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周辺図

挿絵(By みてみん)




「いいかげん、機嫌直しなさいよ」

「だってぇ…私、今回けっこう頑張ったんだよ?」

「そうでしょうけど、こればっかりは仕方ないじゃない」

「だけどさぁ…」

「すまない、ミーナ。今回は折れてくれ。一段落したら必ず報いるから」

「むぅ…こういうのって気分じゃない?今回はもうそういう気分になってたのに…」

「だから、すまない…だけど、親父殿や一の兄上は兵を連れて前線にいるし、次の兄上だってあれこれ手配で忙しいはずだ。アタシらだけのんびり遊んでいる場合じゃないさ」


私達は警護の兵を引き連れて、王都からバイルエイン領の領都へと続く街道を進んでいた。

国王陛下に謁見したのはつい昨日。

最初の計画では三日は滞在する予定になっていた。


昨日は陛下に謁見し、その後は王都の城下であれこれと食事を買い込み、宿の寝室で飲み食いを楽しんだ。

ティアは終盤に突然さめざめと泣き始め、そのまま私達は彼女を慰めながら寝かしつけた。

今朝方目を覚ましたティアは、ある程度は持ち直すことができたらしい。

昔と変わりなくて安心した、と私達に言った彼女は、少なくとも昨日までの作ったような笑顔ではなく、穏やかな笑みを浮かべていた。

そんなティアは、宿を引き払って領都に戻る決断をした。

今は戦時だ。

そんなときに、騎士としての役割がある彼女が王都で油を売っているわけにいかない、というのはその通りだろう。


それを聞いて私もベアトリスもすぐさま同意したが、最後まで反対し、王都滞在を主張したのがミーアだった。

私もティアのために何かしたいと思っていたが、ティアを蔑ろにしてしまった罪悪感で気遅れしていてなにもできずにいた。

ティアを立ち直らせた功労者はミーアに間違いない。

ミーアはエルデール様に王都行きを提案し、陛下への謁見を依頼し、昨晩はどうやら起き出したティアの話し相手もしていたらしい。

そんな彼女には、王都であらゆる美味しい物を食べ尽くしたい、という裏の目的があったらしい。

しかし、ティアの決断はそのミーアの想いを断ち切る非情なものだったようだ。

彼女の必死の抵抗むなしくティアは帰領を決め、ミーアは思い切り臍を曲げた、ということだ。


「また次の機会に、今回の分まで楽しめば良いさ」

「分かってるよぉ、分かってるけど…」


私の言葉も、ミーアにはあまり響かないらしい。

相変わらず不貞腐れた表情のまま、馬の上でげんなりと肩を落としている。

そんな彼女の様子に、思わず笑いが込み上げてきてしまった。

困ったとは思わない。

なんというか可愛らしくて微笑ましいような、そんな感じだ。


「アレク」


ミーアの様子を見ていた私に、不意にティアがそう声を掛けて来る。

その表情に、昨晩までの遠慮や怯えは感じられない。

初めて会ったときのような、精悍で爽やかな顔つきをしていた。


「どうした、ティア」


私がそう答えると、彼女は私の隣に馬を寄せて来て


「迷惑を掛けてすまなかった」


と軽く頭を下げた。

仰々しい謝罪ではない。

しかし、真心のこもったものだと感じられる様子でもあった。


「私の方こそ、謝らなければ…指揮のことで思いのほか余裕がなく、ティアへの配慮を怠った」


そんな彼女に、私も想いを込めてそう伝え頭を下げた。

それを聞いたティアは、私に穏やかな笑みで笑いかけてくれる。


「次に同じようなことがあったら、遠慮なく言いたいことを言い合おう…その方が、お互いに助け合えると思うんだ」

「そうだな、その通りだ。ティアのことを思うあまり、どう声を掛けて良いのか分からなかったが…それはティアも同じだったんだな」

「うん…アタシもアレクを目一杯頼らせてもらうから、アレクも甘えてくれ」

「ありがとう。頼りにしている」


私が言うと、ティアは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

そんなやり取りで私自身の気持ちが一切合切すっきりとするわけでもない。

いや、ティアにしたことを思えば、こんな口先だけのやり取りだけで済ませてはいけないだろう。

しかし、それは今後の振る舞いで埋め合わせるより他にない。

今回のことを薬にしなければ、な。


「領都に戻ったら…まずは、負傷者の様子を確認しようと思うんだ。治療舎に直接行こうと思ってる」


私がそんなことを考えていると、ティアがそう口にした。

視線を向けると、彼女は手綱を握ったまま、ジッと進行方向に目を向けている。


領都にある治療院では、あの戦いで傷を負った者達の治療が続いていることだろう。

ずいぶんと重い負傷者もいると聞いていた。

もしかすると、王都に向けて出発してから命を落とした者がいるかもしれないし、今なお、その危機に瀕している者もいる可能性だってある。

そんな者達を見てティアがどう感じるのか、一瞬、不安が沸き上がった。


しかしティアは、そんな私の様子を察したわけでもなさそうなのにこちらに視線を向けてきて


「悪いんだけど、一緒に着いてきてくれるか?」


と頼んできた。

その表情は、苦笑い。

どうやら、気負っているわけではないようだ。


兵達が死傷した責任を、彼女はまだ重く感じているのだろう。

しかし、彼女はそれと向き合う覚悟でいるようだ。

ただし今度はそれを一人で抱えようとはしていないらしい。

彼女に頼ってもらえるのは嬉しいことだ。

伯爵家に滞在するようになってから、ずっと私はティアを頼ってばかりだった。

これからは…互いに、支え合っていきたい。

ミーアや、ベアトリスがそうしているように。


「うん、一緒に行こう。ノーフォートの兵達もいるはずだしな」

「そういえば、アレクのトコの兵達も野戦に出てたんだよな。自分のことばっかりにいっぱいで気にできてなかった…被害の程度は?」

「我が家の兵はそもそも四百に満たない兵しか参加していなかったからな。死傷したのは五十名弱だ。軽傷者もかなり出ているが、そちらは直に回復するだろう」

「そっか…あんまり多くなかったんなら良かったよ。せっかくサラテニアの包囲から逃げてこられたんだ。できるだけ命はつないでほしいと思う」


ティアらしいと思った。

最初に会った時と同じように、彼女は我が家の兵達のことを思いやってくれる。

そのことが、やはり私は嬉しかった。


「皆も、そう言ってもらえれば喜ぶだろう。治療舎に行ったらそう声を掛けてやってほしい」

「うん、かならず伝えるよ…感謝もしたいしな」


そう言ったティアは、屈託のない笑みを浮かべる。

その表情に、私は不思議な安心感を覚えて、一緒になって頬を緩めてしまっていた。


「ティアニーダ様!」


そんな私の耳に、不意にそんな叫び声が聞こえてきた。

ハッとして顔をあげると、私やティアの前を進んでいた警護の騎士の一人が抜剣して街道の先へと走り出していく。


気を引き締めなおして手綱を握りつつ、その騎士が進んださらに先に視線を向けた。

するとそこには、こちらに向けて猛然と進んでくる二騎の騎馬兵の姿が見える。

遠目では分からなかったが、近づいてくるにつれてその騎馬兵が青い鎧を身にまとっていることが分かった。

先行して警戒に当たっていた警護役が剣を納めて、私達の方へと戻ってくる。


「ティアニーダ様、エルデール様より伝令をお持ち致しました」


私達の元へとやってきた騎馬兵のうちの一人が、そう言いながら下馬しようとしたので、ティアがそれを手で制する。


「あぁ、そのままで良い。どうしたんだ?」

「はっ、エルデール様より、至急、領都に戻られますようお伝えせよとお申し付けがございました」

「次の兄上が?」


その言葉を聞いたティアが、私に視線を向けてくる。

何かしら、事態が動いたのだろう。

私が彼女に頷いて見せると、それに頷き返したティアはミーアやベアトリスに視線を送った。

ベアトリスも、先ほどまで臍をまげて不貞腐れていたミーアも、真剣な表情に戻っている。


「急いだほうが良さそうね」

「帰ることにしたのは正解だったみたいだね」


二人も口々にそう言い、ティアに頷いた。


「よし…急ぐぞ、遅れるな!」


そう号令を発するや否や、ティアは手綱を緩めて馬の腹を蹴る。

黒髪と外套を風になびかせて颯爽と街道を駆け出した。

それに続くように、先頭にいた警護役の騎士達と、伝令でやって来た兵達も続いていく。


「さて…私達も急ごう」

「やれやれ…仕事か、切り替えなきゃな」

「悪いことじゃなければ良いのだけど…皆、遅れないようにね」


私の言葉に、引き締まった表情で答えたミーアは手綱を握り直し、ベアトリスは少し不安げな表情を見せつつ背後に付いていた警護の兵達に声を掛けた。


「はっ!」


兵達も、表情を引き締めてそう応えをあげる。

それを確かめてから、私も馬の腹を蹴った。


先行していったティアを追うために速度を上げて行く。

ミーアにベアトリス、警護の騎士達も遅れずに追従してきていた。


この速度なら夕方前には領都に着くだろう。

ベアトリスの言う通り、悪いことでなければ良いのだが。

そんなことを思いつつ、私は前方に迫るティアの背中を追いかけた。




*   *   *




「ティアニーダ様、おかえりなさいませ!」


門兵が姿勢を正して大きな声をあげてくる。


「あぁ、役目、ご苦労。通してくれ」

「はっ!」


アタシが声を掛けると、門兵は素早く鉄の門扉を押しあけた。

手綱を緩めると、馬はそのままコツコツと蹄を鳴らして敷地内へと進んで行く。

そんなアタシ達の姿を見た衛兵達が、すこし慌てた様子で駆け寄って来た。


「ティアニーダ様、お早いおかえりでございますね」

「うん、帰路の途中で伝令に会えたんでな」

「そうでしたか、何よりでございます」


警備兵の応答を聞きつつ、アタシは馬を降りた。

アタシも汗だくだけど、馬も全身に白い汗をかいている。

王都を出たのが午前中だったけど、今はもう陽が傾きかけていた。

伝令と会ってから長い距離を走らせちゃったからな、労わっておいてもらおう。


「馬を頼んで良いか?ずいぶん酷使させちまったんだ」

「はい、お任せください」


警備兵がそう言って馬を引いて行ってくれる。

アタシの後に続いて来ていたアレク達も馬を預け、アタシの傍に駆け寄って来た。


「ティア、警護達はいったん営舎に戻るように伝えたわ」

「ありがとう、ベアトリス」

「先ぶれを頼んだから、早くエルデール様のところに行こう」

「あぁ、ミーアも助かる」


二人とそう言葉を交わしてから、アレクに視線を向ける。


「アレク、行こう」

「あぁ、お待たせしてはまずいだろうしな」


アタシはアレクと頷き合って、屋敷の中へと足を向けた。

身辺係達に出迎えを受けつつホールを横切って階段を上がり、三階の執務室へと急ぐ。

執務室の前には衛兵が二人立っていた。


「次の兄上に目通りしたい」

「はっ!」


一人に声を掛けると、そう威勢の良い返事が聞こえてドアをノックした。

中から


「入ってくれ」


と応えがあったので、衛兵がそのままドアを開けてくれた。


「次の兄上」


そう声を掛けつつ部屋に顔を出すと、そこには次の兄上にジルベール様、身辺係が三人に、衛兵も三人。

さらには、次の兄上付きの家令も数人いて、テーブルに広げた絵図を囲んでいるところだった。


「ティア!」


アタシの声を聞いた次の兄上がそう声をあげた。

ちょっと驚いたような顔をしている。


「ずいぶん早かったな」

「うん、帰路に伝令に会ったから、急いで駆けてきた」

「そうか…王都にいると思っていたんだがな」


次の兄上はそう言いつつ、アタシの後ろに居たミーア達に視線を向けた。

そんな次の兄上に、ミーアが小さく目礼をする。

それを認めた次の兄上も、コクっと頷いてみせた。


「もう平気そうだな」

「あぁ、うん。迷惑を掛けてすまない…いろいろと手配してもらってありがとう」

「なに、些細なことだ。お前が力を取り戻してくれてホッとしたよ」


そう言った次の兄上は、いつもと同じ優しい笑みを浮かべてくれる。

しかし、それもつかの間、すぐさまその表情をキリッと引き締めた。


「それはさておき…戻ってそうそうすまないが、少し話を聞いてもらえるか?」

「うん、そのつもりで来たんだ」

「そうか、ありがたい」


そう礼を言ってくれた次の兄上はアタシ達を傍に呼んでから、身辺係にお茶を持ってくるように声を掛けた。

汗だくのアタシ達を気遣ってくれたんだろう。

ほどなくして、身辺係が井戸水で冷やされたお茶を持ってきてくれた。

それぞれそれを受け取ってから、次の兄上の話に耳を傾ける。


「今朝方、父上から伝令が届いた。ノイマール国内の戦況が主だな」


次の兄上はそう言いながら、絵図上に配置された駒を指さす。


「現在父上は、国境線を超えてノイマールのディットラー領にいる。領主のディットラー男爵は王政支持派だったらしいが、先の再侵攻の際に国境線で叩いた敵の主力の一部がこのディットラー男爵の私兵団だったようだ。男爵は攻め寄せた父上の軍にほとんど抵抗できず国内に向けて撤退。父上は領都を抑えて、現在はそこを橋頭保としているようだ」

「ディットラー領の領都は確か、城郭都市になっていたはず。拠点にするには適していますね…領民が従順であれば、ですが」


次の兄上の言葉に、アレクがそう言葉を添える。

すると、それを聞いたジルベール様が口を開いた。


「その点については問題ない。エルデール様にお願いして、領民向けの食糧を大量に運んでもらっている。ひとまずは、それで懐柔できるだろう」

「その辺りに関しては王都にも働きかけています。民を味方に付ける意味でも、継続的に糧食を運び入れる算段を付けてもらっていますよ」

「ってことは、とりあえず足元は大丈夫、ってことか?」

「そうだな、足がかりは得たと言っていいだろう」


細かいことはさておき、ひとまずノイマール侵攻の取っ掛かりは確保できたと言えそうだ。

かと言って、サラテニアとモガルアのこともあるから、じっくり時間を掛けるわけにもいかないだろうな。

ここからどう進めるつもりなのか…


「それで、この後はどう動くつもりなんだ?」


アタシが聞くと、次の兄上は父上の軍を示す駒を指さし、さらに絵図の上の街道をなぞる。


「基本的には、この山間の街道を進んで王都を目指すことになるようだ。しかし、それに際して問題が出ている」

「問題?」

「ノイマール国内で、複数の蜂起が起こっているという話をしたと思うが、蜂起を起こした各軍の救援に関してだ。侵攻路に当たるパジェスター領に関しては問題ないが、そこから外れたゴルダ領、ノキノン領については、どうしても別動隊を派遣する形を取らざるを得ない」


次の兄上は、なぞった街道からは少し離れた位置に置かれた二つの駒を指さして言った。

どうやらゴルダ領とノキノン領というのがそこなんだろう。

確かに街道を侵攻していくのなら遠回りをするか、軍を分ける必要がありそうだ。


「さらに、南部の一部…反ノイマール王政派の領地を抑えているサラテニア軍だ。どうも動きが妙らしい。サラテニアはオルターニア侵攻で大敗した。軍の再編が必要だろうからその動きだとは思うが、万が一ということもある。牽制する役目が必要だ」


次に、兄上はノイマールの南部をぐるっと指先で差し示しつつ言った。

牽制、か。

これも当然だな…サラテニアはオルターニアで親父殿を挟撃しようと動いた。

ノイマール国内でも同じことを狙って来る可能性はある。


「要するに親父殿は、起軍への救援とサラテニアの牽制のために機動力の高い遊撃部隊を欲している、ということだ」


次の兄上は、絵図上に新しい駒を一つ置いてから、アタシに視線を向けた。

その顔には、なんというか…心配そうな色と、厳しい色が同居した、妙な表情が浮かんでいる。

それを見れば、どんなに鈍いやつだって次の兄上が何を言いたいのかなんて察しが付くだろう。


そんなことを思っていたら、次の兄上は、アタシが思った通りのことを口にした。


「その遊撃部隊の指揮を、お前とアレクシア様に頼みたいそうだ」




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