ビビットピンクと黄色の縞模様
おずおず、とクロエが手を上げた時、遠くから何かが飛んできた。
それに対してクロエはとっさに以前見たような壁を張ったのだろう、ディエゴの背中より少し先のあたりで何かが爆ぜた。破片が落ちてくるのをコールが風で向こうへやるのがヒトセには見えた。ヒトセが足元に転がってきたものを見れば小石のようなものから湯気が出てしゅうしゅうと空気に溶けて跡形もなく消えていく。
道の先、何かを飛ばしたのだろう人影に目をやれば、ビビットピンクと黄色の縞模様に輝いている女性がわなわなと震えながらこちらを睨んでいた。
ライリーはポケットからエリザに手渡されたステッカーを取り出して女性と見比べた。
「おんなじだ……」
『術者が逃げたりしても分かりやすいようにしてあって、あと皆で沢山呪いをかけたからとにかく疲労困憊になるようにしたから、すぐに捕まえられるはず!』
エリザが楽しそうに言っていたことがヒトセの頭を過ぎった。そうだ、術者は分かりやすくしてある、と言っていた。ディエゴも、魔法の補修をしたオリビアも『分かりやすく』なっていなかったなら、他に術者がいたことになる。
「あれ、店員さんじゃ、ない?まじない屋の……」
ライリーがそう言うと、ヒトセたちもはっとした。確かにお店で見たことのある顔である。
「術を解け!解けぇ!」
キンキンとした声が耳に届いてヒトセは思わず後ずさった。コールの怒鳴り声も恐ろしいものではあったが、こちらは獣の咆哮のような、殴りつけてくるようなものに感じた。
こちらに敵意があり、何らかの危険物を所持していて、疲労困憊の呪いがかかってなおこちらにそれを投擲する力もある。相対するその場の誰もが緊迫した空気の中にいたが、その彼女自身はビビットピンクと黄色の縞模様で輝いている。
真剣になりきれないのだ。
「本当に呪いにおいてエリザ・エーリケの右に出るものはいないな……」
コールは引きながらそう呟いた。
「なんであんたたちが引いてるのよ!!ああっ嫌、『ディエゴ・オーリー』!これをなんとかしなさい!」
その叫び声を聞くとたちまちディエゴは1番そばにいたヒトセの手にある魔術具の方へ手を伸ばした。
その場にいた全員の反応は一瞬ずつ遅れ、ヒトセは打つような勢いになりながら伸びてくるディエゴの手に慌てて身体ごと後ろに逃げようとしたが、どうにも間に合いそうにない。
ヒトセ、とクロエの口からヒトセの名が飛び出すより少し早く、
コツン
と何処かで聞き覚えのある靴音がして、ヒトセの上背より高くから手が降りてくるとディエゴの腕を掴んだ。
「やあ、やあ、状況はさっぱりだけれど、これはレディにしていい態度かい?私は、当然違うと思うけれど」
後ろに逃げようとしていたヒトセの背は後ろに立つ男の大きな手のひらにトン、とぶつかり支えられるような姿勢になる。
「ヒトセ!」
クロエの声に、かの奇っ怪な男は今このとき味方かは分からないはずなのにうんと大丈夫になった気がして、ヒトセは無事だと伝えるべくコクリと頷いた。
後に、何も大丈夫ではないというのに大丈夫だと自信ありげに頷かれたこのとき、いろんな感情が渦巻くなか、兎角何を可愛く頷いたのだろうと思った、とクロエは語った。
「う、裏通りのゴースト!」
コールがぎょっとしながら悲鳴をあげるように叫んだ。
「おや……ああ、キャラメル色の髪の緑の目の男の子、あの少年だよ。君が言っていた彼と、僕が言っていた彼はやっぱり一緒だったみたいだ。君、ほら見てご覧、背が伸びているよ」
裏通りのゴーストは焦点のあっていないディエゴの腕を掴んだまま、ヒトセを覆い見下ろすように目を合わせてそう言ってにこりとした。この混沌とした状況でもどこまでもマイペースである。
「いやあ、面倒な術だ。すぐには解けない、素晴らしいな。あそこの彼女こそ魔法薬学に長けているに違いない。だけれど彼には眠っていてもらおう」
スルリ、とステップを踏むようにヒトセとディエゴの間に体を滑り込ませて、ヒトセを背に隠すと、ゴーストは指揮でもしているように優雅に手を振るった。
ばしゃん!
優雅に手を振るったというのに出てきたのは大量の水である。ディエゴはそれで顔面を浸され、焦点の合わない目を回しながらべしゃり、と膝から落ちていった。
「大丈夫かい!」
ディエゴに駆け寄るオリビアに、ゴーストは
「眠っただけだ……いや、服が濡れているし今きっと膝も擦り剝いたなあ、うーん、ああ!軽症だよ」
とにこりと笑いかけた。
オリビアは気を失っているディエゴの頭を抱えてそっと撫でながら、道の中央へコツコツとわざとらしくゆっくり歩いていくゴーストの背を目で追う。
ディエゴの名でディエゴに命令をしようとした店員の女性は、ゴーストにディエゴを眠らされるとさらに激昂した様子となったが、相対するその場にコールの顔を見つけるとにやりとした。
「『コール・コッポラ』!この術を解きなさい!」
彼女の声を聞くとクロエは面白そうにコールに尋ねた。
「どんな感覚なの?」
「やり忘れた重大な課題がずっと頭を過ぎっている、そんな感覚かな」
「えっ!?」
これにはゴーストも驚いたのか、即座にコールに向けて構えた指先をそのままにぱちくりとしている。
「人違いだよ。俺はコール・コップス」
「ちなみに私はクロエ・ホワードよ」
「コップス……!?そ、それにホ、ホワードって、何!?何で!?嘘よ!嫌!名家の魔法使いにだけは手を出さないようにしていたのに!どうして!?」
彼女は動揺して髪をかき乱し始めた。それは、今に半狂乱で飛びかかってきそうなそんな剣幕であった。
「ええっだから僕はVIPになれなかったの!?」
それを聞いて気の抜けるそんな声をあげながら道に出てきたライリーをコールが小突く。
「ああ、ああっ、何よ、何よ!!私は悪くない!悪いことなんてしていないわ!ただ血が欲しかっただけじゃない!そうしないと死んでしまうんだから!」
「はあ、美味い汁は吸えた?ディエゴ・オーリーを利用して店に介入するなんて随分手の込んだ仕込みをしたようだけど」
コツ、とゴーストが足を彼女の方に進め始めると、彼女はビクリと固まったようになりながら、腕を振るって何かを投げた。
「こっちに来るな!」
ゴーストに向かって投げられたそれは再び先程のように大きく爆ぜ、破片を飛び散らせた。クロエとコールが防いだため、ヒトセたちにそれらはぶつかってくることなく風だけが強く吹きこんでくる。
バサリ、とゴーストのフードが揺れて落ち、その髪がチカチカと光っているのがヒトセの目に映った。
「じゃあ、詳しい話は──」
ドタドタドタドタ!と激しい足音が響き、ゴーストに拘束された彼女の向こう側から人が駆けて押し寄せて来た。
「取り調べで聞くよ」
クロエたちの方にも制服姿の人が駆けてくる。奥からインや見知った先生方もやってくるのが見えた。




