帰還
ごった返す人々は、みな忙しそうにしている。
あちこちの店先からは呼び込みの声があがっていて、そこかしこに人だかりができ、食材や、衣類、生活用品なんかを物色している姿があった。
ここは、バイルエイン領都の目抜き通り。
私とエリク、ローエン殿とバイルエイン兵二名にノーフォート兵二名の7人は、南部の国境線から2日掛けてバイルエイン領都へと辿り着いていた。
「はぁ…なんと言いますかこう…帰って来たという感じがしますね」
「ははは、エリク殿もずいぶんとバイルエインに馴染まれたようですな」
「我らにとっては戦地から逃れて来た安息の地ですからね。そこはかとなくホッとするような心持ちです」
「それは我らにとっては光栄なことですな」
「本当にありがたいことです」
馬に揺られながら、しみじみとした様子のエリクと、すっかり肩の力を抜いたローエン殿がそんな話をしている。
会話に参加していない私も、どこか気持ちが緩むように感じられていた。
エリクが言った通り、私達ノーフォートから来た者にしてみればここは安心することのできる安息地だ。
それほど何度も通ったわけでもないが、領都を貫くようにして伸びているこの目抜き通りに差し掛かるとその感覚も強くなる。
「あぁ、見えてきましたね」
不意に、エリクの声が聞こえた。
顔をあげてみればその先には、塀に囲まれたバイルエイン邸が見えている。
門兵はこちらに気付いていたようで、手にしていた槍を立て、背筋をピッと伸ばした。
「おかえりなさいませ」
門の前に到着するなり、彼らがそう唱和してくれる。
私は軽く手をあげて彼らに応えつつ、門の中へと馬を進めた。
すると今度は、お屋敷の玄関口に立っていた衛兵の一人が駆け寄ってくる。
「ノーフォート様。無事の御帰還、まことにおめでたく」
衛兵はそう言いながら礼を取る。
馬を降り、彼に礼を返している間に玄関口から飛び出してきた衛兵達が数人駆け寄ってきて、私達が乗って来た馬の手綱を握って厩舎の方へと引いて行く。
彼らを見送ってから改めて玄関に目を向けると、そこには母様や姉様、そしてエルデール様のお姿もあった。
「エルデール様。南部のサラテニア軍の討伐、完遂致しました」
私はまず、エルデール様の前に進み出てそう報告する。
エルデール様はそんな私に優しい笑顔を浮かべてくださった。
「お見事です、アレクシア様」
「アレク…誇らしいですわ」
「良くやったな、アレク」
エルデール様に続き、母様や姉様も、そう言葉を掛けてくれた。
嬉しい気持ちもあったが、それ以上に、ホッとした、というのが一番だった。
「北部の戦況は如何でしょうか?」
私が聞くと、エルデール様は落ち着いた様子で頷かれた。
「心配には及びません。北部でも兄がモガルア軍の撃退に成功しています」
「それでは…」
「ええ、ひとまず喫緊の事態はおおむね乗り切った、と言えるでしょう…危ないところでしたがね」
「そうですか…ノイマール国境線の状況は?」
「そちらに関しても危機的な状況は脱しておりますが、少々込み入った話になります。まずは、一息吐かれると良いでしょう」
エルデール様はそうおっしゃって、屋敷の中へと私達を促してくださった。
エリク達ノーフォートの兵は営舎に戻るよう指示し、私はエルデール様のお言葉に甘えてお屋敷へと入る。
二階の一室に通された私はそこで身辺係達に囲まれ鎧を脱がされ、そのまま浴場へと連行された。
ゆっくりと汗を流し、着替えを済ませたところで、私は三階のエルデール様の執務室へ向かった。
執務室にはエルデール様と姉様、そして警護の兵が数人いるだけで、落ち着いた雰囲気だ。
「あぁ、アレクシア様。もうよろしいので?」
部屋に顔を出すなり、エルデール様がそうお気遣いくださる。
「ええ、ありがとうございます。ようやく、ホッと致しました」
私が応じると、エルデール様も笑みを浮かべて
「おかけください」
とカウチを勧めてくださった。
腰を下ろすなり、身辺係がやってきて、お茶とお菓子を並べてくれる。
カップを口に運び暖かなお茶を啜ると、思わずため息が出た。
そんな私を見て、エルデール様と姉上から微かな笑い声が漏れる。
「疲れたでしょう、アレク」
「正直に言えば…とても」
「おかげで、オルターニアは救われました。オルターニアの貴族家の一員として、感謝申し上げます」
姉様とエルデール様がそれぞれそんなことを言いながら、私の向かいのカウチに並んで腰を下ろした。
身辺係が二人の分のお茶も手早く用意する。
そんな姿を横目で見つつ、
「こちらは、変わりありませんか?」
と尋ねると、二人は穏やかな表情で視線を交わしてから、それぞれに頷いた。
「あれから、“夜鷹”が領都内に潜伏していたノイマールの暗部の隠れ家を特定して襲撃しました。ノーフォート家の方々や我が家を狙う輩は、領都からは排除しきったと思います」
「そうでしたか…それは良かった…」
「念のため、ベアトリスを責任者に当てて警護は継続しております」
「ありがたいことです」
私が屋敷を出たのは襲撃を受けた直後だったから、気に掛かっていた。
どうやら、そちらも片付いたようで安心した。
「お怪我の方は?」
「順調に回復しています。まだ少し痛みますが、どうということはありません」
私の問いに、エルデール様は笑顔で答えてくれた。
顔色も良さそうだし、おっしゃるように問題はなさそうだ。
もう一口お茶を口に運んで、ふぅ、と息を吐く。
お茶と、エルデール様や伯爵家の皆の心遣いが、胸の奥まで染み渡るような心地だった。
故郷と言うわけでもないのに本当に心の底から「帰って来たんだな」という実感がわいてきて、気持ちが緩む。
しかし、緩んでばかりではいられない。
私は改めて少し気持ちを引き締め直し、頭を働かせる。
他に先に聞いておくことはない、かな。
それでは、本題に入らせて頂くとするか…
「それで…戦況の方は?」
私がそう尋ねると、エルデール様も表情を少し引き締めた。
「はい、まずは北部戦線の方から説明しましょう」
エルデール様がそう言うなり、ジル姉様がテーブルに絵図を広げる。
オルターニア北部に書き込まれていた点の一つをエルデール様が指さした。
「北部は、ダントン男爵領の防衛拠点、ウェーブル郊外の戦闘でモガルア軍を撃退しました。現在は、一部の部隊がそのままウェーブルに詰めており、残りが北部国境線に向かって同時侵攻してきたノイマール軍と戦闘状態にあります」
やはり、ノイマールは侵攻を再開していた、か。
それを聞いて僅かに胸が詰まったが、エルデール様はそれほど深刻そうな表情はされていなかった。
「ノイマールにしてみればモガルア軍と挟撃するつもりだったのでしょうが、今やこちらが圧力を加えて釘付けにしている状況です」
「釘付けに…?どういうことでしょう?」
「実は、南部戦線でも同様に、ノイマールの再侵攻があったのですが…」
私の言葉に、エルデール様は今度は絵図の南部地域を指さした。
南部でも、か。
それにしては、あの場にいた私達に報告がなかった…何か、急な状況の変化があったということだ。
「父上らの部隊がそれを撃退し…ノイマール領内へ反転攻勢に移りました」
「反転攻勢…伯爵様の部隊が、ですか?」
思わぬ情報に、私は思わず声をあげてしまっていた。
しかし、エルデール様はそれに動じた様子もなく、ジル姉様から受け取った駒を絵図の上に並べ始める。
「はい。国境線に展開していた父上らの部隊は一万でしたが…国境線に進んできたノイマール軍を撃退後、そのまま進軍を開始。同時に、ノイマール国内のパジェスター領、ゴルダ領、ノキノン領で、内応した軍が蜂起。ノイマール国内に残る戦力を引き付け、分散させています…そのうちの一つ、ゴルダ領内の軍を率いていらっしゃるのが、御父上のジキュエール・ノーフォート様です」
「父上が…!?」
思わず姉上に視線を送ると、姉上が私に頷いて見せる。
どうやらすでにその辺りは承知しているらしい。
「パジェスター領、ノキノン領で蜂起した軍の指揮も、それぞれ“夜鷹”の手引きで身を隠すことができた反王政派の貴族家の方々です。軍勢も、解散した軍を密かに再結集させたようで…その辺りの手腕は、さすが父上と言わざるを得ませんが…とにかく、ノイマールの主力の片割れは父上に打ち破られ、もう半分は北部に釘付けの状態。国内の残存戦力は、蜂起した各地の軍への対応で一つにまとまれない状況になっています」
「…つまり…伯爵様の軍の侵攻を阻む部隊はいない…?」
「ことはそう単純でもないようです。さすがに、王都周辺の部隊は釣りだすことができていないようで、父上は蜂起した軍を吸収しながら王都に進み、そこで雌雄を決する算段のようです」
「援軍の要請は?」
「もちろん、あります。補給物資の催促に、増援要請も。おかげで、また寝不足になりそうですよ」
そう話すエルデール様は、それでも疲れた表情ではない。
それこそ、私やノーフォート家を保護してくださった直後くらいの方が、よほどお疲れだったように思う。
姉様がお役に立てているのだろう…チラっと姉様に視線を送ると、姉様は私にニコッと笑みをみせた。
「そうですか…私にも、何かお役に立てることがありましたらお声かけください」
「ありがとうございます…しかし、お疲れでしょうから今しばらくはお休みください」
エルデール様がそうおっしゃってくださった。
しかし、それを聞いた姉様が、ハッとした様子でエルデール様の肩を叩く。
エルデール様は不思議そうに姉様に視線を向けると、何も言わない姉様の様子を見て何かに思い至ったのか、思い出したように私に視線を戻した。
「…すみません…お休みください、と言いましたが…一つ、お願いしたいことがありまして…」
そうおっしゃるエルデール様は、何やら言いづらそうな様子だ。
「はい、なんなりと」
私が先を促すと、それでも何度か言いよどみつつ、なんとも申し訳なさそうに言った。
「ティアニーダのことで…ベアトリスとミーアに、話を聞いていただけませんか?」
* * *
「あぁ、アレクシア!」
夕食後、部屋でくつろいでいた私のところに身辺係がやってきて、ベアトリスとミーアが来たと告げた。
入ってもらうように伝えると、すぐにドアを開け、ベアトリスがそう声をあげながら小走りで駆け込んでくる。
私が立ち上がって出迎えようとすると、彼女は私に飛びついてきて、ギュッと抱きしめてくれた。
「良かった…無事ね?ケガとか、ないわよね?」
「あぁ…あぁ、うん。大丈夫だ…ありがとう」
私も彼女の体に腕を回して力を込める。
肩越しには、ミーアもこちらに歩み寄ってくる姿があった。
「ベアトリス…あれからも家族の警護についてくれていると聞いた…家族を守ってくれて感謝する」
「いいのよ…あなたやティアと一緒に行けなかった分、自分にできることをしただけだから」
「それでも、感謝を」
「まったく…相変わらずそう言うところは譲らないのね」
私の言葉に、ベアトリスはそう言って笑いつつ、私の体を解放した。
一歩下がったベアトリスに代わり、ミーアが前に出て来て礼を取る。
「アレクシア様。お疲れのところ申し訳ございません」
「ミーア、今さらそんな畏まった態度はよしてくれ…できればティアやベアトリスのように接してくれないか?」
私はそう言って、彼女の礼を拒絶する。
心苦しいとか、そういうことではない。
今さらそうされるのは、どことなく寂しさを覚えたからだ。
しかし、私の言葉を聞いたミーアは顔をあげるとニンマリとした笑みを浮かべていた。
「ふふ、言質は取ったからね?」
そう言った彼女は、首を傾げながら片目を閉じてみせる。
その様子に、私はホッと胸を撫で下ろした。
良かった、彼女も相変わらずなようだ。
「うん、よろしく頼む」
「こちらこそ」
そう互いに挨拶を済ませた私達はカウチに腰を下ろした。
来てもらったのは、当然、ティアの話を聞くため、だ。
話を始める前に、ミーアが用意してくれたお茶と乾物をテーブルに並べる。
それを待ってから、私は二人に水を向けた。
「それで…ティアの様子は?」
二人は互いに視線を交わして頷き合うと、私の方を向き、まずはミーアが口を開いた。
「三日前にこっちに戻ってから、ずっと部屋にこもったままなんだよ…話を聞きに行ったんだけど、かなりの重症…もう、バキバキに心が折れちゃってる感じ」
「話はしているんだな」
「ええ、私もベアトリスも、一応ね。でも、本人は私達に頼ったり、泣き言を言ったりするのすら辛いみたい」
「配下のジーマから詳しく聞いたんだけど…確かに、ちょっとティアには堪えそうなことだったみたいね」
二人は、沈んだ顔つきでそう言った。
それを聞いて、私の脳裏にダレンの街で最後に見たティアの顔が思い出される。
失意というか、そういうものに支配された表情だった。
あれからティアの状態は良くなるどころか、むしろ一層悪化してしまっているようだ。
「一応確認だが…敵陣へ突撃して部下を大勢死なせたことと、防衛戦で前線に出られなかったことが大きな要因で間違いないか?」
私が問うと、ミーアが頷いた。
「うん、その二つが決定的だったみたい」
そうだろうとは思っていたが…いざ、それが決定的となると、胸をギュッと締め付けられる。
ティアが気落ちしている原因の一つは、間違いなく私なのだ。
「やはりそうか…もう少しうまく慮れれば良かったんだが…」
「アレクシアが抱え込むことじゃないわ」
「指揮官の立場だったら当然のことだよ、気にしない方が良い」
「そうは言ってもな…」
二人はそう言ってくれたものの、私にも何とも言いきれない思いがあった。
あのときの私にもっと余裕があれば…ティアの気持ちに寄り添うことができていたら…もう少し違った結果になっていたかもしれない。
…しかし、今は反省も後悔もしているときではない。
まずは、ティアのことだ。
「ベアトリス、ティアには堪えそうなこと、と言ったが、具体的にはどういうことなんだ?」
私が尋ねると、ベアトリスとミーアは顔を見合わせてから私に視線を戻して口を開いた。
「あぁ、そうね…そこから話しておいた方が良いでしょうね」
「…ティアは、昔から兄上様達と自分を比べてたの。文武両道、嫡男として器量が備わったガルイード様に、勤勉で学業にも治世にも優れたエルデール様は、それはそれは評判だった。伯爵家に初めて生まれた女の子だったっていうのもあって、伯爵様ご夫婦も、兄上様達もティアを大切にしていたけど、だからティアも、家族のために役立ちたいと思っていたみたいでね」
「けど…ティアには二人の兄上様達のようにはできなかった。一時は、お二人にできないことをって意気込んで、中央の社交界に行っていた時期もあったんだけど、あの性格でしょ?それもあんまりうまく行かなかった。結局、小さい頃からずっと続けていた剣と乗馬の技術を生かして今の役回りに落ち着いたけど…思えば昔からどこか自分に自信がなかったんだと思う」
ミーアとベアトリスが、しんみりとした様子でそう話してくれる。
自信、か…
言われてみればそうだった。
ティアはどこか自己否定的な部分を持っていたように思う。
優秀な二人の兄上の代わりを務められないこと。
軍の指揮や領地を治めることができないこと。
騎士として未熟であること。
本人はそんなことを、まるで笑い話のように語っていたけど…本当は、彼女自身がそれをひどく気にしていたのかもしれない。
私にしてみたら、お二人の代わりを務められなくても、ティアにしかできないことがあると思っている。
軍の指揮が執れなくても、ミーアやエルデール様が仰っていたように、騎馬隊の指揮や勘働きに関しては目を瞠るところがある。
騎士として未熟であるというのは本人がそう思っているだけで、私は微かにもそう感じたことはない。
しかし…ティアがそう感じてしまうのは、ミーアの話を聞いて理解できた気がした。
そのうえ…
「そのうえで…自分の判断で部下を大勢死なせて…さらには、旗頭としての役割しか与えられなかった…か」
「そう…そりゃぁ、ああなってもおかしくはないと思うわ」
「うん…ティアじゃなくても、ちょっと自信なくすと思う」
私の言葉に、二人はそう言葉を添えつつ頷いた。
ティアにとって、それは自分自身の力のなさを突き付けられたような、そんな感覚だったのかもしれない。
「アレクシア、戦場ではティアはどんな様子だったの?」
「あぁ…突撃を掛けた以降のティアは、完全に消耗していた…懸命に落ち着いているように振る舞ってはいたが、配下の死体を掲げられたり、野戦が拮抗したりした際には強硬に自分が出ると言って来た。そんな彼女を前線に出して負荷をかけたらどうなってしまうか…正直不安があった」
「そうだね…なんだか、死にに行っちゃいそうな怖さはあるよね」
「実際、騎馬隊だけで足止めの突撃をしたときはその覚悟だったんでしょう?あり得ない話じゃないわ」
二人も、あのときのティアの様子が想像できたのだろう。
渋い表情をしながら頷いていた。
しかし、私はそんな二人をよそに頭を抱えてしまっていた。
二人が同意してくれた通り、あのときのティアに隊を任せることはできなかった。
傷付いているティアを戦闘から遠ざけたいという気持ちがあったことと、彼女が負傷したり万が一討ち取られた場合には軍が崩壊する危険があったというのは嘘ではない。
しかし、あのとき私は…自分の役割と、死体を辱める敵に対する自分の怒りに感情のほとんどを支配されていた。
だから、私は…それを言い訳に、ティアを蔑ろにしたのだ。
そのことを認めなければならない…
後悔、自己嫌悪…そんな感情が込み上げた。
頭の中をグルグルと思考が巡り、胸の内にイヤな感覚が満ちる。
しかし、それでも私は頭を振って、それに蓋をした。
後悔することも、彼女への謝罪をしたいという想いも、今はただの自己満足でしかない。
考えなければならないのは、ティアのことだ。
自分の気持ちではなく、ティアの気持ちに目を向けなければ。
「…私がティアに会おう…謝罪もしたいし…元をたどれば、私が原因だ。私がなんとかしなければ…」
私は、顔をあげて二人にそう告げる。
そう、まずはそこから始めなければならないだろう。
謝って、それから、彼女が自信を取り戻せるように励ますしかない。
しかし、私の言葉に二人は表情を曇らせた。
「あのね、アレクシア」
「まぁ、そんなことを言い出すんじゃないかと思ったけど…」
二人の様子に、私は少し戸惑ってしまう。
私は…また何か、間違えたか…?
「その…すまない、何か配慮が足りていなかっただろうか…?」
私が尋ねると、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「…アレクシアのことを信用していないってわけじゃないけど…今のティアは、ちょっと一筋縄ではいかないわよ」
「っていうか、水臭い。ティアは確かにアレクシアのことを特別に思っているけど、全部一人で背負い込もうとしないで」
「えっと…つまり…どういうことだろうか?」
それでも意味を掴みかねて、思わず聞いてしまった私に、ミーアが言った。
「なんとかするんだよ、私達で」
ミーアは、ジッと私の目を見つめていた。
ベアトリスも、だ。
その顔つきを見れば、彼女がどんな思いでそう言ってくれたか、分からないはずはなかった。
ギュッと胸が締め付けられ、目頭が熱くなる。
込み上げる感情が漏れてしまいそうで、思わず唇を噛みしめていた。
「すまない…ありがとう…」
ただそう伝えるのが精いっぱいだったが、それでも二人には私の想いが伝わったようだ。
先ほどまでの苦笑いが解れ、ホッとしたような笑みへと変わる。
本当に…私は幸運だ。
「と…そう言うわけで、なにか案が欲しいわよね」
ベアトリスが、ちょっとおどけた口調でそんなことを口にした。
うん、そうだな…
仕切り直した方が良いだろう。
「…戦場での経験を忘れるなら、やはり酒だろうか?」
私が言うと、ベアトリスが思い出したように
「そう言えばこういうときって、男ならいくらかお金を持たせて娼館にでも連れて行くらしいんだけどね…」
と言い出す。
それを聞いたミーアが
「どこかから、顔の良い男でも引っ張ってきてみる?」
なんてことを口にした。
男をあてがう、か…どうだろう…そこはかとなく、モヤモヤとした気持ちになる。
「いや、ティアに限っては無理でしょ。頼むなら、アレクシアが良いんじゃない?」
私!?
私か…一度経験しているし、イヤではないが…しかし…
「し、しかし、私はそもそもの原因だぞ?ティアと体を重ねることに抵抗はないが…今のティアがそれを喜ぶとは思えない」
慌てて言うと、二人はもっともそうな表情で頷いた。
「それもそうか…じゃぁ、ベアトリス?」
「いや、ティアのことは好きだけど、私はそっちの気はないから抱くのは無理。ミーアこそ、どうなの?」
「やれるかどうかで言えば、やれるとは思うけど…それでティアの気持ちが切り替わるかどうか、って言われるとなんとも…むしろ、配下の中から房中術が得意な子を差し向けた方が良いかもしれない…骨抜きにできそうなのは何人かいるよ」
ミーアやベアトリスならともかく、他の者となると…それもなんとなく、モヤモヤとする。
いや、そんなことを言っている場合ではないのだが、なんとなく、だ。
「言い出しといて悪いけど…そっち方面の手はナシね。返って悪化しそうな気がしてきたわ」
「…同感だな。もっとこう、剣を振るとか、遠乗りに行くとか、そう言う方が良いんじゃないだろうか?」
「確かにそうだね…うーん…」
私達は、三人揃って腕を組み、考え込んでしまう。
自信を取り戻してもらう…いや、もともとそういう感覚がなかったのだとしたら、改めて自信をつけてもらう必要がある。
それにはきっと、時間を掛ける必要がある。
ひとまずは、部屋から出てきてもらうことと…そのうえで、楽しんでもらって、気持ちを前に向けることが優先だろう。
「遠乗り、か…」
そんなことを考えていたら、不意にミーアがそんなことを口にした。
視線を向けてみると、彼女は少しハッとしたような表情を浮かべている。
「何か良い案が?」
私が聞くと、ミーアは首を傾げながら
「良いかどうかは分からないけど…」
と前置きしつつ、
「王都に出かける、ってのはどうかなって」
と言って、私とベアトリスの顔を代わる代わる見つめながら言った。




