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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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ひいき

「先生は私のことをひいきしていますか?」


 いつものように放課後、ヒトセはガリガリと魔法鉱物を削りながらインに尋ねた。インは明日の授業で使うらしい魔植物の下処理をする手を止める。


「ひいきしていますよ」


 なにかおかしなことがあるのだろうか?という表情にヒトセは面食らう。


「それはいけないわ、私さっき聞いてしまったの、ひいきされてるんだろう、って」

「直接に言われた訳じゃあないのでしょう?」

「ええ」


 授業によく使われる教室には成績がずらりと整列して張り出されていることが多い。その張り出された紙を見ながらいくらかの生徒がヒトセがひいきされているのではないか?などとあれやこれやと言っているのが耳に入ったのだ。


「分かっていていっているんですよ、やっかみですね」

「分かっていて……?」

「少なくとも教師は『教師の誓い』があるから、テスト内容を教えてやったり、ましてや成績に融通なんてしたくても出来ませんからね」


 インはヒトセが他の生徒のやっかみを耳に入れた、ということに少し驚いていた。これまでであればそんなもの気にしていなかったに違いない。クロエ・ホワード女史との交流は少なくともヒトセを外交的にしている、とインはいい影響であると思った。


「『教師の誓い』とは、どんな物ですか?」

「校長先生と教鞭に立つ先生がしている契約です。ひいきや違反などおよそ教師として問題がある行為を行った場合罰則が下る、という物ですね」

「ますます私をひいきしては駄目じゃないの!」


 最近のヒトセは初めて会った頃よりうんと表情豊かだ。怒っているのか困っているのか、そんなヒトセの表情を見てインは思わず声をあげて笑った。


「自分が推薦して招いた、全く魔法と関係ないところから来た子を目にかけない大人もいないと思いますね」

「なるほど……」


 つまり、教師の誓いの範囲外で気に掛けているから関係ない、ということなのだろう。事実成績に関して融通されたことはないし、次の授業の準備を手伝ったところでテストには関係のない作業ばかりだ。成績に響くひいきは取りざたされるがそうでなければおよそ問題にされない、というところか、とヒトセは納得をした。


「君は3学年推奨のアドレイ先生の魔法植物学でも1番なんですから。彼らはただ愚痴をこぼしただけのつもりですよ。迷惑でしょうけれどね」


 アドレイ先生、と聞いてヒトセはひどいしかめ面になる。


「あれ?」

 アドレイ・フォルテナは厳格な魔法使いだ。彼女こそ魔法使いびいきではあるが、それは心象の問題であって、成績や授業中で魔法使いだなんだ、で大きな差を出すほど若くもない。ヒトセはそんな彼女の受け持つ魔植物分類学で主席を取っている。それほど授業に向き合っているのなら当然アドレイにいい印象を抱いているのだろうと思っていたインは、ヒトセのしかめ面に何事だろうと汗をかいた。


「アドレイ先生の授業はとても楽しいんです。楽しい……んですけど」

「はい」

「私の回答だけ異様に細かくマイナスをいれるの。それに、授業の質問をしても図書館の棚の番号くらいしか教えてくださらないの……他の子の質問には答えていらっしゃるのに……」


 ヒトセの力量を推し量ったうえでの対応なのか、ただ魔法渉者と会話はしたくなかったのか分からないが、結果的にヒトセは成績が伸びているため、これも誓いを破ったことにはならない。アドレイらしいといえばらしいが、ヒトセからすればたまったものではないのだろう。


「でも授業は本当に興味深いから好きだ。先生の話はとても楽しいのよ」


 アドレイはかつて自らの足で様々な地域に出向き魔植物のフィールドワークを行っており、教科書に載っていないような知識が豊富なのだ。ヒトセはそこにひどく惹かれていた。


「空いている時間に1年生向けの応用魔法植物学があっていたから、単位外で聞きに行く許可を取ろうとして訪ねていったら冷ややかに、愚鈍のように無意味な時間を過ごすのがお好きなのね、とおっしゃられてからアドレイ先生の職員室には近づけなくなったわ……」


 そう呟くように言うと、魔法鉱物をすりつぶすのを再開したヒトセにインはなんと声をかけていいか分からず、

「ヒトセ、クッキーは好きですか?そこの棚に隠してあるんですけれどもね」

クッキーを勧めた。




「あのう」


 中庭にあるソラローテスの近くで草木の片付けをしていたヒトセに聞き覚えのある声がかけられた。

 振り返ればそこにいたのはライリーである。


「これ、僕どこまで近づいていいの?」


 先日の一件を気にしてか、かなり遠くから話しかけるライリーにヒトセは暖かい気持ちになった。


「水に触らないのなら近くに寄っても平気よ」

「分かったよ、ありがとう」


 よたよたとライリーはヒトセの近くまで歩いて来る。


「あのぅ、ソラローテス、大丈夫だった?僕が浸かっちゃってたから何か、おかしくなったりとか……」

「大丈夫だったわ、少しの時間だったし、あのあと空き時間ですぐに水を入れ換えたから」

「そう、なんだ……よかった」


 キョロキョロ、とライリーはあたりを見回すとヒトセに尋ねた。


「今日、ホワードさんは?」

「クラブに行っていると思うわ」


 クロエは放課後になると忙しそうにあちこちのクラブに顔を出している。むしろヒトセと一緒にいることの方が少ないのだ。


「そっか……あの、兄さんに会ったりしてない?」

「たまたますれ違いになって顔をつき合わせることにはならずにすんだけれど、あの日の放課後に一度中庭に来たわ」


 寄せ植えの効果か、以来中庭には来ていない。


「案外ダメになってないか確認しにきただけだったり…」


 ライリーはうつむきながらぽつ、とこぼしたが、ぱっと顔をあげ、へにゃ、と笑いながら

「や、最近の兄さんなら何をするかわからないか……なにも起こらなくってよかった」

と言った。


「昔は違ったの?」

「小さい頃は優しかった、んだけど、僕が魔法術師って分かってからは、その、いろいろあったから、遠巻きにしている感じだったんだ。怒鳴るようになったのも、ここ最近で」


 ライリーは手持ち無沙汰だったのかヒトセの持っていた箒を手のひらで催促した。渡せばてきぱきと掃除を始める。ヒトセは妖精たちのおやつの食べ残しを回収することにし、ライリーはその後を付いて来るように掃いていく形になった。


「兄さんに学校で関わるなっていわれてたのに、渡したいものがあって、思わず声をかけてしまったんだ。機嫌も悪くなさそうだったし、1人のように見えたから、大丈夫だろうって」


 箒を動かしながらライリーはのんびりとした様子だ。だからヒトセは彼が今どんな気持ちでこの話をしているのかがちっとも読み取れなかった。


「でも、僕の顔を見たとたん、だんだんと兄さんの血が頭に上っていくのが分かったんだ……」

「どうしてそんなに怒るのかしら」

「僕のせいで母さんの立場も悪くなったし、兄さんは魔法術師の弟が恥ずかしいんだと思う」


 ヒトセはひどい質問をしてしまった、と思わず振り返ったがライリーの表情は変わらずのほほんとしていた。


「……ハルミさんの取っている授業で、兄さんが2位、って授業があって」

「……そんなに皆、見るもの?」

「僕は兄さんの名前があるとつい見つけちゃう、って感じかなあ」


 そう言われると確かに見てしまうものなのかも知れない。


「その、最近の兄さんはおかしいから、気を付けてって言いたかったんだ」

「それは……」


 ヒトセはコールが何か事を起こせば自身の身を落とすことでしかないのではないか?と思ったものだが、実の弟のライリーですら魔法術師であるために疎まれているのだ。魔法渉者のヒトセを何処まで思いやってくれるかなんてたかが知れていた。


「わかったわ。ありがとう」


 ヒトセがそう言うとライリーはこくりと頷いた。


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