告白
「ふぅん…ここはさすがに落ち着いているのね」
「確かに。さっきの屋敷はなんだか派手だったもんね」
「同感だ。寝起きするには、あれは華美に過ぎる」
私達は、伯爵様からの辞令を受けた後、配下の兵に営舎として利用されている旅宿へと案内された。
屋敷に比べて飾り気がなく、言ってしまえばやや質素ではある。
しかし、ノーフォートの屋敷も、伯爵家の屋敷も、華美さはほとんどなかった。
二人と同様、私もこういう部屋の方が落ち着く。
私達は三人で長椅子に腰かけ、ミーアが入れたお茶を飲んでくつろいでいた。
「それにしても…ティアは大丈夫だろうか?」
私は気になって、ミーアとベアトリスにそう声を掛けてみる。
するとベアトリスが肩を竦めて見せた。
「大丈夫よ。ご当主さまが珍しく『ティア』と呼ばれていたから、仕事の話じゃなくて家族の話でしょうから」
「ご当主様もティアを心配されてたんだと思う。何か、励ましのお言葉でももらってるんじゃないかな」
ベアトリスの言葉に続いて、ミーアがそう言ってクスクスと笑う。
屋敷を辞す直前、伯爵様が
「ティア、お前は少し残れ。話がある」
と言ってティアを引き留めた。
ティアの方も珍しく
「分かりました、父上」
と丁寧な様子で応じ、私達を送り出してくれた。
ベアトリスが言うように、内々のお話をされているのだろう。
ティアが少し緊張していたように見えたのが気になったのだが、二人からするとあまり心配ではないようだ。
二人がそう言うのなら、私が気にかけすぎても仕方がない。
ただ…野戦のときの失敗もある。
高を括って、ティアのことを慮外に置かないようにはしなければな…
「それはさておき…2000も兵を預けるなんて驚いたわ」
そんなことを考えていると、ベアトリスがボヤくようにそう言葉を漏らした。
すると、それを聞いたミーアが
「それよね…まぁ、作戦内容的に最低限それくらいの規模の部隊が必要ってのは分かるけど…ティアにバイルエイン家の3分の1も兵を預けるなんて」
と所感を述べる。
その辺りは、私も気になるところだ。
「栄えた領地だとは思っていたが、バイルエイン家は六千も兵を出せるのか?」
「その気になれば1万くらいは出せると思うわよ?常設の私兵団自体は七千とちょっとくらいかしら」
「そんなにか…大きいな」
貴族家に大規模な私兵団を持つことを許している国は少なくない。
知っている限りでは、それを許していないのは大陸西端で大領を抑えている帝国、マインテルトくらいではないだろうか。
それだけの力を貴族家に許すことは、常に反乱の危険性を孕んではいる。
しかし、一国全土の防衛を担うほどの軍を、王やそれに並ぶ政権が維持するのは財政や人材の面から考えても難しい。
だからこそ王や政権は各貴族家との主従関係を強めることに力を入れる。
その辺りが治世者に求められる最たる部分であると言えるだろう。
その力量のない治世者が忠心を集めようとして奸臣ばかりを囲い、そのせいで国が腐って行ってしまうこともあった。
その点、オルターニア王陛下は、貴族家の忠心をしっかりと掴んでいるように感じられる。
一方で、ノイマールの現王は…言わずもがなだろう。
「ノーフォートの私兵団はどうだったの?」
「我が領は出せて1千5百が限度だったな…開発には力を入れていたが、それでも豊かだったとも言い難かったし」
「子爵家で1千5百も出せるのなら大きい方じゃないかしら?」
「そうだねぇ。オルターニアじゃあ、子爵に定められているのは1千だもんね」
「ってことは、バイルエインに来ているのは全部ってわけじゃないのね?」
「あぁ。オルターニア侵攻に際して、私は500を率いて南部戦線に加わったが、残りの1000を北部戦線で父が率いた…王の命でな」
私の言葉に、二人は「あぁ」と声を漏らす。
「今にして思えば、ある種の策だったんだろう。本来なら殿軍を任された私の配下はあそこで壊滅し、北部戦線にとどめられた父上もノーフォートの領都には戻れなかった。もぬけの殻になったノーフォート領都は、サラテニアの攻撃を受けて抵抗もできなかっただろう」
「そう考えると、一騎打ちで引き分けたっていうのは、実は一番良い形だったのかも知れないね」
「あぁ、そう思う…いろんな意味でな」
私は二人にそう言って笑いかける。
本当にそうだ。
あそこで決着が付き、私かティア、どちらかが死んでいたら、今のようなことにはなっていないだろう。
サラテニアの侵攻を受けたノーフォート領では、“夜鷹”の支援も受けられずに姉様や母様、デレクは死んでいたかもしれない。
家族の危機に、父上は北部侵攻軍から抜け出そうとして咎めを受けたに違いない。
我が家の展望はそれまでと変わらず…きっと暗い未来が待っていたはずだ。
それに…もしそうなっていたら、今のようにティアやミーア達と仲良くもできなかっただろうし、な。
私はそんなことを思いつつ、ミーアが入れてくれたお茶を口に含む。
優しい香りと深い口当たりに、なんだか気分が落ち着く気がした。
「ってことは…まだ子爵様が率いてらっしゃる兵が1000は残っているってことよね?」
息を吐いていた私に、ベアトリスがそう声を掛けてくる。
おそらくは、そうだろう。
「北部戦線でどれだけ損害を受けたかは分かっていないが、ある程度は残っていると思う」
「その兵が子爵様と一緒にゴルダ領に逃れているのだとしたら…大きいわね」
「他の貴族家の兵もいるはずだからな…どれほどの数が籠っているのかは分からないが、ある程度戦力にはなるだろう」
「伯爵様がおっしゃったみたいに、解放軍を吸収してから北に進んで王都を挟撃するっていうのも、あながち大袈裟な表現でもなかった、ってことね…」
「そう思う。ただその辺りは、現状を確認しないと何とも言えないから、明日、あの士官の…バーナット、から話を聞いてからでも良いと思う」
「そうね、焦らずに予定を組む方が良いことかもね」
そう、明日から私は、隊を率いてノイマール国内を進むことになる。
王と王におもねる奸臣と言ってもいい貴族家と戦うことにためらいはない。
しかしノイマールを進んで行けば、ティアもベアトリスも、士官達や兵達も、ノイマール国内の情勢を知ることになるだろう。
ミーアはすでにある程度把握しているようだが…そうだな、ティア達には事前に伝えておいた方が良いかもしれない。
…特にティアに伝える前に二人に話しておけば、助け舟を貰えるかもしれないし、な。
思い立って、私は顔をあげ、二人の顔を見た。
「ベアトリス。それからミーアも…少し私の話を聞いてもらっても良いか?」
私が二人にそう伝えるとベアトリスはぽかんとした表情になり、ミーアは眉間をしかめた。
「アレクの話…?どんなことかしら?」
「うん、ノイマールで私と我が家がどんな扱いを受けたか、だ」
「アレク、それは…!」
ミーアがそう言って、カウチから腰を浮かせる。
しかし、私は彼女に首を振って
「いや、話しておきたい…このままノイマールを進めば、どのみち耳に入ることだろうし…ティアに話をする前に、二人には知っておいてほしいんだ」
と彼女を制止した。
それから私は、改めて二人の目を見て伝える。
「あまり聞いていて楽しい話ではないだろうが、この話を聞けばきっとティアは荒れるから、二人にはそれを収めるのを手伝って欲しい」
私の言葉にベアトリスは息を飲み、ミーアは唇を嚙み締めた。
ほんのわずかに、沈黙が部屋に満ちる。
その沈黙を破ったのはベアトリスだった。
「…アレクがそう言うのなら、聞くわ」
そう言った彼女の顔には、何か決心のようなものが感じられる。
それを聞いたミーアも、神妙な面持ちで頷き
「分かった…でも、無理はダメだからね」
と釘を刺しつつも、同意してくれた。
本当に、私は良い縁に恵まれたと思う。
そんな想いで、私は二人に礼を取る。
それから、改めて大きく深呼吸をして気持ちを整えた。
何から話すべきか、どんな言葉を選ぶべきかを慎重に考えて、それを言葉に乗せる。
「…事の発端は、三年前…先の国王陛下が急死されたことだった」
* * *
満点の星空と煌々と光る月。
肌に触れている冷たい空気は心地良く、強張った私の心を僅かに解きほぐしてくれるような気がした。
私は、彼の方を待ちながらバルコニーにいた。
ここは王城に与えられた私の部屋だ。
元々は、来城した客を宿泊させるための部屋だったのだろう。
調度品の類はどれも豪華で、ノーフォート領などではとてもじゃないがお目に掛かれないようなものばかり。
部屋付きの使用人が焚いてくれている香に、用意された軽食とワインも一級品だ。
ここには、何一つ不自由しない生活がある。
しかし、当の私が自由なのかと言えば、そうではなかった。
先の国王陛下が崩御されてから始まった王位継承争いは、実に半年にも及んだ。
陛下には3人の王子がおり、さらに王弟殿下、王姉殿下とその婚約者が加わって、ひどく醜い争いが続いた。
最初に王弟殿下が毒殺され、3人の王子は公式にはそれぞれ、一人は病死、もう一人は落馬で事故死、末弟は自死されたということになっているが、明らかに暗殺された。
最後に残った王姉殿下とその婚約者も、領地から王都へ移動中に賊に襲われ一家揃って命を落とした。
亡くなったのはそうした王位継承権を持った方々だけではなく、その近臣や従者も少なくない数の不審死を遂げたという噂もある。
最終的に生き残り王位を継承したのが、現王だ。
現王は、そもそも王位継承権のない方だった。
産みの母は、どこぞの伯爵様の正妻らしい。
どういう経緯があったのかはつまびらかにはなっていないが、一般的には一向に好転しない夫婦仲の悪さに嫌気がさした伯爵様がご婦人を先王陛下に献上した、ということになっている。
しかし、実際にはもう少し複雑な感情のもつれがあったのだと思う。
先王に夫人を献上したというのなら先に離縁を済ませるはずなのに、伯爵様がご婦人と離縁したのは現王の出産が明らかになってかららしく、そのご婦人も離縁後は王城の離宮に引き取られたらしい。
ご婦人はそもそも由緒正しい侯爵家の令嬢で先王陛下と幼い頃から交流があった、などという噂もある。
大衆の中にはこのことを「報われぬ恋を成就させようとした美談」として捉える向きもあるが、貴族家からすれば“不義の子”であり、関わりを持つことを忌避されていた。
そのことを先の国王陛下も周囲の者も理解していたらしく、半ば存在しないものとして離宮の中でひっそりと育てられたようだ。
そんな現王が、王権を継いだ。
3人の王子を暗殺したのは王姉殿下とその婚約者であり、王弟殿下を毒殺したのは亡くなった3人の王子のいずれかだということになっている。
3人の王子と王弟殿下がお亡くなりになったことで、王位継承権を持つのは王姉殿下とその婚約者の子だけとなった。
その王姉殿下一家を賊に襲わせたのが、現王だと言われている。
不義の子だと言われてはいても、先の国王陛下のご子息だ。
他に継承権を持つものがいないとなれば、王位を継ぐに値する存在ではあった。
ただし、そのお立場に相応しい人物かと問われれば、応答に困るのも確かではある。
現王が即位してまず行ったのは、王位不在の間、国内の政を支えた宰相の解任だった。
理由は、越権行為と国政の事物化。
実際、そんな事実はなかったと思う。
当時宰相をされていたマーレイ侯爵は、公明正大でお優しい方だったと記憶している。
次いで現王が行ったのは、軍事力強化令の発布だった。
ノイマールは豊かではない。
豊かな生活を得るためには、さらなる領地が必要である、と。
そして領地を得るために強力な国軍を創設するというのが目的のようだった。
そのことに意を唱える貴族家は少なくなかった。
豊かでなければ、内政を整える必要がある。
治水を行って農業を安定させる、街道を整備して他国との取引を充実させる、工業を発展させて名産品を他国に売りに出す、そんな案を口々に現王に奏上した。
その結果、そのほとんどは現王に疎まれ、国政の中枢から外された。
ほとんどの家は、そのことでおうに現王に対する反感を抱いたようだった。
しかし、一握りの家々はなおも現王や国、民のことを想い、考えを改めるよう声をあげ続けた。
そしてその末路が、今の私だ。
国政から遠ざけられてもなお、考えを改めて頂こうとした家々に現王は通達した。
翻意を迫る貴家の忠義を証明するため、娘を側女として献上せよ、と。
その通達を受けて、多くの家が現王を見放した。
一方で、身を切ってもなお、現王に意見することが忠義だと考える家がないでもない。
その一つに、我が家、ノーフォート家も含まれていた。
といっても、我が家に限っては忠義とは言えないのかもしれない。
父上はその通達を受けて、現王を見限ろうとしていた。
それを制止したのは、私自身だ。
現王のやりように憤りがないではない。
しかし、憤ったからと言って、国や国民に安寧がもたらされるわけでもない。
私が現王の側女となることで父上が再び国政に戻り奏上を聞き届けてくださるのなら、その方がよほど国のためになる。
そのためなら、この身も貞操も、惜しくはなかった。
コンコン、と、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
来た、か。
そう思いつつ、私はバルコニーから部屋へと戻る。
すると戸口に控えていた使用人が足早に私のところへとやってきて、小さな声で耳打ちした。
「リーリニア様がお出でです」
私は、その言葉に少し驚く。
リーリニア・ゴルダ。
ゴルダ伯爵家の令嬢で、私と同い年。
幼い頃からの誼で、共に遊び、同じ師に剣を習い、一緒に勉学に励んだ。
私には数少ない、友と呼んで差し支えない存在だ。
彼女の実家であるゴルダ伯爵家も、我が家と同じように現王に意見を奏上し疎まれた家だ。
我が家と同じように通達に応じ、彼女も側女となるためこの王城へと居を移していた。
「入ってもらってくれ」
「かしこまりました」
私の応えに礼を取った使用人は、静かにドアを引き開けた。
そこには、青白い夜着を纏い長い銀髪を後ろでまとめた淡い灰色の瞳のきれいな女性、リーリニア・ゴルダがいた。
「リーリニア」
「アレクシア…」
私達は互いの名を呼び合って軽い抱擁を交わす。
そっと身を離してからも、彼女は私の手に優しく手を添えてくれていた。
「大丈夫?」
「あぁ…少し緊張しているが、大丈夫だ」
「そう、良かった…」
彼女はそう言って、ホッとため息を吐いた。
それから私の目を覗き込むようにして
「不安だと思うけど…陛下は、私には乱暴なことはされなかったし、別段執拗でもなかったから、アレクシアも安心して良いと思う…たぶん、すぐに済むよ」
と言葉を掛けてくれた。
そんな彼女の思いやりに、胸の内が暖かくなる。
「そうか、それはありがたいな。リーリニアに執心しないということは、私なんかにはもっと食指は動かないだろう」
「そんなことはないと思うけど…でも、とにかくあっさりとは終わると思う」
「…そのような扱いで、どうして側女などを摂ったのだろうな…正妃様もおられるというのに」
「人質ということなのかもしれないね…とにかく私達は、家のためにも努めないと」
「家のため、か…そうだな。家のためにも、国のためにも…やらねばならない、か」
「うん。そう思う」
彼女はそう言って、力強い瞳で私を見据えた。
添えられた手に少し力がこもるのを感じて、私の彼女の手を握り返す。
「リーリニアと一緒で良かった」
「うん、私も、アレクシアと一緒だから頑張れる」
「お互い、家に良い報告ができるよう頑張ろう」
「うん、そうだね」
そんな言葉を交わして、私達は手を解く。
それから彼女は私の肩口をポンポンと叩くと
「じゃあ、行くね」
と言って、一歩下がる。
「あぁ。ありがとう、来てくれて」
「ううん、アレクシアもそうしてくれたからね。また明日、会いに来るよ」
「分かった。きっと話したいことができていると思うから、頼む」
「ええ、もちろん。それじゃあ明日」
「ああ、明日」
私が手を掲げると、それに応じるように手を振った彼女は、そっと身をひるがえして静かに部屋の外へと出て行った。
そんな彼女の後ろ姿を隠すように、そっとドアが閉じられる。
黙して語らない使用人を残して、私は再び部屋に一人きりになった。
それでも、気分は多少良い。
不安は拭えないが、それを胸の奥に押し込めて忘れ去る。
それから私は部屋を横切り、備え付けのテーブルに準備されていたワインを銀杯に注いで口を付けた。
華やかな風味といい、舌触りといい、今まで味わったことのない飲み口だ。
その銀杯が空になるころ、再び部屋のドアがノックされる音が響いた。
使用人が微かにドアを開けて外を確認すると、静かな声で
「陛下が参られました」
と私に告げた。
「どうぞ、お入りになってください」
私はそう応じつつ、水で口を漱いで寝台の横に立ち姿勢を正す。
それを確かめた使用人が、そっとドアを開けた。
そこに居たのは、誉れ高い紫の公服に身を包んだ男がいた。
体つきはごくごく普通。
金色の髪に、生気の薄い翡翠色の瞳をしているこの男が、フィトディアール・ノイマール。
現在の国王陛下だ。
「陛下、ようこそお越しくださいました」
私はそう発して礼を取る。
すると陛下は
「うむ」
とだけ応じて使用人に頭を振る。
それを受けた使用人は、縮こまるようにして頭を下げると、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
使用人が去ったのを確かめた陛下は、チラと私に視線を向けてくる。
その目に、色はない。
まるで書類か何かを見つめているような、そんな雰囲気だ。
そんなことを思っていると、陛下は懐から小ぶりな瓶を取り出して、私に押し付けてきた。
「陛下、これは…?」
「股に濡れ」
「は…その、えっと…」
「その方の秘所に塗っておけと言っている」
陛下はそうとだけ言うと、私から視線を逸らせて着ていた公服を脱ぎ始めた。
そんな様子に、私はあっけに取られてしまう。
側女に寄こせ、というからには体が目当てなのだろうと思っていたが、そんな様子ではない。
私への興味など、一切感じられない。
情緒の一切が漏れていない。
まるで書類仕事をするように…たんたんと目の前にある課題に取り組むような、そんな雰囲気だ。
この男は…なぜ、私やリーリニアを欲しがったのだ?
私はなんのためにここへ来て、この男に純潔を捧げようとしているのだ?
「早くしろ、俺の言うことが分からないか?」
不意に、そう言う低い声が聞こえた。
それにハッとした私は、寝台に腰を下ろして瓶の栓を抜く。
中身を手のひらに出してみると、それは油のようにずいぶんと粘り気のある液体だった。
私は、それが何かを知っていた。
側女として王城に来る準備として、領地で年嵩の家令の奥方から夜伽の作法を教わった際に使った潤滑剤だろう。
私の準備が整う頃、一糸まとわぬ姿になった陛下が寝台に上がってくる。
陛下は私の手首をつかむと、無造作に私を組み敷いた。
「脚を開け」
そう淡白な声が、暗がりの中から聞こえてくる。
私は、ただ諾々と陛下の言葉に応じた。
好意を持っていたわけではない。
いやむしろ、拒否感と軽蔑の想いすらあった。
だから、何かしらの感慨を期待していたわけでもない。
しかしそれでも、行為は義務的に、事務的に、ただ粛々と進んでいく。
貞節を散らしながら私は、また同じ疑問を抱いていた。
この男は、どうして私達を欲しがったのだろう?




