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周辺図

挿絵(By みてみん)

南部地図

挿絵(By みてみん)




ソトス子爵領の南東、ノーフォート領に接する位置にあるこの町は、マーランと言うらしい。

マーランというのは古い言葉で、“川のほとり”を意味するんだとかなんとか。

ソトス子爵家から士爵位を与えられた騎士デラック・マーランの家名は、ここから取っているらしい。

そんなマーランの町を東西にザルダー街道が貫いていて、町の中央に位置する場所には町中の住民が集まっても平気そうな広場がある。


そんな広場に、アタシは騎馬隊員五名と一緒になって仮設の天幕を設置し終えた。

天幕と言っても、風雨を防ぐだけの布製の仕切りを、支柱と紐に引っ掛けるだけの本当に簡易なものだ。

天幕の下にはこれまた簡単な折り畳み式のテーブルとイス、ちょっとした糧食の入った木箱が置かれているだけ。


普段使っている士官用の天幕なんかとは比べるまでもなく質素だけど、別段居心地が悪いとは感じない。

まだまだ見習いだったころに参加した私兵団の行軍訓練じゃ、地べたに薄っぺらな毛布を敷いて休むことしかできない、なんてこともあったしな。

これくらいなら、上等な方だと思う。


ただ一つ、居心地が悪いことがあるとすれば…

ツンとした表情をしたミーアのせいだろう。

彼女は配下の“夜鷹”に周辺警戒の指示を出してからずっと、さながら近衛兵のようにアタシの傍から離れない。

もちろんアタシを守る目的だってのは分かるんだけど…なんていうか、ちょっと当てつけっぽいふるまいにも感じられた。

まぁ、なんにも説明してないからな…そうなるのも当然と言えば当然、か。


不意に、目の前で火に欠けていた鉄瓶からコトコトと音がし始めた。

どうやら湯が沸いたらしい。

アタシは準備しておいた茶瓶にその湯をゆっくりと注いで、程よいところでテーブルに並べていたマグに注いでいく。

バイルエインの家ではよく飲んでいたお茶だ。

普段は身辺係が淹れてくれることがほとんどだけど、アタシだってその辺りの心得くらいはある。

なんてったって、ミーアから教わったんだからな。


アタシはお茶の入ったマグをトレイに載せて天幕の外で歩哨に立ってくれている兵達に配って回る。

皆畏まった感じではあったけど、喜んで受け取ってくれた。

ホクホクした心持ちで天幕に戻ると、最後に残っていたマグを天幕の出口のところに立っていたミーアに押し付ける。

彼女はふてくされた顔をしつつもマグを受け取ってズズっとお茶を啜った。


「こんなことをされると、ご身分に関わりますよ」


ミーアはそっぽを向いたまんま、そうチクリと刺してくる。

アタシはそんな彼女の言葉を


「今にはじまったことじゃないだろう?」


と笑い飛ばし、それから


「で、どうかな?香りも良く出せたと思うんだけど?」


と感想を聞いてみる。

するとミーアは、はぁ、っと大きくため息を吐いて


「悪くないと思う…もう少し蒸らしても良かったかもしれないけどね」


と助言をくれた。

その表情からは、さっきまであった剣呑な雰囲気が薄らいでいる。

ちょっとだけ、機嫌を直してくれたようでホッとした。

これで、少し話はしやすくなった、か。


「ミーア、こっち来て座ってくれるか?」


アタシはそう言いつつ、折り畳みのイスを広げて見せる。

ミーアは呆れたような、諦めたような、何とも言えない表情を浮かべてから、それでもイスに座ってくれた。

ホッと胸を撫でおろしつつ、アタシは天幕を建て終えてから急いで描いた絵図を取り出してテーブルに広げる。


「見てくれ」

「…これは、この町の絵図?」

「そう、東側の入り口周辺と、ここに来るまでの道のりだけだけどな」

「これが、どうしたって言うの?」

「不足とかがないかどうか、気になって」


アタシが言うと、ミーアは首を傾げた。

それからジトリとアタシに視線を送って


「何から何まで白状するって言うなら、助言しても良いけど」


と釘を刺してくる。

アタシはそんなミーアに、コクっと頷いてみせた。


「あぁ、話すよ…そのためにミーアに残ってもらったんだ」

「どういう意味…?」

「アレクの前では、話しづらいこともあったからな」

「…それは、聞き捨てならないね。どういうことなの?」


ミーアが怪訝そうな表情でアタシを見つめてくる。

まぁ、そりゃあそうだよな…アレクが言ってた通り、アタシは口では頼ってるだなんて言いながら、大事なことはなんにも話してないままだ。

こんな表情の一つや二つ、されたってしょうがない。


アタシはお茶を啜って、一息、ふぅと大きく吐いてから、口を開いた。


「親父殿…あぁ、いや、父上から任されたのは二つだ」


アタシの言葉に、ミーアはコクリと頷いて先を促してくる。

それに頷き返して、アタシは続けた。


「まず一つ。ノイマールへの反転攻勢の総指揮官をやること」

「はぁ!?」


アタシの言葉を聞くなり、ミーアがそう甲高い声をあげた。

途端に、天幕の外にいた騎馬隊員の二人が慌てた様子で駆け込んでくる。


「あぁ、問題ない。ちょっと話が弾みすぎただけだ」


アタシは二人に手を振ってそう声を掛ける。

ミーアもハッとしたのか、彼らに視線を向けて謝意を示した。

隊員達がホッとした様子で天幕から出て行くのを待ってから、ミーアが改めてアタシに視線を向けてくる。


「総指揮官って…どういうことなの?」

「言ったままだ。今回の反転攻勢はアタシが練って、父上に助言をもらって手直しした計画に乗っ取って進んでる」


そう伝えたアタシは、父上と一緒に作った絵図を懐から出してテーブルに広げた。

そこにはノイマール国土と主要な街道が描かれている。

その絵図をアタシは指し示した。


「親父殿がディットラー領都から出撃して中央街道を行くってのは、あの晩に話があった通りだ。親父殿の軍はこの先、王政支持派のハズラン伯爵領の領都周辺に展開する予定だ。ここは中央街道上で王都防衛を担う重要な拠点らしい。敵はここを守るために、全力を投入してくるだろう」


そう言ってから、今度は指先でサルダー街道をなぞる。


「一方で、アタシ達…強襲部隊は、この南部を通って西進している。ゴルダで解放軍を救援したあとは、兵力を吸収して王都へ北上する」

「強襲部隊…?それって、つまり…」

「そう…アタシ達は、最初から王都への攻撃を担ってる。親父殿が敵の主力をハズラン伯爵領に引き付けている間に王都を強襲して、ノイマール王政を倒すんだ」


アタシは絵図上のノイマール王都を、指先でトントンと突いた。

そんなアタシをミーアは驚きの表情で見つめている。


「…だから、何も話さなかった?」

「まぁ、そういう意味合いもちょっとはあった。奇襲を掛ける予定だからな。ウチの部隊に情報を漏らすようなヤツがいるとは思わないけど、知らせてたりしたら、野営地にした町や宿場の人間にポロっと漏れる可能性は出てくるだろう?それから、親父殿の部隊と直接やり取りをしていないのも、アタシ達の存在や位置がなるべく把握されないように、って意味合いが大きい。南部四領を無視して進んだのも似たようなもんだな。こっちが王都側の進路を塞げば、サラテニアからノイマールへの情報伝達を遮断できるって考えもあった」


アタシの説明に、ミーアはコクっと頷いてくれた。

彼女は“夜鷹”。

情報を秘匿することの意味合いを一番良くわかってくれるはずだと思ってた。


「この作戦を…ティアが考えた、っていうの?」


ミーアは不意に、そんなことを聞いてきた。

その言い様に、思わず笑ってしまう。


「らしくない、って自覚はあるよ」


そう答えると、ミーアは珍しく少し慌てた様子で


「そ、そういう意味で言ったんじゃないけど…」


と弁明する。

まぁ、でも、ミーアの疑問は正しい。

騎馬隊を指揮していたら、突っ込むかどうかの判断をする程度しかできないってのがアタシへの認識だろう、自他ともに。


「…親父殿にな、聞いてみたんだ」

「……何を?」

「もし親父殿がヒルダナ領でのアタシだったら、サラテニア軍相手にどう立ち回ったか、って」

「伯爵様は、なんて?」


ミーアが興味深げに聞いてくる。

アタシはあの晩、父上が言っていたことを思い返していた。

そんなことをしても良いのか、と最初は思った。

でも、考えれば考えるほど、それが最善の選択肢だったんだろうって思いに至った。

同時に、アタシの中で何かが壊れて…で、壊れたバラバラになった破片が、別の何かに形を変えるような、そんな感覚に陥った。

それはもしかしたら…卵の殻が割れて、中から雛が孵るような、そんなことだったのかもしれない。


「野火を放てば良かった、ってさ」




*   *   *




「野火…?あの窪地に火を掛けるってことでしょうか?」

「あぁ、その通りだ。あの辺りは寒くなってくると、ノイマールの山々から乾いた風が吹き下ろすのは知って居るだろう?」


アタシの問いかけに、父上は深々と頷きつつそう応じた。

確かに、オルターニアの冬場は空気が乾く。

ときどき野火や山火事なんかが起こって、消火に駆り出されることもあるくらいだ。


「うん、知ってます…前にも、一度、火消しに行ったこともあります」

「ならば…そうだな、頃合いはやはりお前が突撃を図った陣地変換の際だろう。進路上の北西部辺りに事前に油を巻いておき、その機に火を掛ける…すると、どうなる?」

「…山間からの空っ風が追い風になって、サラテニア軍の方へと燃え広がる…?」

「それもあるが、まず敵はほどなく煙に巻かれよう。前進か後退かを決めるだけにはとどまらん。兵や経験不足の下士官は恐慌をきたし、指揮系統は一時的に混乱を期す…視界が悪くなれば敵味方の識別すら危うくなる可能性もある。俺なら、兵を突っ込ませるのはそのときに、だな」


父上の言葉に、アタシは唖然としてしまった。

そんなことをしてしまって、良いんだろうか?

ヒルダナ男爵はきっとお怒りになるだろうし、仮にそれで敵を撃退できたとしても…その…


「騎士として、それは良い方法なのでしょうか…?」


アタシは、率直に父上にそう聞いていた。

父上は、優しい笑みを浮かべて頷く。


「ティアニーダ、騎士とは何か?」

「騎士とは…主家に忠を尽くし、主家のために働く士、ではないのでしょうか?」

「そうだな。そもそもオルターニアにおいて騎士とは、騎乗が許される身分の者を指す言葉だった。その許しを与え、馬を授与する上位者が主家だ。立場を与えられた騎士は、その栄誉と信頼、領地のために主家に忠を尽くし、国土や民を守るために戦うようになったのだ。そういった騎士がその後、貴族家として家を栄えさせてきた」

「な、なるほど…」

「今時分でいうところの騎士の規範とは、主家の顔に泥を塗らぬこと、不信を買わぬこと、いたずらな抗争を生まぬために騎士家、貴族家の中で後々に発生しただけに過ぎない。要するに、そもそも騎士という言葉、騎士という存在は、お前が言った通り以上の存在ではないのだ」


父上はそう言ってアタシの目をじっと見つめてきた。

その目には、心地よい力強さと優しさがにじんでいる。


「では…ヒルダナ男爵の領地に火を掛けても許される、ということでしょうか?」

「お前だって張りぼての砦を作るのに相当の木を切ったのだろう?似たようなものだ、王家、国、民、それらを守るためなら些細なことに過ぎん」


父上はそう言って笑い、それからややって


「ティアニーダ」


と声を掛けてくる。

その表情は、一転して真剣だった。


「お前にとって、騎士の誇りとはなぜ大切か?」


騎士の、誇り…。

アタシは、昔からそれをずっとずっと気にしていた。

父上や兄上達のように、立派な騎士になりたいと思っていた。

アレクを見たとき、アタシは彼女に強烈に憧れたんだ。

それは、高潔で堂々としていて、自分を律し、民のため、国のための役割をこなす彼女が、とてつもなく立派に見えた。

アタシも、アレクのようになりたいと思った。

そうすれば…アタシは…


そう考えた次の瞬間、アタシの頭の中で何かがはじけた。

そして、激流のような感情が沸き起こって涙と一緒にあふれ出す。

そう…そうなんだ…

アタシは、アタシはただ…


「……アタシは、立派になって、誇り高い騎士になって……父上や母上、兄上達に褒めて欲しかった…部隊を指揮したり、内政を手伝ったりして…アタシは家族一員になって、家族のために役に立ちたいって、ずっとずっと、そう思っていました…」


胸の内から沸き起こった気持ちを言葉にする。

その途端、なぜだか全身からどっと力が抜けた。

アタシの中で張り詰めていた何かが、プッツリと切れてしまったような、そんな感じだった。


「そうであろうな…薄々は感じていた」


父上はそう言いながら、手巾を手渡してくれる。

溢れてくる涙を拭くアタシに、父上は少し沈んだ声色で言った。


「俺やレニエールがお前に期待していたものと、お前が欲していたものが食い違っておったのだな…まったく、親としては情けないことだ」

「父上、そんなことはありません!アタシは、アタシが…及ばないせいで…」


アタシがそう言い募ろうとしたものの、父上はふるふると首を横に振った。


「そうお前に思わせてしまっていたのが、そもそもの過ちだ。もう少し、はっきりと伝えてやるべきだった」


父上はそう言ってまた、ジッとアタシの目を見据えてきた。


「お前は、士官や将には向いていない。内政官としても、実力は物足りんと思っている。しかしな、ティアニーダ。お前には帥として、他に比肩すべくもない能力がある」

「帥…?」

「そうだ。状況を的確に把握し、人を扱い、管理し、目的を達する才。他者を引き付ける才。規範や前例に捕らわれぬ才。お前には帥として必要なすべてが備わっている。それ故、俺は父として、幼い頃からお前に多くの者をお前の傍に置いてきた。お前が苦手なこと、自らこなせぬことを、その者達を使って達成する経験を積ませるためだ…だが、それがかえってお前の自信を失わせることになってしまっていたとはな…」

「アタシに人を付けてくれたのは、アタシが及ばないからではなかったのですか…?」

「確かに、ガルイードのような軍の運用はできぬかもしれん。エルデールのように、内政や情報分析に長けているわけではないかもしれん。しかし、人を付けたのはそれとは関係のないことだ」


父上の話を聞いて、アタシは陛下に言われたお言葉を思い出していた。

確かにあのとき、陛下もそんなお言葉をくださった。


「…陛下にも、そのようなお言葉を賜りました」

「うむ、ミーアからの報告を“夜鷹”経由で聞いておる…そうだな、あの件の真相も話しておこう」

「真相…?」

「うむ。お前の首がつながっている理由だ」


父上の言葉に、ビクっと背筋が震えた。

あの件は、陛下がご寛恕してくださったから大事にはならなかったんじゃなかった、ってことか…?


「あの…陛下は、アタシをお許しくださったのではない、ということでしょうか?」

「いや、その認識は間違っておらん。だがな、お前の首を刎ねることができなかった最大の理由は、国を割る危険性が高かったからだ」


息が詰まった。

アタシが、国を割るような事態を作りかけた?


「実に単純な話だ。もし、お前の首を刎ねていたら、殿下はどうなされたと思う?」

「殿下、ですか?」

「そうだ。お前は、殿下が廃嫡されるという噂を聞いて陛下に翻意を迫ったのだろう?それも、姫殿下や宰相家嫡男まで巻き込んでだ。お前の首を切るのなら、同調した他の者にも類が及んだであろう。そのことを、殿下がお許しになると思うか?」


…おそらく、なさらないだろう。

もしアタシに斬首が命じられれば、殿下は陛下に異を唱えられたはずだ。

自分にそれだけの価値があると思ってるわけじゃない。

殿下は、そういうお人柄だからだ。

でも、もしそうなったとしたら…


「陛下と殿下の、政争に発展していた…?」

「うむ、そうなっていただろう。我が家でも、兄達は殿下のお味方になるだろうが、俺は陛下を支持することになっただろう。おそらく他家でも、同じように意見や立場の分裂に発展していた可能性が高い」


さすがに、想像ができた。

そうなっていたら、たぶん、オルターニアの国内は大きく混乱してしまっていただろう。

アタシは意図せず…狭い見識の中だけでくだした決断で、国を危機に陥れてしまったかもしれないのだ。

そのことに気づいて、アタシは頭を抱えてしまった。


しかし、そんなアタシを見て、父上は声をあげて笑う。


「幸い、陛下はうまく処置された。まだ未熟だった頃の失策だ、今後の薬にすれば良い」


そう言ってくれたものの、なんというか、いたたまれない心地になった。

父上はそんなアタシのことを知ってか知らずか、今度は


「そう思えばサラテニア軍迎撃の際のことも、似たような面があるな」


と言い始めた。

そっちのことはあまりに直近過ぎて、さらに胸が痛くなる。


「あ、あの父上…ちょっと苦しいのですが…」

「薬は苦いものだ。一度に味わって済ませた方が良い」


アタシの言葉に、父上はそう言って苦笑いを浮かべた。

それからアタシの様子を見つつ、話し始める。


「サラテニア軍の迎撃だが、あの場面で突撃を掛けたことは、最善ではなかったかもしれないが悪い判断ではなかった。あそこで足止めしていなければ、交易都市ダレンでの市街戦に発展したかもしれん。突撃を掛けてサラテニア軍を混乱させたことで、市民が戦いに巻き込まれる最悪の事態を回避できたと言える」


アタシに気を遣ってなのか、今度はまず褒めてくれた。

けど、次はもうちょっときついことを言われるんだろうな、と思っていたところで父上の口から出てきたのは、ちょっと意外な言葉だった。


「あの突撃だがな、俺やガルイードでは難しかっただろう」

「難しかった…?父上や一の兄上にも、ですか?」


アタシの言葉に、父上は深々と頷いた。


「こちらは二百、相手は一万五千。その状況で一兵たりとも逃げ出させず、決死の突撃に参加させることは万の軍を指揮する以上に難しいことだ。俺でも少なくない離脱者を出すだろうし、残った兵の士気を保てたか、その状況で生き抜き敵を混乱させられたかは怪しい。ガルイードであれば…兵に反対されて突撃という選択肢を選べんだろう。圧倒的な戦力差の中で、隊の士気を高めて敵と積極的に交戦させられるというのは、この上なく恐ろしい能力だ」


もし逆の立場で、圧倒的寡兵にも関わらずその悉くを死兵とするような敵がいたら…そんな恐ろしい存在はいないだろう。

アタシは、それを成した。

いや、意図してそうしたわけじゃないけど…

必死で考えて、とにかく敵をどうにかしなきゃと思ってのことだったけど…結果的には、そうなった。


「国を割るかも知れなかった、隊を死地へと導いた。それがお前の力であり、同時に危うさでもある」


アタシは、そう言葉を継いだ父上に頷いて返した。

厳しい言葉かもしれないが、アタシには分かる。

剣と同じだ。

扱い方を誤れば、予期せぬ結果を生みかねない。

父上の話は、つまりそういうことなんだろう。


陛下にお言葉を貰ったときにはよくわからなかったけど、父上にこうして言われると何となく自覚があった。

確かにアタシの周囲には、常に人がいた。

ミーア辺りからは、アタシは他者のことをよく見ているなんて言われることもよくあった。

アタシにしてみればみんなが手助けしてくれるもんだから、正直頼もしく思っていたし、それぞれ尊敬していたし、いっぱい礼を伝えたりもした。

それで自分を情けなく思ったことはあったけど、でも彼らの力を羨ましいと思ったことはない。


屋敷の外でも、バイルエイン領都の商会職員に鍛冶屋の職人達、巡視で訪れたことのある農村とも、仲良くしていたつもりだ。

もしアタシのために何かしてほしいと頼んだら…きっとできる限りのことをしてくれていたんじゃないかと思う。

つまりそれが…アタシの力だったっていうことなんだろうか…?


「己が何者か、少しは見当が付いたか?」


不意に、父上がそんなことを聞いてきた。

はっきりとは分からない…でも、不思議と何かが腑に落ちるような、そんな感覚があった。


「なんとなくではありますが…これまでアタシは、それを無自覚に使っていたっていうことは分かりました」


それを聞いた父上は、フフっと笑い声を漏らす。


「お前らしい返事だ。今後は意識せよ。それを己が力として、適切に振るうと良い。それから、あまり心配はしておらんが、くれぐれも人を都合の良い道具と考えるな。それは必ず見透かされ、反感となる」


他人を道具に、か。

そんな風には思えないだろうな。

でも、父上が危惧されていることの意味は分かった。


「はい、父上。十分に気を付けます」


アタシが答えると、父上は満足そうに頷いてくれた。

そして、アタシの目をじっと見据えて、言葉を継いだ。


「良く成長したな、ティアニーダ。お前はガルイードやエルデールと遜色のない、我が家の誇りだ」


まるで、ギュッと心臓を掴まれたような感覚だった。

いつの間にか収まっていた感情がまた膨れ上がって、涙になって零れてくる。


これまでだって、同じような言葉はたくさん言ってくれていた。

でも心のどこかでは、それが口先だけのものなんじゃないかって感覚があった。

けど、今は違う。

父上は、アタシのことをちゃんと見ていてくれたんだ。

アタシを育てるために、必要な手当てをしてくれていたんだ。

本当に、心からアタシのことを誇ってくれているんだって分かった。

そのことが嬉しかったし、なんだろう、すごくすごく、安心した。

まるで水の関を切ったみたいに気持ちが流れ出て、アタシはそれからしばらく泣き止めなかった。

父上はワインを飲みながら、そんなアタシのことをじっと待っていてくれた。


「それで、だな」


どれくらい経ったか、アタシが散々に泣き終えたあと、父上はそう話を切り出してきた。


「はい、すみません、父上」


アタシは手巾で涙をぬぐいつつ、父上の話を聞く姿勢を整える。

そんなアタシの様子を確かめた父上も、どこかホッとしたような表情だった。


「帥、という話だ」


…そう言えば、そうだった。

アタシが人を扱う…率いるのがうまいんだってことは分かった。

でも、帥ってことは、要するに総指揮官みたいなことだろう。

そんな真似がアタシにできるのか、それこそ全然分からない。


「お前はこれまで、我が家に相応しい存在であろうとして誇り高い騎士になろうとしていた、そうだな?」


父上の言葉に、アタシは頷く。


「しかし、お前は誇り高い騎士でなくとも、我が家の誇りだということは理解したな?」

「はい」


アタシはそう応じてもう一度頷く。

ほんの少しだけ頬が緩んでしまうような、そんな心地がした。

そんなアタシに、父上は続ける。


「では、誇り高い騎士などというものに執着する必要はない、違うか?」

「違いません、父上」


名残惜しいという気持ちがないと言えば嘘にはなる。

憧れがないかと言われればそれも嘘だ。

でも、アタシにはアタシの役目があると分かった。

それはアタシにとってはもっとずっと大切なものだ。


アタシの返事を聞いた父上は力強く頷いて、


「では、今のお前なら、ヒルダナ男爵領を守るために何をした?」


と投げかけてくる。


その問いかけに、アタシはまるで目の前が切り開かれたような、そんな感覚を覚えた。

そんなこと、考えもしなかった。

アタシは…家族に認めてもらいたくて誇り高い騎士であろうとしていた。

そのことが、アタシ自身の選択肢を奪う結果になっていたんだ。


「どんな手を使ってもよろしいのでしょうか?」

「考えるだけなら幾らでも構わん。ハイラの盤上に火を放つくらいの意気込みで考えてみよ」

「…分かりました…もし火を掛けるなら、丘陵のはざまに誘い込んでからの方が効果が高いのではないでしょうか?」


じっくり考えたわけでもないが、思い付きでそう答えてみる。

父上は、ふむ、と一声唸って考えるような仕草を見せてから、


「具体的にどうする?」


と聞いてくる。


「本当に、ただの思い付きですが…」


アタシはそう断りを入れてから、自分の頭の中に浮かんでいた案の説明を始めた。


「木材に油をしみ込ませた藁束を括りつけて、それを両側の丘の上から転がして落とします。木材が隊列を直撃したのを確かめてから一斉に火矢を放って…火の回り具合いを見計らい、敵の指揮官隊に騎馬隊を突っ込ませる…という感じでしょうか。うまくいけば、わずかな時間で済ませられると思います」

「少々大掛かりに過ぎないのではないか?手数が足りんようにも思うが…」

「あの日は、ヒルダナ男爵の私兵団から工兵隊が五十名ほど応援に来てくれました。この策を実施すると事前に決めていれば…弓兵隊の応援も願うことができたと思います」

「なるほど…木材を落とすことと、火を掛けることを男爵家の兵に一任できれば、お前の二百は自由に扱えるな。それなら、うまく行ったかもしれん」


父上は、そう言ってくれた。

軍務のことで、しかも作戦立案の部分で認めてもらえるなんて、今まで一度だってなかった。

そのことだけでも、アタシは嬉しくなってしまう。


「何か付け加えるとすれば、失敗したときのことだな。丘陵地の深くまで敵を引き入れれば、失敗した際に次の手が打ちづらくなる懸念がある。立案する際には最悪の状況と退路を必ず考慮に入れておけ」

「はい、気を付けます」


アタシがそう返事をすると、父上はまた満足そうにして頷いた。

そして、


「力量は十分だな」


と呟くように口にしたと思ったら、とんでもないことを言い出した。


「ノイマール攻略の総指揮はお前が執れ、ティアニーダ」

「総指揮…!?アタシが…!?い、いくらなんでも、さすがにそれは…」

「お前ならやれよう。もちろん、俺が後見するが、これは一人前と認められるための試練と思え」


父上の最後の言葉に、アタシは思わず息を飲んでしまった。

一人前になる。

それは、アタシのたっての願いだった。

家族に認められるために欲しかったもの。

父上に自分のことを気付かされ今では、それを欲しいと思っているのかどうかは分からなかった。

でもたぶん…アタシには必要なくても、我が家にとっては大事なことだろう。


「……分かりました、父上」


アタシは両の拳を固く握ってそう答えた。

ジッと父上を見やる。

そんなアタシに、父上は大きく頷いて言った。


「よし…それでは、総指揮官、ノイマール攻略の計略を練るとしようか」




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