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南部四領

周辺図

挿絵(By みてみん)

南部地図

挿絵(By みてみん)




行軍開始から4日目。

晴天が続き、今日も空は青く晴れ渡っている。

風は冷たくなっては来ているが、それでもまだ冬本番のそれとは違って身を切るように感じるほどのものではない。

ただし、朝晩の冷え込みは少々辛くはなっている。

兵達には就寝直前に焚火で石を温めさせ、それを懐に入れて寝るようにと伝えてもらっていた。


ノイマールの秋は、気候が比較的穏やかだ。

冬になると北部では雪が降り、中部から南部に掛けては降雪こそほとんどないものの、気温がとても低くなる。


春先も秋と同様に比較的落ち着いているが、秋ほど長くは続かない。

夏が近づいてくると長雨が続き、水害に悩まされる。

そんな長雨は夏になっても降り続くこともあるし、逆にぱたりと降らなくなり日照りが続きすぎることもあった。


そんな気候のノイマールは、国土全体が山地だ。

開けた場所に大規模な農地を作るということが難しい。

山間の僅かな平地や、山の中腹の比較的なだらかな場所を探してそこで作物を育てざるを得なかった。

それも水利がある地域でのみ、だ。

そんな僅かな農地でさえ、夏前の長雨で水害があれば一面が押し流されてしまうなどということも珍しくなかった。


父様が水利に関する提案を固辞したのはそう言った背景がある。

川底を浚ったり堤を強化したりすることで水害を抑える、川の流れや水路を整備して今まで農耕が難しかった地域を農地に変える。

そうすることで、少しでも土地を豊かにできるようにと考えていたのだ。


それはともかく、今の時期は進軍するには寒さにこそ注意しなければならないが、逆に言えばそれ以外には懸念すべきことはほとんどない。

ディットラー領都を出てからは概ね順調で、二頭の狼の旗を掲げた私達の部隊は、ついにティサナ領へと足を踏み入れていた。


「山ばっかりだけど、思いの他、登り下りがなくて助かるな」


私のすぐ横に並んで馬を歩かせていたティアが、それでも両肩を動かすようにしながらそんなことを口にする。


「そういう道筋が街道になった、という方が正しいな。それ以外の場所は登り下りが多すぎて、往来はおろか立ち入るのも難しいところすらある」

「なるほどな…地形的には、待ち伏せとかには気を付けないとな」

「あぁ、その通りだ。街道とはいえ狭路になる箇所も少なくない。隊列が伸びたところを挟撃されるという恐れもある」

「だろうな…斥候にもう少し人を割いた方が良いかもしんないか」


私の言葉に、ティアは思案顔を浮かべて腕を組んだ。

山が多いことはノイマールが豊かになるためには足枷ではあるものの、守備という点を考えるならむしろ長所でもあった。

領都や王都は比較的平坦な土地に造られていることが多いものの、そこに至るまでの防衛拠点は地形を利用して要塞化されたものがほとんどだ。

この南側のザルダー街道にはそう言った拠点はないが、ゴルダ伯領から王都へ向かう軍道と、バイルエイン伯爵様が侵攻する中央街道には、関所を兼ねた防衛拠点が置かれている。

私達もゴルダ領の救援を果たしたのちには、その攻略法を考える必要があるかもしれない。


そんなことを考えていると、不意に前方から一騎が進行方向に逆らう形でこちらに戻ってきている姿が目に入った。

ティアもそれを認めたようで


「ん?」


と声を漏らす。

近付いてきたその騎兵は、どうやらミーア配下の情報隊のようだ。


「ティアニーダ様にご注進です」

「そのままで構わない。どうした?」

「はっ。前方に目的地の村が見えましてございます」

「そうか、良く知らせてくれた」


そう言ったティアは、今度は私に視線を送ってくる。

その意図はここ数日同じようなやり取りが繰り返されてきたこともあって、すぐに理解できた。

私はティアに頷き返すと、傍らに付いていた私の補佐役であるバイルエイン家の士官の一人に


「状況の確認に行く。第二部隊に先行するよう指示を頼む」


と伝える。

士官は


「はっ」


っと頼もしい返答をするなり、馬の腹を蹴って隊列の先頭に向けて駆け出して行った。

その後姿を見送ってから


「ティア、今夜は村で休むのだよな?」


と確認する。

この先の村は、小規模ではあるもののそこそこ開けた土地にあって、かつてオルターニアへ侵攻した際には軍の一部が野営地の一つとして利用していた。

村の状況次第ではあるが、今回もそこで部隊を休ませることになっていた。


「あぁ、その予定だ。今後のこともあるし、一度方針を確認したい」

「承知した。では、その旨を含めて抑えることにしよう。確認が取れたら伝令を送る」

「了解。それまでは、少し速度を落として進ませるよ」


私はティアとそんな簡単な打ち合わせだけを済ませて、エリクとベアトリスとともに本隊を離れた。

隊列の先頭近くではすでに第二歩兵部隊100名が、新たに任じられたソランという若い士官に率いられて輜重隊の荷馬車に分乗しているところだった。


「ソラン、状況は?」

「はっ、ノーフォート様。滞りありません。間もなく準備完了いたします」

「承知した」


そう返事をして兵達を見ると、確かに言葉通り手際よく準備が進んでいる。

このソランという士官、ディットラー領で出撃準備をしている際には手間取っていたらしいが、兵の扱いは悪くないようだ。

もしかすると、事務的な手続きや物資の管理といった方面には不慣れなのかもしれない。

ほどなくして、ソランから分乗が完了したとの報告がある。

それを聞いて私は前進を命じた。


街道をしばらく進むと、前方に村…というより、小さな集落が見えてきた。

あの村はこのあたりの街道の管理を任された職人達が住む場所で、宿場ではない。

住んでいるのも、以前は4,50人程度だった。

しかし、このあたりはすでにサラテニアの勢力圏内に取り込まれているはずだ。

住民たちがどうしているのかは、見てみないことには分からない。


「エリク、兵達に準備をさせてくれ」

「はい、アレクシア様」


声を掛けたエリクはそう応えを返すと、荷馬車の方へと馬を向けてソランと打ち合わせを始める。

ソランはすぐに馬車から兵を展開させ、四列の縦陣に並べさせた。


「ノーフォート様、準備整いました」

「承知した。前進させてくれ」

「はっ!第一隊、前進!」


ソランの指示を聞くや、四列に並んだ部隊のうちの二列が前進を開始した。

騎乗している私とエリク、ベアトリスに補佐官の二名と伝令二名がそのあとに続き、残りの二列が私達の後方に付き従う。

村はもう目と鼻の先だ。


さすがに、村の方でも私達の接近に気付いている様子で、あわただしく人が行き交い始めた。

ほどなくして村の外に中年の男が数人姿を現す。

一見すると、武装はしていない。

しかし、油断は禁物だ。

私は腰に提げた剣の留め紐を解きつつ、さらに村へと接近する。


先行する歩兵隊の指揮を執っていたソランが男達に声を掛けたようだ。

男達は、特に害意があるように見えない。

怯えた様子ながら、丁寧にソランに対応している。

やがて、ソランが傍にいた兵に声を掛けた。

その兵は小走りに私達のところへとやってくる。


「ノーフォート様、村に事情は説明しました。抵抗の意思はないようです」

「承知した。エリク、後ろの隊を使って村の周囲を確認してくれ」

「承知しました」


私の指示を聞いて、エリクは後方の部隊へ馬を向けた。

私はベアトリス達と一緒に馬を進めて、ソランのところに合流する。


私の姿を見た村の男達は、身を竦めてかしこまったような様子を見せた。

そんな彼らを刺激しないよう、私は下馬して


「騒がせてすまないな」


と声を掛ける。


「私はアレクシア・ノーフォート。元は西隣のノーフォート領を治めていた家の者だ」


私がそう名乗ると、男達はハッとした様子で互いの目を見合わせた。


「すると…ジキュエール・ノーフォート様のご親族さまでしょうか?」

「あぁ、次女だ」


私がそう応じると、男たちはほんの少し肩の力を抜く。

治水や開墾を中心に土地を豊かにしようとしていたのが父だ。

そのおかげで、父様は民からはある程度慕われていた。

彼らは農民ではないが、その辺りのことは伝わっているのだろう。


「サラテニアに領地を奪われてからは、オルターニアで世話になっていてな。今はオルターニアの軍の一部を任されている」


そう伝えつつ、私は兵達に頭を振る。

それを認めたのか男たちはさらにホッとしたような顔をみせた。


「このあたりの領地はサラテニアに売られたと聞いておりました。王からの命に背いたティサナ様も、どこぞに身を隠されたと噂になっております」

「ティサナ様もか…その方達はティサナ様の雇われか?」

「はい、ティサナ様より街道の整備を仰せつかっておりました」

「そうか。ならば問題ないだろうが、念のために村を調べさせてもらえるか?」

「はい…構いませんが」


私の言葉に、男達は少し不安げだ。

まぁ、完全武装した兵士に調べられる、と言われれば誰だってそうだろう。


「なに、今夜一晩、村の傍で休ませてもらいたいだけだ。掠奪や乱暴はさせない。案内役を頼めるか?」

「はい…承知しました」


私の言葉に、男達は頷いた。

それを認めた私も彼らに頷いて返す。


「ベアトリス、ソラン。兵を分けて、村の中を確認してくれ」

「了解、任されたわ」

「承知しました」


私の言葉にそう応じたベアトリスとソランが、すぐに兵達をいくつかの分隊に分け始める。

その様子を見つつ、今度は伝令にティアのところに「順調だ」と伝えるように指示を出した。

伝令の兵を見送ってから、鐙に足を掛けて馬に跨る。

村を抜けた先に、ちょっとした広場がある。

野営をするならその場所だろう。

私は馬の腹を軽く蹴って、村の中へと進んだ。




*   *   *




空が茜を過ぎて、深い紺へと色を変えつつある。

チラチラと微かに星々が瞬き始め、空気も一段と冷えてくるように感じた。

そんな夜空の下、兵隊は天幕を広げ、火を焚き、来るべき夜へと備えている。

私自身も、そんな中の一人だった。

天幕こそミーアの配下達が手早く準備してくれたものの、延べ金で作られた簡易の暖炉に自分達で火を入れ、出立前にティアに備品として与えられた厚手の外套を羽織っている。

この外套、外には羊の革、内側には羊毛がびっしりと縫い込まれた代物で、相当温かい。

少々重いのが玉に瑕だが、それでも寒さをしのげるのなら苦にはならなかった。


村の中を一通り確認し武器の準備がないこと敵兵が隠れていないことを確かめ終えたときには、ティア率いる本隊が村に到着した。

本隊は先行した私達を吸収しつつ村を通りすぎ、その先にある平地、つまりこの場所にとどまり陣を敷いた。

エリクとベアトリスと共に一通り見回りを終えたが、特に大きな問題はなさそうだった。

歩兵部隊の第三隊に不寝番を命じ指令班の天幕に戻ると、すでにティアとミーア、バイルエイン家のバーナット、士官のソラン等、この遊撃軍の指揮を担う者たちが集まっていた。


「すまない、遅くなったか?」

「いや、平気だ。みんな寒くて、中に入って来たがっててな」


ティアがそう言うと、バーナットがガハハと笑い声をあげる。


「申し訳ありませんな、ノーフォート様。歳のせいか、どうにも寒さだけには弱い口でして」


そんな朗らかな様子に、なんだかホッとしてつられるように私も思わず笑顔を浮かべてしまっていた。


「なるほど、そうでしたか。実は私も寒さは苦手なので、お気持ちはお察しいたします」

「女性ならばそういう方も多いことでしょう。お体に触りあるやもしれません、温かくなさいませ」

「ええ、ありがとうございます。ティアにもらった外套が重宝していますよ」


そう言ってティアに視線を向けると、彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。

そんな私達に、ミーアが温かいお茶を出してくれる。


「アレクシア様、おかけください」

「ああ、ミーア殿、感謝します」


私は、丁寧に対応してくれるミーアにそう言って礼を取る。

ミーアはすまし顔を微かにヒクつかせつつ、私に答礼してイスを引いてくれた。

そこに腰を下ろすと、すぐさまソランが


「ノーフォート様、ノイマールというのは毎冬、このように冷えるのでしょうか?」


と声を掛けてきた。

寒そうにしている様子は見えないが、それでも彼は身を竦めるようなしぐさを見せつつ私にそう聞いて来る。

そんな様子に、私は思わずエリクと顔を見合わせて笑ってしまった。


「ソラン、ノーフォートの冬はこの程度ではない。まだまだ序の口…来月、再来月ともなれば、さらに寒さは厳しくなる」

「まさか、今以上に寒くなるのですか?」

「あぁ、しかしそれでもこの南部はまだ暖かな方だ。北部では大雪が降って街道がふさがれ、身動きが取れなくなってしまうこともある」

「街道がふさがれるほどの雪、ですか…ちょっと、想像できません…」

「身の丈よりも深く雪が積もるのだ。北部に領地を持つ貴族家の私兵団は、そのたびに雪掻きに駆り出されていたものだ」


そう、我が家ノーフォート家も、かつて王都の北側に領地を持つ家だった。

雪かきの指揮には、戦の指揮以上に自信があるくらいには経験がある。


「オルターニアでは、そんなに降らないのか?」


私がティアに視線を向けて聞いてみると、ティアは肩をすくめて


「うっすら積もるくらいに降ることはあるけど…そのそも、冬は雨も少なくて空気が乾くくらいだからな。雪かきが必要なほど降るなんてことは珍しいよ」


と教えてくれる。


「なるほど…それだけでも、羨ましい限りだ」

「いや、それはそれで大変なんだぞ?それこそ野戦をしたヒルダナ男爵の領地は、空気が乾いて野火が起きたりすることもあったんだ。昔、大規模なのがあって、ウチにも協力要請が来て私兵団を向かわせたくらいだ」

「なるほど、野火か。確かにそれはそれで由々しき事態だな。ノイマールでは夏場に小規模な山火事が出ることがあったくらいだ」

「なるほど…何事もなく易い土地、というのはそうそうないということですね」


私とティアの話に、ソランが何やら感心した様子で頷いた。

そんな彼を見て、なぜだかティアがクスクスっと笑い声をあげる。

そのことを不思議に思っていると、不意に気配があって天幕の入り口が開いた。


「ティアニーダ様、遅れまして申し訳ございません」

「申し訳ございません」


そう言って入ってきたのは、工兵隊を指揮している士官の男達だった。


「あぁ、気にするな、皆、外を寒がってここに集まってきただけだからな」


ティアがそう言うと、バーナットやソランが笑い声をあげる。

工兵隊の士官達はその様子にホッとした様子だ。


「それよりも、備えの方はどうなった?」

「はっ、ご命令通り、周囲の防御柵と簡易の物見台の設置を終えました」

「そうか、さすが仕事が速いな」


ティアがほめると、二人は恐縮した様子で頭を下げる。

そんな彼らにミーアが席を勧め、腰かけたのを確かめたティアが天幕の中をぐるりと見まわした。

それから、軽く咳ばらいをすると


「よし…これで揃ったし、そろそろ始めようか」


と宣言する。


先ほどまでののんびりした空気が、少しだけ引き締まるような雰囲気に変わった。


「まず、ミーア。“夜鷹”からの報告を共有してくれ」

「はい、ティアニーダ様」


そう話を振られたミーアは、懐から紙束を取り出してそれに目を落とす。


「まず…サラテニアに制圧された南部四領に関する報告でが、ティサナ領、ハラック領、ミザエル領、ノーフォート領については、出撃前の情報と大きく変わりはないようです。新たな動きとしては、我々の進軍の情報を得たようで、ミザエル領からサラテニア本国へ伝令が出たとのこと。


次に、この先の侵攻路サルダー街道周辺の状況報告です。南部四領を抜けてザルダー川を渡った先にあるソトス領については、中立として領内に兵をとどめたままです。さらに途上にあるファスター領、バサラ領は、すでにジキュエール・ノーフォート子爵様と共に解放軍としてゴルダ領に派兵しているとのこと」


そこまで話したミーアが、私に視線を向けてきた。

何を問われているか、なんて、聞くまでもない。


「ソトス家は子爵位で、任されている領地は小さく兵の規模は多くても一千程度だろう。旗色を表に出していないと聞けば優柔不断にも思われるかもしれないが、思慮深い方だと記憶している。あえて中立を宣言されたというのなら、そうする方が王政支持派を牽制できるとお考えになっているのかもしれない」


私がそう伝えると、再び皆が思案顔になった。

それを見たミーアが報告を再開する。


「最後に、ゴルダ領周辺の報告になります。ゴルダ領には、ゴルダ領主家、ノーフォート家の私兵団の他、先にも言及しましたファスター領、バサラ領の兵が合わせて二千程度駐留しております。それに対して、王政支持派の貴族家が差し向けた軍三千から四千程が対峙しているとのこと。ゴルダ領都は城郭都市ではなく守りに向いていないとのことで、王都へ続く軍道の要所を固めているようです」


「王政支持派…ノイマールの王政支持派の軍は二千程という話だったと思うのですが、増援があったのでしょうか?」

「はい、王都を固める部隊の一部が合流したのではないかとみています」


ソランの問いにそう答えたミーアは、それから一呼吸おいて天幕の面々の顔を見回した。

一同がそれぞれうなり声をあげている様子を見て


「報告は以上です」


とティアに声を掛ける。

すると満足そうに頷いたティアが口を開いた。


「以上の通りだ。まず、この先のサラテニアに制圧されているこの南部四領をどうするかを話し合う。各々、思うところあれば自由に発言してくれ」


ティアに促され、士官達がそれぞれに考え込むような姿を見せる。

そんななか、一番に声をあげたのはバーナットだった。


「サラテニア本国へ伝令が出たというからには増援が出張ってくるという可能性は捨てきれませんな」


幾人かの士官も、それに頷いている。

ノーフォート領は一万五千のサラテニア軍に包囲されたと聞いているし、他の領地にも同等の規模の軍が派遣されていたとすれば、サラテニアはまだ本国に四万か五万程の兵力を要している可能性がある。

その一部でもこちらに向かってこられると、厄介なことになる、か…


「…しかし、ヒルダナ男爵領での会戦で、サラテニア軍部の有力者を討ち果たしていますし…しばらくは身動きを取れないのでは?」


そう意見したのは、ティアの配下のジーマだ。

彼はあの野戦での戦果を把握している。

身代わりでも立てられていなければ、サラテニアの将軍やその側近の幹部は包囲殲滅した。

軍としての機能をある程度奪ったというのは、間違ってはいない。


「その…代わりの指揮官が立って、軍を率いてくるということもあるのではないでしょうか?」


そう疑問を呈したのはソランだ。

しかし、その言葉を聞いて、バーナットがハッとしたような表情を浮かべる。


「いや…すぐに指揮官が立つということは、あまり考えられんかもしれん」

「バーナット様、それはどういうことでしょうか?」


ソランの言葉を聞いたバーナットは、チラっとティアに視線を送る。

それにティアが頷いて返すと、彼は改まってソランの他、若い士官達に視線を向けた。


「サラテニアという国は連邦制だ…各地の貴族家の影響力が強く、王家はその間を取り持つような存在のはず。軍の要職者がまとまって戦死したとなると、しばらくは後継を巡って各貴族家間で政争や調整が起こっても不思議ではない」


バーナットはそう言うと、ミーアに視線を投げる。


「ミーア殿、サラテニア本国には入っている“夜鷹”からの情報は?」

「伯爵様直下の班ですので、今のところ新しい情報は入っていません。最後に入手した情報ですが…先のヒルダナ領での敗戦以後、糧食や武具の徴発をするなど再軍備を進めようとする動きを始めた、というところまでは把握できています」

「では、サラテニア軍が駐留している三領への補給の状況はどうかな?」

「それに関しては掴んでいます。直近の様子ですと、十日に一度、各領都に糧食の搬入が行われているようです」

「…なるほど…兵站はある程度機能しているか」

「敗戦後も再軍備を進めているという話と合わせると、軍全体が指揮喪失の状態に陥っているというわけでもないでしょう。迂闊な動きを見せるのは危険かと」

「その通りかと思います。むしろ、連邦制で貴族家に力があるのだとすれば、地方指揮官は一部の軍を掌握できているという可能性も捨てきれないのではないでしょうか?」


ミーアとバーナットのやり取りを聞いて、他の士官達も口々に意見し始める。


「かといって、四領の領都を抑えるのも無理があるのではないですか?」


そう声をあげたのは、ソランだった。

全員の視線が彼に注がれる。


「我らは二千。仮に各領都にこもるサラテニア軍を排除できたとしても、その維持は難しいと思います。これがサラテニアからの再侵攻を防ぐためならその手も選択肢の一つではありますが、我らの主任務はゴルダ領と解放軍の救援です。それを成せなくなってしまうようなら、本末転倒ではないでしょうか」


彼の言葉に、一同がうーん、とうなり声をあげた。

ソランの意見はもっともだ。

追撃を気にしつつ進軍するのは危険を伴うが、まずはゴルダ領への救援を急ぐべきだし、ゴルダ領まで至れば、その先の王都までは目と鼻の先。

そちらの展開の方が、私にとっても都合が良い。


「私もソランの意見に同意だ。今我々が成すべきは、解放軍の救援だ。サラテニアはその途上の石に過ぎない。サラテニア本国から増援があったとしても、前に進むことが優先だ」

「しかし、それでは退路が塞がれ兼ねませんぞ?」


そう意見したバーナットに頷いてから、私はテーブルの上に広げてあった絵図を指さした。


「このサルダー街道が塞がれたとしても、まだ王都から東へ続く中央街道があります。解放軍救援のあとは、ノイマール王都へ上るための軍道を進み、そこで伯爵様の率いる本軍と合流する。退路があるとすれば、そちらです」


そう告げると、バーナットはまたうーんとうなり、それからふと視線をティアに向けた。

彼に見つめられたティアも、少し複雑そうな表情をしている。


「…確かに、アレクやソランの言うことはもっともだ」


ティアは何かを考えながら、といった表情でそう口にした。

それからほんの少し間をおいて、私にジッと視線を向けてくる。


「…けど、アレク。それだと、ノーフォート領の奪還は後回しになるぞ?」


そう聞いてきた彼女の顔には、私を気遣うような、反応を伺うような、そんな色が浮んでいた。

そんな彼女に、私は頷いて返す。


「気遣いはありがたい。だが、まずは解放軍を救援し、ノイマール王を排除することが先決だ。ミーア、駐留しているサラテニア軍が、領民に弾圧を加えているようなことはないのだよな?」

「えぇ、今のところは落ち着いているようだけど」

「それなら、急ぐことはない。今の私はオルターニア預かりの身で、まずは我が家や我が領地よりも、オルターニアのためになることをするべきだと思っている」


私の言葉に、ティアはほんの少し表情を苦し気に歪めた。


「本当に良いんだな?全ての領都を解放して抑えることはできなくても、せめてノーフォート領都だけでも取り返して、親父殿に多少の兵を送ってもらうよう頼むことくらいはできなくもないんだぞ?」


彼女のその言葉は、文字通り私の真意を問いただすような、そんな口調だった。

しかし、私の想いは決まっている。

そもそも、今のノーフォート領には大きな思い入れがあるわけではない。

生き残っていた主だった兵や臣下、その家族達はすでにバイルエイン領にいる。

あの場所は…我が家があの男に押し込まれた場所に過ぎないというのが、正直なところだ。

そして、私の目的もまた領地の奪還ではなく、あの男なのだから。


「構わない。そのために兵力を割くくらいなら、まずはノイマール打倒に回すべきだろう?」


私がそう応じると彼女はややあって大きくため息を吐き、天幕の面々を見回した。


「…よし、分かった…南部四領のサラテニア軍は無視して前進する。ただ、部隊の後方に監視用部隊を置いて、追撃を警戒させよう。今のサラテニア側にしてみれば、制圧したこの南部四領の防衛のための兵を出すことはあるかもしれない。さすがにノイマール支援を目的にした軍を寄こすとは思えないけど、万が一追跡されてゴルダ領でノイマール貴族軍とサラテニアに挟まれる、なんてことにはなりたくないしな」


「監視の任であれば、足の速い我らが」


そんなティアの一声に、ジーマが挙手して立候補する。

ティアは彼に頷いて返した。


「あぁ、頼む。30騎ほど連れて後方警戒に着いてくれ。追撃があっても交戦はするなよ。それから…工兵隊も100人ほど人を出してくれるか?」


「はっ、我らですか?」


ティアの声かけに、工兵隊士官のタドルという大柄な男が反応する。


「そうだ。別途、数人ミーアの配下も付ける。万が一追撃があった際に備えて、道々に仕掛けを施して欲しい」

「おぉ、なるほど。そういうことでしたらまさに我らの腕の見せ所ですな」


タドルがドンと厚い胸板を叩くと、ティアは人懐っこい笑顔を浮かべて見せた。


「うん、頼りにしている。輜重隊、工兵隊と物資の類を運搬する荷馬車と御者を選定しておいてくれるか?」

「承知しました」


次いで、輜重隊を率いるサディンにも声を掛け、彼は端的に応じて頷いて見せる。

それから、ティアは改めて天幕の士官達を見回して口を開いた。


「他に意見や提案がなければ、今夜はこれで終わろうと思う。明朝は打ち合わせ通り夜明けには出立することになる。みんな、頼むぞ」

「はっ!」


ティアの言葉に、一同がそう声を発して立ち上がり、天幕を後にしていく。

ティアはイスに腰かけたまま、テーブルの上に広げられた絵図に視線を落とし、何やら考え込むような様子を見せていた。


ティアは、私がノーフォート領を取り戻したいと思っていると考えてたんだろうか。

先ほどの確認も、もしかしたら私への気遣いだったのかもしれない。

進軍を提案したことは、そんな彼女の想いを無下にしてしまったような気がして、私は声を掛けようかと僅かに逡巡してしまう。


しかし、そんな私に


「アレクシア様、不寝番についてなのですが、少々相談が…」


とエリクが声を掛けてきた。

私はハッとしてエリクに視線を向ける。


「あ、あぁ、分かった」


私はエリクにそう返事をしてから、もう一度ティアに視線を向ける。

しかし、ティアは相変わらず絵図に視線を落としていて、考え事をしているようだった。

そんなティアの代わりに、彼女のすぐ傍らにいたミーアと視線がぶつかる。

彼女は小首を傾げつつ、肩を竦めて微かに笑みを返してきた。


大丈夫、ティアは任せて。


言葉にこそ出ていなかったが、ミーアはそう伝えたいのだというのが感じられる。

私は彼女に頷いて返すと、彼女もまた私に小さく頷いてくれた。


ここはミーアに任せることにしよう。

私は自分の胸の内に沸き上がっていたティアへの想いをひとまず振り払って席を立った。




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