偽物
「私には兄がいる、というのは以前話したと思うのだけれど、実は風紀委員長をしていてね。風紀委員長は学校の特別な施設の鍵を持っているのだけれど……」
「……まさかとは思うがアレク先輩は妹可愛さにまんまと君の言うことを聞いてやって記録室に君を?」
あら、とヒトセはコールがクロエの兄を知っていることに少し驚いたが、振り返ればクロエとコールは元より顔見知りのようであった。コールがクロエの兄を知っていてもおかしくはない。
ヒトセはクロエのお兄様ってどんな方なのかしら、クロエと似ているのかしら?と今更少しだけ興味が湧いた。
「まさか。いくらお兄様でもそんな真似しないわ。ただ、少しうっかりして寮のお部屋に遊びに来た妹の目につくところに鍵を置いてしまっただけよ。そして私は兄の話で興味を惹かれて入ってしまっただけ」
「君、将来は弁護士になるといい。もしも何かが起きた際は是非弁護を頼みたいね。あまりに口が立つから何もかも言いくるめてくれそうだ」
「そんな日が来たとして、そのときまでライリーに愛想をつかされてないといいわね?ライリーのお願いなら聞いてもいいもの」
ライリーは思わず吹き出そうになってむせつつ、クロエのいつかの将来にも自分がいるのに何処か不思議に思いながらも嬉しく思った。
「記録室ってね、この学校が把握していた限り全ての生徒の記録が保管されている場所なの。そこで、私は……まじない屋のオリビアさんの孫であるルイ・シューマについて調べたの。学校を中退して人間側のパティシエになっていても少なくとも生徒であったのだから何か記録が残っている筈でしょう?どんな人物なのか、得意魔法が何か、苦手なものが何か……」
「おい何する気で苦手なものなんて……」
コールの言葉を軽く流してクロエは話を続ける。
「少なくとも学生時代には古くて特異な魔法や魔術だなんて知るような魔法使いではなかったし、特に魔法薬学なんて絶望的。ヒトセや先生の唸るような魔法薬なんて作れるような成績ではなさったのは確かね。何せお菓子づくりばかりしていて授業なんてなおざりもなおざりだったみたいだもの。お菓子作りとそうも遠くないことなのに混ぜるのすら満足に出来なかったそうよ。幸運だったのは一緒にお菓子作りに付き合ってくれるお友達がいたことくらい」
ヒトセはルイをまじない薬を馬鹿にする酷いお孫さん、と思っていたものだが、もしかしなくっても魔法薬学に疎くって凄さが分からなかったのかも知れないわね、と妙なところに納得をしていた。
「あれ……」
「どうしたの、ライリー」
ぱち、ぱち、とゆっくりと瞬きしながらライリーは何かを思い出していた。
「ルイさんはオリビアさんの手伝いをしている、って言ってたよね?まじない薬を作ることの。でも、そんなに苦手なんじゃあ手伝いは難しいんじゃあないかな、と思って」
ライリーは苦手なことは苦手なまま放っておくほうだ。苦手なことを努力するのには相応の理由を要する。
ルイさんが学校を中退してからオリビアさんにお菓子を送っていた話を聞くと、兄のコールがお祖母さんのことを気にしてばあちゃんと連絡を取れなかったように、自分の父親がオリビアさんを苦手であるから自分も苦手なように振る舞っていて、家を出て自由になったから交流をはじめた、とも取れる。だけれど、今日の日の兄はともかくとして、この間までの兄ならば、家を出てまで夢を追い、成功にこぎつけたその身で腰を悪くしたばあちゃんの話を聞きつけたからと、心配してテイルの草結びの手伝いをしに戻ってくるかといえば、しないだろうと思う。どんなに好きでもそうなのだ。
ライリーは普段使わない頭を使ってくらくらしながらも、違和感から目を背けることができなくなった。
「……ほんとにルイさんなのかな」
「へっ?」
ライリーの言葉を理解できずにヒトセは素っ頓狂な声を出した。
「人間そう、変わらないって言うか、いや、ええと、過去を聞く限り、オリビアさんのためだけに帰ってくるとは思えないし、ところどころエピソードがちぐはぐで、それに、こんな事件が起きてるから、えっと」
何を言っているんだろう、僕は。あまりにもまとまっていないじゃないか。ライリーは止まらなくなった口をそのままに、泣きそうになる。
「だって、ルイさんを名乗ってる誰かが、嘘をついて孫を名乗っているって方が、1番いいじゃないか……」
結局はそうだったらいいな、そういうことだった。欲しい結論から有り得ることを並べ立てただけだ。だって、ばあちゃんはもし僕が悪いことをするために店に戻ってきたら酷く悲しむだろうから。ライリーは変なことを言ってしまったな、と思わず顔を伏せた。
「ライリー」
そんなライリーにクロエの優しい声が降ってくる。
「すごいわ、その視点から思いつくなんて。考えるのが苦手なんて、そんなことないのよね。そう、それであっているわよ」
ライリーもヒトセもコールも、クロエに神妙な顔つきを向けた。
「ルイ・シューマは今日も人間側のパティシエをやっているようだから、今お店にいるルイは偽物よ」
「にっ偽物!?な、なんで!?」
ライリーは声をひっくり返しながら大きな声を出した。
「なんといえばいいのかしら?あちら側で何かしでかしでもしなければきっと帰ってこないわよね?と、思って。そもそも人間側の何処に居たのかしらと、つてをつかって調べてみたのよ。そしたら少なくとも一昨日まで、休みの日はあれど、かかさず出勤しているから、どう考えてもこちらのルイは本物ではないということが分かって」
「オ、オリビアさんは騙されているってこと!」
思わずヒトセも動揺を隠しきれず、大きな声になってしまう。
「そこが1番分からないのよ……少なくともオリビアさんは本物で、だけれど、こんな妙な事件を共謀して起こす方ではなさそうでしょう?けれど、お孫さんが偽物だって分からないなんてことなさそうではない?」
クロエの言うことはすべておかしな点がない。謎は増えるばかりである。
「何か魔法がかけられているとかはないの?」
ヒトセの頭の中にはこれまでの人生で培ったなんだか悪くてファンタジーな、人を操っちゃうだとか、人を信じ込ませちゃうような魔法が浮かんでいた。
「それは……」
「それは難しい。長年魔法使いであるほど魔法がかかりにくくなる。さあ説明も終わったろう、口の達つホワードお嬢様のトークショーを見ているのも飽きた」
クロエの言葉を遮りながら、コールは空になった皿の上にカトラリーを置いた。
そんな風に言われてもクロエはちっとも表情が変わらないのに、ヒトセは一人むっとした顔になってしまう。コールはいつも言い方がいじわるだからだ。
「何をする気だ?俺にわざわざ説明をしてくれる質でもないだろ?何を企んでいて……むしろ俺に何をさせる気で呼んだ?初めから決まっているんだろう?」
クロエはふう、と小さく息を吐きながら、髪を耳にかけて、少し考えるような素振りのあと、口を開いた。
「いえ、ただ、偽物のルイさんとお話しに行ってみない?ってお誘いをしようと思って」
クロエの言葉に全員がぽかり、として、そして
「え?」
と間の抜けた声が揃った。




