおりません!ひとまず、初撃はうまく堪えたようです!」

「分かった!」


そう応じて、ふぅと息を吐く。

相手が突撃してくる初撃ってのは結構厄介だ。

なまじ勢いがあるだけに、損害を受けやすい。

矢を放ったから勢いを削げたのか、それとも防御陣地のおかげか…何にしても、押し負けてはいないようだ。


そんなアタシの耳に、今度はカランカランという甲高い鐘の音が聞こえてきた。

それも、複数。

これは、“夜鷹”達の率いる屋根の上の支援隊に持たせた手持ちの鐘の音だ。

路地に敵が進みだした際に鳴らして知らせるように指示してあった。


「突っ込んできた敵の後列が、路地への浸透を始めました!」

「数はどれほどか分かるか?おおよそで良い!」

「おそらく、四百から五百程度かと!」

「分かった!敵本陣周辺に残った部隊の方も良く見ておいてくれ!それから、町の周辺もな!」

「はっ!承知しとります!」


ダルケはそう言って、力強く請け負ってくれる。

頼もしい限りだな。


「ミーア、伝令班に指示!各班の状況確認に向かわせてくれ!」

「はっ!指示します!」

「ジーマ、子爵様のところに定期的に伝令を出して状況確認だ!」

「はっ!承知しました!」


アタシの指示を聞いて、ミーアとジーマが駆け出す。

そんな中、グレンは絵図上に黙々と敵の駒を並べていた。


「どう思う、グレン?」

「中央は問題ないでしょう。各経路の班がどれだけ奮闘できるかに依ると思います」

「そうだな…ひとまずは、信じて任せるしかない、か」


アタシの言葉に、グレンは落ち着いた表情で頷いてみせた。

それを見て、アタシはもう一度息を吐く。

戦いは始まったばかりだ。

うまく行くはず…落ち着いて対応しなきゃな…。




*   *   *




戦闘が始まったのは昼前だった。

太陽は中天を過ぎて、今は少し西側に傾き始めている。

三刻か、四刻くらいは過ぎただろう。

戦闘は未だに続いていた。

野戦ならもうそろそろ形勢が決まってきていても不思議じゃないくらいだけど、今回は防衛線だ。

敵が諦めない限りは終わらない。


「南東五番経路が後退、第三防衛点にて再布陣!続いて第六番経路も後退、第二防衛点に再布陣して敵を迎え撃っています!」

「北東十三番経路、以前第二防衛点で奮戦中!」

「第一支援隊より、経過報告!北東地区の十七番、十八番、十九番がやや苦戦とのこと!重点的な支援を開始する模様!」


広場の本部には、そんな報告が相次いで入ってくる。

アタシはグレンとジーマ、そしてミーアとそれを聞き、絵図に戦況を描き込み続けていた。


「ティアニーダ様!敵後方の部隊がさらに脇道へ逸れています!」

「南か北か!?」

「南側です!数はおよそ百!商店通りから入っていきます!」


物見塔のダルケの報告を聞いて、アタシは絵図に視線を戻す。

商店の脇の通りを探し出し、指先でその進行方向を確認した。

その先は、五から八番経路に繋がっている。

そのことに、内心ホッとした。


「五番、六番が戦線を引き下げたからでしょうな」

「うん、たぶんそうだな。その分、兵が入る余地が出来たからか…単純に押していると思って増援を出したのか…」

「いずれにしても、好都合です。五番から八番はまだ半分は防衛点を残しておりますし、敵の損害は増やせられましょう」

「あぁ。だが、油断には気を付けよう。引き続き、注視させてくれ」

「はっ!」


やり取りを終えると、指示を聞いたジーマが傍に居た伝令に声を掛けて監視を怠らないように伝えだす。

それを横目にアタシは絵図を俯瞰して見つめた。


戦況は悪くない。

街道上の子爵様と私兵団は相当強固に踏ん張ってくれているし、屋根の上の弓兵部隊がかなり有効なようだ。

殺到した敵は私兵団の守る防壁に阻まれて前進できず、後ろから詰めかけた他の部隊に押されて後退もままならない。

そこへ弓兵が矢の雨を降らせている。

弓兵の数自体が多くはないし、敵だって矢盾を掲げて懸命に防ごうともしているらしい。

投石なんかで反撃を試みる部隊もあるようだけど、屋根の上に投げ上げるって状況では、あんまりうまく行っていないようだ。


各経路の方も、今のところは順調だ。

接敵してからというもの、各地から徐々に後退して敵を引き込んでいるという報告が来ている。

狭い路地に誘い込まれた敵は、横合いから突かれたり支援隊による屋根からの攻撃にさらされたりして、かなり被害を出しているようだ。

押し込まれ気味の経路もあるようだが、防衛点の数にはまだ余裕がある。

無理をせずに引かせても問題はないだろう。


敵は攻めあぐねていることに苛立っているようで、怒号にも近い指示がこっちの陣にまで聞こえてきている。

それも含めて、良い状況だとは思う。


そんなアタシは、ふと絵図上に気になるところを見つけた。

北東地区の十三番だ。

ここに関しては、第一防衛点で奮戦、という報告があって以降なんの連絡も来ていない。

それはそれで状況が良いだけかもしれないけど…


「グレン、北東の十三番に関する報告は来てないか?」

「はっ、当初に入った『奮戦中』以外の方はまだ入って居りませんが、お気になりますか?」


声を掛けたグレンがそう聞いてくる。

一応、ミーアの方に視線を向けてみるけど、彼女も首を横に振った。

だとすると…まだこの位置で頑張ってるのかな…

アタシはグレンに視線を戻して頷き、絵図を指さした。


「十三番はまだ第一防衛点で戦闘中みたいだけど、隣り合う十二番と十四番がもう第三防衛点まで下げている。万が一経路間の障害を突破するような動きをされたら、十三番が囲まれかねない」

「確かに…せめて一段下げさせた方が安全かもしれませんね…」

「うん…ジーマ、伝令に出せるヤツいるかな?」

「はっ、来てくれ!」


アタシの言葉にジーマがそう声をあげる。

それを聞きつけて、傍に控えていたうちの私兵団の装備を着込んだ若い男が駆け寄ってきた。

工兵隊の一人だ。

身軽だというんで、ミーアが提案した状況確認と伝令を担う班に入れていた。


「十三番経路の防衛班の様子を確認しに行ってくれるか?もしまだ防衛点で戦っているようなら、囲まれる危険があるから一段下がるように伝えてくれ。できそうか?」

「は、お任せください!」


若い工兵はそう勇ましく返事をすると、すぐさま駆け出して広場に面する建物に立て掛けられた梯子を登って行った。

その後姿を見送ってから、アタシは改めて絵図に視線を落とす。


あと…気になる点があるとすれば、苦戦しているという報告のあった十七番から十九番までの経路だ。

事前に確認した感じでは、ここは路地もそこそこ狭いし守りには向いてると思ったんだが…どうなってるんだろう?


「十七番から十九番、苦戦していると言ってたが、どう思う?」

「そうですね…ここはその手前…ちょうどこの辺りがやや広い通りになっています。兵が多く押し寄せて圧力が掛かりやすいのではないでしょうか?」


そう言って、グレンが絵図を指さした。

確かに、十七番から十九番経路の東側は、やや広い通りに繋がっている。

街道に直接出入りできる通りだし、兵を送り込みやすい。

それだけじゃなく、兵の移動も比較的円滑にできるだろう。

前衛の入れ替えも難しくはなさそうだ…


「…あまり良くないな…」

「支援班に、防衛点ではなく手前の通りを襲わせますか?」


アタシのつぶやきに、ミーアがそう意見を出してくる。

それの手だと思うけど…支援班の数はそんなに多くない。

広い範囲に攻撃を仕掛けさせたところで、どれほどの効果があるか…


「ご心配は分ります、圧力が強ければ押し込まれ気味になるとは思いますが…耐えられない程ではないのでは?」


見かねたのか、グレンがそう意見を出してくれる。

彼の言う通り、耐えられない程の圧力ではないだろう…今のところは。


「いや、圧力のこともあるが、敵が兵を入れ替えやすい方が気になる。手前にそこそこの数の兵を待機させることができる場所だ。前衛が死傷しようが疲労しようが、すぐ次の兵に入れ替えられる」

「…なるほど…そうなると常に状態の良い兵と戦い続けることになる…確かに辛いものがありますね…」

「一段か二段、防衛点を下げればその分、交代させづらくはできるだろうが…」


アタシはそう返しつつ、十七番経路周辺の書き込みを確かめる。

三つの経路は、すでに第四防衛点で戦闘を行っていた。

後ろに残されている防衛点はそれぞれ二つ。

守っている班にしてみたら、今以上に下がると後がない状況になる。


「これ以上は下がりたくないだろうな」

「…そうですね、追い詰められることになります」

「今はそれでも良いが…このままの防衛点を守ろうとするなら、こっちの息が切れるな」

「…確かにその恐れはございます」

「だよな…」


グレンの応答を聞いて、アタシは頭を抱えたくなってしまった。

考えてなかったわけじゃない。

でも、想像していた以上に消耗が激しい。

市民兵だからか…いや、頭数の問題もあるし、今の体制の弊害って言う方がより正確だろう。


本来、各経路は遊撃部隊として経路に入ってきた敵を磨り潰す想定だった。

でも、おそらく敵の圧力が強くて、守りを重視せざるを得なくなっているんだろう。

要するに、アタシは町の中で“野戦”をするつもりだったんだけど、どうも戦闘は防衛戦に近くなってしまったらしい。

防衛戦なんてのは、城壁に守られた場所で部隊を交代させながら継続するもんだ。

相手の息が切れるまでか、相手の攻め手か糧食が尽きるまで、そうじゃなければ援軍を待つまで耐え抜くってのが前提だ。

でも、城壁もなく交代もない今のような戦い方じゃ、こっちが擦り切れる方が早いだろう。

見積もりが甘かったな…


今のままでも、しばらくは問題にはならないと思う。

でも、放置すればおそらくここから崩れるだろう。

ここから崩れなくても、他の経路で同じような問題が発生する可能性が高い。

そうなったら、勝ちの目はかなり薄くなる…

手を打たなきゃ、ダメだな。


「グレン、頼みがある」

「はっ」

「子爵様から兵を百借りて、各班の援護に回ってくれ」

「援護ですか…?」


グレンがそう怪訝な顔をする。

でも、アタシは迷いなくグレンを見つめて言った。


「いいか、聞け。これから街道に近い北東の十七番から二十番、南東の一番から五番までの防衛点を一気に下げさせる。場所によっては最終防衛点に近い位置で守らなきゃいけないところも出てくるだろう…その援護を任せる」

「やれと仰るのであれば任には付きます。しかし、そうしたところでどうなります?」


グレンの言葉にアタシは頷いて返し、周囲を見渡す。

問題はないと思う…あとは…


アタシは物見塔を見上げた。


「ダルケ!敵本隊の様子はどうか!?」

「先ほどから何度か伝令が行き交っております!それに、入れ替えの兵も何度か行き来が!」


敵は本隊との連絡が取れてる、か。

本隊に残っている敵部隊は、およそ一千弱だろう。

こちらの戦況が本陣に伝わっているんなら、そう動く可能性は低くない…


「分かるな、グレン?」

「…承知しました…しかし…」

「言ったろう?その道に掛けては、アタシはそこそこやれる」

「…そういうことなれば…」


グレンは、渋々、といった様子で納得してくれた。

良かった、それなら、あとは実行に移すだけだ。


「グレン、子爵様のところは頼めるか?」

「はっ、兵百と、この広場の守備に着いている騎兵隊百の指揮権で構いませんね?」

「あぁ、その通りだ」

「では、行ってまいります!」


アタシに確認を取ったグレンは、そう言って駆け出した。

そんなグレンを見送る間もなく、アタシは叫ぶ。


「ジーマ、ここへ!」

「はっ!」


アタシの言葉に、ジーマがすぐさまやってきた。


「伝令、北東の十七番から二十番、南東の一番から五番までの各班へ。最終防衛点の一つ手前まで後退し、敵を引き付けろ」

「はっ!すぐに!」


ジーマはグレンと違って、なんの疑問も挟まずにそう応じて駆け出して行った。


「あの…ティアニーダ様」


一連の指示を出していたアタシを、黙って見つめていたミーアが、恐る恐る、といった様子で声を掛けてくる。

そんな彼女に、アタシはできるだけ余裕のある笑みを浮かべて顔を向けた。


「なんだ、ミーア?」

「どうなさるおつもりですか?」


彼女の瞳は、不安に揺れている。

まぁ、ミーアにしてみたらそうだろうな…

彼女は“夜鷹”とは言え内向きの任務が主だ。

戦闘が始まるまでは興奮気味だったけど、戦況が芳しくないことを感じて不安になってるらしい。

その上、アタシが良からぬことを考えているのを汲み取っただろうし、な。


「決まってる。本隊の周囲を固めている敵部隊を町に引き寄せて、その間に本隊の背側を騎馬隊で襲うんだ」


アタシの言葉に、ミーアがゴクリ、と喉を鳴らした。


「…まさかとは思いますが、その騎馬隊の指揮を執るなんて仰いませんよね…?」


さすがミーアだ。

アタシの考えることなんて、なんでもお見通しだな。


「もちろん、アタシが執るさ。騎馬隊の指揮なら、ここにいる中ではアタシが一番だからな」


アタシの言葉に、こわばった表情で何かを言いかけたけど、アタシはそれを手で制す。


「ミーアにも頼みたいことがある。アタシが出撃したら、ここの指揮を任せる。騎馬隊で敵本隊を叩いたら、町中の味方にすぐに伝令を出して欲しいんだ」

「…どんな指示を?」


アタシの言葉に、ミーアは険しい表情でそう聞いてくる。

ミーアにしてみたらアタシに着いて来たいところだろうけど、ここは我慢してもらう他にない。

ミーアは馬には乗れるけど、それだけだ。

騎馬隊と一緒に馬上戦闘ができるほどの腕前はない。

ミーアを連れて行けば…戦闘中は足手まといになる可能性があった。

それを、ミーア自身も分かってくれてるのだろう。


アタシは心の中で、あれこれ言いたいことを飲み込んでくれたミーアに感謝しつつ、彼女に言った。


「『敵本隊を撃破した、一気に押し返して敵を殲滅しろ』と叫ばせてくれ」

「…分かりました、お任せください」


そう応じたミーアは、言葉に反してまだ納得しかねる様子だ。

どうやら、そうとう心配らしい。


アタシはミーアを傍にあった丸太のイスに腰かけさせ、自分もその向かいに腰を下ろした。


「心配かけてすまない。でも、今回に関してはそう気を揉むようなことでもないぞ。ヒルダナ男爵のところでの戦闘なんかとはワケが違うからな」


アタシはそう言ってミーアの肩を叩く。

しかし、その表情は晴れるどころか一層くぐもっているようにも見えた。


「…やっぱり、私も一緒に行きたい」


ついに敬語が抜けた。

周囲には伝令の指示を待っている者達がいる中でもこんな様子じゃ、そうとうだな。


「いや、それはダメだ。あんたを気にしながら戦うことになるから、返ってアタシが危険になる」

「…そうだよね…」


アタシの言葉に、ミーアは異を唱えたりはしなかった。

素直にそう言って、コクリと頷く。

言われるまでもないだろう。

ミーアは分かってて言ってるんだ。

言わずにはいられない、そんな気持ちなんだ。


「アレクにも言ったけど、アタシ達はそれぞれの仕事をするだけだ。アタシにはアタシのやることがあって、それはミーアも同じだ」

「分かってる」

「心配してくれるのは、嬉しいけどな」


アタシがそう言ったら、ようやくミーアの表情がほんの少し緩んだ。

それに内心ホッとする。

本当は「もっと信用してもらいたい」と言うところなんだろうけど、アタシの部隊指揮には実績がないどころか悪評の方が多いくらいだ。

いきなり信じて欲しいなんて言えたもんじゃない。

そもそも、アタシ自身が半信半疑…とまではいかないが、実感がないくらいなんだ。


兵達には気休めの一つも言えるけど、ミーアに対してはそうもいかない。

気休めだってのが分かるだろうからな。

それで彼女の不安を消せる分けじゃない。

それならいっそ、不安をなくそうとするよりは一緒に居て話をしてやる方が良い。


「ミーア、馬の準備、手伝ってくれるか?」


アタシがそう声を掛けると、ミーアはアタシの顔をジッと見つめ、それからはぁ、と大きく息を吐いた。


「…足りないね、私。こんなんじゃ、全然ダメだ…あなたの迷惑にしかなってない」


そんなことを独り言ちながら立ち上がったミーアは、また大きく息を吐く。

思いつめた様子はないけど…どこか、寂しそうな顔つきに見えた。


「別に迷惑ってことはないだろう?本当に、心配してもらえるってのはありがたいよ」


そう伝えつつ、アタシも立ち上がって馬具の点検を始める。

鞍の帯の締まり具合を確かめ始めると、ミーアは鐙の方の確認を始めてくれた。


「…私に気を遣ってくれてるでしょ?そういう風に在りたくないの」

「ミーアはアタシにとって替えの利かない大事な存在だからな、気を遣うのは当然だと思うけど」

「ううん、それじゃあ、足りないんだよ。私は、ティアの一部になりたいんだ」

「アタシの一部…?なんだよそれ、どういう意味だ?」

「例えば…こうやって鐙の緩みがないかどうかを確かめるのに、自分の手や指先に気を遣う人はいないでしょ?それと同じ。あなたが考えていること、思っていることを誰よりも正確に、素早く理解したい、あなたが何かを言う前に、あなたの意志に沿った仕事をこなしたい…そんな感じ」

「ちょっと重々しく捉えすぎなんじゃないか?そんなこと簡単じゃないだろうし、別にそこまでしてくれなくたって…」


アタシがそう言い掛けたのを聞いて、ミーアは首を横に振った。


「今まではできてたんだよ…でも、ティアが急に変わったから、うまく行かなくなった…私はたぶん、それが一番不安なんだと思う」


それを聞いて、アタシは言葉を飲み込んだ。

なんていうか、合点が行った感じがする。

不安だったのは、アタシが突撃を掛けることでも、それに自分が付いて来れないことでもなかったんだな。


思い返せば、確かにミーアはアタシが何かを言う前にあれこれと手を回してくれることが多かった。

身辺係兼、アタシの警護役として、特に身近な生活に関することが多かったけど、それ以外のことでもアタシが何かをしようと思い立ったときには、すぐに対応してくれてきた。

それがうまく行かなくなった、って、そう感じてるってことか。

…思わず、笑ってしまった。


「なるほどなぁ…まぁ…こう言っちゃなんだけど、それは仕方ないと思う」


ミーアが、ちょっとムっとした表情でアタシを睨みつけてくる。

でも当のアタシは笑いが収まらなかった。


「アタシ自身がまだ良くわかってないんだ、ミーアにはもっと良くわかんなくて当然だよ」


アタシがそう言うと、ミーアもようやく笑みをみせてくれた。


「そっか…ティアにも分かんないのか」

「もう、なにが何やら、だ」


アタシが苦笑いを浮かべて見せると、ミーアはクスクスと声をあげる。

そう、アタシにだって分からない。

自分が何を考えてるのか、何を思い付いて、どう問題を解決するのか。


でも一つだけ確かなことはある。

アタシは肩を竦めて、ミーアに言った。


「ただまぁ、今回は勝てるよ…たぶん、たけど」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ