呼び出し
授業を終えて昼休みとなり、ヒトセがいつものテラス席へ向かえばクロエと、不機嫌そうなコールが座っていた。
「あら、ライリーは?」
「あそこ」
クロエの視線の先を追えば人で暖をとれるんじゃあないかしらというほどに人が混雑している場所があった。
「毎年クリスマスに向けてシェフがあれやこれやとメニュー開発をするんだが、試作品が並ぶんだ。大ハズレも稀にあるらしいがそれも含めて1種の催しのようになってああして賑わっているわけだ……がアレはたんに皿を取ろうとしていたら集団に囲まれて流されていった」
ヒトセがそう言ったコールの方を見れば混雑の中のどこかをじっと見つめている。
そんなコールの横顔を見ている少しの間のうちに、混雑から見慣れたシルエットがにゅ、と抜け出てきた。
「潰されるかと思った……」
ライリーはよろよろと疲れた様子で普段より沢山の料理の乗ったトレーを持って席についた。
「抜け出したいのにどんどんメニューの前へ前へ行っちゃって……でも押されちゃってお皿を取るのも難しいんだから、困っちゃった」
崩れた制服をぐいぐい引っぱっては正しているライリーを一瞥してからコールはクロエの前に挑戦状でも叩きつけるかのようにぴしゃりと手紙を放った。
「それで?……まさか弟の奮闘する様子を見せるために細工までした手紙なんかで呼び出したわけじゃないだろう?」
クロエはコールの放った手紙から中身を取り出すと、願いの叶う薬の何も書かれていない手紙にしたのと同じようにその無地の面を自分のまじない屋の会員カードにかざして透かしてみせた。
クロエの手元で無地の紙上に『今日の昼休みに食堂のテラス、8列目の最奥、ランチ持参』という文字がうっすらと浮いている。
「いい出来でしょう?」
「今日の日の俺がよりによって何も書かれていない手紙を受け取って、破り捨てずに確認したことに感謝をしてほしい」
コールはそう言い捨てるとじろりと睨んでから匙をとり、食事をとりはじめた。話すなら早くしろ、ということだろう。
「頼れる先生や先輩方に協力をお願いして研究会のようにお集まり頂いたの。その結果、ご覧の通り再現に近いことが出来る程度には手紙や会員カードの仕組みの解析が進んだわ。それでもまだまだいくつかわからない魔法や魔術があって、完全な再現は難しいというのが現状ね……手紙の仕組みについてはライリーの方が詳しいかしら?」
「え、あ、どうだろ……」
「こいつもそこに?」
コールはライリーの言葉を遮り眉根に皺を寄せて恫喝でもするような様子でクロエに尋ねる。
「ライリーは私の知っているなかで1番の転写魔術の使い手だったからお願いしたの」
「……ああ」
コールは納得したように食事を再開する。
「えっと、じゃあ……」
ライリーはおずおず、と言った様子で話し出した。
「手紙は3層構造になっていて、1番上の白紙の面、その下のカードに透かすと出てくる面、そして1番下が……ホワードさん、その手紙を貰ってもいい?」
ライリーはナイフとフォークを慌てた様子でお皿に置いて、クロエから再現して作ったという手紙を受け取り、そして懐から魔法鉱石と絵の具チューブ、そして紙とペンを取り出した。
「えーっと」
ライリーはさらさらと紙にペンを走らせて随分長い魔術式を書くと、その折角書いた式の上に絵の具をべちゃりと出した。
「あ、出しすぎちゃった」
あはは、とライリーは笑いながらパチン、と絵の具チューブに蓋をする。
テラス全体は賑やかなのにこの席だけは静かで、ゆるゆるとした時間が流れるライリーの手元を見つめている。
それから、ライリーは手紙の上に絵の具の乗った魔術式の書かれた紙を置き、絵の具の乗っていない式のはしのほうに魔法鉱石をあてがった。コツンとぶつかった音のしたあとすぐにしゅるしゅると絵の具が動きだし、紙に吸い込まれていく。
「えっと、これが1番下の面だよ」
そういってライリーは雑に絵の具の乗った紙を机の端に避けると、絵の具を吸った手紙を全員に見えるように掲げた。
手紙の中央あたりに『コール・コッポラ』と文字が出ている。
「最初に透かした会員カードの文字がそのまま写されるんだ、けど。願いの叶う薬の手紙だと右端の方に文字が出るようになってるのに、再現では位置の調整が出来なくって手紙を透かしたときの位置に文字が焼き付いちゃうんだ」
ええと、つまり、それから……と、ライリーは何から説明をすればいいのかわからなくなってしまって言葉を詰まらせる。
「ねえ、今のが転写魔術?」
言葉を詰まらせたのを一区切りだと思って、ヒトセはライリーにそう尋ねた。
「ううん、今のは表出魔術っていって、この手紙でいうと、2層目と3層目を隠す魔術のうち3層目を隠す魔術を打ち消して、表に文字を出す魔術なんだ」
「なんだか複雑だわ」
ヒトセは普段習っているものよりうんと複雑な魔術なものだから、どうなっているのかちっとも想像が出来なくって、首をかしげた。
ヒトセのその様子を見たライリーはうーん、と唸る。
「あ、鍵のかかった手紙って感じかも。僕は鍵を持ってるから兄さんの会員カードの文字が写された3層目が取り出せたんだよ。ええと、そうだ。それで」
ライリーは掲げていた手紙の上のあたりを指差した。
「調べたときはホワードさんの持っていた手紙を使ったんだけど、それの3層目には手紙のここのところに、『以下の願いを叶え、契約とする』って書いてあったんだ。だから……」
「これに願いを書けば実質、直筆の名前入り契約書もどきが完成する、という仕組みか」
コールの言葉にライリーはコクコクと頷いた。
「願いを叶える代わりに契約をする、という形なうえ名前を写したのは本人になるでしょう?契約そのものは勝手なものだとしても自分で署名しているようなものですもの。町の誓いが発動しないのも頷けるわ。悪質ね」
クロエは降参だ、というように目配せを寄越したライリーから引き継いで、話を続ける。
「3層目は魔力がある人が手に紙を持つと署名が写される仕組みで、2層目は名前の印字のあと会員カードに切れ込みがある場合にのみ文字が浮かぶようになっているそう……つまり、初めから会員カードの切れ込みで目をつけていた誰かに魔力がある場合にだけ場所を指示して誘いをかけていた、ということが確かそう、ということよ」
コールは随分周到に準備された計画的なことだな、と思うと余計に苛立って、封でもするようにもくもくと食事を口に運んだ。
「問題は魔力のある人と契約をして何をするつもりなのか、なのだけれど……術者のお家にお土産を持って訪ねて行きでもしない限り分かりっこない、と言うことになって真剣になってお見舞いしてやりたいお土産の選定を始めたあたりでこれについて調べるのは中断することにしたわ」
そんなクロエの言葉にヒトセは思わず笑みをこぼした。
魔法や魔術にこれだけ詳しくてうんと遠い人たちのように思えたどなたか達が、口々にあれをしてやれ、これをしてやれ、と言っているのを想像して、なんだか可愛く思えたからである。




