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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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『勝敗の杯』

「どうぞ」


 クロエはノックへの返事にドクリと心臓を大きく鳴らしながら、黒くしっとりとした木の、重みのあるドアを開けた。


「失礼します」


 パキン、と暖炉の中で木が大きく1つ爆ぜた。クロエはコツコツと靴を小気味よく鳴らしながら真っ直ぐに部屋の中央の机の前まで歩いていく。

 整頓されている室内は、落ち着きがある、というよりは遊びがない、といったような印象であった。気安く遊びになど来てはくれるなとでも言いたげなほどだ。


「こうしてじっくり見なければ気づかないほどですが、ネーデンの葉の模様が入っていたりと随分と可愛らしいデザインをしていたのですね。勝敗の杯……いいえ、正しくは仲裁のコップ、でしょう?」


 クロエは机の上にこれ見よがしに置かれているそれを見つめてから、部屋の主であるアドレイに向けてにこりと微笑んだ。


「立っていたければそのままでも構いませんが、椅子はそちらです」


 アドレイは書類から目を離さず、ページを捲る片手間に軽く持ち上げた杖でクロエの立つすぐ後ろに一脚、椅子を動かした。


「ありがとうございます」


 クロエはふわりと音も立てず椅子に座って、酷く失敗した、と思った。この椅子に座ってしまったなら、向かい合うアドレイが少し高さのある椅子に座っているためにその顔を見上げる姿勢になって、いつにも増して彼女が厳格なように見えてくるのだ。


 クロエは態度や表情こそ崩さなかったものの、その心中は手のひらの上であったのだろう。アドレイは愉快そうに小さく口の片端を吊った。


「コップス先輩のご友人との関係が元に戻るかは定かではありませんけれど、少なくとも今回の件で、ヒーローとして担ぎ上げられもしないでしょうが、被害者という括りでだけ見られることはないでしょう」

「随分と手を回して大変結構なこと」


 抑揚の少ない、だけれど呪文を唱え慣れた声がクロエに降ってくる。


「先生の配慮の細やかさにはとても及びません。あの決闘と仲裁のコップ。食堂傍にご用意なさった特別の薬草茶の乗ったティーセットワゴンまで。以前の私ならば理解が及ばなかった事でしょうけれど、今日の私ならば分かりますわ。ソフィーリア・コップス……ライリーたちのお祖母様の為、なのでしょう?」


 アドレイはかけていた眼鏡を外しながら、クロエの方にやっと目線を寄越して口を開いた。


「記録室にお行きになったそうですね」

「……第1の勝負は、ライリーがゴーレムを作り出せることを知らなければ成立しなかった勝負でした。何より第2の勝負ではヒトセの腕前と、普段の作業を把握したうえで、先輩と勝負をさせていました。そこまで分かっていれば記録室になんて行かなくっても、候補は絞られて来ますわ。ええ、だけれど。良くないことですけれど少しだけ保存されている資料を見せてもらいましたわ。仲裁のコップのことを知るために」


 クロエは『兄がうっかり目につくところに置いていた鍵を見つけて、興味本位で少しだけ記録室の中を覗いた』程度以上のことをやっただなんてことを、まさか先生の前で言ったりなどはしない。少なくとも今日のアドレイはそんなことをつついたりなどはしない確信を持っていたとしても、そつなくこなすべき話題だ、とクロエはそのように言葉を並べ立てた。


 そうですか、と返事こそ短く素っ気なく感じたけれど、クロエが懸命に言葉を並べる様子をいじらしく思い始めたのか、それとも始めからそうだったのか、アドレイの面差しはなんだか少し柔らかい。


 『仲裁のコップ』は、6人の子供、そして13人の孫を持つマダム・ロザンヌの遺した遺産物だ。マダム・ロザンヌは、暮らしに使うような魔法を数多く開発した魔法使いであり、自分の子供たちだけでなく沢山の子供たちに手を差し伸べたような、優しく、逞しく、そして素晴らしい女性であった。彼女の遺した遺産物である仲裁のコップは、子供たちが仲良く過ごして欲しい、という気持ちから生まれたのだろう、と言われていて、子供好きのマダムのために、学校に寄付されたのだという。


 仲裁のコップとは言うが、互いの主張を平等に勝負をさせたうえで、その願いの重さを平等に釣り合わせて叶える、というところまでは確実でも、必ずしもその2人の仲裁をするとはいかないらしく、結局、ライリーとコールが上手くいったように見えるのは、ライリーの努力が実を結んだ結果なのだろう。


「あのときは魔法が弾かれて火を入れられなかった魔法薬学準備教室の暖炉ですが、魔法を使えば暖炉のその奥にもう1室教室が繋がっておりました……その教室からさらにまたドアを抜けて出ればアドレイ先生のこの職員室のすぐ傍の廊下に繋がっておりました。あの日はその暖炉の奥の教室から見守っていらしたのでしょう?」

「ええ」


 アドレイがあっさりとそう肯定したことにクロエはまた驚いた。肯定の言葉を引き出すべく、あと原稿用紙5枚ほどはベラベラと言葉を続けるつもりだったために、少し肩透かしを食らった心地だ。


 あの日のコールは冷静ではなく、ライリーは考えることが得意ではなく、ヒトセには魔法の世界の常識がない。あの日の何もかもに気づいて口を出したとするならばクロエだけである。だけれど、ヒトセやライリーが決闘に巻き込まれ慎重に動くしかなくなったクロエを『見届け人』などといった役に押し込むことでその出す口までをふさいだのだ。クロエならばアドレイの思惑をおよそ全て手繰り寄せて動くだろうことも見越して。


「どうしてクルービアの妖精の朝露薬がコップス先輩に効くと分かられたのですか?」


 第2の勝負で指定されたその薬こそ、目の前でコールの症状を軽くして見せ、ヒトセの興味を大いに引いてこの件に決定的に関わらせた要因である。


「私は直接医療や治療に携わることはありませんが、作る薬に迷った先生から話を聞くことはあります。被害を受けたらしい生徒の症状から類推していった結果、朝露薬が効くだろうことまでは分かった、それだけです」


 クロエはなるほど、と頷いた。


 学校側からの表立っての動きはなかったものの、ある程度を把握したうえで、『魔法は物質以外の全ての可能性である。それ故に如何なる魔法使いも可能性に責任を持たねばならない』という魔法使いの理念の基、手出し不要と判断しているのだろう、とクロエは踏んでいた。実際に、ヒトセが声を上げてからの学校側の動きは待ちかまえていたと言わんばかりに早急であったためにその考えであっていたようだ。


 ヒトセは特待生であり、奨学生徒だ。学校側が彼女を多少『利用』したところで、大きな問題にはならない。


 だけれど、それがクロエが腹に据えかねているところなのだ。


「ヒトセに願いの叶う薬を分析させなくっても、この一件は片が付いたことは、分かっておられたでしょう」

「ええ、だけれど、ホワードさん。貴女は、こうなった理由もわかっているでしょう?」


 クロエは思わず唇を噛んだ。


 あの日あの決闘にヒトセが巻き込まれてなければ。そもそもコールに会わなければ。指定の場所に行っても願いの叶う薬らしいものはなかったねえ、などとのたまったあと、この一件を研究会の面々と密やかに解決出来たのだ。


 だが、ヒトセが深く関わってしまった以上、クロエもヒトセの目に届く範囲は全て格好をつけなくてはいけなくなった。だからクロエはあの決闘に巻き込まれて学校側の存在を感じながら、やられたと思ったのだ。


 格好をつけなくては、というのはひとえにクロエの心情から来たものだけれど、なにがどうでも格好をつけなくってはいけない。クロエはヒトセの前で、ただただ純に格好よくありたいのだ。

 クロエだって分かっている。こうした方が沢山の物が掬えた。アドレイはその道筋の案内にあたって上手くコールの件を差し込んだに過ぎない。


「それに……イン教諭があまりにもあの子のことを隠し立てするものですから、見てみたかったのです。彼女の特別を」


 アドレイが目を細めてじ、とクロエのことを見つめるものだから、クロエはじりじりと暑い日に照らされているように汗をかいた。


「ヒトセはヒトセです。彼女が特別何を出来ても、関係ないでしょう」

「でも、知りたいでしょう?貴女も」


 クロエの旺盛な好奇心や探究心はいつだってヒトセの秘密に手を伸ばそうとしてじたばたしている。だけれど、ただヒトセのことをお友達として知りたい、そんな気持ちがじたばたとしたその手を押し戻しているのだ。


「箱の中身を想像することも楽しいではありませんか」


 だからわざわざ開けることはない。少なくとも、今は。クロエはそう思っている。


 そして、ヒトセについては小さな思い出ですら勿体なくって誰かに教える気は毛頭ないのだ。クロエの返答に少し残念そうに眉を動かしたアドレイを見ないふりして、クロエは言葉を続ける。


「それで、この一件、私達は何点いただけましたでしょうか?」


 ニコリ、と笑いかけたクロエにアドレイは先程まで読んでいた書類を今一度少し眺めてから口を開いた。


「点数はつけられません」


 教室で聞く、はっきりとした声だ。


「ですが。『最良』でした、と言えるでしょう」


 そうして、ふわりとアドレイの表情が緩んだ。クロエはあまりに驚いて、いっそ恐ろしくって後退りたくなったけれど、なんとか平静を保った。


 とても優しい顔だ。記録室で見たソフィーリア様と笑い合っていた写真で見たような、素敵な。


「コップス先輩には汚名返上を、ライリーには兄を。ああ、ヒトセの作ったクルービアの妖精の朝露薬は被害生徒へ適切な治療を。そして……」

「どうやって治療のことを?」


 クロエの話の途中だとは分かっていたけれどアドレイは少し驚きながらクロエにそう尋ねた。


「探していたんです。第3の勝負のあと。忽然と暖炉の上から薬瓶が消えていたものだから」


 そう答えたクロエの空色の目がキラリと輝いたのを見て、アドレイはクロエをつくづく食えない少女だ、と降参するような心地で息を吐いた。


「さて。ヒトセのここ半年ほどの活躍で薬草等を置く場所が少しずつなくなってきた、という話がありましたし、功労者たる私達の研究会は今、特定の教室を借りてはいません。だからわざわざかつての先生が所属なさっていた同好会で使っていた魔法薬学準備教室と暖炉先の教室を倉庫から取り出してくださった……と思ってもよろしいのでしょうか?」

「どうかしら。だけれど、研究会が使いたい、ときちんと書面で申し出れば、使えるようになるのではないかしら?」


 魔法使いらしい振る舞いの上手いこの子も目を輝かせて嬉しそうにする顔は年相応だな、とアドレイはまた小さく笑みを零した。


「それと、魔法薬学準備教室は必要なために取り出したまでです。彼女へはまた別のものを」


 想像を超えた大活躍を見せたこのまだ幼い少女の、どこまでもを見通すような美しい目もまた特別なように思えるけれど、彼女の最もな格別は努力を努力と厭わず目的の為ならどこまでも突き詰めていくところだ。それと……


「それなら……『見届け人』で研究会の発足者で、あの大立ち回りの考案者の私には何のご褒美が?」


得られる益を得られるよう大いに動けるところである。


「魔法がお好きでしょう、リロ先生から伺いました。決闘の際に使ったカードに使った魔法の全て、でどうでしょう?」

「ありがとうございます。そんなによくしていただけるなんて……あ、先程の椅子を音もなく動かす魔法も知りたいのですが、可能ですか?私、偶に椅子を持ち運ぶことがあるもので」

「構いませんが、椅子を……?」

「はい、椅子を」


 クロエは不意をついてしまったのかどこに刺さったのか、吹き出すように笑い出したアドレイを見つめながら、用意してきたノートとペンを取り出して、ああ、どんな魔法なのかしら、とこれから教わるだろう魔法を思い、心躍らせるのだった。


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