迎撃計画
「ジーマ隊長より報告になります。渡河を終えたサラテニア軍はさらに西進を続けております。一両日中にも、ノーフォート・ソトス領境に達する見込みです」
「そうか、分かった。ジーマ達はどうなってる?」
「すでに一部の監視要員を除いて前進を開始しています。本日中には、この町に到達するものと思われます」
「そうか、助かった。こちらから伝えることはもうないから、戻るのは一息吐いてからで良いぞ。あぁ、そこの天幕の中に干し肉とパンの予備がある。あと、水は向こうの井戸を使って良いらしい」
「はっ、ありがとうございます」
「ティア、町全体の大まかな絵図を借りてきた」
「あぁミーア、助かる。デラックは?」
「物資都合の差配をしてる。代わりに、彼の副官を借りてきた」
「バイルエイン様、マーラン様にご助力するよう承っております」
「感謝する、この町のことは良く知らないから詳しく教えて欲しい。よし…あぁ、子爵様は何処へ?」
「バイルエイン様、こちらにおります。申し訳ない、兵装の追加輸送を指示しておりました」
「あぁ、そうでしたか、さすが手早い、助かります。どうぞ、こちらへ。軍議を始めましょう」
マーランの町の広場は、まるで祝祭の前のような賑わいと慌ただしさだ。
騎士も市民も、とにかく必要なものを集めるためにあちこちを掛けずりまわっている。
ただ、祝祭なんて雰囲気なんかじゃ、とてもない。
みんな殺気立ってて、緊張した感じだ。
サラテニアが渡河を始めたという報に、もっとも強い反応を示したのがソトス子爵様と町を任されているデラック・マーランだった。
話を聞いてみれば、その理由は至極もっともなことだった。
ノイマール国内では、南部四領はサラテニアの侵攻を受けて失陥したことになっている。
当然、その後のオルターニアへの三国同時侵攻のことを考えればなんらかの取り引きがあったのだろうことは想像が付くけど、それはオルターニア側としての認識だ。
ノイマールの人々にしてみれば、サラテニアは侵略してきた国であるということに変わりない。
オルターニアからの反転攻勢と国内の混乱という事態にあるノイマールを見て、サラテニアがさらなる領地の切り取りに動いているのではないか、と考えたようだ。
ジーマ班は命令通り、サラテニア軍が渡河を始めたのを見計らって川の関を切ったらしい。
おおよそ二百から三百程度の損害を与えたとのことだったが、それでもサラテニアの進軍は続いている。
水の引いた川を渡り、ノーフォート領とソトス領の境を目指しているようだ。
南部四領の兵を吸収して進んでいるんなら、三千五百ほどにはなっていただろう。
そのうち三百を失ってもなお前進してくるというのは、ちょっと異様だ。
ただこっちを警戒するための部隊じゃないだろう。
何か、明確な目的があって進んできているのは間違いない。
アタシ達の追撃か、それとも本当に領地の切り取りを狙っているのか…
「こちらになります」
ミーアがそう言って、簡易天幕の中に設置されたテーブルに町の絵図を広げた。
町は、南北におよそ三町、東西にはおよそ五町ほどの距離に広がっている。
町の中央にザルダー街道が通っていて、街道沿いに町が発展したというのが見て取れた。
町の外側に目立った防壁なんかはなく、守りには全くと言っていいほど向いてない。
それはアタシだけじゃなく、この町のことを良く知ってるデラックの副官と子爵様にも分かるらしい。
緊張した…いや、ちょっと絶望にも似た表情で絵図をじっと見降ろしている。
「子爵様、いかがいたしましょうか?」
そう声をあげたのは、デラックの副官でまだ年若いタレルという男だった。
子爵様は眉間に深い皺をよせ、大きな溜め息と共に町の東側の出入り口を指さす。
「ここに陣を敷くしかあるまいな…我が私兵団を急ぎ向かわせるよう指示は出したが、すべてが到着するのは明日の昼過ぎにはなるだろう。早い部隊でも二百程度…その者達を中心に戦列を敷き、サラテニアを迎え撃つ他にないと思う。が…」
子爵様はそう言いつつ、アタシにチラっと視線を送ってくる。
サラテニア進軍の報を聞いてすぐ、子爵様からは直々に協力を要請された。
子爵様にしてみれば、アタシはノイマール侵攻軍の一部隊の指揮官だし…まぁ、令嬢とはいえ、武名高いバイルエイン家の人間だってのもたぶんあるだろう。
なんにしても、アタシはその気だったので問題はなかった。
「こちらの大半は市民です、野戦は避けた方がよろしいかと存じます」
アタシはそう進言するが、子爵様とタレルの表情が強張った。
それを聞いていたミーアが、たぶんあえて、なんだろうけど
「しかし、それではどう戦うのでしょう?」
と聞いてきた。
アタシはミーアに頷いて返し、子爵様、タレルの顔をそれぞれ見てから、絵図の中央辺りを指さす。
「敵を町の中に引き込みます。ザルダー街道の広場より東側…この辺りを木柵と岩で塞ぎ防衛戦とすれば、すくなくとも正面からの敵は子爵様の兵でしばらくは防ぎきれるかと存じます」
「しかし、他の道はどうされます?この町には防壁などはありません、家々の間を縫って攻め込まれましょう」
「そこで、市民兵の出番です。これより、後方警戒に残していた騎馬隊三十名ほどがこの町に到着いたします。その者達にそれぞれ市民兵を三十から五十ほど与えて三十組の小隊を編成し、各路地にて待ち伏せを行い敵を叩きます。さすがにそれだけの数の隊を指揮することはできませんので、現場の指揮を執る我が隊隊員と市民兵の自由裁量と言うことになりましょう」
「なんと…そのようなこと、可能なので?」
「やる他にないと思っております。各隊にはそれぞれの守備位置、戦闘目的を明確に指示しておきます。それを徹底させることができれば、あとは任せられましょう」
アタシの言葉に、子爵様とタレルが驚いたような表情で顔を見合わせる。
そんな二人とは違って、じっと話を聞いていたミーアは“あぁ”と声をあげた。
「これ、伯爵様がモガルアの騎馬隊を打ち破った策ですね?」
ミーアがアタシをジッと見て聞いてきた。
それに、アタシは頷いて返す。
そう、ミーアの言った通り、これは親父殿が昔、モガルアの騎馬隊を打ち破った作戦と基本的には同じだ。
モガルアの騎馬隊は数が多いうえに一兵一兵が精強で知られていた。
そんな騎馬隊複数が、戦線の一点めがけて代わる代わる繰り返し突撃を仕掛けてくるって戦法を得意にしてたらしい。
そんなモガルア軍に対して親父殿は重装歩兵で戦線を維持しつつ、騎馬隊と弩弓隊を中心とする小規模な遊撃隊を多数運用して戦った。
でもあの晩、詳しく話を聞いたら、親父殿はそれぞれの部隊を直接指揮していたわけではないのだと言った。
でもその代わり野戦の前に、各隊に明確な任務を与えてその任にだけ専念するよう指示したんだそうだ。
騎馬隊の一つには、突撃を図る敵騎馬隊の横っ腹を脅かして意識を削ぐこと。
別の騎馬隊には、こちらの陣に突撃した後離脱を図ろうとする敵騎馬の追撃をすること。
弩弓隊の一部は側面からの直射、別の一部には離れた距離からの曲射をすること。
実際にはもっとたくさんに任務があったらしいけど、とにかくそんな小さな部隊の行動が水車の歯車みたいに噛み合って機能したらしい。
要するに、町の中央を通るザルダー街道で敵を押しとどめる子爵様の兵は、親父殿が戦線に使った重装歩兵。
町の各地に隠れ潜み路地を抜けようとする敵部隊を迎撃する市民兵が、騎馬隊や弩弓隊の役割になるわけだ。
親父殿の作戦と同様この作戦の肝は、中央で戦線を支える子爵様の兵じゃなく、町の各所で小規模戦闘を行って敵を削る市民兵隊になる。
敵を町に引き入れるということは、当然町が荒らされるということではある。
でも、町の中は市民兵に圧倒的な地の利があるはずだ。
正面から戦うならともかく、横槍を入れたり、窓から投石したり、狭い路地に引き込んだりと、有利に立ち回りやすいだろう。
訓練された敵の正規兵を野戦で相手取るよりは格段に良い。
「なるほど…確かにそれなら、野戦を挑むよりは有利に戦えましょうな。しかし、このような高度な戦術、実現可能なのでしょうか?」
子爵様は、そう言ってアタシに聞いてくる。
不安なんだろうな…正直アタシも不安だ。
でもたぶん、選択肢の中ではこれが一番有効だと思う。
やるなら、この策だ。
「実現可能なよう、事前の手配りを徹底するのみです」
「…なるほど、戦に絶対はない、ということですな」
アタシの言葉に、子爵様はそう応じて頷いた。
どうやら腹を括ってくれたらしい。
サラテニア軍がノーフォートの国境で停止し、こっちに来ないってことだってあるだろう。
それならそれで構わない。
でも、止まらずに領境を超えてきてから慌てて準備をするようなことにはしたいのは、アタシも子爵様も同じだ。
「子爵様、市民の中で戦意の高い者、兵役経験者を中心に、三十程の班を作って頂けますか?」
「承知しました。タレル、可能か?」
「はっ、すぐにでも始められます」
子爵様の言葉に足れるがそう応じて頷く。
それを聞いたミーアが
「ティアニーダ様。それとは別に、若くて身軽な者で作った班を三班、私にお預けくださいませんか?」
と進言してきた。
若くて身軽、か…何か考えがありそうだ。
「攪乱か?」
「はい。路地での戦闘になれば、高所からの攻撃が有効なはず。屋根から屋根を移動しつつ、要所で敵に煮えた油でも掛けようかと」
ミーアはそう言ってニタリ、と笑う。
その辺りは“夜鷹”の得意とするところだろうな。
市民兵隊の支援には持ってこいだろう。
「タレル、頼めるだろうか?」
タレルに声を掛けてみると、彼はアタシに頷いて
「お任せください!」
と声を張った。
その様子に、アタシは内心ホッと胸を撫でおろす。
この町の市民達は子爵様への忠義が篤い。
ましてやここは彼らの町だ。
もしものときは頑強に抵抗するだろう…
ただ、ヒルダナ領での二の舞は避けたい。
死兵にならないよう、注意はしておかないとな。
「では、子爵様。引き続き資材と防御用の設備設置をお願いいたします。我々は周辺警戒と情報収集に当たります」
「承知しました。よろしく頼みます」
子爵様とそう言葉を交わし、それを聞いていたタレルにミーアも頷く。
すぐにアタシ達はそれぞれの持ち場に散り、準備の続きに取り掛かった。
* * *
夕闇があたりを照らし出す。
仮設天幕のある広場のあちこちには篝火が設置され、迫りくる暗闇に抵抗しているかのようだった。
天幕の周囲には、町へ滞在する際に連れていた十名の他に、子爵様の許に使者に出ていたグレンと隊員二名、さらにソトス領に入る前に各地に派遣し、周辺の情報収集をして帰還してくれた“夜鷹”達が十名が、思い思いに体を休めていた。
アタシはと言えば、天幕の中でミーアと一緒に作業を進めている。
火に掛けた大鍋に、干し肉と刻んだ野菜を入れて煮込むという、大事な作業だ。
周囲にいる隊員や“夜鷹”達だけでなくこれから戻るジーマ達の分も作っているのでけっこうな量なんだけど、そこはさすがミーアだ。
てきぱきと野菜を刻み、ささっと味付けをして、火加減も完璧。
屋敷では、料理長を除けばミーアが一番スープを作るのがうまいと思ってる。
その手腕がこんな場所でも如何なく発揮されていた。
もちろんアタシにだって大事な仕事がある。
干し肉から出たアクを取るって、大事な仕事だ。
「ティア、どんな具合い?」
糧食を収めてある箱からパンを取り出して切り分けているミーアが、そう声を掛けてきた。
「うん、もうお腹空いて仕方ないよ」
アタシが答えると、ミーアはクスクスっと笑い声をあげる。
「そうじゃなくて、火の通り」
「あ、そっちか。うーん、どうだろう…?」
アタシは握っていたスプーンの先で、目のつくところに浮いていた芋を突いてみる。
芋はすぐに二つに割れた。
硬い感じはほとんどない。
「芋はよく煮えてるよ」
「そう、じゃあもう良いかな?味見してみて」
「いいのか?任せろ」
そう応じるが早いか、アタシはスプーンで干し肉と芋を救って口に運ぶ。
ちょっと逸ったせいで、だいぶ熱い。
でも、程よい塩っ気と肉の旨味がしっかりとスープに溶け込んでいた。
それだけじゃく、風味付けのためだと言って入れた唐茄子のピリッとした感じが良い具合いの刺激になっている。
「うん、旨い!」
「そう、良かった。本当なら椎茸か作茸が使えればもっと良かったんだけど、さすがに行軍中だとね」
「まぁ、それは仕方ない。茸は怖いって言うからな」
行軍中に毒を食らうことになる危険は冒せないから、うちの私兵団では陣地食に茸料理は禁忌になってる。
玄人でも見分けがつかない程そっくりな毒茸ってのもあるらしいし、危ない橋は渡らないに限るんだ。
「じゃあ、運ぼうか」
「そうだな。あいつらも腹減らしてるだろうし」
アタシはミーアとそう言い合い、両側から鍋の取っ手を掴んで天幕の外へと運ぶ。
事前に準備しておいた岩の上に乗せる。
しっかり固定されていることを確かめてから、アタシは鍋の蓋を取って、オタマでガンガンと叩いた。
「おーい、皆、できたぞ!」
そう声をあげると、周囲から“おぉっ!”と声があがる。
アタシが料理を作って振舞う、なんてことはこれまでしたことがない。
行軍中は輜重隊が配給した食料をそれぞれが食べるだけだし、屋敷でなんかはもっとあり得ない。
それでも今回ばかりは、士気を高めるためにやっておこうって思った。
こっちが準備している間に隊員達は順番でも決めていたらしく、ちょうど半分が鍋の方に集まってきて、残りは歩哨に立ったままになった。
隊員達はそれぞれ自分の椀を手に抱えていて、鍋の前に列を作り始める。
「ほら、けっこうな量を作ったから、しっかり食ってくれ」
「はっ、ありがとうございます!」
「パンはミーアから受け取ってくれな」
「はい!」
そんな風に声を掛けながらアタシは一人一人にスープをよそい、隣にいたミーアがパンを手渡していく。
スープとパンを受け取った隊員達は思い思いの場所に腰を下ろして、夕食を摂り始めた。
皆笑顔で、アタシの作ったスープを口に運んでいる。
そんな隊員達を横目で見つつ、アタシとミーアも自分の分を用意して、その辺に腰を下ろして食べ始めた。
「うん、こういうのも悪くないな。帰ったら屋敷でもやってみようかな」
「さすがに屋敷にいる人数分は厳しいんじゃないかな?今回と違って、相当な量になると思うよ」
「あー、そっかぁ、それもそうだよな」
「ご家族の方々だけなら良いんじゃない?」
「いや、家族だけじゃなくて皆に喜んで欲しいんだよ」
「なるほど…どうしても、っていうんなら、料理長と相談するしかないかもね」
「そうだな、そうしてみよう」
そんな他愛もない話をしながら、アタシとミーアは夕食を食べ進める。
パンはちょっと硬いけど、スープに浸して食べれば悪くない。
ワインがあれば、なんて思わなくもないけど、まぁそれは贅沢ってもんだろう。
そんな穏やかなひと時を味わっていると、不意に遠くからなにやら騒ぎのような声が聞こえてきた。
なんだろうと思って顔をあげると、ミーアはすでに声が聞こえてきた方向を特定していたようだ。
「東側の入り口の方からだね…慌てた感じはしないかな」
「ふむ、ジーマ達かな?」
「そうだと思う」
ミーアと言葉を交わして、アタシはいったん立ち上がる。
手に持ってた椀を座ってた石の上に置いて、一応、剣の留め紐を解いて街道の東側に視線を向けた。
すると、遠くから篝火に照らされながらこっちに進んでくる騎馬の一団が見えた。
「ティアニーダ様!」
こっちからは暗がりで顔が良く見えなかったけど、むこうはアタシ達の姿を認めたらしく、ジーマがそう叫ぶ声が聞こえた。
一団から一騎が速足で抜け出て来て、すこし離れた位置で馬を降り、アタシの方へと駆けつけてくる。
「ただいま戻りました、ティアニーダ様」
「うん、良くやってくれた、ジーマ。関を切ってサラテニアに損害を与えたって報告は聞いてる」
「は、その辺りはどうか、工兵隊と“夜鷹”にお言葉を掛けてやってください。自分は警護に付いていただけですので」
「そっか、じゃぁ、警護と後方警戒の任、ご苦労」
「痛み入ります」
アタシがそう労いなおすと、ジーマはホッとしたような笑みを浮かべつつ礼を取った。
「詳しい話を聞かせてくれ…食事も準備してある」
ジーマにそう促すと、彼は思い出したようにハッとして姿勢を正し
「ティアニーダ様、バイルエイン本家からの伝令を保護いたしました」
と報告してきた。
伝令を保護…?
「どういうことだ?」
「は、進軍中のサラテニア軍から出た前哨斥候隊に発見されたようで、かなり消耗しております。こちらです」
ジーマはそう言うと、こちらに到着しつつある一団の中央に居た荷馬車の方へとアタシを案内する。
荷馬車うちの一つの傍に着きジーマに促されて中を覗き込むと、そこには工兵隊連中に囲まれて毛布に包まり床に倒れ込んでいる兵がいた。
まだ幼い感じがするくらいの若さだ。
こいつ…確か、屋敷の衛兵だな。
名前は…
「おい、お前、ナックか?」
アタシが名を呼ぶと、兵はよろよろとした様子で体を起こした。
それから寸瞬アタシの顔を見て固まり、
「あ、こ、これは…ティアニーダ様…!」
と慌てて姿勢を正そうとし始めた。
「あぁ、良い良い、そのままで。それより、何があった?」
アタシは荷馬車に上がり込み、ナックを床に座らせてから聞く。
すると彼はすぐに懐から出したアタシ宛ての手紙を手渡してきた。
「八日前の情報ですが、サラテニア軍がオルターニアに向け再侵攻を開始したとの報です」
ナックの言葉にギュッと胸が詰まるような感覚に襲われて、アタシは慌てて手紙を開いた。
そこに書かれている文面を、素早く正確に読み進めて…首を傾げずにはいられなかった。
そんなアタシの様子を、ミーアが心配そうな表情で見つめてくる。
「ティアニーダ様。本国からは、なんと?」
「あぁ、サラテニア軍が二万五千でオルターニアに進軍してるらしいんだけど…」
「…大丈夫なんでしょうか?」
「それが、侵攻先が南東国境の、しかもカレンダを目指してるらしいんだ」
「えぇ?」
アタシがそう答えると、ミーアもそんな調子で怪訝な表情を浮かべた。
カレンダはオルターニア南東部にある王家直轄領だ。
サラテニアとの国境に接していて、そこには国軍の駐屯地がある。
しかも、ただの駐屯地じゃない。
地形を利用した大規模な要塞になっていて、要塞からサラテニア国境に延びる道には計四門の火砲が備えらえている、まさに鉄壁の要害だ。
それに加えて、カレンダの周囲に領地を持つ三つの貴族家は有事の際のカレンダ防衛に専任されてる。
駐屯している国軍にその貴族家の私兵団を合わせれば、一万五千程にはなるだろう。
カレンダはオルターニア東側を南北に縦断できる東縦貫街道の始点になっていて、その先にはオルターニア王都がある。
ここを突破されると、それ以降は平らな地形が多くて籠城や防衛には向かないんで、守りが難しくなってしまう。
そういう意味でカレンダはオルターニアの守りの要なんだけど、だからこそ、ちょっとやそっとじゃ崩されないようになってる。
それこそ、移動式の火砲を十門は引っ張ってきて撃ちかけるくらいのことでもしない限りはまず陥落なんてしないだろう。
でも、サラテニア軍にそんな装備があるとは思えない。
もしサラテニアがオルターニアに攻勢を掛けるなら、前回同様、南西部の国境を狙う方が自然だ。
南西部はどうしてもノイマール方面への警戒も怠れない。
その関係でヒルダナ男爵領の領都は国境線から離れた位置にあるし、カレンダのような防衛拠点はさらにそこから後方のガーダイン伯領になる。
確実に守ろうとするんなら、それくらい戦線を引き下げる必要があるんだ。
だから、前回のヒルダナ領への侵攻は確かに理に適ってはいたはずなんだけど…
「ナック、ヒルダナ男爵領の辺りは大丈夫なのか?」
アタシはそのことが気になってそう尋ねてみる。
するとナックはコクっと頷き
「ここへ向かう道中に入手した情報では、ヒルダナ男爵領にもサラテニアからの侵攻があったと聞いています。ただそれほど規模の大きな部隊ではないようで、国軍とガーダイン伯の私兵団を中心にした軍で対応するとのことでした…不確かですが、およそ五千程度ではないかと言われておりました」
と報告してくれる。
五千か…それが本当なら、ヒルダナ領に侵攻しようってわけじゃなさそうだな。
それに加えて、今こっちに迫ってる三千の部隊。
サラテニアは三か所で軍を動かしてるようだけど、本命がカレンダだってのは規模からみて明らかだ。
だとすると、ヒルダナ領とこっちへの進軍は…
「陽動、ですね」
アタシと同じ答えにたどり着いたんだろうミーアが、こっちを見てそう呟いた。
アタシはミーアに頷いて返す。
「おそらくそうだな…ヒルダナ領とこっちへ向かってるのは、たぶんいくらかでもオルターニアの軍を引き付けたいって狙いなんだろう」
「しかし、それならこちらではなくディットラー領へ向かう方が良いのではないでしょうか?」
アタシとミーアの会話に、ジーマがそう声を掛けてくる。
確かにディットラー領には親父殿達の主力部隊が駐留しているってことにはなってるからな。
今はもう出撃しているはずだから、防衛のための兵力しか残ってないだろうけど…
でも、もし陽動が目的なら、必ずしもディットラー領に向かうとは考えづらい。
アタシはジーマに首を振って応じた。
「いや、ティットラー領だと、ヒルダナ領と距離が近すぎる。こっちの集結を妨害したいんなら、なるべく広域で対応させた方が良いだろう?」
「なるほど…」
アタシの言葉に納得したのかどうか、ジーマはそう唸る。
そんな彼のことはひとまずおいといて、アタシはナックの肩を叩いて労う。
「よく知らせてくれた、ナック。ひとまず、まずはゆっくり休んでくれ」
「はっ、ありがとうございます」
ナックは心の底からホッとした様子で笑顔を見せた。
そんな彼の肩を、もう何度かポンポンと叩いて応じてから
「ジーマ、皆に野営をする様に伝えたら、天幕の方に来てくれ」
と指示を出して荷馬車を離れ、天幕のところへと戻った。
スープの椀を手に取って、岩へと腰を据え直す。
スプーンを手に取ったところで、ミーアが
「ティア、サラテニア軍は領境を越えてくると思う?」
と声を掛けてきた。
アタシは干し肉と芋を口の中に放り込んでから
「来ると思う」
と答えつつスープを味わう。
少し時を置いちゃったけど、まだまだ暖かい。
「どうしてそう思うの?」
「うん…陽動が目的なら、一当てするまではいかなくても圧力は掛けたいはずだ。存在感を示したいと思うんなら、領境を越えてこっちを攻める姿勢をみせるはずだろう?」
「それは…確かにそうかも知れないね…」
「問題は、もし陽動だとすると圧力は掛けて来ても直接の戦闘は避けたがるんじゃないかってことの方だな」
「あり得るね。引き付ければ良いってだけなら、着かず離れずの距離を保たれるのが一番面倒だし効果的だと思う」
「そうなるとこっちはずっと背後を脅かされ続けることになる。ディットラー領への退路を塞がれるだけなら無視できたけど、追って来るってなるとそうもいかない」
「…ここに腰を据えたことは正解だった、ってことか」
ミーアはそう言って深い溜息を吐き、頭を抱えた。
まぁ、そんな反応にもなるだろう。
手持ちの兵士は四十ちょっと。
工兵は100いるけど、戦闘には向かない。
これでソトス子爵の私兵団と市民に協力して三千のサラテニア軍を相手しなきゃなんないなんて、ある程度覚悟はしてたけど現実になるとは…
「ごめんな。昨日も話したけど、隊を損耗させずに追跡を警戒するならこの方法が一番だと思ったんだよ」
アタシが謝りつつそう言うと、ミーアは顔をあげてアタシをジトリと見つめてきた。
怒ってる、っていうんじゃなさそうだけど…不満ではありそうだ。
いや、やっぱりちょっと怒ってるかな?
胸の内に、うっすら不安が湧き出す。
しかしミーアは、ほどなくして再び深い溜息を吐いて表情を緩めた。
「そうじゃなくてね…世話を焼かなきゃいけない方向が変わったなって思ったの」
そう言った彼女は、ちょっと呆れたような顔つきだ。
それはそれで…なんていうかちょっと不安になる言い方にも聞こえる。
…もっとちゃんと謝っといた方が良いかな、これ?
「…その、ごめん。負担を掛けてるよな」
「ううん、違うの。私の力不足…いえ、怠慢かな」
「怠慢…?なんでだよ、ずっと精一杯助けてくれてるじゃないか」
「…そう言ってくれるのは嬉しいけど…うん、まぁ、そうだね…あなたに置いて行かれないように、もっと頑張らなきゃ」
ミーアは、そう言ってクスクスと笑い出した。
…ちょっと何を言っているか良く分からなかった。
ただ…別にアタシに腹を立てているって分けではないらしい。
「じゃあ、あの…これからも頼りにして良いかな…?」
アタシが恐る恐るそう聞いてみると、
「ええ、もちろん。『我が身の一切は』、ね」
とミーアは優しく微笑みかけてくれた。
そんな彼女に、アタシはホッと胸を撫でおろす。
とにかく彼女が忠を示してくれてるんだ、アタシもそれに応えないといけない。
「ありがとう、ミーア姉様。必ず報いるよ、『我が身の一切』を賭けてな」
「報いは、常々頂いておりますよ」
アタシの返答に、ミーアはおどけた様子でそう言ってクスクスと笑い出した。
笑いを収めた彼女はそれから、キュッと表情を引き締める。
「ジーマが来たら、詳細を詰めよう。それから、子爵様にもサラテニア軍の動きを共有しないと」
そう言った彼女の声色に、先ほどまでの戸惑いはない。
力強くて落ち着いた、頼もしい雰囲気だ。
「うん、そうだな…役目を果たそう」
アタシはミーアにそう応じて、残っていたスープを口に運んだ。




