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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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ランプフィル

「私も願いの叶う薬を作った人にすっかり全て材料や製法を教えてもらえたりなんかしないかしら、とまでは思ったけどもね」

「カードも手紙も古くて特異な魔法や魔術でばかり構成されていて、隔絶された僻地出身か歴史から逃れたような魔法使いかしら、という話が出たほどよ。もしかしたら知られていない素材も使っているかもしれないわ」


 クロエにそう返されて、ヒトセは少し慰められたような気持ちになりながら、胸ポケットから小瓶を取り出して自らのおでこのあたりまで持ち上げた。他の3人の目線の高さを平均するとこのあたりになるのだ。


「これを見て」

「……紫色と橙色の溶液が上下に分離しているわね」

「そうなの。これはおおよその素材を割り出してみてから、どうしてもそれらで魔法薬を作ると2つに分離するとしか思えなくって素材から製法を予想しながら試しに作ったものよ。イン先生と工夫こそしてみたけれど、やっぱり分離したわ……」


 ヒトセは照明の光を受けて、キラキラとしている小瓶をテーブルの上にコトリと置く。


「分離してくれたことでより分かったこともあるの。この橙色の部分は、魔力を分散させて体内に留める薬だと思う。以前先輩が飲んで楽になったというのは、イン先生いわくゴーストさんの薬で魔力を作って作って、行き先がなくて苦しかったところを、魔力が全身に分散されたことで楽になったのではないかな、とのことよ」


 魔力は操れる血液のようなもので、普段は同じくらいの濃さになるように作られて体を巡っており、その濃さは魔力量と比例している。


 この薬は体のあちこちにたまり場を作ってしまうから一時的に血が濃くなって魔力量が増えたように感じる薬なのだ。たまり場の魔力は操作が難しく、徐々に全身の魔力も操作が効かなくなる恐れがあるそうだ。

 しかし、長期間続けることで体が濃さを勘違いして魔力量を増やせる可能性はあるのではないか、というのがヒトセがインと導き出した魔力を増やす薬、の仕組みである。


「恐らくその効果であっていると思う。医務室で診断を受けた中には慢性的な魔力分散の症状があったからな」


 そう聞いてヒトセははっとした顔をする。


「先輩の症状を聞くという手もあったのをすっかり失念していたわ。それどころではなくなってしまって……」

「それどころでは?どうかしたの?」


 クロエはヒトセの言葉にぱちくりと目を丸くして空色を瞬かせた。


「ええと、順番に説明するわね。まずは、この紫色の部分が本人の気にしていることが気にならなくなる薬だと思うのだけれど……」

「気になる、のではなく気にならなくなる、なのか?」


 コールは思わず弾かれたような勢いで顔を上げた。


「ええ」


 ヒトセも紫色の部分の効能は逆なのではないか?と思ったものだ。しかし、1つだけ心当たりがあった。


「だから、今年の夏休みのときのキッチンで兄さんは機嫌がよかったのか……」


 ライリーは以前ヒトセとクロエに話した兄の様子の話を思い起こしながらそう呟く。


「とても気にしていることが、先輩の場合は橙色の薬の効果で解決しているように感じながら気にならなくなる、というのはとても幸せに感じるでしょう?それから、この薬はその幸せな感覚を感じていた、ということだけが尾を引くように出来ているから、効果が切れると先程まで気にしていなかったことの印象が余計に強く感じられる仕組みよ。クルービアの朝露薬で解毒されたのはこの尾を引く成分だと推察しているわ」

「趣味が悪いことこの上ないな……」


 コールは強く匙を握り込みながら眉間にしわを寄せた。


「それどころではなくなったのは、この尾を引く薬の材料にランプフィルの唾液とその魔力が含まれていたから」

「まじない屋で飛んでた小さい虫のことだったよね?」


 ライリーはヒトセとまじない屋に行った際、ヒトセから店内で光る虫をそう呼んでいたことを思い出す。


「そうよ。ええと、ランプフィルは一般的にアーレン科の花を取り囲むように小さな集まりを作ってその集まりごとの小さな巣に蜜を集めて暮らしているの。そしてね、集まり同士で喧嘩しないように自分たちのお花の陣地を決めるのだけれど、その時に唾液と魔力で目印をつけて、自分たちの花の花粉の味を覚えるの。そうして覚えた花粉のある花の蜜だけを吸うのよ」


 そう言ったヒトセの言葉にクロエとコールは息を飲んだ。

 ライリーはクロエとコールを交互に見てから口を開いた。


「僕に分かるように言うと?」

「薬を飲んだあと暫くの間、ランプフィルが吸う花につける目印が先輩についていて……もしも血を吸われていたとしたら先輩のことを覚えてそれ以降血を吸って巣に集めているかもしれないわ」

「事件じゃないか!?」


 ライリーはぎょっとして声を荒らげて、慌てて口を抑えながら小さくなる。


 魔法使いの血液は勿論だが、ただの人間の血液ですら、使い方次第では材料や燃料や呪いの的……どこまでも価値があるからだ。


「そうなの。それに、私もイン先生も、こちらの紫色の溶液の方は必ず願いの叶う薬に入れているんじゃあないかしら、と思っていて、そう考えると……」

「……大事件じゃないか」


 この学校の魔力のある特定の生徒の血を狙ったとなれば、その価値は計り知れない。より深刻な話になる。


「だからそれどころじゃあなくなってしまったのよ。昨夜これを作ってみてから先生は先輩の小瓶を全て持って行ってしまったからこれ以上のことはわかりそうにない、わ?」


 コールが突然腕のあたりの服をめくり、ヒトセの前に突き出した。

 手首の辺りにはポツポツと赤みがかった斑点のような跡が出来ている。


「あのときの斑点って……」

「あのとき?」


 ヒトセはクロエと初めて街に行きムルタレストでドリンクを買った後、コールを中庭で見かけた際、首や腕に斑点のようなものを見つけたのだ。そのときは中庭の植物にまけてしまったのかしらと思ったものだが、今日であれば違った可能性を見出すことが出来る。


「いえ、ああ、首にも……」


 コールの首元を見ればそこにも跡がある。


「ランプフィルの口で肌に吸い付いたらこのくらいの跡になるでしょうね。痛くなかったのかしら?」


 ランプフィルの口器はアーレンフルイヤの奥まった位置にある蜜を吸うために細くしなやかになっている。針で刺すよりは痛くないだろうことは言えるが、必ずチクリとくらいはしたはずだ。


「特に気にならなかったな、いやにとまるな、と思うことも最近はなかった」


 刺されても痛みを感じないような魔法がかかっていたのか、判明していない薬の効能にそういったものも含まれているのか、何が原因かは定かではないが、何かしらの工夫の賜物だろう、と全員が思った。


「そういえば僕にも沢山とまってたっけ。でも、刺されはしなかったんだよねえ」

「そうね。以前行ったときはライリーの傍にも来ていたけれど、兄弟の血が似るものなら、お兄さんと間違えたのかしら?」

「可能性はなくもないな」


 コールは出した腕をするりと仕舞い、襟も正すと、姿勢を戻した。この一連の話で最後まで付き合う気が湧いたのか、いまだ手にはフォークを握っているものの動いてはいない。


「だが、何が目的なのか余計に読めなくなったな。署名の入った契約書に、魔力のある血液。これだけ揃っていながら出ている被害が少なすぎる、だろう?」


 何かが盗まれただとか、行方不明者も出ただとか、そういった話どころか、ここのところ寒いからか、大きな喧嘩の話すら聞かない。思いつくような被害が見受けられないのだ。


「願いの叶う薬についての記憶の混濁と、全治数日ほどの不調と……強いて言えば貧血もだけれど、ランプフィルは人を貧血に出来るほど血を吸うことは出来ないわよね?」


 クロエにそう尋ねられてヒトセはすぐに頷きながら答えた。


「ランプフィルが束になってかかっても難しいと思うわ」

「ありがとう、そうよね……会員カードの方は引き続き調べているところだから、他にも何かあるのかもしれないけれど……私、それらとは別にもう1つ、調べたことがあるのだけれど、いいかしら?」

「ええ、勿論」


 ヒトセの返事を受け、クロエはにこりと笑みを浮かべながら、話し出した。

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