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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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第二の勝負

 夜の帳が下りようと夕焼けを追いやりはじめた頃、ベルの演奏が響き、終業のチャイムが鳴った。


 ヒトセとライリーは取り掛かったのも早く妖精たちの手も借りたこともあり、コールが作り終えるより早く仕上がった。コールはコールで、終業のチャイムに急かされることもなく椅子に腰かけた姿勢のままうつらうつらと船をこいで寝息を深くすることが出来るほどには余裕を持って作業を終えていた。


 器具の片付けはヒトセの独壇場で、いっそ手を出さないほうが早く片付くとなって、ライリーはヒトセの借りてきた本を図書館に返すのを請け負った。そうしてライリーが図書館から戻れば気絶するように寝ている兄がいたというわけだ。


 紅茶の香りと部屋の暖かさ、声を落としたヒトセたちの喋り声もどうにも眠気を誘う。


 ライリーはドアを開けてすぐ目に入った、居眠りしていてもなお眉間に深いしわを寄せているコールを見ているうち、思いもよらず急にチャイムが鳴ったものだから、兄が目を覚ます前に目をそらさなくてはと後ずさった。しかし、先程自分でしっかりと閉めたドアにおしりをしたたかにぶつけてつんのめってしまう。わたわたとバランスをとり、なんとか転ばずに姿勢を保ってふうふうと息をついた。


 目覚めたコールはライリーのそれを不思議そうな顔をして見て言った。


「クリスマスには人気者になれるだろうな。おもちゃ売り場でだが」




 コオン……とチャイムの残響がひろがっていく。


「完成した薬を願いを書いた紙とともに暖炉の上へ」


 クロエの声がチャイムの残響と重なるように響いた。


 レシピを外れないように材料を使い切って薬を作れば、かなりの分量になった。コールも同様にそうなったようで同じ容量の大きな瓶、そして願いの書かれた紙が暖炉の端と端に並ぶ。


「勝敗の杯を暖炉の中心に置き、完成した薬をそれぞれの杯に注げ」


 コールは言われた通りに勝敗の杯を暖炉の上に置くと、自分の作った薬をとぷりと注いだ。そうしながら、ライリーをじろりと睨んで呼びつけて、ライリーにも同じように自分たちの作った薬を注がせた。


 2つの杯はそれぞれ同じくらいの量の薬を注がれ、並んでいる。


「ええと……」


 クロエがカードを浮き出てきた呪文を見つめて、少し思案する。また随分と古い言い回しだ。しかし、2度目ともなれば法則性は読めてきた。すぐに呪文を唱え始め、素直に魔力が言うことをきいて動き始めたのを感じて、成功しているらしいと感じる。


 2つの杯はカタカタと震えはじめ、杯の中の薬は次第に沸騰したかのようにぶくぶくとして飛沫をあげはじめた。あがった飛沫は、キラキラとした光粒になりくるくると両者の杯の上で回っている。


 ヒトセは勿論ライリーも、コールですらただ呆気にとられたまま、きらきらとするそれらを見つめた。


 クロエが呪文を言いきると、ポン、と片方の杯の方に花吹雪が舞った。


「勝者は……ライリー・コップス、ヒトセ・ハルミ」


 花吹雪が舞ったのは、ヒトセとライリーの作った薬であった。


「あ……」


 ヒトセの吐息にも似た声が小さく開け放たれた口から転がりでた。


 薬の飛沫の光粒が雪のようにそれぞれの杯に舞い戻りきる数秒の間、ぱちぱちとまばたきをしながら、花吹雪が確かに自分が作ったクルービアの朝露薬の方に残っているのを見つめた。


「勝った……」


 へなへなとへたりこんでしまいたいほどに体から力が抜けていくのを感じながら、ああ、私ったら緊張をしていたのね、とヒトセは今更にどきどきとし始めた。


 ヒトセがどきどきとしたまま、ライリーの方を向けば、弾けとんでいきそうなほど嬉しそうな顔をしていた。

 第1の勝負で勝ったことが分かった後、ライリーのお兄さんは嬉しそうな様子でも自慢げにするでもなく、たった一呼吸、息を吐いて次を急かすだけだった。

 だけれど、どうだろう、ヒトセは口がどうにもむずむずとして、どうしても頬が緩んでしまうのだ。これは、手で押さえたって無駄なほどだ。ライリーはありがとう、というようにヒトセを拝みはじめたし、ヒトセも頬がゆるりとしている。


そうしていると、クロエの声が聞こえてきた。


「ミラミムの葉の処理、プラムヴェルの処理、など」

「第1のときと同様に勝因を説明してくださるのね……」


 ヒトセはそう言ううちに浮ついた気分をすとんと地につけた。


 恐らく、他の部分はコールとヒトセで勝ったり、負けたり、並んだりしていて、大きな差として言えたのがこの2つだったのだな、とヒトセはううむ、と唸る。


「私、ミラミムの葉を熱湯消毒していないの。エーミュの粘膜の毒は熱にも弱いけれどプラムヴェルの皮で中和出来るから」


 ミラミムはエーミュというぬるぬるとした毛を持つ魔獣と共生している低木である。エーミュはミラミムの葉を粘膜で害虫から守る代わりにその実を食べ、そしてわずかに発熱するミラミムの根本で冬を越すのだ。

 そのため、ミラミムの葉には必ずと言っていいほどエーミュの粘膜が付着している。洗って粘膜自体はついていなかったとしても付着した毒を完全に落とすのは至難の業なのだが、熱湯消毒すれば毒は溶けて消えこれといった害もないため、ミラミムの葉を使用する前には熱湯消毒するのが一般的である。


「プラムヴェルの皮なんて入れてみろ、ゼリーを作っていたと錯覚するように固まるだろう?待て、ああ……そうか、このあと飲めるように調整するときにどうとでもなるのか……」


 コールは口に出したときには整理がついているらしく、ヒトセから詳しい説明を聞かずともおよそのことは把握してみせる。ヒトセは話が早いな、と頷いた。


「その分プラムヴェルの実の量は少し減らしたから、処理っていうのはきっとそれのことだわ」

「……そもそも何故葉を熱湯消毒しなかった?」

「クルービア地方にエーミュはいないんですって。だから、一般的にミラミムの葉を熱湯消毒することはないそうよ。それで、そうしたの」


 それを聞いたコールははっとした顔をした。


「祖薬に寄れば必ずしもいいものが出来るとは限らないから、それが大層な賭けでもあったという自覚はなさそうだが、妖精が熱湯消毒なぞしないだろうことは確かだろうな」


 賭けであった、と言いながらもどこか称賛ともとれるような言葉にヒトセはきょとんとしてしまう。それを見たコールは舌打ちをしながら視線をそらし、クロエに声を飛ばした。


「次で最後だろう、何か指示は?」

「そんなに声を出さなくても聞こえるわ。第3の勝負をする者は暖炉の前へ、ですって」


 じろ、とクロエに睨まれてコールは同じくらいの熱量で睨み返した。


 まさに一触即発の空気である。


「ハルミさん、僕にもホワードさんがやったみたいなおまじないを、くれる?」


 クロエとコールの空気を歯牙にもかけずに、ライリーはいつもの調子でヒトセにそう言う。


 ヒトセはまさかそんなお願いをされるだなんて思っていなかったものだから、少し驚いた。だからなんだか緊張してしまって、もたもたとしてしまいながら、そろそろと口を開いた。


「ライリー、勝って頂戴」

「うん、頑張るね」


 ライリーはずしり、とヒトセの言葉を背負ったような心地になった。


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