お話をしましょう
「そこのカワイイ弟に命運を任せる他ない可哀想な先輩にもう少し優しくしたいと思わないか?」
コールのそんな言葉に、クロエが綺麗すぎるほどににっこりと笑って見せたのを見てコールはガチン、と歯が鳴るほど勢いよく口を閉じた。
一同は広場から第2魔法薬学準備教室に戻り、コールを囲んだ形で座っている。コールに沢山の話を聞くにしても、外はこれから夜になってどんどん寒くなっていく一方だから移動しよう、とクロエが提案したからだった。
「お茶飲まれます?」
クロエはコールの座る椅子のそばの机にコトリとカップをおいた。
コールはすすめられたままにカップを手に持ってコクリと飲んでむせた。
「さっき飲み比べていたのを全部まぜたろう、これは……童心に返ったのか?ああ、俺よりも遅く幼稚園を卒園したことを忘れていたよ」
だなんて言いながらもちまちま飲もうとするあたりコールは律儀であった。
先程、広場から教室へ移動するとなった際、立ち上がろうとはするもののうまくいかないらしいライリーをどうしたものかしらとヒトセとクロエ、そして勿論ライリーが頭を悩ませていると、コールがおもむろにライリーの腕を掴んで地面からライリーを引き上げ、さも当然のことのようにライリーに肩を貸した。
ヒトセはコールがあまりに自然な動作でライリーを拾いあげたものだから、マダムのかけた魔法の効果かしらとも思ったが、コールが重たい、せめて立つ努力をしろ、と文句を言いながらもライリーを連れ立っていく姿はなんだかとてもヒトセの思う兄弟らしさだ。図書館でライリーが兄さんは面倒見がいい、と言っていたのを思い出させられた。
ヒトセはクロエが新しく淹れてくれた紅茶を飲みながら、クロエと早口で言い合っているコールを見つめて首を傾げていた。毒のある物言いもよく通る声も不機嫌そうに眉を寄せる様子も同じであるはずなのに、どこか気が抜けた、というか……すっかり毒が抜けてしまったようなのだ。
目の下の隈は健在だし、不機嫌そうな顔を貼り付けて疲れている様子なのは変わりないが、ライリーを見ても仇敵を見つけたような顔つきにならないし、ヒトセを見ても睨んだりしない。思い返せば第3の勝負の頃にはもうそのような様子であったように思えた。
ヒトセは毒、という言葉であの奇天烈な美丈夫の顔が思い浮かんだ。
「先輩は裏通りのゴーストに会ったことがおありですか?うんと背の高い、特徴的な喋り方をする美丈夫の……」
ヒトセの言葉にコールはひどく驚いたような顔をしながら、ゆるゆると頷いた。
「会ったのは去年の今頃で一度きりで、先輩はそのときに薬をもらって飲んで、一週間ほど寝込んだ……合っていますかしら……?」
コールはてっきり願いの叶う薬のことを聞かれると思っていたために、開くページをまちがえてしまって目的のページを探しているときのように、思考が追いつくのに少し時間がかかった。
「確かにそうだがどうやってそんなことを……?調べても誰も彼も噂程度のことばかりで、ほんの少し会っただけの俺の方がまだ詳しいと来た。まさか奴の探していた魔法薬学の得意だと思う誰か、は君で、知り合いだったのか?」
「いいえ。先程裏通りで会って、てっきり願いの叶う薬を渡しているその人なのだと思って話を聞いただけで……」
そう聞いてコールは目に見えて沈んだ。
「はあ、なるほど、いや、口に入れて薬が溶け切らないうちから水に沈められたように苦しかったものだから、これは失敗作だったろうと奴に文句の一つでも言いたくてだな……」
コールが不貞腐れた様子でそう言うものだから、ヒトセは思わず目を泳がせた。
「ええと、それで設計通りよ」
「冗談だろ?」
「気になるのなら今度資料をお見せしながら存分にお話するけれど……ゴースト本人の話でも、私の調べた限りでも、そうなるのが自然な薬だわ」
ゴーストの話した前提が嘘でない限り、と続けて言ったヒトセに、コールは自分とヒトセのゴーストに抱いた感情はおよそ近いもので、冗談のようだが信頼は出来るように思える、といったものだったのだろうなと思いつつ、まさかあれで失敗作でないなんて、と感情の置き所を失って落ち着かなくなった。
「あれ?じゃあ兄さんが去年の冬に飲んでいた薬は何だったの?」
「願いの叶う薬……アア、もう、隠しだてなんてしないから勝手に口を動かすんじゃあない」
コールはしかめっ面になりながら声を荒げた。ライリーはそれを見てぱちぱち、と瞬きをしたあと、自分の兄が自分の質問にどうしても答えなくてはならない状態であることを思い出してぽん、と口を手で押さえた。
先程の広場でのコールの様子からしてマダムの魔法によって素直な言葉を通り越した、自分でも意識していなかった底に埋まっていたような本音すら口に出させられているようであった。常日頃から素直な物言いをしたいと願っているヒトセでも、自分が答えるよりも先に自分のなかの答えが飛び出すなんて御免だ。
「あの、じゃあ先輩はゴーストの薬と願いの叶う薬を両方飲んだということ?」
ヒトセの言葉にコールはハ、と短く息を吐いて笑った。
「好き好んで飲み比べしたわけじゃない、ゴーストの寄越した薬のせいでややこしくなっただけで、そもそもは願いの叶う薬を探しに裏通りにまで行ったんだ」
「コップス先輩、裏通りまで行ったのは、願いの叶う薬の噂を聞いたからですか?具体的に言うと、手紙の噂とか……」
クロエはそう言いながら例の何も書かれていない手紙を取り出してコールに見せた。
「……だからあんなところに来ていたのか。願いの叶う薬が欲しいのか?」
「いいえ、全く。私もヒトセもライリーも目的は別物で……先輩、VIPの噂や手紙の噂がいつ頃からはじまったか記憶にありますか?」
クロエの言葉を聞いて、コールは口元に手をやりつつ、真剣そうに目を細めた。
「噂を注意深く聞いていたわけではないが確かにいつ頃から、と言いたいほどのいつの間にかVIPという話は出てきていたような……そういえば手紙の噂は一度聞いたきりだな……手紙は度々届いたが」
コールはそこまで口に出してからピタリと動きを止めた。
「……いや、エラン姉弟の例もあるだろう。彼らは学生時代魔法道具を作っては配り歩いて使い慣れたそれの修理費をしぼりとったことで取り沙汰されたが今や他にない職人だろう?」
「ノーズブレン河の一件をご存知ないのかしら?結果的に被害者が皆魔法使いとして才覚があって優秀だったから死人までは出なかったけれど、魔法の実験をさせられて廃人寸前までいっていたそうじゃないの」
「願いの叶う薬は、まじない屋の会員カードがなければたどり着けないんだと噂でも言っていた。百周年が目と鼻の先のまじない屋の……」
コールはあのブレンド紅茶をあおってしぶい顔をしてから、がくりと項垂れて髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。
「会員カードは菓子類を扱い始めてから今のものになった。つまり百周年の歴史は関係がなくて、菓子の方に『何か』があるんだ。ホワードが言いたいのは、つまり……」
「兄さんは踊らされていたってこと?」
驚くほどの剛速球である。ライリーの一言が痛いところに入ったのか、コールはぐぅ、と呻いた。
「エラン姉弟は自分たちの魔法道具の宣伝も兼ねていたのでしょうし、ノーズブレン河の一件の犯人は学生たちに勉強を教えながら魔法定理35節を解かせて彼らの魔力を使い、記憶を抜き出す魔法を得ようとしていたそう。願いの叶う薬は……どう?」
コールは何か言おうと口を開いて、そして閉じた。何かを言えば言うほど自分が惨めに感じるだろうと思ったからだ。
ああ、自分が愚かでありましたと言うことすら許されずに、これらを据え置いたまま今と向き合えと言われている。コールは見下ろすでもなく見上げるでもなく真っ直ぐにコールを見つめているクロエの残酷なほどに綺麗な瞳を見てそう思った。
コールは空色の瞳に目を奪われているうちに、日が沈みきった夜であろうとこの瞳にはいつでも日が昇っているのだなあ、などといったことを考えてしまい、我に返るべく髪をくしゃくしゃと混ぜながら床に視線を移した。
これ以上なく珍しいとはいっても、幸運なことが落ちていることだってあるし、幸運を演出することが好きな魔法使いも、妖精も、もっと沢山の何かもいる。そのことを知っているからこそあの日からの日々を否定しないのだろうとコールは分かっている。だけど、だからこそ余計にいろいろなことを考えてしまい、気が狂いそうだと床に視線を落としたそのままの姿勢で頭を抱えた。
ちらりと隣の椅子に座らせた弟を見れば、いまや見た目で似ているのは髪と目くらいのものだというのに、穏やかそうな雰囲気や、その底しれないような空気感は本当に祖父によく似ている。
教室内を沈黙が支配していた。
「実際は……」
コールは絞り出したような掠れるような声でその沈黙を破る。
「実際はゴーストの薬での具合の悪さは1週間でかたがついたわけじゃなかった。薬を飲んで1週間が経ってやっと立って歩ける程度に回復したというだけで具合は悪いままだった。だからもう1度手紙の場所に行って文句を言おうと思って裏通りに向かったんだ」
コールはどんな顔をしていればいいか分からなくて、息苦しさを、焦燥を、苦々しさをそのまま顔に出した。それがひどく格好悪くてそんな自分が嫌で仕方かなくて余計に顔をしかめた。
「そこではじめて、ゴーストに会ったのが手紙で示された場所とは違うことに気づいた。けど、そのときは気に留めずにとにかく手紙に書かれているだろう場所を目指して歩いた」
コールは思い出せる限りのすべてを言葉にしていく。3人が真剣な様子で聞いているのを見て聞きたかったことはこれだったらしいな、と思いつつ言葉を続けていった。




