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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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中庭の君

 クロエが初めてヒトセを見たのは、入学式の後に開かれたパーティを挨拶もそこそこに抜け出して、用向きのため一度家に帰るべく迎えに来る兄を待っている時であった。


 おおよそは堪能しただろうくらいの時間に迎えに行くよ、と言われたものだが、ホールには知らない顔も多いけれど、自分の周りにいる顔ぶれはそう変わるものでもない。初めましてと声をかけて回るほどの気力も湧かず、さっさと抜け出てきたのだ。


 校舎内はささっと地図を見た程度でまだまだ把握が出来ていないからか、どこを歩いても新鮮だ。そういえば兄が中庭はよく手入れされていて綺麗だ、と言っていたなあ、と目に入った中庭の戸を開けてするりと中に入る。ライトアップというほどではないが程よい明かりが点いていて、どうやら見て回るのに差し支えはなさそうだと踏み出したヒールがカツン、と鳴ったのに何処か罪悪感を覚えて、カツカツ鳴らないよう慎重になりながら進んでいった。


 クロエは中庭を見て、はあ、とため息をもらした。手入れがされていて綺麗、というのもあるが、とても珍しい種類の植物がどこにでもある普通の草花のような顔をして生えている。知識が豊富というほどでもないが、教科書に載っていたり、本にあったようなものくらいは覚えているから、この中庭はかなりの手間暇をかけて維持されているのだ、ということくらいは分かった。


 そろそろと歩きながらしばらく見物したあたりで、兄に連絡をしよう、なんと言おうかしら?と魔法で飛ばす文面を考え始めた。兄ならばどこを彷徨いていようとも自分を見つけてくれるだろうけれど、何処にいるかは伝えておくべきだろうから。


 うーん、何て言おうかな、なんてゆらゆら子供っぽく揺れながら歩いていたときだった。


 遠くで声がしたのだ。


 クロエはきっと何も悪いことはしていないというのに、思わず大きな木に隠れて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 見れば人影が揺れていて、葉が擦れるような音がする。パーティで人がいない間になにか悪さをしようという腹かもしれない、とその様子を覗き見てやろうと顔を向ければ、そこにいたのは女の子だった。

 小さな顔に小柄な体躯。東洋出身だろうか?どこかミステリアスな風貌だ。しゃがみこんで植物に向き合っており、その周りを数匹の妖精が楽しそうにふわふわと舞っていた。


 制服ではないけれど自分もこの間購入したばかりの活動着を着ているからきっと学生だ。活動着の襟の色がお揃いだから新入生だろう。もしも活動着でなければ、あの子は妖精なのかしら、なんて思ったかもしれない。それくらい不思議な雰囲気があった。


 小さな手が懸命に土を弄っている。


 そういえばこの学校には奨学生というシステムがある。つまり今はお仕事中なのだろうな、とじいと目を離せずにクロエはその女の子を見つめ続けた。

 

 すると、ふ、ふ、とハミングをするように彼女は音楽を口ずさみはじめた。先程の声は彼女の歌か、と聞き覚えがあるようなそれに耳を傾ければ彼女の歌と一緒にホールの音楽が僅かばかり聞こる。ここまで届いているらしい。それを歌っているらしかった。


 妖精たちの羽ばたきと、彼女の密やかな歌声がする。彼女が動く度に薄明かりで照らされたつややかで細い髪が肩上で揺れて、それすら心地よい。無骨な格好のはずなのにとても美しく綺麗に見えた。


 そうしているうちに、彼女たちの方からさわ、と柔らかな春のような風を感じて、クロエは思わず目を閉じた。


 ふ、と目を開ければ、先程まで彼女の眼の前で青々としていて咲く気配なんてなかった植物が見事に花をつけている。

 それを見た彼女が、何か言葉を話すが、東洋の言葉のようで理解は出来なかった。表情から察するに花を咲かせる気はなかったようだ。しかし妖精たちは大喜びで、見たこともないほどくつろぎながら楽しそうにはしゃいでいる。それを見て薄く笑った彼女にどきりとする。


 魔法だ。


 すごい、植物の魔法だろうか。


 なんの魔法だろう。呪文らしい呪文は聞こえなかったけれど、歌詠という方法もある。正確な音階と魔力操作があれば歌詞がなくとも効果を発揮する魔法もあったはずだ。


 すごい、すごい、クロエはどきどきと胸が高鳴るせいで息が上がって、このままでは彼女に自分がいることを気づかれてしまうかも、とその場を離れた。


 覗き見したことを彼女に知れたくなかったからだ。


 そうしていると、ガラスになっている窓の向こうに見知った人影を見つけた。


「あれ、パーティ、退屈だったんじゃないの?」


 窓に寄れば兄にそう言われ、自分がどんな顔をしているのかある程度の想像がついて、あわてて表情を取り繕う。


「お兄様が中庭って素敵よ、って言っていたでしょう?だから来てみたのだけれど、本当に素敵なものを見たものだから……」


 入ったものとは違うが、戸を見つけてクロエがそちらに歩きながらそう言えば、併走するようにしてついてきた兄が、柔らかく笑う。


「ホールにはいないと思ったからそれならここかな、と思ったんだけど、楽しんだようで何よりだよ」


 すっかり行動を読まれていて、クロエは少しだけ複雑な気持ちになりながらも、結局、中庭の彼女に気を取られて連絡を送りそこねていたために、見つけてくれた兄に感謝を告げた。


 そういえば、彼女はパーティには行かなかったのだろうか?そう思いながら、向かった戸に手をかければ鍵がかかっていて、鍵開けをしようと杖を構えた兄を静止してから、クロエは初めに入った戸まで戻ることになったのだった。


 それからクロエはヒトセが魔法使いでないと知って酷く驚いたものだが、本当に魔力がないのは確かだった。


 あれだけ大事そうに葉を撫でられれば、私だってヒトセの目の前で咲きたいわ、なんてふざけたことも考えたが、ヒトセは妖精の力を引き出す能力が本当に高い。解明されていない妖精の能力を使いこなしている可能性が高いな、と踏んでいる。ヒトセが自分に直接これらを披露はしていないあたり、イン先生あたりに口止めでもされているのかもしれないな、とあの日のことは黙している。こんな秘密も悪くない。


 クロエはそんなことを思い出しつつ、背に額を寄せたヒトセに言う。


「……1番に声をかけたのが私なのは紛れもない事実だし、きっと何度繰り返しても私が1番に声をかけてみせるけれどもね。実のところ、少なくとも新入生からはヒトセは虎視眈々といつ声をかけてやろうかと狙われていたものよ?」


「はじめの頃は物珍しそうに好奇の目で見られていたのは知っているわ。言葉もあまり話せなかったから弱い者いじめは趣味でないということか指を指して笑われることこそなかったけれど、どちらかといえば悪く思われていたと思うわよ?クロエったら贔屓目ね」


 くすくす、と笑うヒトセと一緒になって笑いながら、クロエは続けた。


「私の贔屓目だったらあんなに焦らずに済んだのに!ヒトセったらいつもすぐに教室を出て何処かに消えてしまっていたから、皆機会を得られなかっただけなのよ。ありがとうヒトセ」

「まるで貴女のためにそうしていたみたいに言うのはやめて頂戴」


 ヒトセがクロエの背につけていた額を離しながら、ぴしゃりと言い放った。けれど、楽しそうだ。


「私と話し出して声をかけてくる人増えたでしょう?」

「あれはクロエのことが好きなのよ、皆」

「それはあったかもしれないけれど」

「あるんじゃないの」


 あっちでクロエが探していたよ、だとか、クロエと仲がいいの?、だとか、そんな話が多かったのだ。勉強の話や少しの雑談をこそすることもあったが、それはそこまでの話であったとヒトセは思っている。


「皆そうじゃないのよ。ほらヒトセ、最近マリとよく話しているじゃない?あんなふうに貴女と話したかった子もいたのよ、私が!ヒトセの!1番の友達なのだけれども!」

「何度も言うけれど、貴女でなくってはこんなことになっていないから安心なさって。あーあ、決して教えてあげやしないけれど、クロエにはこんなにかわいい一面があるのよって澄まし顔しか知らなさそうな子に教えてあげたいわ」

「そんなところも好きでしょ?」

「好きにお思いになられたら結構……」


 ぱ、と前方でコールが手を上げた。


「随分と楽しそうだが、そろそろ降りる。構えろ」


 クロエはそれに返事をして、ヒトセは杖を再び握り直した。


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