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アレクシア・ノーフォート

周辺図

挿絵(By みてみん)




「い、今…なんと…?」


父様が愕然とした表情でそう言葉を漏らした。

目上に対してその言葉を問い直すというのは、本来なら避けるべきことだ。

普段の父様なら、まず絶対にしない行為だろう。

しかし投げつけられた辞令を聞いて、さすがにそうせざるを得なかったようだ。


ここは王城にある謁見の間。

玉座には陛下が腰掛け、その下座には父様が跪いている。

私は玉座から少し離れたところに立たされ、その様子を見守っていた。

陛下は睥睨するような目で、父様を見下ろしている。


「転領せよ、と申した」


陛下は端的にそう言い直した。

その言葉に、父様の表情が強張る。

父様だけじゃない、私もだ。


今日のこの場は、私が側女となったことで、国政から外された父様に恩赦が与えられる場のはずだった。

少なくとも、事前にそう伝え聞いていた。

だが実際に陛下から下されたのは、そんな扱いとは真逆の取り扱いだった。


「宰相」


陛下は面倒そうに表情を歪めつつ、傍らに控えていた初老の男、新たに宰相に任じられたジムナン公爵にそう声を掛ける。

公爵は陛下に頭を下げ、懐から取り出した皮紙を広げた。


「ノーフォート子爵家に転領を命ずる。転領先は現バーンリー男爵領」

「我が家に、国境の守りを務めよということでしょうか?」

「その通りです、子爵閣下」


父様の問いに、宰相はそう答えて頷いた。


「わ、我が家は子爵家。国境を守るには人も金も足りません」

「その辺りは、子爵閣下の裁量で如何様にもなりましょう。何せ子爵閣下は陛下のご意思に異を唱えられるほど内政がお得意のようであらせられますから」

「それは国が為、陛下の御為を思ってのこと!陛下に反意するものではありません!」


父様がそう声をあげる。

しかし、それを聞いた宰相は口元をニマリとゆがめた。

陛下も苦笑いを浮かべて首を横に振る。


「お、お待ちください、陛下!」


そんな状況で声をあげるなという方が難しい。

私は自分でも抑えが聞かずに、気付けばそう声を張り上げていた。


「その件については、私が陛下の側女となることでお許し頂けたのではないのですか!?」


私の言葉を聞いて、宰相が陛下に視線を送る。

それを受けてなのかどうか、陛下はふん、と鼻で笑った。

そして、下卑た視線を投げかけながら口を開く。


「アレクシア・ノーフォート。その方は、我に沿おうとしたか?」


その言葉と、陛下の視線が、私の全身を縫い留めた。

反論が…言葉が継げない。

陛下に沿おうとはしていない。

陛下をお支えしようとも、お力になろうとも思っていなかった。

私はただ家と国のために体を捧げる…そうとだけしか考えていなかった。

考える必要があるとも思わなかった。

しかし…しかし、私は…


「アレクシア・ノーフォート。その方は、子爵家に反意なしという証立てのためにここに来たのではなかったのか?」


そう、それが私の役割だったはずだ。

本来なら私は陛下に寄り添い、陛下をお支えしなければならなかった。

しかし私はそうしなかった。

できなかった。


「答えよ、アレクシア・ノーフォート。その方は、我に沿おうとしたか?」


陛下の言葉が、頭上から降り注いでくる。

私は喉が詰まるような感覚を覚えつつ、その問いに答えた。


「いいえ…しておりません」


そう答えて顔をあげると、そこにはこちらを見下すようなニヤついた顔で嗤う陛下がいた。


「そうであろう。このような女を寄こしたノーフォート家が、忠を尽くす家だ誰が思うのか?」


陛下はそう言って、父様に視線を向ける。

父様は、黙って頭をさげた。

唇を噛み締め、拳を握り、それでも陛下に対して謝意を示している。


そうだ、これが答えだったのだ。

陛下には、私が陛下をお支えする意思がないことなど分かっていたのだろう。

私に甘い言葉を掛けるでもなく、支えて欲しいと声を掛けるでもなかった。

居ても居なくても気に留めないようなふるまいだった。

それでも私に夜伽を求めた。

すべては、私が陛下へ寄り添うような姿勢を僅かにも抱かないようにするためだ。

そしてそれは、ノーフォート家が、陛下に忠を尽くす家ではないという証立てとなった…


「転領には時間が掛かろう。完了までには時間を与える…そうだな、二月後までには、男爵家より引継ぎを終えよ」

「はっ………ご配慮、痛み入ります」


父様が絞り出すような声色でそう応じる。

それを聞いた陛下の表情に、さらに喜色が増したように感じた。


「それから、アレクシア・ノーフォートとは離縁する。自領に戻る際には連れて行け」

「はっ……」


陛下の…現王の言葉に、父様は再度そう応じて頭を下げた。

それを見て満足そうにした現王は玉座から立ち上がると私に一瞥をするでもなく、宰相を引き連れ軽い足取りで謁見の間から姿を消す。

謁見の間には近衛の兵を除いて、怒りに震える父様とあまりのことに茫然とする私だけが残された。


最初から、あの男の思惑通りだったのだ。

父様を疎んで国政から遠ざけ、戻りたいのなら娘を寄越して忠を示せと要求する。

そんな経緯で側女となった私が、あの男に敬意や思慕の情など持つはずもない。

そして、そんな私を側女に献上したことを咎めて領地を取り上げ辺境に押し込む。

ノーフォート家は、もはやノイマール国内では完全に立場を失った。

もし次に何か失態があれば、取り潰しの扱いになっても不思議ではないくらいだ。

…それも、あの男の狙いかもしれない、か。


「父様…私の誠心が足りなかったのが原因です…申し訳ありません」


私は、傅いたまま硬直していた父様の傍に歩み寄って、そう頭を下げた。

そんな父様から聞こえたのは、叱責でも慰めでもなく、嗚咽だった。


「アレクシア…すまない…こんなことのために、お前を傷物にさせてしまった…」


父様は、涙を流しながら私にそう言い、私以上に頭を下げて来る。

私はそんな父様の両肩に手を掛けてその場に立ち上がらせた。


「いいえ、そのようなことは気にしていません…ただ、このようなことになり…悔しいです」


そう言葉にした瞬間、私の目からも涙がこぼれ出した。


そう、悔しいのだ。

あんな男に手玉に取られたことが。

あんな男に我が家が危機に陥れられたことが。

あんな男からこの国と民を守ることができないことが。

そのときの私には、ただただ悔しかった。




*   *   *




室内には、煌々とランプの明かりだけが灯っている。

窓の外はすでに夕闇に包まれ、城下の街の明かりだけが遠くに光っていた。

私は寝台に腰かけて、差し入れられたワインを銀杯に注いで口にしつつ、ぼんやりとそんな光景を眺めていた。


王城に与えられたこの部屋での生活は、ほんの半年ほどだった。

明後日には、すべての荷物を運び出して父様とノーフォート領に戻ることになる。

名残惜しいことなど僅かにもない。

正直に言って、早く逃げ出したいという想いの方が強かった。

本当なら、今すぐにでも城下にある父様の宿にでも行きたいところだ。


あの後、ノーフォートの他にも貴族家が召喚された。

リーリニアのところのゴルダ伯爵に、ハラック男爵、ミザエル子爵、ティサナ男爵も来場していたようだ。

どの家も、父様と同じように国政から外された家だったはず。

ハラック男爵に、ミザエル子爵のところには年頃の令嬢はいなかったから、私やリーリニアのように側女として献上されたということはないだろうけど、顔ぶれを見れば、我が家と似たような話を受けたことは想像に難くなかった。


…そういえば、リーリニアは大丈夫だろうか?

彼女も私と同じように、あの男に沿おうという意思はなかったはずだ。

そうであるなら、ゴルダ伯爵家も我が家と同じような憂き目にあっているかもしれない。

それを彼女がどう思っているか…


私はそんなことを思って、首を横に振った。

違う、そんなのは私の正直な気持ちではない。

私は…たぶん、自分と同じ境遇だろうリーリニアと一緒に居たいだけなのだ。


そんな自分の想いを確かめた私は、銀杯の中に残っていたワインを煽って立ち上がった。


「リーリニア様のところに行く」


部屋付きの使用人にそう声を掛けてから、私は部屋を出る。

ところどころにあるランプに照らされ、時折巡回の衛兵が歩いている廊下を進んで、彼女の部屋の前に着いた。

ドアをノックすると、ほどなく中から使用人が顔を出した。


「リーリニア様にお会いしたい」

「今は、誰も通さぬよう申し遣っております」

「…アレクシア・ノーフォートだと伝えてくれ。それでも断られたら、そのときは出直そう」

「かしこまりました、お待ちください」


リーリニアも、かなり参ってしまっているようだ。

…来て良かったのかもしれない。


そんなことを思っていたら、不意にドアが開かれた。

中から出てきた使用人が


「やはり、今は誰ともお会いになりたくないとおっしゃっております」


と告げ、無機質な表情で頭を下げた。

やはり、リーリニアも…ゴルダ伯にも、何かの沙汰が下ったのだろう。

会いたくないと言われると…彼女のことが一層気掛かりになった。


「リーリニア。聞こえてはいるだろう?」


私は、ドアの向こう側に声を掛ける。

応えは帰ってこないが…聞こえているはずだ。


「顔を見たいとは言わない…けど、気に掛けているということだけは知っておいてほしい」


ドア越しに私はそう伝える。

返答があるとは思わなかったが、不意にドアの向こうから人の気配がした。

少しして、小さな声で


「アレクシア…」


というリーリニアの声が聞こえてくる。


「ここにいる、リーリニア」


私が答えると、気配はドアのすぐ前まで近づいてきた。

しかし、ドアは開かない。


「私、なんのためにここに来たのかな…実家を守ることもできなくて、陛下に忠義を尽くすこともせずに…」


そう聞こえた声は、先ほどよりも近くから聞こえる。

きっとドアのすぐ向こうに、リーリニアはいるのだろう。

私は、そっとドアを手で触れた。


「私達にどうにかできる問題ではなかったのかもしれない…あまり、自分一人で背負い込むな」


一連の流れは、最初からあの男の手の平の上だったのだ。

そのことに気付けなかったことには強い悔恨がある。

そして気付けなかった私達に、打つ手などなかった。

しかし、廊下でそんなことを口に出してしまうのはまずい。

私はそれを飲み込んで、リーリニアの応答を待った。


「父がね…これ以上、私を犠牲にしたくないって、そう言ってた」


掠れて、震える彼女の声が聞こえてくる。


「私…役に立てなかった…誰のためにも、何のためにも…」

「そんなことはない…リーリニア。私は…リーリニアが一緒に来てくれたから、これまで自分を保っていられた。リーリニアが居なければ、私は今頃何をしていたか…」

「ありがとう、アレクシア。でも…それじゃあ、私が私を許せないの…」


私の言葉に、リーリニアは苦し気な声色でそう答えた。


私達は弄ばれ、傷つけられ、何をすることもできなかった。

彼女の悲しさも、悔しさも、私には手に取るように分かる。


「それは、私も同じだ」


そう応じると、ドアがギシっと音を立てた。

開く様子はないが…触れている手の平のすぐ向こうに、彼女がいることだけは分かる。


「顔だけでも見せてくれないか?」


私は、もう一度そう頼んでみた。

彼女のことが心配だし…何より、私が彼女に会いたかった。


どれくらいの間があっただろう。

不意に、小さくガチャっと音がしてドアノブが動いた。

キィっと音をさせて、ドアが微かに開く。


リーリニアの部屋は真っ暗だった。

ランプに火も灯っておらず、月明かりだけが白々と室内に影を作り出している。

そんな中、まるで亡霊のように銀髪に白い肌のリーリニアが突っ立っていた。

着ている夜着もだらしなくクシャクシャになってしまっている。

誰がどう見ても、ひどい有様だった。

それでも、こうして直接会うことができて内心は少しホッとする。


「アレクシア…」

「リーリニア」


私の名を呼んだ彼女に、私もそう声を掛けながら歩み寄った。

リーリニアは私が部屋に入るのを拒むようなことはなかった。

後ろ手にドアを閉めてから、そっと彼女を抱き寄せる。

彼女は私の肩口に顔を埋め、私の体にしがみついてきた。


「ひどい有様だな」

「へへへ…情けない…」

「…陛下は、伯爵家にはなんと?」

「……転領しろって」

「やはりゴルダ伯もか」

「ノーフォート家も?」

「うん、南部国境の…現バーンリー男爵領だ」

「そっか…」


そう答えたリーリニアは、私の体に回された腕にギュッと力がこもった。


「もう、お隣同士じゃなくなっちゃうんだね」


そんなことでもないだろうに、リーリニアは掠れた声でそんな調子の外れたことを言って微かに笑い声をあげた。


「ゴルダ伯は、どこに?」

「南の山の向こうにある王家直轄領だよ…北側はキトランで、南はラバサまでの三領」

「三領か…伯爵家には、厳しい数だな」

「うん…」


国内の領地はいくつもの分領という小さな地域に分けられていて、伯爵家ともなれば普通は分領を10から15は与えられることになる。

子爵家の我が家ですら、現在の領地は分領5つにまたがっている。

伯爵家程の大きな家は、家臣や私兵団もそれなりの規模だ。

とても分領3つで賄えるとは思えない。


「伯爵様は、どうするおつもりなのだ?」

「どうにかするしかあるまい、って」

「そうか…とにかく、私達にはどうすることもできなかったよ…すべては、あの陛下の手の内だったんだ」

「それでも…それを何とかしなきゃいけなかったのが、私達の役目だったんだよ…それを、私は…なにも……」


そう口にした彼女は全身を震わせながら、ボロボロと涙をこぼし始める。

彼女のその姿を見て、胸が締め付けられた。

私達は弄ばれ、傷つけられ、何をすることもできなかった。

彼女の悲しさも、悔しさも、私には手に取るように分かる。


やがて彼女は力なくその場に膝をつき、それに合わせて私も床に座り込んでいた。

私は彼女の肩を抱き、さめざめと泣きくれるその背を撫でつける。

どれほど時間が経ったか彼女がようやく泣き止むころには、私の着ていた夜着の肩口はすっかり涙で濡れてしまっていた。


「……アレクシアは、これから、どうするの?」


鼻水を啜りながら、彼女はそんなことを聞いてきた。


「…私は、明後日には父様と一緒に領地に戻るよ。それからそのあとは…転領の準備をすることになるだろうな」


私はそう答えてから


「リーリニアはどうするんだ?伯爵様も、王都に長く滞在される予定はないんだろう?」


と尋ね返してみる。

すると彼女は私の肩口から顔をあげて、ふぅと大きくため息を吐いて答えた。


「…父は三日後までは滞在することになっているから、帰るのはそのときかな」

「そうか…身支度を急がないとな」

「うん…でもその前に…もう一度、陛下とお話してみようかと思う」

「あの男と…?」


そう口に出してしまってから、ハッとして唇を噛む。

部屋付きの使用人が居る中で下手な発言は慎むべきだ。

そんな私の様子に気付いたのか、リーリニアがクスっと笑い声を漏らした。


「うん、お情けを頂けないか、って」

「…あまり無茶をすると、またそれを利用されかねないぞ」

「分かってる。それでも、できることはやっておきたいって思うんだ」


そう言ったリーリニアの表情には、何か硬い意志や決意のようなものが浮んでいた。

そんな彼女に私は、制止の言葉を掛けられなかった。


「…そうか…分かった」

「うまくいくよう、祈っていて?」

「うん、そうしよう。また明日の夜にでも会いに来る」

「ありがとう…待ってる」


私達は、そう言葉を交わして立ち上がった。

私が体を離すと、彼女は名残惜しそうな様子で私の手を握ってくる。

そんな彼女に私は微笑み返して手を離し、頬に残っていた涙を拭き取った。

遅れて彼女も、フッと笑みを浮かべてくれた。


「それじゃあ、おやすみ。リーリニア」

「うん、おやすみアレクシア」


そう言葉を交わして、私は部屋を出る。

使用人がドアを閉じ彼女の姿が見えなくなってから、私は自室へと足を向けた。


結果的に、翌日の夜、私はリーリニアには会えなかった。

夕方、陛下への談判に出てから部屋に戻らなかった彼女を不審に思い、使用人が部屋を調べたところ、遺書と思しき書置きが見つかったのだという。

さらに翌日、王都の水源として利用されていた川の岸壁で、馬と彼女の靴、そして別の書置きが見つかった。


使用人たちから聞き出した話を総合すると、あの男の下に談判に行ったリーリニアは、その場に居た者達に散々に批判されほとんど自失の状態に陥ったらしい。


それこそ、川に身を投げても不思議ではないほどに。




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