かけた願い
よーいどん、の合図のあと、とてつもない土煙があがり、スタート地点の土はライリーの立っていた方もコールが立っていた方も、ひどくえぐれていた。
は、と2人の背中を追うように視線を上げれば、まず目に入ったのはコールの揺れるキャラメルブロンドであった。恐らく魔法を駆使しているのだろう、裏通りを駆け抜けたあのスピードより直線な分うんとずっと速い。が、徐々にスピードは落ちていき、スタートよりはゴールに近い位置、というほどのあたりで崩れ落ちた。ひどく震えている。
これにはヒトセもクロエも同情を感じ得ない。
コールよりうんと先、これまでのライリーでは考えられないほどの先で……ライリーはたなびいていた。
地に足をつけるたび地面をえぐりながら前へ前へとライリーの足は進んでいく……がライリーの上半身は一切それについていけておらず、そのうえあまりの速さで進むものだから地面に倒れることすら出来ずに、受ける風で旗のように揺れている。
そうしている間にライリーはゴールを越していった。
「あっ……待っ……まずっ……止まり方考えてなかっ……」
そのままライリーの声がどんどん遠のいていく。
口をあんぐりとさせていたマダムが口を元の位置に戻してから颯爽とライリーを追っていき、靴よ脱げよと呪文を唱えてくれなければそのままどこまでも走っていったにちがいない。
その証拠にライリーの靴はああ随分と軽くなった、とばかりにスピードを上げて駆けていった。
靴による衝突事故が起きないことを祈るばかりである。
マダムに連れ戻されたライリーはコールの横のあたりに降ろされた。コールはツボに入ってしまったのか未だ崩れ落ちた姿勢のままである。その横のライリーはゼエハアと息をしながらちょこん、と置かれたままにテディベアのような座り方をしている。
「すごい、足がびっくりするほど動かない」
「当たり前だろう、お前の足はあんな速さで動くようにできていない、身体がバラバラにならなかったことに感謝すべきだ」
やっと落ち着いたのかコールはライリーの横でドカリとあぐらをかいた。
「ばあちゃーん、制服にいろんな魔術をかけてくれてありがとうー!」
「常にそのくらいの瞬発力でいてほしいと思っている」
「ああ、兄さんと違って素直なのは確かだよね」
コールはペシンとライリーの足を叩いた。
「足の感覚ないから効かないよ」
「手加減してやったからだ愚弟」
ライリーとコールはやいのやいのと兄弟で言い合いをはじめた。
そこにヒトセとクロエも駆け寄る。クロエはスタート地点を飛び越しながらライリーの走り出した場所に砕けた魔法鉱石と紙の切れ端が散乱しているのをしっかりと見つけた。
『あらあらあらあら、もうすっかり仲良しだねぇ!だけれど、勝負は勝負、願い事を叶えなくてはならない、だろう?』
やっと文字通りの暴走から受けたショックから立ち直ったマダムは懐からライリーとコールの願いが書かれている紙と、天秤のようなものを取り出した。
『勝者と敗者、願いをかけて平等に戦ったのなら勝ったほうの願いが叶うのは当然だけれど、願い事の重さだって平等でなくてはね』
マダムは天秤を持ちながらこちらが貴方のよ、そしてこちらが貴方、と歌うように言う。
左の皿にコールの紙、右の皿にライリーの紙が乗った。
天秤はキ、キ、と音を立てて左右に揺れて、カシャリ、と左に傾いた。
『まあ!こちらが重い!けど大丈夫さ!おんなじくらいにしますからね!』
左に傾いた天秤の皿をマダムが爪先で弾くと、カタンと2つの皿が釣り合った。そしてもう一度爪先で弾くとシャボン玉が弾けるようにぱちんと天秤とコールの方の紙が消えて、ライリーの方の紙だけがマダムの手元に残った。
『さあさあ、願いを叶えるよ!』
マダムは威勢よく声を上げてからびりびりとライリーの紙を破いて手のひらの上に乗せ、ふう、と息を吹きかけた。
ひらひらと降り注ぐように千切れた紙はより細かくなりながらライリーとコールの上のあたりに漂い、次第に文字の形になっていく。
『兄さんのことを教えて』
短くて、曖昧で、だけれどライリーがずっとずっと思ってきたことだった。
コールはそれを見て信じられないものを見たかのように、愕然とした表情で文字とライリーを見比べている。
「何でこんな勝負したの」
ライリーはコールの方から視線をそらしながらぽつ、と呟いた。
「お前をこの学校から追い出せばスッキリすると思っ……た、ア……?」
コールはライリーの問いに勝手に答えてしまった口を手でおさえる。
「僕のこと嫌いなの」
「嫌い……なだけならっ......!よかっ、た……は、ハァ!?」
どうやら口をおさえても無駄なようで必死の抵抗も虚しく口は言葉を紡いでしまっている。
「どうして僕の……」
ライリーの次の言葉を待たずに賢明にもこの場から逃げ出そうとしたコールだったが、
「兄さん、待って!」
というライリーの声でビタリと地面に足が吸い付いてしまったように動けなくなってしまう。身動きをとろうとするものの足はビタリと固まったままである。
ひとしきりあがいてみてから、逃げるのを諦めた途端に体の自由が利くようになったことにコールは悪夢でも見ているのかと思いながら悪態をつき、頭を抱えてよろよろと座り込む。
ライリーの口を塞ぐか自分の口を塞ぐか、いっそどちらかが気絶するでもなんでもいい、と思いついた呪文を思いついただけ唱えてみてもどうにも途中から声が出なくなってしまう。
コールは酸欠の金魚のようにぱくぱくと口を動かしているのだろう自分の有様を想像してくらくらしながら、コールのそんな様子を見てもライリーの傍でにこにことしているマダムを睨んだ。
「これ、解けるんだろうな?」
『駄々をこねたりしないなんて将来がうんと楽しみなほどに素敵だねえ!そして質問の答えはイエス!勿論だ!仲直りできた頃には解けるんじゃあないか?』
マダムは素敵だ、と言いながらするりと手を伸ばし、犬を愛でて撫でるようにコールの髪を撫で始める。
コールはマダムの腕を引き剥がそうとするもののマダムの体はコールの手のひらをするりとすり抜けてしまうために一方的に髪を混ぜるように撫でられる羽目になる。
「仲直りもなにもこいつとは喧嘩なんかしていない!それ以前の問題なんだから!いつ解けるかはっきりしてくれないか!」
『喧嘩していないのなら喧嘩してご覧なさい!そして仲直りすればいいのよ!』
無茶苦茶である、とここにいる全員が口に出さないながら思った。
『あら?』
コールが自分の頭を撫でる手の勢いが止まったのに安堵して顔をあげれば元より透けているマダムの体が今度はぺらぺらと薄くなっていっていることに気づいた。
『あらやだ、元からスリムな体がこんなにもスリムになっていってしまって……そろそろ時間のようね!』
オイ、とコールが追いすがるのをかわしながら、マダムは再びライリーの横に立ってニッカリと笑って豪快にライリーにハグをしてから、前に向き直る。
『お見送りは結構さ!いつだってアンタたちを見守っているよ!だからどこにもいかないんだ!賭けるのは同じだけ、勝負は平等に、だけれど本当はね、勝負なんてなしに仲良く出来るのが一番だよ!愛しているよ、子どもたち!』
そう言い残してパッと光粒を散らしながら、マダムは消え失せてしまった。
「さて」
クロエの声にどこかしんみりとしていた皆はそれぞれはっとする。
クロエはライリーとヒトセの傍から逸れて、ライリーとコールのちょうど真ん中の位置にしゃんとした姿勢で立った。
「ライリー、積もる話もあるでしょうけれど、私達、貴方のオニイサマに聞きたいことがたっくさんあるじゃない?」
クロエがそんなことを言うのを聞いて、コールは天使のような微笑みが降り注ぐなか自らの背中を嫌な汗が伝っていくのを感じた。




