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微かな鳴動

周辺図

挿絵(By みてみん)




伯爵家から警護役と身辺係が我が家の傍に付いてくれることになってから、三日が経った。

今のところ目立った問題はなく、日々の生活を送ることができていた。

警護の兵達はそれぞれが見るからに優秀そうであり、身辺係はミーアを始めとする細やかな配慮ができる者達ばかりだ。


私とティアは、朝、三階の各部屋を巡回し、朝食を終えてから用意された執務室で交代する警護係と身辺係から報告を聞き、夕方には再度各部屋を巡回するという流れが定着していた。

ただ今日に限っては、食事の後で各員からの報告を聞き終えた私とティアは、エルデール様の執務室を訪れていた。


昨日の夕刻に、彼から呼び出しを受けていたからで、執務室に入るとそこにはすでに書類に向き合っているエルデール様と、ジル姉様、それに先日避難民の最後の一団を連れて帰還したガルイード様がいて、何かの話をしている最中だった。


「兄上達、待たせた」

「あぁ、来たか」


ティアの言葉にそう応じたのは、ガルイード様だった。


「ちょっと込み入った話になる。少し掛けてくれ」


次いでエルデール様にそう声を掛けられ、私とティアは並んでカウチに腰掛ける。


「込み入った話ってのは?」


ティアが聞くと、ガルイード様とエルデール様は視線を合わせてコクっとうなずき合った後、エルデール様が口を開いた。


「お前に伝えておきたいことがある。まずは、ノーフォートからの避難民のことなんだが、一部から不満が上がっているらしい」

「不満?」

「あぁ。今のところ、私兵団の営舎に押し込めてしまっている状況だが、監視されているようだと訴える声が聞こえている」


不満…?監視…?

私達は伯爵家に命を救ってもらった身だ。

営舎を使わせて頂けていることだって有難いことで、本来なら城壁外に難民宿営地を作る程度の対応しか受けられなくてもおかしくはない。

不満に思う方がどうかしている…


私はジル姉様に視線を送った。

ジル姉様は、厳しい表情でエルデール様の話を聞いている。


「営舎の敷地からは出ないように言ってるんだよな?そりゃぁまぁ、多少の不満が出るってのは理解できるけど…」


ティアはそう言いながら首を傾げ


「それにしては、ちょっと早すぎるような気もするな…一月、二月と経ってるんなら分かるが、まだ長くても10日と経ってないだろ?」


と考えるようにして言った。

私はその言葉にハッとする。

確かに、少し不自然なところがない、とは言えない。

ただ、自領の民のことで迷惑を掛けてしまっているという思いが、なんとなく思考を鈍らせている。


しかし、ティアは何かを思いついたように


「仕掛けてきている、か?」


と顔をあげた。


「俺とガルイード兄上はそう考えてる」

「仕掛けてきているとは?」


ジル姉様がそう尋ねる。


「調略の一種かと思います。騒ぎを起こしてこちらの足を引っ張るつもりか…それをなんらかの形で利用して、方々を狙うつもりなのか…意図ははっきりしませんが…」


エルデール様がそう答え、それにガルイード様が頷いた。

確かに暴発の危険を孕んだ1000人を抱えている、という状況は、伯爵家の行動に大きな制約を与えることになる。


お二人がこれをノイマールからの工作活動の一環であると考えることもおかしくはない。


「エルデール様、その件に関しましては、私にお任せいただけませんか?」


姉上がそう声をあげた。

内心、少しホッとする。

姉上が口にしなければ、私が申し出ようとも思っていたところだった。

領民が伯爵家に迷惑を掛けるなんて、今の私達からすれば心穏やかなことではない。

しかし、エルデール様は首を横に振った。


「お気持ちはお察しいたしますが、それはできません。狙いは皆さま方なのかもしれないのです」

「しかし…」

「ご安心ください。このことで伯爵家がノーフォート家に疑いをかけるようなことはありませんし、無関係の領民を虐げるようなことも致しません。まずは、内情の調査を行うことが先決です。お力をお貸し願えるとすれば…営舎に入っているもののなかで誰か、信用に足る人物と引き合わせて頂けると助かります」

「それでしたら…私兵団の長をしております、エリク・ノーフォートが適任かと思います。我々の祖父の弟にあたる血筋の者です」


エリクは、殿軍で陣を構えたときにも私の傍にいて、一騎打ちの証人にもなってくれた男だ。

優秀だし、状況判断能力にも優れている。

それに、本家とはやや遠縁とは言え、ずっと忠義を尽くして支えてくれているし、適任だろう。


「分かりました。後程こちらに来ていただいて話を聞かせてもらいましょう。その際にはジルベール様にご同席を願いたい」

「はい、もちろんです」


エルデール様の言葉に、ジル姉様はホッとした様子で頷いた。

こちらは、姉上とエルデール様にお任せする方が良さそうだ。

何かあれば、私が営舎へ行って調べることもできるだろうが…そのときは、ティアに護衛を複数付けてもらう必要はあるだろう。

……危険だと言ってティアに止められそうだな。

まぁ、それも状況次第、か。


話が一段落下ところで、再びエルデール様が口を開く。


「もう一点、こっちは単純な話で、父上から補給物資の支援要請が出ている。これの運搬の指揮をティアに頼みたい」


それを聞いたティアは首を傾げる。


「アタシに?一の兄上は?」

「俺はしばらく領都に留まることになっている。今後について、あちこちと打ち合わせをせねばならん」

「なるほど、分かった。任されたよ」


ティアはそう応えてから、少し不安そうに


「アレクの警護はどうするつもりだ?」


と確認をし始めた。

ちょっと、嬉しいと思ってしまう自分がいる。


「ベアトリスを着ける」


ティアの言葉に応じたのは、ガルイード様だった。


「あぁ、ベアトリスか。うん、それなら、構わない」


ティアは納得した様子で頷いた。

どんな人かは分からないが、彼女が口を挟まないところをみると、腕の立つ人なのだろう。


「補給物資に関しては、こちらで準備を進めておく。早ければ五日後には出立させることになると思うから、準備をしておいてくれ」

「あぁ、分かった。一の兄上、ベアトリスに引き継ぎをしておきたいから、手の空いてるときにアタシのところに寄越してくれないか?」

「良いだろう。午後にでも向かわせる」

「助かるよ」


五日後、か…

こちらに来て、初めてティアと離れ離れになることになるようだ。


要件を終えた私は、ティアと部屋を出て三階の廊下を点検代わりに歩き出す。

ティアがグッと伸びをしながら、


「アタシの謹慎もようやく解除かぁ」


なんてのんびりとした様子で言った。


「謹慎などと名ばかりで、ずいぶん好き放題していたように思うが?」

「親父殿もアタシが大人しくしてるなんて思っちゃいないだろ。勝手に外に出なかっただけ、良い子にしてたと思うぞ?」

「ふふっ、まぁ、そうかもしれないな」


そう返事はしてみたものの、ティアという人物は、意外と規範や規則を守る性格だ。

奔放そうに振る舞ってはいるが、根はまじめで素直なのを私は知っている。


「補給物資の運搬ということは、往復でも10日ほどはかかるだろうな」

「仕事を任されるのは嬉しいけど…アレクを残していかなきゃいけないのは不安だな」

「寂しいの間違いじゃないのか?」

「ん、まぁ、そういうところもあるかもな」

「…そうだな…それに、少し不安だ」


私は、自分の胸の内の想いをつまびらかに彼女に伝える。

すると、彼女はなんだか嬉しそうに笑った。


「まぁ、一月もほとんど一緒にいたからなぁ」

「うん、離れるのは一ヶ月ぶりかもしれないな」

「せめて、出立までに避難民の方さえ片付けばいいんだけど…」

「そうだな…気がかりが増えてしまった」

「うん…アタシなら、アタシの留守中を狙って何かを仕掛けると思う」


確かに、ティアの考えはもっともだ。


ティアは現状、常にノーフォート家のそばにいる強力な盾だ。

もし直接的な暗殺を狙うとすれば、要人警護は狭所での戦闘となる。

圧倒的多数を以って包囲殲滅できる野戦とは違い、状況を利用して戦うことができれば、ティアは常に1対1を維持したまま戦闘を継続できるはずだ。

その状態で彼女を出し抜き暗殺を実行することは至難の業だろう。

まして、そこには必ず私も一緒にいる。


しかし、ティアが警護を外れるとなると、そうもいかなくなる。

一か所に集まっているうちは兵力を集中すれば守り切れるかもしれないが、生活の中で別々になる機を狙われるといささか不安が残るのも否めない。


「ベアトリス、というのは、どういう人なんだ?」

「あぁ、あいつな。ミーアと同じで昔馴染みなんだ。剣も一緒に習った。アレクに比べると一歩劣るかもしれないけど、それでもかなり優秀だってことは確かだな」


武家である伯爵家の私兵団の中でも優秀だというのなら、腕に関しての心配はないだろう。

ミーアと同じようにティアと古い仲なのであれば、人間的な面でも問題はなさそうだ。


「警護に関しては、ガルイード様もエルデール様も気にしてくださっている。もし警護体制に不安を感じたら、増員のお願いをするとしよう」

「あぁ…アタシからも、兄上達には言っておくよ」


私達はそう言って頷き合う。

離れ離れにはなるし、不安もある。

しかし、私は彼女を信頼しているし、彼女も私を信頼してくれてるはずだ。

私達がなすべきなのは、互いを心配させないよう、目の前にある役割をしっかりと果たすことだ。




*   *   *




「ベアトリス・ノレッティと申します。この度はお傍に侍らせて頂ける名誉を賜り、これ以上の喜びはございません」


午後になって、警護をしていた三階にベアトリスが姿を現した。

色素の薄い銀色の髪は後ろにきっちりとまとめられ、青く澄んだ瞳は落ち着いていて知性を感じさせる。

ティアよりも身長が高く、細身ではあるものの、隙のない立ち居振る舞いは見事だと言えた。

そんな彼女は、私達の前に来るなり跪いてそう挨拶口上を述べている。

その声色や口調の滑らかさからも、彼女の優秀さが感じられるような気がした。


「丁寧な挨拶痛み入る。しかし、私も客分とは言え、今や故国に捨てられた流れ者の身だ。斯様な礼を受けるような存在でもない。どうか、楽にしてもらいたい」


私は彼女にそう言葉を掛けた。

相手が侍女ともなれば、それは伯爵家の歓待を受ける身として丁寧な扱いをされることも受け入れざるを得ないが、彼女は私兵団の所属だ。

それに互いに背中を預け合う存在となる。

ティアのようにとまではいかないが、互いに気心を知っておく必要があるだろう。

そもそも、言葉の通り、今のノーフォート家は伯爵家に保護してもらっているだけで、なんの力も後ろ盾もない。

特段、礼節を払われるような存在でないのは確かなのだ。


「しかし…」


ベアトリスはそう口にして、ティアの方に視線を送る。

ティアはコクっとうなずいて


「ベアトリス、普通で構わないぞ」


と声を掛けた。

私に視線を戻した彼女はスイっと立ち上がり、控えめに目礼をした。


「お気遣いに感謝を。ノーフォート様」

「アレクシアで結構だ。私もベアトリスと呼ばせて頂こう」

「はい、では、そのように」

「まだ硬いなぁ」


そんな彼女を見て、ティアがそう言って混ぜ返す。

しかし、それを聞いたベアトリスはティアに向かってあからさまに表情を曇らせた。


「こんな立派な方に礼を尽くさないっていうのは、ちょっと非常識なんじゃないかしら?」

「あんたが今話してる相手は伯爵令嬢なんだが?」

「あぁ、そういえばそうだったわね、忘れてたわ」

「じゃぁ、これからはアタシにも礼を尽くすと良い」

「ごめんこうむるわ」


二人はそんなことを言い合って微笑み合った。

なるほど、古い仲だと言っていたけど、本当に仲が良いらしい。


「ベアトリスは母上の実家の血筋なんだ。母上が嫁いできたときに一緒に移って来た従者の娘だったんだよ」

「奥様とはかなりの遠縁ではありますし、姓を頂いているとはいえ傍流も傍流ですので、ほとんど領民と変わりはないのですけれどね」

「なるほど、古くからの仲というのはそう言うことなのだな。気の置けそうな人柄で安心した。私にも、ティアと同じように接してもらえるとありがたい」


私が言うと、ベアトリスは人懐っこい笑みを浮かべ


「では…そうさせてもらうわ」


と砕けた口調で言うと、再び軽く礼をした。

人としての柔軟性もある。

ミーナといい、彼女と言い、伯爵家は抱えている家臣団の優秀さも際立っているように思えた。

私も彼女に笑顔を返す。


「よろしく頼む」

「えぇ、こちらこそ」


ティアが仲良くしているだけのことはあり、人柄も申し分なさそうだ。


「そう言えば」


そんなベアトリスが、不意に声をあげた。


「アレクシアは、ティアと一騎打ちで引き分けたってきいたんだけど」

「あぁ、いや、剣術の腕ならアタシの負けだったかな」


ベアトリスの言葉に、ティアがなぜか嬉しそうな表情でそう口を挟さむ。

しかし、それを聞いたベアトリスはティアよりもさらに嬉しそうな顔をしてみせ


「だったら、一手指南をしてもらえないかしら?」

「指南を?」

「えぇ、警護を預かる身としては、アレクシアの技量を知っておきたいし、私の技量も把握しておいてもらった方が良いと思うの」


確かに、それは一理あるかもしれない。

ティアの実力は一騎打ちですでに把握していたし、彼女の人柄というのも理解していたから、一緒にいる際に戦闘がおこったとしても、彼女がどのように立ち回るかはなんとなく想像することができた。

それができるかどうかは、連携と言う意味で非常に大切な部分だ。

ベアトリスがどのような戦い方をするのかは、確かめておくに越したことはない。


「本音は?」


私がそんなことを考えていると、ティアがいぶかし気な表情をしてベアトリスにそう尋ねた。

すると彼女は目をキラキラと輝かせながら


「他流派の剣術を体験できる機会なんてそうないじゃない?」


と嬉々とした様子で応えた。

なるほど、変ったところがあるのも、ティアとよく似ている。

その方向性は若干違うけれど。


「…そういうことなら、相手になろう。ティア、構わないか?」

「あぁ、アレクが良いなら、悪いけど付き合ってやって」


彼女はベアトリスを少しあきれたような表情で視線を送りながらもそう応えてくれた。




*   *   *




それから半刻程して、私とティア、ベアトリスは屋敷の正面、正門側にある広場に居た。

いつもの中庭じゃない理由は単純で、型稽古ならいざ知らず、仕合うとなれば、それ相応の広さが必要になるからだ。

三人一様に訓練用の麻服姿。腰に通した革の剣帯には木剣を通している。


「ふふふ、楽しみ」


言葉の通り、ベアトリスは嬉しそうにそう呟きながら、すでに木剣に手を掛けている。


「じゃぁ、アタシが見極め役な」


そう言ったティアは腕を組み、私とベアトリスの間に立つ。


「お手柔らかに頼もう」


私が言うと、ベアトリスは笑顔を見せて


「手加減無用、叩き潰す気でお願いしたいわ」


と木剣を引き抜いた。

そのままゆらりと剣を構える。

私も剣を抜いて中段に構えた。


「では、始めっ!」


ティアがそう言って手を振り上げ、一歩引いて距離を取った。

それを合図に、私はベアトリスと対峙する。

彼女の構えはティアのそれとよく似ていた。

同じ流派なのだから当然だろう。

しかし、強烈な殺気と迫力を飛ばしてきていたティアとは違い、彼女は自然体だ。

四肢には無駄な力が入っておらず、良い具合に脱力ができている。

この手の構えが身に付いていると、動作の起こりが非常に少ない。

気付けば切っ先が眼前に迫っていることがある程だ。

私は集中量を高め、彼女の気配を探る。


不意に、ベアトリスの呼吸が変化した。


来るっ…!


次の瞬間、ベアトリスは素早く私に突きを放ってきた。

それを捌くと、彼女は距離を詰めながらすぐさま弾かれた剣を横薙ぎにしてくる。

彼女の剣に自分の剣をかぶせて、それを防ぎとめた。


すると彼女は木剣を滑らせるようにして私の剣を払い、上段から袈裟懸けに斬り降ろしてくる。

私はそれを木剣の腹で受け止めた直後に、すぐさまその剣を押し返した。

同時に手首を返して彼女の木剣を巻き込むようにして払い除け、そのまま自分の木剣を彼女の首筋に当てがった。

私とベアトリスは、同時にピタリと動きを止める。


「それまで」


ティアの合図で、私達は同時に一歩引いて、剣を剣帯に納めた。


「…すごい!あんなに鮮やかな捌き方、初めてよ!」


剣を治めた彼女は、一転して楽しそうに声をあげる。


「アレクの受け方はとんでもないんだよ。下手な打ち方をすればすぐに返されて後の先を取られるんだ」


そう言うティアは、まるで自分のことのように自慢げだ。


「ベアトリスの剣も見事だったな。あそこまで脱力した構えは相当のものだし、剣筋もかなり鋭い。同じ流派ながら、ティアとは違う凄みがあったな」


私の言葉に、ベアトリスは嬉しそうな笑みを浮かべた。

伯爵邸に世話になるようになってから、毎日のように続けたティアとの型稽古で分かったことの一つとして、オルターニア王国流の剣術は、手数で相手を圧倒するという思想が根底にあるということがある。

息もつかせぬ連撃で相手の反応を制限し、強制的に致命の隙を作りだしてそこに止めの一撃を入れるという体系になっていた。

受ける側としては動きを制限されないように細心の注意を払って捌かなくてはならない。

一度でも判断を誤れば、そこに付け込まれてしまう。


私が納めた三代剣聖流は、どちらかと言えば後の先を取るような戦い方が主体だ。

相手が剣を振った直後の隙か、あるいはそれを捌いた直後の隙を狙って技を返すことを主体にしている。


オルターニア王国流の剣技とは互いに嚙み合わせが良くないのだ。

オルターニア王国流としては、下手に打ち込もうとすれば隙を突かれる。

三代剣聖流派としては、連撃の捌き方を一度でも間違えれば強制的に隙を作られる。

剣術での果し合いは得てしてそういうものかもしれないが、少なくとも私にとっては同じ三代剣聖流と打ち合うよりはよほど神経を使う気がした。


しかし、それでもベアトリスの剣を落ち着いて捌くことができたのは、彼女の剣は速さこそあれ、ティアの剣に比べるとそれほど圧を感じなかったからだ。


「私も結構腕をあげたと思ったんだけど、上には上がいるものね」

「ベアトリスの剣はティア程の力強さはないが、脱力具合や剣の速さは見事なものだった。どちらかと言えば、三代剣聖流の型の方が合っているかもしれないな」

「三代剣聖流…聞いたことないけど、アレクシアはそれを納めているの?」

「あぁ、一応、免許皆伝の号は頂いている。まぁ、それでもまだまだ修練が必要ではある身だが」

「確かに、ベアトリスの体の使い方はどっちかって言うとアレクに似てるよな。捌き方の型を覚えたら、けっこうハマるかもしれない」


私達はそう言って口々に感想を述べ合う。

普通なら、貴族令嬢が三人揃えばお茶とお菓子を楽しみながら、流行のドレスや社交界の噂を嬉々として話し合うものだろう。

しかし、私もティアも、そしてベアトリスも、どうやらそういう話題よりは、こうして剣について語り合う方がよほど性に合っているらしい。

これがオルターニア王国で一般的なことだとは思わないし、いかに武の家である伯爵家であるとしても皆が皆、剣術の稽古を楽しむ女性ばかりであるはずもない。


まして、ノイマールやノーフォート領では剣を持つのは男性ばかりで、こんなことは一切経験がなかった。

すでに親しくしているティアに加え、同じ価値観を共有できる友人ができたようで、なんとなく嬉しい。


「それって、教えてもらえるものかしら?」

「あぁ、構わない。特に秘伝にされている類のものでもないし、ティアにも一通り覚えてもらっているしな」

「ふふふ、アタシはもう全部の型を覚えたからな。前よりもずいぶんと手数が増えて手ごわくなってるぞ」

「それは聞き捨てならないわね…ティア、一手仕合って」

「よし、では、私が見極め役だな」


そんなやり取りを経て、今度はティアとベアトリスが向き合う。

私の合図で二人は剣を交え始めた。

カン、コン、カン、と、正面広場に木剣のぶつかる音が響く。

やっていることは穏やかではないのかもしれないけど、私はやはり、この瞬間を穏やかに感じてしまうようだ。

ティアとベアトリスの仕合いは、激しい応酬の末にティアが差し勝った。


流れで、今度は私とティアが仕合うことになり、一騎打ち以来初めて型稽古ではない実戦形式での立ち合いをした。

結果は、私が僅差で彼女の腹を木剣で撫でて勝ち。

悔しがった彼女に再戦を挑まれて、今度は私が押し切られる形で首元に木剣を当てられて負けになった。


それからも、順繰りに相手を変えながら、仕合いを続けた。

ノーフォートの皆が退避してきて以来、剣を振るのは久しぶりだ。

私とティアは言わずもがな、そこにベアトリスも加わることで、真剣ながらも楽しい時間が過ぎていく。


そんなとき、不意に正門が開いたと思ったら、四騎の騎兵に守られた一台の馬車が屋敷の中へと進んできた。

家紋は掲げておらず華美ではないものの、それなりに上品で落ち着いた馬車から、少なくとも荷物の運搬や兵員の帰還といったことではなさそうな雰囲気だった。


「どなたかがいらっしゃることになっていたのか?」


私が聞くと、ティアは眉間に皺を寄せて首を傾げる。


「いや…特に何にも聞いてないけど…」


彼女はそう言いながら、手にしていた木剣を剣帯に納めた。

私もそれに倣うと、さらにベアトリスも同じようにする。

三人で並んで眺めていると、馬車が停止して中から男性が二人降りて来た。

一人は体躯の大きい中年、もう一人は私達と同じ年ごろだろうか。

二人とも帯剣しているものの、身なりは麻服に市民にも出回っている一般的な外套を羽織っているだけ。

騎兵に護衛されているものの、いずこからの使者という雰囲気ではない。

見掛けだけで言うなら、帯剣を許された商人、といった様子だが。


馬車から降りた二人は、屋敷の方へと歩き出してすぐに、私達の存在に気付いたようだ。

若い男の方が片手を軽く掲げて、中年の男を引き連れるように近づいて来た。


「ティア、知り合いか?」


私はそう声を掛けながらティアに視線を送ると、彼女はいつの間にか表情を硬くし、ビシっと姿勢を正していた。

何事かと思ってベアトリスの方を見ると、彼女も同様に背筋を伸ばしている。


「あぁ、うん。アレク、アタシ等に合わせて」


彼女はそう言うので、ひとまず私は頷いて返した。

すぐ傍まで歩み寄ってきた二人に対して、ティアとベアトリスが礼を取る。

私もそれに合わせて胸に手を当て、頭をさげた。


「稽古中か、邪魔をしてすまないな、ティアニーダ」

「ウェスラント卿、ご無沙汰しております。このような格好で礼を失し、面目次第もございません」


ティアの言葉に、男は朗らかな笑い声をあげる。


「突然来た我らが無粋なのだ、どうか無用にしてくれ」

「はっ」

「…そちらが、例の?」

「はい、ノーフォート家の御令嬢、アレクシア・ノーフォート殿です」


ティアがそう言って私を紹介した。

彼女がここまでしっかりと礼を取る以上、かなり目上の方であるのは間違いない。

紹介された私は、深々と頭を下げ


「伯爵様のお世話になっております、ノーフォート家が一子、アレクシアと申します」

と挨拶をする。

すると彼は大仰に頷いて見せ


「おおよそのことは聞いています。いずれ潮目も変わりましょう、それまでは伯爵家を頼られませ」

と丁寧に言葉を掛けてくれる。


「はっ、痛み入ります」


私の言葉に彼は再び頷くと、サッと踵を返して屋敷の方へと歩き出す。

そのあとを中年の男と四人の騎兵が付いていく。

私は、未だに頭を下げているティアに合わせて、その姿が屋敷の中に消えていくまで、礼を取ったままの姿勢を保った。


「ふぃ~驚いたな…」

「何かの打ち合わせかしら?」

「一の兄上がそんなようなことを言ってたから、たぶんそうだろう」


どうやらベアトリスも知っている方らしい。


「ティア、今のは?」


私が聞くと、ティアは苦笑いを浮かべて


「あの方は…殿下だ」


と告げた。


「殿下…ってもしかして…」

「オルターニア王国の第一王子殿下。お忍びのときは、ウェスラント卿を自称されるんだ」


目上の人物だとは思ったが、まさか王家のしかも時期国王となるような方だとは…


「たぶん、国境線の情報を聞いて、今後の計画を立てに来たんだろう。一緒にいたのは、王国軍の総司令官だったしな」

「ガルイード様が登城するのではなく、王子殿下がわざわざお越しに?」

「あの方はそういう方なんだ。形式張った権威に拘泥しない。呼び出しに時間が掛かると分かれば、自分が動くことをこれっぽっちも厭わない」

「…どこかの王と比べるのが失礼に感じてしまうな」

「尊敬できる人だってのは確かだな」


私の言葉に、ティアは肩を竦めて応える。

それから、小さく


「ただ、びっくりするから先触れくらいは寄越して欲しいもんだけど」


なんて言って笑って見せた。




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