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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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パウンドケーキ

「ヒトセ!待ってってば!」


 クロエがヒトセを追いかけていく、それはすっかりいつもの光景であったが、ヒトセはどれだけ鬱陶しそうにしていても必ずクロエに一言二言言葉を返していた。今日のヒトセは聞きたくない、と言わんばかりに早足である。今日のヒトセとクロエは普段通りではないらしい、と周囲は顔を見合わせた。


「ヒトセってば!何処行くの」

「近道なのよ、こっちが!」

「嘘よ」


 ヒトセは重いガラス戸をあけて中庭に入りスタスタと歩いていく。


「嘘じゃないわ。ここを突っ切って歩くと教室はすぐよ」


 中庭はこちら側からは入れるものの、通り抜けようにももう1つの出口は施錠されている。しかし、ヒトセは中庭にある植物の世話を任されており、世話がしやすいように、と鍵を預かっているために、近道として成立するのだ。


「貴女次の授業一緒じゃないでしょう!」

「私、次の時間は中級魔法学でヒトセは初級魔術学だから隣の隣なの!」

「私の授業を何で……」

といいかけたヒトセは顔を真っ赤にしてズンズン足を進める。

「かわいかったわ!」

「うるさいわ!」




 昨晩、『惚れ薬』のお礼に、とクロエがヒトセの寮の部屋へ訪れ、2人でパウンドケーキを食べた。


 授業以外でこんなに一緒にいることってあったかしらとのろのろと出された紅茶とパウンドケーキを頂いたヒトセが、ぽかぽかとした心地のまま

「美味しいわ」

とクロエに伝えると、クロエは嬉しそうにはにかんだ。


「オーブンを使おうと思ったら共同のキッチンを使わなきゃいけないでしょう?通りがかる人の大体に狙われたわ!」

「いい香りだもの」

「少しだけ……って伸びてくる手をとにかくひっぱたくのでつかれちゃった!夕方になったら皆が帰ってくると思ったから慌てて焼きにいったのに!」

「もしかして、クロエ……午後の授業って」


 跳ねる心臓をおさえながらヒトセは恐る恐るクロエの様子を伺った。


「ヒトセと一緒の授業ならヒトセに聞けばいいでしょう!」

 ヒトセはなんだか体の力が全部抜けきってしまって、なんともいえない心地になりながらパウンドケーキを口に運ぶ。

「美味しさに免じてノート、貸してあげるわ」

「ふふっ」

「なに笑ってるのよ……」

「なんでも」


 クロエは気の抜けたようなほっとしたようなヒトセを見て、やっと緊張がほどけていくような気がした。


「ヒトセ、優しいから突き放さないだけで私のこと面倒がってるのかしら、って思っていたから」


 クロエはゆるゆるとケーキに手をつけようとフォークを手に取った。


「あら、面倒に思っているわ」


 折角口にいれようとしていたケーキを溢しそうになってクロエは手でなんとかキャッチする。


「貴女、結構面倒な女よ。でも、だから好き」


 ふふ、と華がほころぶように微笑むヒトセにクロエは目を奪われてしまう。


「ノートの取り方が綺麗なところとか、姿勢がいいところとか、今だってそうだけれど人と話すとき目を見て話そうとするところ、とても好き、素敵だわ」

「あ、え?」

「私、いじわるな言い方ばかりしちゃうのに、貴女は一生懸命私の気持ちを考えてくれるでしょう?私ね、それ、とっても嬉しいのよ」


 クロエは手のひらにケーキの切れ端を乗っけたままヒトセの顔を見ている。自分はきっとなんて間抜けな様子なんだろう、と頭の端で思った。しかし、そんなことよりも、どんなことよりも、ヒトセに盛ったケーキより多く浴びせかけられている甘さに、ただただ自分というそれだけに向けられたそれらに、どんな顔をすればいいのか分からず泣きそうだった。いっそ、小言をいわれた方がましだ。


「貴女の表情って分かるようで分からないけれど、でも、それも楽しい……」


 もぞもぞ、とヒトセが身動ぎする。


「?ヒトセどうしたの?」

「上着を脱いでもいいかしら?暑くて」


 上着から袖を抜いたあと、ベッドの端に綺麗に畳んで置いた一連の動作があまりにヒトセらしすぎてクロエは笑った。


「ヒトセって制服、きっちり着るわよね。ボタンの1つ2つくらい開けても誰も何も言わないのに」

「貴女もきっちり着てるじゃない」

「ヒトセにだらしないって思われたくないんだもの」


 クロエは思わず自分の手のひらを見た。さっき、口に入れた。それに、味見もしている。


「なあに、ふふ、格好くらいでだらしないって思ったりなんかしないわ……」


 そう言ったあと、ヒトセはうつむいて黙り込んだ。


「ヒトセ?」

「部屋……暑いわね?クーラーを……」


 ベッドから立ち上がろうとしたヒトセだったが、巻き戻しをしたようにベッドに座り直した。


「力が入らないわね、ふふふふ」


 ふにゃ、としたヒトセがベッドに倒れる。


「ヒトセが陽気になっちゃっているわ!」

「ふふふ、何だか物凄く気分がいいわ」

「もしかしてヒトセ、調合失敗したんじゃないの!?これ、大丈夫なやつ!?」

「あらあ、なに、『惚れ薬』なら完璧だった筈よ?なに、何で」


 ヒトセはふにゃふにゃになっていても頭は切れるらしい。起き上がりこぼしでももう少し遠慮して起き上がるというのにすさまじい勢いで起き上がってきた。


「盛ったわね!クロエ・ホワード!」

「こんなに怒ってるヒトセ初めて!」

「喜ぶんじゃないわよ!」

「あっしかもヒトセに初めて名前呼ばれたわ!フルネームだけど!もっと親しみをもって!クロエでいいのよ!」

「しかも貴女も効果出てるのね……ふふ、なんで、ふふふ」


 怒っていても気分は楽しいのか、こんなに様子の目まぐるしいヒトセは初めてで、クロエは跳ね跳びたいほど機嫌をよくした。


「今のは私の素よ」

「そういえば貴女は元からそういう質だったわ。でも、おかしいわ、一緒にいる相手に好印象を抱いて素直になってしまう程度の……あれ?そういえば紅茶には香りなんて……」


 そう言いながら、パウンドケーキを見たヒトセは真顔になった。


「道理で私に沢山盛り付けた訳よ!上手くやったわね!そういう強かなところ、かなり好きよ!ああっ……ちょっと私の口塞いでくれる?」

「ケーキしかないわ」

「そうよ、ケーキ!」


 ぱく、とヒトセはまた一口ケーキを食べる。


「多少の熱には耐えれるように作ったけどオーブンの熱に耐えた訳でしょう?素晴らしいわ!香りがここまでわからなくなるなんて、何を入れたの?」

「キッチンにあったマダムレイシーの洋酒づけフルーツを拝借したのよ」

「えっ」


 ヒトセがびっくりした顔をしたので、クロエはあわてて弁明した。


「大丈夫、本人に使用許可は貰ったわ、だって、マダムは……ヒトセ?」


 ヒトセはお嬢様のように両手を口許にあてながら、びっくりした顔をしていた。


「すごい発見をしてしまったわ」

「え?」

「私すっごくお酒に弱いみたい、ふふふ」


 ヒトセはひどくほっとした。まさか調合に失敗したのか、と少し思っていたからだ。なんだ、酔っているだけか。お酒に酔うってこういう感じなのか……とふわふわ思った。寮母のマダムレイシーは勿論魔法使いだから、何か特別な魔法がかかった物でもあるかもしれないけれど。


「ねえ、貴女……クロエは、これからも私と一緒にお昼食べてくれることはある?」

「え?」

「だって、『惚れ薬』はもう渡し……あれ?」


 ヒトセはここでやっと、そもそも何で自分が『惚れ薬』を食べることになっているんだろう?と首をかしげた。その様子を見たクロエは目を閉じ、祈るような顔をしながら言葉を発する。


「ヒトセ、私3つ上の兄がいるの」

「あら、2人兄弟なの?」

「ええ」


 クロエの兄はどんな人なのだろう、とぼんやり思いながらもヒトセは首をかしげたまましばらく疑問符を浮かべていたが、ゆっくり姿勢を戻しクロエに向き合った。


「……もしかしてなのだけれど、3つ上で、この学校に通っていたりする4年生だったりするのかしら?」

「その通りです」


 もうクロエは祈るような顔だけではなく完全に懺悔をする姿勢だ。神に何もかもを言い当てられている罪人、そんな心地であったためである。


「もしかしてなのだけれど、惚れ薬を3年生で作る、というのを聞いた相手だったりするのかしら?」

「ご明察の通りです」

「まさかとは思うけれど、惚れ薬、手に入らないのまで知っていた?」

「返す言葉もございません……」

「……どうしてそんなことを?」

「ヒトセと仲良くなりたかったから……どんな授業を取ってるのかとか聞いて回ったりもしました……」


 それを聞いたヒトセはめまいがした。


「ええと?ええと、貴女……クロエは私と仲良くなろうとして、惚れ薬の話を持ちかけたの?」

「そうです……」


 よろり、とヒトセがうつむいて、肩を震わせ始めたものだから、クロエはどうすればいいのかちっともわからなくなってしまって、その沙汰を待つ他ないとじっとヒトセの様子を見守った。


「クロエは、私と、友達になりたいの?」

「はい……」

「ふふ、いいわ、友達になってあげる……」


 顔を上げながらそう言ってふわりと笑ったヒトセの顔があんまりにも柔らかくて優しくて、クロエははくはくと心臓を高鳴らせながら、息をするのさえ忘れてヒトセを見つめた。


「なんだぁ、早く言ってよ……」


 そんなヒトセのぼやきにどちらともなくくすくすと笑う。初めから友達になりたいわ、だなんて言って、言われたとき、こんな風になれたかなんて分からないことをヒトセもクロエも承知していたからだった。


 そのまま残すのももったいない、とケーキをつまみながら、ヒトセとクロエはとりとめのない話をした。どんな天気が好きかとか、どんな授業が好きかとか、友達だったらしてきていそうな、本当にとりとめのない話だ。

 きっと2人がこれまでしてみたかった話だった。


 ほどなくしてお腹も落ち着いた頃、ヒトセが船をこぎはじめた。そうしてやっとクロエは夜が更け、ひんやりとした空気が満ちて来ようとしているのに気がついた。時間も忘れるようなひとときだったのだ。


「ヒトセ、眠いの?」


「うん……」


 『媚薬』の効果なのかアルコールのせいなのかは分からないけれど、きっと普段のヒトセならばこうも素直には答えてくれないんだろうなあ、と思いながらクロエはてきぱきとトレイの上を片付け始める。


「もう遅いから早く眠るといいわ」


 そう言ってクロエがさてお暇しよう、とトレイを抱えて部屋を立ち去ろうとすると、

「…もう行っちゃうの」

そう、ヒトセがもう一押しで眠ってしまいそうな顔で呟いた。


「なんかもうすごい責任を感じてきたから、責任をとるわ。また明日お話しましょう」

「わかったわ……おやすみなさい……」




 『惚れ薬』のせいなのかアルコールのせいなのか、ヒトセはとにかく柄じゃないことをしつくした一晩であったことに恥を感じていた。いっそ全部の記憶がなくなっていて欲しかったが、曖昧なところはあるもののその殆んどを覚えている。


「……?」


 ふと、ヒトセは中庭に自分たち以外の誰かがいることに気がついた。授業は取るべき単位数はあるものの、取り方は自由であるため、次の授業が休みであるというような生徒もいるだろう。そのためこの時間に中庭に人影があるのもおかしな事ではない。ただ、その誰かを少し気がかりに思いヒトセは足を止めた。


 ピタリと足を止めたヒトセにぶつかりそうになりながら、クロエは横道の先を見つめているヒトセの視線の先を追った。

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