出征
バイルエイン領都から、ノイマール国内のディットラー男爵領領都に向けた行軍を始めてから八日目。
私とティアはようやくディットラー男爵領都に到着していた。
私達が引き連れて来たのは、一千ばかりの追加の兵だ。
この一団の中に、我がノーフォート家の私兵団は加えられていない。
エルデール様が、部隊の統制が維持できなくなる可能性がある、との理由でお認めにならなかった。
エルデール様のおっしゃることは確かで、オルターニア国内での防衛戦ならばともかく、ノイマールへの侵攻となると少々話が違ってくる。
我が家の兵達の中に、王政派に内通する者がいるとは思えない…とは言いきれない。
バイルエインの御屋敷を襲撃した連中がいるくらいだ。
同じような輩が私兵団の中に一人や二人潜り込んでいる可能性は否定できない。
万が一そんな者を陣中に引き入れて、ティアの父上、ジリアン・バイルエイン伯爵の身に何かあったら大事だ。
もっとも、エルデール様の本心は、同じノイマール国民同士をできる限り争わせたくないか、あるいは我が領の民を戦争そのものから遠ざけたいというところにあるような気もしたが。
とにかく、追加の兵はバイルエイン家で再編されたバイルエイン家の私兵団の一部、ということだ。
ちなみにエリクだけは私の補佐という形で同行してもらっている。
「ここがディットラー領都か」
ティアがふとした様子で、そう口にした。
見れば彼女は、物珍し気に辺りを見回している。
彼女の気持ちは分かる。
ディットラー領都へ来るのは私も初めてだが、街の様子はバイルエインともオルターニア王都とも似ても似つかない。
寂れていて、民の姿も少ないし、見かけてもどこか力なくこちらを見つめているだけだ。
「なんていうか…貧しかったのか、このディットラー領ってのは?」
ティアがそう私に聞いてきた。
その表情は、どこか痛ましげだ。
「そうだな…あまり豊かな土地ではないとは聞いている。そもそも、ディットラー男爵領は国境線の守りのためのものだ。領内では農耕も工業もそれほど盛んに進められてはいなかったのだと思う」
「なるほどな…良い位置にあるのに、惜しいよ」
「良い位置?」
「絵図の感じだと、ここは南側からオルターニアに続く街道を抑えられる場所だし、ここから先にはノイマールのあっちこっちに向かえる街道の分岐があるんだろう?物流の拠点にしたら、けっこう栄えるんじゃないかな?」
確かに、ティアの言うことはもっともだと思う。
ただしそのためには、ノイマールをどうにかしないといけない…ノイマールの半分でもオルターニア側に取り込むことができればあるいは、それも叶うだろうか?
「そうだな…そうなれるよう、頑張らねば」
私が言うと、ティアは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「あれ、何かの騒ぎかしら?」
不意に、背後からベアトリスがそう言う声が聞こえる。
振り返ってみると、彼女は街の方を指さしていた。
そちらに視線を向けると、確かにそこには人だかりが見える。
結構な数だ。
100か、200か…いや、それ以上にいるようにも見えた。
「あぁ…たぶん、配給だろう」
「配給…?あぁ、糧食か。そういえばエルデール様がおっしゃっていたな…掌握術、というわけか…伯爵様は手抜かりがないな」
住民は他国の軍が街を制圧したことで不安を感じているだろう。
事前に逃亡した者達もいたはずだ。
伯爵様がそんなことをなさるとは思えないが、略奪や虐殺を心配したって不思議ではない。
その恐怖にそそのかされて、暴動を起こされるようなことがあれば確実に混乱する。
そんな事態にならないよう、食料を配給することや治安を維持して安全を図ることは重要だろう。
そんなことを思っていると、不意に前方に歩兵一団が姿を現した。
数は10に満たない。
身に付けているのは、着色されていないごくありきたりな装備だ。
バイルエインの兵ではないようにみえる。
「お待ちください!失礼ながら、ティアニーダ・バイルエイン様であらせられますか?」
一団の先頭にいた兵士がそう声をあげた。
「あぁ、アタシがティアニーダだ。そちらは?」
ティアが馬を前に進めつつそう応じる。
すぐ傍らに、ミーアが付き従って周囲の様子を警戒していた。
「はっ、我らはサドラン男爵家の者です」
「あぁ、男爵様のところか!こんなところまで進軍することになるなんて、大変だったろう」
「はっ…は、いえっ…!普段の訓練に比べれば、さほどのことはありません」
「そうか?先の迎撃戦から出征したままだろうに、立派なことだ。さすがは男爵家の兵だな」
「はっ、お言葉ありがたく」
「アタシもその方達のようにありたいものだ。それで、親父殿…指揮官殿は?」
「はい、ご案内するよう承っております。こちらです」
ティアの言葉に、兵は頭を下げつつ、通りの先に手を掲げた。
それを受け、ティアは後方を振り返る。
「ジーマ、兵を休ませてくれ。他の隊にも休むよう伝えてくれ」
「はっ、承知しました」
そう指示を受けたジーマが、後方に続く部隊の方へと馬を向けて掛けていく。
その後ろ姿を見送ったティアは、今度は私達に視線を向け
「アタシらも行こう」
と声を掛けて来た。
それに応じて、兵達の先導に続いていくと、その先は街の中心地だった。
かつてはディットラー男爵の住まいだったと思われる屋敷の敷地内に通される。
そこには青鎧を身にまとった兵達が中心になって、警備体制を敷いていた。
「ティアニーダ様!」
馬を降りていると、そう呼ぶ声が聞こえた。
顔をあげると、中年の士官らしい身なりをした兵が足早に近づいてきている姿があった。
「彼はバーナット。ウチの私兵団の千人長よ」
ベアトリスがそう耳打ちしてくれた。
彼女がそう言うからには、覚えておけ、ということなのだろう。
「バーナット!健勝そうだな!」
「はははっ!このバーナット、まだまだ若い者には負けませんよ!」
「頼もしいな。親父殿に呼ばれたんだが、いるか?」
「はい、皆さまの到着をお待ちしておりました。ご案内致します」
そう言って先導を始めた士官バーナットの後に着いて、私達は屋敷の中へと足を踏み入れた。
石造りの二階建てで、床には鏡石が敷き詰められ、柱には凝った装飾が彫り込まれている。
天井には金の地にガラスなんかがちりばめられた飾り燭台が釣り下がっていた。
外観からはそうは見えなかったが、内装は華美だ。
豊かな土地ではないはずなのだが、この様子だと、王政府からの国防金をどのように使っていたかが知れるような気がした。
ホールを抜けて階段を上がった先にあった部屋まで進むと、そのドアの前でバーナットが立ち止まる。
コンコン、とドアを軽く叩くと、中から
「入れ」
という中年男性の声が聞こえてきた。
それを聞いたバーナットはドアを開き、私達に中へ進むよう促す。
部屋は、応接間のような部屋だった。
長椅子が二脚に、テーブル、暖炉がある。
調度品はそのくらいだが壁や床に至るまで、ホールと同じような鏡石で作られたやはり華美さを感じる部屋だった。
そんな中、長椅子には見覚えのある騎士姿の男が腰を下ろしていた。
たくましい体躯に、いかめしい顔つきをした中年の男性。
ジリアン・バイルエイン伯爵様、その人だ。
「親父殿」
ティアがそう声を掛けると、伯爵様はハッとした様子で顔をあげた。
「おぉ、着いたか。早かったな?」
「あぁ、ちょうどこっちに向かわなきゃって思ってたところに指示がきたからな」
ティアの言葉を聞くと、伯爵様は柔らかく微笑んで頷いた。
そのことに少し驚く。
伯爵様は厳しいお方だという印象しかなかったが、こんなお顔もなさるのか。
チラリと横を見やると、ミーアもベアトリスも、特にかしこまった様子ではない。
どうやら、これが伯爵様の普段の様子なのだろう。
「兵を疲れさせたりはしておらんな?」
「大丈夫だ、その辺りに気を配る余裕もあったよ」
「そうか。まぁ、掛けろ…アレクシア嬢も座って頂きたい」
伯爵様がそう言って私達に長椅子を勧めてくれた。
「ほら、アレク」
「あぁ、うん」
「ミーア、ベアトリスも楽にしていろ」
ティアに促されて長椅子に腰を下ろそうとしていると、伯爵様は二人に向かってそう言い、頭を振られる。
どうやら、部屋の隅に置かれていたイスをさしているらしい。
それを聞いた二人は、
「はっ」
とだけ返事をして、部屋の隅へと移動していった。
私とティアが腰を下ろすと、まるで図ったように部屋に兵士が一人入ってきて、木製のマグにワインを注いで出してくれる。
私とティアの分だけではなく、伯爵様も飲まれるようだ。
兵士はさらに、ミーアやベアトリスの分まで準備して部屋の隅へと運んでいく。
そんな兵士の後姿を見つつ、伯爵様はマグを煽った。
「…改めてになるが、良く来てくれた。健勝そうだな」
「あぁ…うん、アレクやミーア達のおかげで、元気にしてる。親父殿も、ずっと前線にいるのに、相変わらずに見えるよ」
ティアの言葉に、伯爵様はクククっと可笑しそうな笑い声を漏らした。
確かに、その通りだった。
伯爵様に、お疲れの様子は欠片も見えない。
肌艶も良いし、身なりもしっかりとされている。
お髭は伸びてしまっているけど、整えられていようだ。
とても、一月も国境線に張り付きそこから反転攻勢に出たお姿とは思えない。
「士気を保つために、食事と睡眠、息抜きは欠かせん。逆に言えば、それさえ欠かさねばある程度は問題ない」
確かに、領都に入ってから会った他家の兵達も、それほど消耗している様子は見られなかった。
伯爵様が、配下の兵達にまで気を配られていたから、か。
しかし…それにしても微塵もお疲れを感じさせない。
本当にお疲れになっていないのか、それともうまくそれを隠していらしているのか…どちらにしても只事ではない。
「覚えておく。それで…アタシ達に役目を付けたいって次の兄上に言われて来たんだけど、具体的には何をするんだ?」
「あぁ、そうだな…先に話をしておくか」
ティアが促すと、伯爵様はそう言って立ち上がると、部屋の片隅に置いてあった木箱を抱えて長椅子に戻ってきた。
伯爵様がその蓋を開けると、中には何やら折りたたまれた布が入っている。
伯爵様が広げると、それが旗であることが分かった。
金色に縁どられた黒地の旗で、二頭の狼の意匠が縫い込まれている。
ノイマールでは見たことのない旗章だが…オルターニアのものだろうか?
「親父殿、これは?」
「お前たちが使う旗だ」
「アタシ達!?」
伯爵様のお言葉に、ティアがそんな声をあげた。
私も当然驚いた。
亡命して伯爵家に保護されている私はさておくにしても、ティアはバイルエイン家の人間だ。
ティアが掲げるのならバイルエイン家の旗章になるはずだ。
にもかかわらず、新たな旗を与えるということは…
「…勘当、ってこと?」
ティアがそんなことを言い出すので、思わず彼女の顔を見てしまう。
冗談で言ったものかと思ったが、彼女の表情は愕然としていた。
どうやら、本気でそう思ってしまっているらしい。
「そういうところは相変わらずか」
そう言葉を漏らしたのは伯爵様だ。
そのお顔には、苦笑いが浮んでいた。
「そうではない。エルデールから言われていると思うが、お前達には独立した遊撃部隊として動いてもらう。これはその部隊章だ」
「…要するに…親父殿の率いるのとは違う軍を連れまわす、ってことか?」
「まぁ、そうだな」
伯爵様のお言葉に、ティアの表情がまた曇る。
今度は不安げな色が浮んでいた。
「…アタシに、できるかな…?」
「特に心配はしておらんが、不安なら周囲を頼れば良い」
「そっか…そうだな、アレクも一緒だし…」
そう言いながら、ティアが私に視線を送ってくる。
私は彼女に頷いて
「あぁ、私ではバイルエイン家の兵に指示が届かないかもしれないからな。私が参謀として戦略を立てティアが部隊を率いる、という形を取ればうまくやれるだろう」
と返す。
すると彼女は、少し安心した様子で表情を緩めた。
そんなティアの様子を見て安堵したのか、伯爵様は静かに頷くとさらにお言葉を続ける。
「お前達に預けるのは2000。歩兵が1000に騎馬隊600。弓兵が200。それと工兵が200だ。それから、それとは別にした輜重隊も100を付ける」
「混成部隊か」
「そうだ。独立して作戦遂行が可能なようにな」
どうやら、伯爵様は本当に、私達に全権を預けて単独の軍として動くことを求められているらしい。
しかし、そうなると気になることがいくつかあるな…
「あの、よろしいでしょうか?」
「アレクシア嬢。構いません」
「補給の方は、どうなりましょう?」
「基本的にはこちらで受け持つつもりです。要請があれば受ける、という形になりましょうな。どこかに拠点を構えるようなことになるようでしたら、そちらに輸送するということも可能です。兵の補充も、ある程度なら対応しましょう」
なるほど…その辺りは受け持って頂けるか。
だとすると、かなり制限なく動くことはできそうだ。
「親父殿、アタシからも良いかな?」
そんなことを考えていたら、今度はティアがそう声をあげる。
それを聞いた伯爵様はコクリと頷き
「うむ、何でも聞け」
とティアに先を促す。
「士官についてだ。誰を付けてくれたんだ?」
「歩兵部隊についてはバーナットだ。その下に百人長を二人付けている。工兵隊にはタドル、輜重隊にはサディンを配した。騎馬隊にはグレン、弓兵隊にはバーンだな」
「それだけか?」
「今のところは、だ。お前も何人か連れて来ているだろうし、アレクシア嬢も配下の士官を連れているのだろう?編成を済ませて不足があれば願い出よ。もっとも、こちらも士官不足には頭を痛めていてな。素直に応じられるかどうかは分からん。もしもの場合には、兵の中で才のありそうな者をお前の裁量で新たに士爵として任じても良い」
士爵というのは、国王から与えられる爵位ではない。
各貴族家が、屋敷や領地、あるいは金銭を支払って取り立てた平民かそれに準ずる者のことを指す。
私兵団の士官には、ウチのエリクやベアトリスのように、貴族家の親類筋の者も多いが、それと同じくらい士爵位として騎士となった者がいる。
士爵となれば家名を持つことが許され、屋敷や領地が与えられればその相続も許される。
その代わりに、士爵一族は主家となる貴族家に忠誠を誓うことが求められる。
国王と貴族家の関係を、そのまま小さくしたような主従関係を結ぶことになるのだ。
当然、それを認める裁量を預かるということは、とても大きなことだ。
「良いのかよ、そんなこと…?」
「構わん。この先、必要になってくるだろうからな…今のうちに、目ぼしい者には当てを付けておけ」
「…分かった」
伯爵様の言葉に、ティアは真剣な表情を浮かべて頷いた。
それから、ふとミーア達の方に視線を送ったティアは、
「ミーア達については?」
と伯爵様の様子を伺うように尋ねる。
今回、ミーアとベアトリスはティアの心配をして参加した経緯があった。
伯爵様からは特に指示があったわけではない。
ティアの身辺係兼護衛役のミーアはさておき、私兵団所属のベアトリスに関しては、エルデール様の承諾を得ているとはいえ人事権を持つ伯爵様に直接許可を得ていないから、心配だったのだろう。
しかし、それを聞くや伯爵様は
「傍に置いたままで構わん」
と穏やかな口調でティアに答えた。
それを聞いたティアの表情がホッと緩む。
チラっと部屋の隅に視線を向けると、ミーアとベアトリスも安心した様子を見せていた。
「ミーア」
不意に、伯爵様がそうミーアの名を呼んだ。
途端にミーアの表情がやや強張る。
「はっ」
「配下は連れてきたのか?」
「はっ、10名を選抜して同道させています」
ミーアの応答に、伯爵様は落ち着いた様子で頷いた。
ミーアの配下とは、当然“夜鷹”の者達だ。
私には分からなかったが、どうやら私達が率いてきた私兵団の中に紛れさせているらしい。
「アレクシア嬢には面が割れても構わん、そばに置いて敵情の収集に当たれ。それから、騎馬兵二十を配下に回す。伝令と斥候に使うと良い」
「はっ、承知しました」
伯爵様の指示に、ミーアは姿勢を正して答えた。
ついで、伯爵様はベアトリスに声を掛ける。
「ベアトリスはティアニーダとアレクシア嬢の補佐だ。心配はないと思うが、念のためアレクシア嬢と私兵団との間を取り持て」
「はっ、承りました!」
バイルエイン家の兵に限って指示に従わないことなどないとは思うが、私の指示や指揮に反感を覚えないとも限らない。
そうならないように留意してもらうのは、私兵団に所属していて私とも親しくしてくれているベアトリスを置いて他にはいないだろう。
ベアトリスの応答に満足そうに頷く伯爵様に、私も頭を下げて礼をする。
伯爵様は、わざわざそんな私にも大きく頷いてくださった。
それからティアに視線を向けると
「他に同道させている者はいるのか?」
とさらに聞いてくださる。
「アタシの配下だったジーマを連れてる…あぁ、あと、アレクはノーフォートの士官を連れてきた」
「エリク・ノーフォートという者です…一騎打ちの見届け役を務めた兵です」
「あぁ、彼の者か。ジーマについても同様だが、力量に不足はない。補佐に据えるなり、士官として兵を与えるなり、裁量は任せよう」
「分かった」
「ありがとうございます」
ティアは頷き、私は頭を下げて礼を取る。
すると伯爵様は穏やかに笑みを浮かべ、テーブルの上に残されていたワインの瓶を手に、マグにワインを注ぎなおした。
それに口を付けてからホッと息を吐いた伯爵様は、テーブルの上に手早く絵図を広げられる。
そこに描かれていたのは、ノイマールの大まかな国土だった。
「では、貴隊の任務を伝える」
そう言った伯爵様は、絵図の一か所を指差す。
「ノイマール王都から南の位置にあるゴルダ伯爵領に赴き、そこで征伐軍と対峙しているジキュエール・ノーフォート子爵と彼の方が率いる解放軍を救援せよ」
そのお言葉に、胸が詰まるような思いが込み上げた。
エルデール様から聞いてはいたが…父様は今もノイマール軍と相対している。
その事実を突きつけられ、全身が強張るような気がした。
「分かった…ずいぶんと南寄りだな?」
「そうだ。ここから王都へ向かうには、北へ少し進んだ先で中央街道に転進する必要がある。しかし、ゴルダ伯爵領へ至るにはまっすぐ西へ向かうこのサルダー街道を進まなくてはならない。中央街道とサルダー街道の間には険しい山地が広がっているらしく、少数ならともかく部隊規模での行き来は困難だろうから、別動隊を組織する必要があったわけだ。土地のことに関しては、アレクシア嬢の方が詳しいでしょう?」
不意にそう話を振られて、私はハッとして気を取り直す。
「はっ…確かに。中央街道からゴルダ領に至るには、王都から南進する軍道こそありますが、こちらがそれを使えるとすれば王都を制した後になります。このディットラー領からであれば、サルダー街道を進む他にないかと…ただ、サルダー街道は…」
私はそう応じつつ、絵図上のサルダー街道を指先で辿っていく。
その先に現れる地名は、ハラック領、ミザエル領、ティサナ領、そしてノーフォート領…
「…この一帯って、サラテニアに侵攻を受けた地域なんじゃないのか?」
私の指先を追っていたティアもそのことに気付いたらしい。
驚いた様子でそう言い、顔をあげて伯爵様を見やる。
「そうだ。サルダー街道は、サラテニアが制圧した地域を掠めるように伸びている」
「サラテニアも相手にしろってのか?」
「それは、お前たちに任せる。通行に支障があり、危険と判断すれば排除せよ。手出しがないようなら素通りしても構わんし、サラテニアが寡兵ならばと叩いても問題ない」
「いや、そんな無茶な…」
「先ほど伝えた通り、ジキュエール・ノーフォート子爵と解放軍の救援が目的だ。その途上に生じる問題のすべては、お前たちの判断に委ねる」
伯爵様はティアにそう言い切った。
丸投げと言えばそうなのだろう。
しかし、それは信頼されているともいえることだ。
2000の部隊を率いて、敵中を突破し父様を助ける…できるかどうか、ではない。
やらなければならない…
「伯爵様。解放軍を救援した後は、どのように動けばよろしいのでしょうか?」
「それもお任せする。解放軍をここへ連れ帰るも良し、ゴルダ領を押さえて留まるも良し、解放軍を従えて北上し我らと王都を挟撃するも良し…」
「アレク!そもそもできるかどうかって話だろう!?」
「違う、やらなければならないことだ」
「そ、そりゃぁ、あんたの父上がいるってんなら助けには行くけど…2000でどうにかなる話じゃなかったらどうするんだよ?」
「それでも、だ」
私は、ティアにそう意思を伝える。
そんな私を見て、ティアはグッと言葉に詰まった。
「サラテニアの動向とノイマール国内の軍の状況は、バーナットに伝えてある。よく話を聞いて準備をすませることだ」
私の言葉を後押しするように、伯爵様がティアにおっしゃった。
それを聞いたティアは、頭の上を押さえつけられたかのように、ガクっと項垂れる。
しかし、それでも
「…分かった」
と応じた。
はぁっと大きく息を吐いて姿勢を正した彼女の顔には、不安の色が広がっている。
それから、羽虫が飛ぶような小さな声で
「アタシに、できるのかな?」
と漏らした。
それを聞き取った伯爵様は、少しおかしそうに笑い声をあげられる。
「無理だと思っていたら、このようなことを任せん。頼んだぞ」
マグの中のワインを煽った伯爵様は、長椅子の背もたれに身を委ねてティアに応じた。




