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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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ルイ

 日のさし始めた朝の裏通りは、店屋の人間が多いからか既に人の動きが見えて、何処かで鶏が鳴き、何処かからは朝食の匂いがしてきている。とはいえ道通りに出るには眠たい時間だからか、外を歩いている人間はそういない。


 そんな中、美味しそうないい匂いをまとわせた男が歩いて来た。


「来たわ。バッチリ写真と同じ顔」


 クロエが声を潜めながら何処から持ってきたのだろう、ルイがパティシエらしい制服を着て真面目そうな顔で写っている写真を見せてくれた。ブラックチョコレートのようなダークブラウンの癖毛と意志の強そうなグレーの瞳。どこかオリビアさんの面差しにも似ている。


 オリビアさんの家に向かうには通るほかない十字路で、ヒトセとクロエ、ライリーとコールは左右に別れ、身を隠しながらルイを待ち伏せていた。


 コツコツと石畳を進む足音が徐々に大きくなってくると、ヒトセとライリーは長方形の鏡のような魔術具を握って構えた。


 これは例の研究会の方々に急遽今朝に間に合わせて作ってもらった逸品だ。まだどこの何にも使われていない第2魔法薬学準備教室をこれ幸いと占拠して飛行の準備をしている際、ふたつに結った赤毛をふわふわと揺らしながら女子生徒がこの魔術具を掲げて飛び込んで来たのにはひどく驚いたものだ。


「ねえ、ジュダにそのステッカーは作戦を失敗しかねないほど気分を損ねるから貼るなと怒られたんだけど、そんなに駄目!?」


 魔術具を持っていないもう片方の手に持っていたステッカーにもひどく驚いた。なんだか動物のかわいいところをいいとこどりしようとして失敗したようなビビッドピンクと黄色の縞模様の毛色を持つ生き物が、コインを嘴に咥えて自慢気にしているが、ヒトセの感性からすると絶妙に可愛くなかった。


「後輩ちゃんたちが幸運に恵まれるようにって用意したのよ、クロエちゃんとコールくんがいるなら確実に大丈夫とは思うけど」

「誰だコールくんなんて奴は」

「エリザ先輩、術具より大きいですそれ」


 エリザはコールの言葉だけ無視し、大きさのことを失念していたわ、と言いながらヒトセとライリーのポケットにそれらをねじ込む。


「術者が逃げたりしても分かりやすいようにしてあって、あと皆で沢山呪いをかけたから……なんだったかな?もの凄く肩が凝って、目が霞んで、あ、足も筋肉痛が出て浮腫むようにしたっけ……とにかく疲労困憊になるようにしたから、すぐに捕まえられるはず!」

「も、もの凄く嫌な呪い……」


 ヒトセが想像をして思わず嫌な顔をするとエリザはけらけらと笑った。


「自然に起こるようなことを起こす呪いってもの凄くかけやすいの!普通なら抵抗しないものだから!」


 相手がどうなったか教えてね!といいながら、エリザはヒトセたちに魔術具の使い方の説明をしっかりとしてくれたのだった。


 説明で習った通りしっかりと構えたヒトセとライリーを確認してから、クロエの合図でクロエとコールはオリビアさんの家に向かうルイを通せんぼうする形で立ちふさがる。


「おはようございます」


 突然現れた少年少女にルイはひどく驚いたようで、びくりと大きく体を跳ねさせた。

 クロエが杖を出して呪文を唱えれば、ルイを対角線上で捕らえているヒトセとライリーの持つ魔術具が光りだす。


「おっと」


 何が起きているやら、と混乱してぐらり、とよろけて後ずさりそうになったルイをコールが風を操り元の位置に戻す。


「な、なんなんだ、君たち……!」


 ルイのやっと絞り出した声にライリーが答えた。


「僕たちは、その、ただ!知りたいんです!えっと、どうして願いの叶う薬なんて配ったりしたのか!」

「なに……?」


 チカ、チカ、チカ、とフラッシュを炊いたようにルイの体に光が纏わりついては弾けていき、一際大きく弾けると、ダークブラウンの癖毛はじゅわりと色が濃くなりゆるゆると巻かれていき黒髪へ、グレーの瞳はオリーブ色に色づき、キリリとしていた目元は優しそうな一重になる。


 光の眩しさでつぶっていた目を開けてキョロキョロとした彼は向かいの家のガラスに写った自分を見た途端、ひどく動転した様子で固まってしまった。


 紙袋を持っていた手の力が緩んで取り落とし、袋が地面に落ちる。


 カシャン、と軽い音が響いた。


「……ディエゴ・オーリー?」


 姿の変わった彼を見てクロエがパチパチと瞬きをしながら驚いたように声を出した。


 彼はクロエの言葉を聞くとまた一つビクリ、として、今度は何かを言いたそうにパクパクと口を動かそうとしているが、まとまらないのか言葉にならないようだ。


「なんだ?有名な詐欺師かなにかか?」

「記録室に入ったと言っていたでしょう。学生時代のルイと一緒にお菓子を作っていた友達というのが、彼なのよ。学生時代の写真でしか知らないけれど、反応からしてアタリのようね?」


 背後からしたドアの開く音にハ、としてそれぞれ振り返ると困惑したような顔のオリビアが立っていた。オリビアはこの惨状を理解しようと端から端まで一度で足りずに二度見てから言う。


「……なんだいこれは」


 オリビアからすれば先日知り合った程度の間柄の学生たちが早朝の自分の家の前で見知らぬ男を取り囲んでいる図である。


 ものの数秒で捌くには情報量が多い。


「えっと、これは、何か誤解が」


 オリビアの姿を見たディエゴは栓を切ったように途端に口を開いたが、

「姿まで変えて誤解、はないだろう」

「お菓子には直接違法なものは入れていないとはいえランプフィルの件は言い逃れ出来ないんじゃあない?あれは貴方が店に現れてから現れたのよ」

コールとクロエに口々に言葉を返されて、焦っては返す言葉を見失っている。


「アンタ、孫のふり以外になんかやってたのかい?」

「えっ」


 オリビアの言葉にその場にいた高低入り混じった声が揃った。


『オリビアさんが本物のルイさんを分からないとも騙されているとも思えないけど』


 もしかすればあのまじない屋にいるルイは偽物なのでは、という話があがったときに出た話である。


「アンタ、変身魔法があまりに甘がかりだったから私が補修したんだ。アンタが解いたら分かるようにしてさ。やっと正体を明かしてくれる気になったもんだと思ったんだけどね」


 オリビアは少し残念そうにそう言った。


 ディエゴは正体を……少なくとも本物のルイでないことをオリビアに知られていたなんてつゆとも思っていなかったのか、目を白黒とさせている。


「ルイのフリをするんなら普通ならもっと傍若無人なように振る舞うんだよ。少なくとも相手に合わせようとなんてしないし、気遣うなんて以ての外だ」

「え……?」


 自分の孫のことだというのにひどい言いようである。


「それなのにまるで好青年みたいに振る舞うだろう、その癖靴紐を結ぶ妙な魔法だとか妙なルイの癖は真似してルイのつもりじゃないか」

「ウッ」


 ここ1年賢明にルイのふりをしてきたつもりだったというのにオリビアからのダメ出しは止まらない。ディエゴは青ざめていた顔を今度は赤くした。


 ヒトセたちは困惑しながらもなすすべなく大人しくその様子を見守っている。


「『ディエゴにやった菓子を勝手に食わないでくれないか?金だって送ってやれたしこっちに来ればなんだってしてやれたのになんでそこにいるんだ』だとさ。アンタよっぽど孫と仲良かったんだね。それに大事にされてたんだろ、手紙なんて送ったことなかったけど、送ってみたらすぐ返事が来たよ」

「ル、ルイ……」

「アンタそもそも爪が甘いよ。ルイの作った菓子を置くのに道を行ったり来たりしてうちの前でためらうからその黒髪とオリーブ色は見たことがある。それにね、自分は卒業してない卒業祝いのケーキを私に送るわけないだろ」


 つまり、オリビアは元々ディエゴのことを知っており、あのいじらしくドアにルイの手づくりの菓子を吊っていたのが彼であり、そしてルイの友人であろうとわかっていたため、ディエゴがルイのふりをはじめた随分早い段階でディエゴと見抜いてからも放っておいてやったらしい。


「ルイがやりたいようにやらせてやってくれ、と全く頭を下げているような気はしないけれどあの孫にしては低い姿勢で頼まれたもんでね。私としても、一生懸命手伝おうと頑張る奴は嫌いじゃあない……それにしてもなんでアンタ、ルイの菓子なんて私に寄越したんだい?ルイは私のこと好ましくないと言ってたろう」


「ばあちゃ……オリビアさん」

「1年近くばあちゃんばあちゃんと呼んでおいてなんだい。好きに呼びな」

「俺は……ば、ばあちゃんのまじない薬に救われて、ルイと友だちになれたんだ。それで、ルイが中退したときばあちゃんだけは反対しなかったって手紙で聞いて、ルイが送ってくれたお菓子を美味しく思ったとき、思わずばあちゃんにも食べてほしくなったんだ」


 つまりディエゴはルイのこともオリビアのことも好きだったから仲良くして欲しかったのだ。


 そう聞いてオリビアはなんだか胸が暖かくなった。まさか自分とルイの仲をとりもとうなんて人間がいると思っていなかったし、現に手紙のやり取りを出来るくらいには仲がとりもたれている。


「あの……」


 少女の声がディエゴとオリビアの間にはねてきて、それぞれが我に返り、そちらの方に視線を向ける。


「いい雰囲気のところすみません。それじゃあ、お店に放たれていたランプフィルは一体……?」


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