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戦果

周辺図

挿絵(By みてみん)


前話を修正、加筆しています。

まずはそちらをご一読ください。




翌日の朝を、私は交易都市ダレンで迎えた。

昨日、敵の本隊は後方から迫ったこちらの迂回部隊に強襲され壊滅。

指揮官および、士官達は全員その場で討ち果たせたうえ、ティアの配下達の遺体もおおむね回収ができた。

オルターニア軍は交戦していたサラテニア軍を圧殺した後、騎馬隊を中心に再編した3000の部隊で西側に迂回した敵部隊を挟撃した。

前方をガーダイン伯に塞がれ、後方からも襲撃を受けた迂回部隊は降伏し、全体としては2000近い敵兵が捕虜となった。


こちらの被害も決して少なくはなかった。

中央のガーダイン隊の被害はさほどでもなかったが、両翼に展開していた各家の部隊はそれぞれ3分の1ほどが死傷してしまった。

全体としてみれば、2000程の損害になるだろう。

それでも勝った。


斥候の情報では、後方に待機していた1万は一度サラテニア国内に撤退していったらしい。

これでサラテニア側からの侵攻は、ひとまずいったん退けたと言えるだろう。

もちろん、オルターニアとサラテニアは国境線を広く接しているから予断は許さないが、この迎撃戦は時間的な余裕がなかったからこその危機であったと言っていい。

現在は、王都周辺の貴族家が兵を纏め、国境線の各地へと進軍を開始しているようだ。

この交易都市ダレンにも、王国軍の士官に率いられた1万近い軍勢が到着する予定になっている。


そうした諸々の報告を、ヒルダナ男爵様が用意してくださったダレンの代官屋敷の一室で受けた。

この部屋には私の他に、エリクとローエン殿、それぞれの補佐にノーフォートとバイルエインの兵が2名ずつ詰めている。

ティア達は今朝早く、バイルエインに向けて出発させた。

本人はそのことに気落ちした様子で残ると言い募ってきたが、配下のジーマという士官にも促されて渋々納得してくれた。

私としては、ひとまず前線から下がらせて安心させたかったので、内心はだいぶホッとした。

私も、王都から派遣された部隊に引継ぎを済ませればいったんはお役御免で、バイルエイン領都に戻ることになる。

今は報告をすべて聞き終え、到着するはずのその部隊を待っているところだった。


「それにしても、アレクシア様。昨日は見事な指揮にございました」


ローエン殿が、私にお茶を出しながらそう声を掛けてきた。

私はそれに、肩を竦めて応じる。


「私の力量ではありません…オルターニアの兵たちが、国を守らんと戦った結果だと思っております」

「それはなんとも殊勝なおっしゃり様ですな。しかし、並みの指揮官ではあのような絶妙な駆け引きは難しいでしょう。迂回作戦はさておき、奇策なしに正面から用兵のみで一万のサラテニア軍を六千で押しとどめるのは容易ではございません」

「そう言って頂けると幸いです」


私が礼を述べると、ローエン殿は満足そうな笑みを浮かべた。

この手の話は、ローエン殿だけではない。

戦闘終結後には他の貴族家の方々からもお褒め頂いたし、ガーダイン伯爵もわざわざ会いに来て見事だった、とお言葉をくださった。

大変ありがたいことではあるのだけど、次に同じことができるかと言われると、正直に言って自信はない。

戦いには勝ったし、サラテニア軍の指揮官や士官は軒並み討ち取った。

しかし、こちらにも相応の被害が出たし、薄氷の差の勝利だったと思っている。


私にも相当な精神的な重圧があったようで、昨晩は野戦後、交易都市に戻ってから摂った夕食は全部吐き戻してしまった。

今朝も胃の腑にキリキリと痛みがあるので、スープだけを頂くだけにとどめている。

…体の不調は、何も戦いのことだけのせいでもない、か。


「…そういえば、ローエン殿。ティアの様子はいかがでしたか?」


私が尋ねると今度は彼が、苦笑いを浮かべつつ肩を竦めて見せた。


「街をお出になるまで、様子はお変わりありませんでしたな」

「そうか…」


彼の言葉に、私は胸の奥がズンと沈んだような感覚になる。

そんな私の顔を見て、ローエン殿の苦笑いがさらに渋く歪んだ。


「あまりお気に病まれませんよう。昨日のアレクシア様の判断は間違ってはおりません。むしろ賢明だったと言えるでしょう」

「確かに、軍の指揮官としては正しい判断だっただろう。しかし、彼女の…彼女と親しい者として正しかったのか…」

「あれは戦場でのことであれば、指揮官としての判断が優先されます。そこに個人の想いを持ち込むなど、あってはならないことです」

「そうであれば、私は個人的な思いもあってティアを前線に出さなかった…軍の旗頭として、飾りにした」

「おっしゃる通りかもしれませんが、アレクシア様のお気持ちは軍の総意と同じでした。あの場で、ティアニーダ様に騎馬隊を任せ、寡兵で敵陣に攻め掛かっていたとしたら、何が起こったか予想がつきません。もしかすると士気があがってもっと楽に勝てたかもしれませんが、ティアニーダ様が討ち取られてしまう可能性もあったでしょう。それに、勝てたとしても迂回部隊が背後に回る前に敵が崩れていたら、封殺は叶わなかったかもしれません」


そう言ってくれるローエン殿は、なんともいたわし気な様子だ。

気を遣われているのだろうし、軍属らしく私の取った対応に賛成だという思いもあるのだろう。

だが…どうしても、正しい判断だったと言い切れない自分がいた。


ティアは、明らかに落ち込んでいた。

戦闘終了後、敵が掲げていた遺体を回収し、さらには彼女が駆け回った戦場周辺を捜索して、命を落とした配下の隊員達の遺体も発見できた。

彼らの遺体の他、野戦で命を落とした他のバイルエイン兵達の遺体を纏め、布に包んで馬車に載せていた彼女の表情は…なんというか、言葉にできない色をしていた。

そんな彼女に…後ろめたさがあって、私は声を掛けられなかった。

彼女も、私に対して思うところがあったのだろう。

野戦後は配下のジーマを介して伝言のやり取りをし、顔を合わせないままに街を後にしてしまった。

最後に彼女を見送ったのが、ローエン殿だった。


「ティアニーダ様にも、いつまでも子どものままで居てもらっては困ります。此度のことが良い薬になると良いのですが…」


ローエン殿は、ため息交じりにそんなことを漏らす。

こう言ってしまうのもなんだが…この話題に関しての相談相手としては、ローエン殿は不向きだな…

ベアトリスか、ミーアか…どちらかに…いや、二人に話を聞いてもらいたいところだ。


そんなことを考えていたら、不意にドアをノックする音が聞こえた。


「構わん」


そう声を掛けると入ってきたのは、ヒルダナ男爵様の兵だった。

その後ろには、当のヒルダナ男爵様とガーダイン伯爵様もご一緒にいらした。


「これは伯爵様、男爵様」


出迎えようとして椅子から立ち上がった私を、伯爵様が笑みを浮かべて手で制された。

男爵様も穏やかな笑みを浮かべて頷いてくださったので、私はそのままお二人にカウチを勧める。

しかし、それをヒルダナ男爵様は固辞された。


「アレクシア様。王都より援軍が到着いたしました」

「おぉ、そうでしたか。わざわざお知らせくださり、感謝いたします」

「いえ、そのような。それより、これから指揮を執られるハルバーレル・リックラン・オルターニア侯爵様がお越しになられます」

「リックラン侯爵様が?国軍士官ではなく?」


ヒルダナ男爵様の言葉に、ローエン殿が反応した。

その表情は冴えない。

ヒルダナ男爵様に視線を戻すと、彼もやや渋い表情を浮かべて


「うむ、面倒なことだ」


と肩を竦めて言った。

…オルターニア姓を持つ侯爵家…ということは、王家に連なる血筋の方ということか。


「アレクシア様」

「はい、ヒルダナ男爵様」

「お察しのことと思いますが、リックラン侯爵は王家の血筋を引かれたお方です。オルターニアには5つの侯爵家がございまして、そのすべてが王家の血縁の家となっております…それで、今回いらしたリックラン侯爵なのですが…なんと言いますか、少々クセのある御仁でしてな…」

「あぁ、なるほど…」


私は、ヒルダナ男爵様やローエン殿の反応に得心がいった。

オルターニアにもどうしようもない家がある、とティアが言っていたっけ。

どうやら、そっちの方面のお方らしい。


「優秀な方ではあるのですが…少々気位の高いところがございましてな、事前にお伝えしておこうかと」

「…わざわざありがとうございます。心してお相手いたしましょう」

「左様に願います」


ヒルダナ男爵様がそう言って軽く礼を取られたので、私はそれよりも一段深い礼を返す。

そうしている間に再びドアをノックする音が聞こえた。

こちらが誰何する前に


「ハルバーレル・リックラン・オルターニア侯爵様のお成りにございます」


と声が掛かった。

私は咄嗟に部屋の隅へと移動する。

私の両側を守るようにしてヒルダナ男爵様とガーダイン伯爵様が立ち、私達の背後にそれぞれの兵が列を作った。


それを確かめたのち、控えていた侍女がドアを開けた。

すると部屋の中に、豪華絢爛な鎧をまとった兵に囲われた、これまたかなり込んだ装飾の入った鎧を着込んだ中年の男が姿を現す。


「リックラン閣下。ご来援、まことに心強く思います」


そう発声したヒルダナ男爵様が最敬礼の姿勢を取る。

私もそれに続いて胸に手を当て、片膝をついた。

ガーダイン伯爵様も同じように膝を折る。


「うむ。ヒルダナ、ガーダイン。此度はよくぞ堪えた」


リックラン侯爵様は、恭しい口調でそう言うと


「顔をあげよ」


と声を掛けてきた。

両隣のお二人が姿勢を正す気配がしたので、私も立ち上がって頭をあげる。

すると、リックラン侯爵様はほう、と声を漏らした。


「その方が、ノイマールから離反したというノーフォートか?」

「は、アレクシア・ノーフォートと申します。此度は王太子殿下と、バイルエイン伯爵家御嫡男様より、当座の指揮を預かりました」

「うむ、話は王太子から聞いておる。裏切りの家など信用ならんと思ったが、それなりに働いたようであるな」

「もったいないお言葉です」


私は努めて気持ちを落ち着かせつつ、そう礼の言葉を述べる。

その反応は、どうやらお気に召したらしい。

侯爵様は満足そうにうなずくと


「どうだ、今後は我がリックラン侯爵家が後ろ盾になろう。我が家と縁続きにでもなれば、その方の父も子爵…いや、男爵に取り立てるよう王家に働きかけようぞ」


と宣った。

どうやら、私に嫁に来い、と言っているらしい。

虫唾が走る…とまではいかないが、不愉快な話には違いない。


私は、胸に手を当てて頭を下げる。


「お申し出、ありがたく存じます。なれど、我が家は現在、オルターニア王家に預かって頂いている身。軽々にお返事をいたせませんこと、お許しいただきたく」

「王家の預かりと?バイルエインではないのか?」

「は。滞在はバイルエイン伯爵様領でございますが、アレンデオール・オルターニア王太子様のご好意を頂戴しております」


私の言葉に、侯爵様の表情が渋くなる。


「バイルエインの預かりと聞いているが?」

「おそらく、我が家が他家のやっかみに合わぬよう配慮して、そのような伝聞を広めてくださっているものと存じます」


我が家を保護してくださっているのは、間違いなくバイルエイン家だ。

ただし、アレンデオール殿下には目を掛けて頂いてもいる。

バイルエイン家でお世話になっているのは殿下がお認めになっているし、殿下の指示と言えなくもない。

ちょっと曲解かもしれないが…完全な無理筋でもないはずだ。

私が説明すると、侯爵様はハッとした様子で何度か頷いて見せた。


「なるほど、合点がいく。そのような狭量の家も多かろう」

「侯爵様をはじめ、オルターニアの方々は暖かな心根の家々ばかりかと存じます故、過分なご配慮とは思いますが」

「いや、王太子の懸念もあながち行き過ぎではない。気を付けることだ。縁組の話に関しては、この戦争が終わったのちに私から王太子に声を掛けるとしよう」

「はっ、ご助言にも、侯爵様のご配慮にも、感謝いたします」


私が再度頭を下げて礼をすると、侯爵様はいよいよ満面の笑みを浮かべた。

さて、面倒なことになりそうだが…私は引継ぎが終わればバイルエインへ戻る。

そこでエルデール様とガルイード様に相談させていただこう…心苦しいが、王太子殿下にも直言がかなうお二人であれば何か打てる手だてがあるかもしれない。


「…では、閣下。こちらに残る軍の状況についてご説明いたします。ぜひとも閣下の手腕を拝見いたしたく」


私と侯爵様の話が一段落したとみるや否や、助け舟を出すようにヒルダナ男爵様がそう話を進めてくださった。


「うむ、そうだな。どれ、聞かせてみよ」


侯爵様はそういうなり、カウチにどっかりと腰を下ろした。

確かにクセのある御仁だし、高慢なところもあるが…どこぞの王に比べれば丸め込みやすい分、楽な相手だ。

そんな侯爵様相手に、ヒルダナ男爵が粛々と議事を進め始める。

私は主だったところは彼に任せ、その補佐に徹しつつ、指揮権を侯爵様に引き渡すのだった。




*   *   *




「はぁ…」


何度目だろうか。

胸の中のモヤモヤが晴れなくて、アタシは大きなため息を吐いた。

見上げる天井は代わり映えしないのに、アタシはそこから目を離す気も起きない。

いや、本当なら見ていたいわけでもないんだけど、他に目を向けるのも億劫だ。

かといって目を閉じると、あの戦闘のことが思い浮かんでしまってダメだった。


アタシは、バイルエイン領へと戻ってきていた。

到着したのは昼過ぎ。

1300まで減った私兵団を連れて領都に帰還したアタシは、死傷者や遺体の収容、遺族への対応を次の兄上や配下に任せて、早々に部屋に引っ込ませてもらった。

細かな報告はジーマがやってくれているらしいが、あいつも早々に休ませてやってくれと頼んである。

もうそれくらいの配慮しかできないくらいには、アタシの心に余裕はなかった。


兄上達や屋敷に残っていた配下達から見ても、アタシの有様はかなり酷かったようだ。

アタシの頼みを二つ返事で引き受けてくれて、部屋でゆっくりするように言ってくれた。


部屋に戻ったアタシは軍装を解いて、部屋の湯浴み場で汗を流して寝台に体を横たえた。

それから、どれくらいの時間が過ぎたのか。

外はもう真っ暗。

部屋の中も、各当の火は灯っているものの薄暗い。


暗くなられると、正直に言って辛い。

気分がさらに落ち込んでしまいそうだった。


ガチャっとドアの開く音がした。

断りなしに入って来るなんて、とは思わない。


それが、彼女の役目だからだ。


「ティアニーダ様、お疲れのようですね」


そう声を掛けて来たので目を向けると、そこには角灯の明かりに照らし出されたミーアの顔があった。


「ミーア」


アタシは彼女の名を呼ぶ。


「はい、ミーアですよ」


ミーアはそう言っていたずらっぽく笑い、寝台にそっと腰を下ろした。

それから、腕に下げていた籠からワインの瓶と、木製のマグを二つ取り出す。

それぞれにワインを注いだミーアは、そのうち一つをアタシに押し付けて来た。


「ありがと」

「どういたしまして」


そうとだけ言葉を交わして、アタシは体を起こしてワインを受け取る。

はぁ、と大きく息を吐いてから、マグを一気に煽った。


喉が焼けるような感覚がして、胃の中がカッと熱くなる。

マグが空になったのを見たミーアは、次の一杯を注いでくれた。


ワインの瓶にコルクを軽く押し戻して籠に戻したミーアは、自分の分らしいマグに口を付けてから、はぁ、とアタシとは違う満足そうな溜息を吐く。

しかし、それだけだ。

ミーアは何も聞かないし、何も言ってこない。


静かな時間だけが、ただただ過ぎていく。


それが…アタシにはなんだが、とてつもなく居心地が悪く感じられた。

なんというか…責められているような、そんな感覚に近い。


「ジーマからの報告、聞いたか?」


溜まらずに、アタシはミーアにそう聞いた。

すると彼女はワインに口を付けてから


「うん、聞いたよ」


と穏やかで…柔らかい口調で応えてくれた。


「敵軍一万五千を足止めするため、二百の騎馬隊を率いて突撃。損害を受けつつも混乱を誘って、最後には本陣にまで迫った…でしょう?」


そんな彼女の言葉に、アタシは首を横に振った。


「違う…51人を死なせて、91人を再起不能にさせたんだ」


あの戦闘で、32名が死んだ。

敵中に置いてきてしまった遺体がすべて回収できたけど、良かったなんて思えない。

その後こっちへ戻した負傷者から19人の死者が出て、91人が二度と戦場には出られない体になったって報告を受けた。

その中には、まだ予断を許さない程の負傷をしている者もいる。

死者は今後も増えるかもしれない。


「…あの突撃は、本当に必要だったのかな?」

「さぁ…その辺りは、現場にいたわけじゃないからなんとも。でも、ティアが突撃しなかったら、敵の行軍が早まっていた可能性は高いと思う」

「…そっか」


ミーアはそう言ってくれる…いや、ミーアだけじゃない。

生き残った兵も、アレクも、軍を編成した他家の方々も、同じように言ってくれた。

でも、アタシにはそうは思えなかった。

それに…そのことだけじゃない。


「そのあとの野戦じゃ、アタシはなんの役にも立てなかった」

「…それは、アレクシア様があなたに気を遣ったからなんじゃない?」

「…そうだ…アタシは、気を遣われるような状態だったんだ」


そのことも、アタシの心にズンと重くのしかかっていた。

そう…アタシは、兵を死なせてからあとは、お飾りをやるくらいの存在でしかなかった。

たぶん、隊を任されて指揮を執っていたら、カッとなって敵中に突撃して死ぬか、配下が死ぬことを恐れて身動きできなかったかのどっちかだろう。

アレクがアタシに指揮を任せなかったのは、たぶん正しい。

正しいけど…アタシは、そんな自分が情けなくて…いたたまれなかった。


その反面、アレクは立派だった。

アタシの配下の遺体が見せしめにされていると聞くや、アレクは怒った。

とてつもない怒り方だった。

それでも彼女は自分を律し、冷静さを保つことができていた。

多勢の敵軍に対して寡兵で挑み、少しでも対応を間違えれば崩れかねない戦線を維持して、なんなら用兵だけで押し返してもみせた。

それはまさしく、アタシが憧れた強くて強靭な意思と心を持つ騎士だった。

アレクに比べたらアタシなんて、どうにもならない粗忽物で、焼きたてのパンのような精神しか持っていない役立たずのように思える。

いや、実際にそうなんだろう。


「アタシは…アレクの隣に居て良いような騎士じゃないんだ」


そんな想いが、思わず口からこぼれた。

ミーアが、少し困ったような顔をアタシに向けてくる。


「どうして?」

「…だってアタシは、気を遣われなきゃいけないような情けない奴なんだぞ?一緒に居たって、負担になっちゃうだけだ」


アタシは、胸の内にあった想いを絞り出すようにそう言った。

何かが込み上げて来そうになって、とっさにワインと一緒にそれを飲み込む。


「アレクシア様が、ティアにそう言ったの?」


ミーアが首を傾げつつそう聞いてきたので、アタシは首を横に振る。

アレクはアタシにそんなことを言うような人間じゃない。

だけど、実際問題、アタシの存在はそんなものなんだ。


「けど、実際そうだろう?今だってこうして、泣きわめくこともできずに、引きこもってるだけなんだ…」


きっと強い心があれば、こんな胸の痛みになんて負けないだろう。

動かない体に鞭を打ってでも自分の役割を精一杯果たそうとするはずだ。

それができないアタシは…それだけの人間なんだろう。


アタシの言葉にミーアは返事をする代わりに、大きくため息を吐いた。

それから小さく


「これは重症ね」


とつぶやく。

ミーアは従者だけど、ベアトリスと同じで大切な友達で…血のつながりのある親戚でもある。

それでも、こんなやつの泣き言を聞くなんて、迷惑な仕事に変わりないだろう。

アタシはミーアにそんなことをさせている自分に、さらに憤りが募るのを感じてしまっていた。


「ごめん…大丈夫だから、もう帰ってくれ」


辛い。

それが正直な気持ちだった。

でも、そんな情けない自分をさらけ出して、誰かに寄り掛かることも辛い。

それが出来たら…当の昔にアレクを頼っていた。

でも、迷惑になる、負担になると思うとどうしてもできなかった。

それは、ミーアに対しても同じだ。


アタシが言うと、ミーアはまたため息を吐く。

それから、空になった自分のマグにワインを注ぎなおした。


「残念ならが、今日は夜番を仰せつかってるから朝までお傍におりますよ、ティアニーダ様」


こんなアタシにミーアはそれでも、いつものようにからかうようなことを、優しい口調で投げかけてくれた。




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