第12話 決闘
昼下がりの第二訓練場。午前の授業が終わり、少しばかりの喧騒と生徒たちの好奇心が集まるこの場所に、僕は一人で立っていた。
決闘を申し込まれてから一夜。カイムやデュロス、フレリアに助言を貰い、色々考えた。胸の奥が僅かに震えているのを感じながら、僕は目の前の二年生――あのチンピラのような男を見やる。
「ん? 名乗ってなかったな。オレはザイラス。二年だ。おまえら一年が勝てると思うか? せいぜい足掻いてみろ」
雑に着崩した制服、挑発的な笑み。ザイラスの視線はあからさまに僕を下に見ているように感じる。取り巻きらしき連中も、嘲るような笑いを漏らしていた。
「……よろしくお願いします」
肩で小さく息をついて返事をすると、ザイラスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
◇◇◇
Side:ルクシア
いつもどおり気の進まない仕事ではあるけれど、これもルール。私は第二訓練場の隅で腕を組み、あくびを押し殺すように立っている。
「ルクシア先生、お久しぶりです」
横から、不意に声をかけてきたのはヴェリクス。二年生の中でも一際名高い実力者だ。一年生の頃から模擬戦で他を寄せつけなかったらしい。
「先生、あれがエリオスという一年ですか」
ヴェリクスが低い声で尋ねるので、私は軽く頷く。
「わざわざこんなところに来るなんて珍しい」
「ザイラスは、まあ少しばかり気難しい人ですから。噂の一年と戦うと聞いて、興味が出ました」
ヴェリクスは軽く笑ってそう言い、訓練場の中央で向かい合うエリオスとザイラスを見つめる。その視線はどこか冷静で、好奇心を押し殺すような色が混じっている。
ザイラスは火属性の魔法を得意とし、詠唱破棄もこなす実戦型。見た目こそチンピラみたいな風貌だが、実力がないわけではない。
「やはり一年の段階では二年とは大きな差があります。二年になれば、詠唱短縮だの詠唱破棄だの、実践的な技法を身につける人が増えますからね。ザイラスだって例外じゃない」
ヴェリクスは腕を組んだまま言う。
「エリオス自身、使える属性が多いとはいえ、詠唱破棄に対抗するのは骨が折れる。エリオスが勝つのは無理だろうな」
私が溜息交じりに呟くと、ヴェリクスは興味を失わないまま黙り込み、試合開始の合図を待ち構えているかのようだった。
◇◇◇
Side:エリオス
ルクシア先生が軽く手を挙げて、勝負開始を示す。
「……やるか」
ザイラスが笑みを浮かべた直後、僕は警戒して身構えた。なんせ二年生だ。どんな魔法を使ってくるか分からない。少なくともフレリアの時みたいな魔法は覚悟しておいたほうが良い。
「フッ。『フレイムショット!』」
ザイラスが足を踏み込む。瞬間、彼の手元に赤い光が集まり、たった一言で火球が生成される。
ドンッという破裂音とともに、火球が一直線に突き進んできた。僕は反射的に風魔法でステップを補助する。
「『風よ、背を押せ! ウインドシフト!』」
体が一瞬軽くなり、火球を紙一重で回避する。しかし、ザイラスはすでに次の火球を作り出し、さらに連射してくる。二発、三発……、僕は回避だけで手一杯だ。
「遅ェな! ほらほら」
煽るようにザイラスが動き回り、一定の距離を保ちながら火球を飛ばす。僕は足止めの魔法を試みようと、小声で詠唱を始めようとするが、
「『フレイムボルト』」
またもや素早い稲妻状の火が迫ってきて、詠唱を最後まで言い切る前に回避を強いられる。
このままじゃ僕が攻めに転じる隙が……。汗が額を伝う。けれど、何とか相手に反撃しなければ完全に押し切られて終わるだけだ。
「『炎よーー! ファイアアロー』」
破れかぶれで放った魔法は、風魔法に載って火矢が高速で射出された。ザイラスがやや驚いたように身を逸らした隙に、僕はさらに地属性で相手の足元を崩すべく続ける。
「『大地よ、穴となれ! アースピット』」
地面がほんの一瞬へこみ、ザイラスは気を取られ転ぶかと思いきや。ひらりと飛び退いて回避。火矢の余波で生じた爆煙を掻き分けながら、彼が次の魔法を仕込む気配を感じた。
「おまえごときに詠唱は要らねえな……、いや、せっかくだ。ちょっと本気出してやるよ」
ザイラスがニヤつきながら、珍しく声を上げて詠唱を始める。
「『燃え盛る烈火の刃よーー裁きを下せ! インフェルノブレード』」
それは明らかに中級クラスの大技だった。荒々しい火の刃が、訓練場の中心に向かって伸びる。僕は一瞬思考が停止しそうになるほどの高熱を感じて、身を低くして回避動作へ移るが明らかに避けれそうに無かった。足元に熱波が襲いかかり、僕は慌てて身体に水のバリアを纏わせるよう試みる。
「『水よ、堅き壁となれ! アクアウォール!』」
周囲に水の壁が生まれ、火の刃をわずかに押し返す。しかし、中央から真っ二つに切られ、吹き飛ばされてしまった。背中を地面に打ちつけたのを感じる。
「くっ……まだっ……」
体が軋む痛みに耐え、何とか膝をついて起き上がろうとする。視界の片隅にはフレリアやカイムが心配そうにこちらを見ていて、デュロスも拳を握りしめたままだ。
「へえ、まだやるか。もうちょい付き合ってやるよ」
ザイラスは相変わらず不遜な笑みを浮かべながら、再び詠唱破棄の火球を連射する体勢に入っている。僕は苦しい息を整えながら、せめてもう一度だけでも攻撃を通さなければという執念で立ち上がった。
「『岩よ、飛べ! ロックスロー!』」
今度はなるべく詠唱を短くまとめ、魔法を撃ち出す。ザイラスはニヤリと笑みを浮かべながら火球をぶつけて相殺しようとするが、その瞬間だけ視線がわずかにぶれる。
「今だ! 『水よ、鞭打て! アクアウィップ!』」
僕は歯を食いしばり、水の鞭をしならせながら強引に突っ込もうとする。だが、
「無駄だっ」
ザイラスは笑みを深めると、火の小球をもう一発、連打してきた。僕の攻撃が届く前に、それをまともに受けてしまう形になり、意識が遠のきそうになる。
「ぐっ……!」
ドッという衝撃音が響き、僕はそのまま地面へ叩きつけられてしまった。熱さと衝撃で頭が真っ白になる。
視界がぼんやりとしたまま、かすかに誰かの声を聞いた気がする。
「そこまで。勝者、二年ザイラス」
ルクシア先生の冷ややかな声だ。治癒魔法が体に染みこみ、痛みがやや和らいでいくのを感じる。僕はどうにか身体を起こそうとすると、ザイラスが手を差し出してきた。
「終わりだな。つまらん相手よりは楽しめた。だが、まだまだだな」
その言葉に苛立ちはあるものの、僕は素直に手を借りて立ち上がる。振り返ると、フレリアたちが駆け寄ろうとしているのが見えた。
「おまえみたいな一年がいると、レダリアのお嬢様も退屈しなくて済みそうだな。だが、そんなもんで満足してたらダメだぜ」
ザイラスはそれだけ言い残し、取り巻きを率いて訓練場から出て行く。僕は悔しさで奥歯を噛みしめながら、ルクシア先生に一礼し、フレリアたちのほうへゆっくり歩いていった。
「エリオス、大丈夫か」
デュロスが肩を支えてくれ、カイムは淡々とした表情ながらも心配そうだ。フレリアは唇を引き結んで、僕をじっと見つめていた。
「うん……ありがとう。ごめん、勝てなかった」
そう呟くと、デュロスは拳を握って言う。
「おう、気にするな! あんなに魔法の速さに差があったのによく粘ったんじゃねぇか?」
「一年間の差は大きい、きっとすぐ追いつけるようになるさ」
「強くなりましょ! あんなやつに負けてられないわ!」
そう言ってカイムとフレリアもフォローしてくれる。その言葉が少しだけ僕の胸を軽くしてくれた。
僕は痛む身体をなんとか支えながら、決意を新たにする。悔しい気持ちが胸の奥で燃えている。もっと戦術を磨いて、強い相手に対抗できるような力を身につけたい。そんな思いを馳せながら、僕たちは訓練場を後にした。